第72話 エピローグ
気がつくと僕たちは、隣国との国境沿いにある軍部の建物の前に立っていた。周囲を軍の兵士たちが取り囲んでいる。
「レオンハルト……」
「リオネル、大丈夫だ。首都セラフィオンから到着した味方のようだ」
「よかった……」
レオンハルトとしっかり抱き合う。
生きて帰ってこられた。
「ママー!」
「リオン……」
リオンも一緒だ。レオンハルトの腕の中でコマドリの砂糖菓子を握りしめ、笑っている。
「リオン……怖かったろう。よくがんばったな」
「うん! パパー!」
キャッキャッと喜び、レオンハルトに抱きつくリオン。
さっきまで大人しく様子を見ていた子供とは思えない。
とてもかしこい子だ。
リオネルはあらためて、我が子を誇らしく思う。
「リオンは本当にレオンハルトによく似て……あれ? 髪色が」
リオンの髪色と瞳が、もとのハシバミ色に戻っていた。
「リオンは本当は、私にそっくりの色を持っていたんだな。リオネル、君の髪と瞳も戻っているぞ」
「わわっ、本当だ」
己の髪先を見て驚く。
「俺がヴォルン院長の魔法を解いたことで、すべての魔術が解消されたんだ」
アーロンがやってきた。
「ヴォルン院長は首都セラフィオンで処刑されるだろう。彼はそれに値する以上の犯罪を犯した。これで、リオネルとレオンハルトの父上の名誉も回復する」
「アーロン、永遠の親友よ。どうもありがとう。君は、私たち一家の命の恩人だ」
「どうもありがとう。アーロンのおかげで、リオンが無事だった」
僕もレオンハルトとともにアーロンに礼を述べた。
「皆が無事でよかった。リオネル……レオンハルトとの婚約は解消した。最初から偽造だからな。これから、おれはメアリーと……レオンハルト、俺の親戚一同を説得するのを手伝ってくれよな」
「もちろんだ。全力で応援するよ。アーロンは、私とリオネルのキューピッドだからな」
よかった。レオンハルトとアーロンは、親友以上の関係ではなかった。
ヴォルン院長の話は、半分は本当だったようだ。
そこで、僕はさっき末の王太子に襲われた際に気づいたことを、レオンハルトに聞いてみることにした。
「あの……レオンハルト。六年前の発情促進魔法はアーロンが?」
どうして今まで気づかなかったのだろう。
この魔術に使われている独特の薬草の香りは、六年前も、この前の舞踏会のときも同じだった。
「リオネル……」
困った顔でアーロンを見るレオンハルト。
はっきりとは言いづらいようだ。
「リオネル! おれの独断だ。本当に申し訳ない」
アーロンがいきなり頭を下げてきた。
「レオンハルトはルクス神学院に入学して、君をひと目見たときから恋に落ちた。でも、リオネルは神官になる予定だったから結婚はできない。レオンハルトは聖騎士ではなく教会の監査官になって、一生、陰からリオネルを見守っていく決意をした」
「えっ……? では、レオンハルトの想い人って」
「そうだ。リオネル……私の愛する人は、過去も現在も未来も……永遠に君だけだ」
「レオンハルト……」
ハシバミ色の瞳が情熱的に僕を見る。
激しい情に、僕の頬は真っ赤になってしまう。
レオンハルトは僕だけを――。
だとしたら、カーヴェル副院長とは?
ぜんぶ僕の誤解で――ただの噂話だったってこと?
「おれはある日、剣の稽古をしているレオンハルトを、森の陰から見ているリオネルに気づいた。二人は両想いだと確信した俺は……リオネルがいつも立っている木の上に発情促進魔法を仕掛けたんだ。
レオンハルトは何も知らなかった。でも、魔術の仕掛けを見て、おれだとわかったそうだ。レオンハルトが恋心を打ち明けていたのは、おれだけだったからな。それに、冗談めかして発情促進魔法を仕掛ける計画を話していたから、すぐにピンときたそうだ」
アーロンが申し訳なさそうに打ち明けてくれた。
「リオネル、レオンハルト……余計なことをした。本当に申し訳なかった。そして今度は……おれはレオンハルトの婚約者としてリオネルの前に現れた。何度もリオネルを混乱させてしまった。ごめんなさい」
またアーロンが僕に深く頭を下げた。
どうしていいのかわからない。
発情促進魔法を仕掛けられたことは嫌だけど、そのことがなかったら、僕とレオンハルトはきっと一生結ばれなかった。リオンも生まれていない。
「思いがけずリオネルと結婚できた私は、死ぬほどうれしかった。でも、魔法を介して結ばれたと思うと、リオネルに申し訳なくて……そっけない態度しかとれなかった。美しいリオネルに見惚れる連中に腹を立てるばかりで……本当に申し訳なかった。
リオネル……寂しい思いをさせてごめんなさい。でも、早く一人前の監査官になって、リオネルとずっと一緒に暮らしたかったんだ」
「レオンハルト……」
僕は最初から愛されていた。
レオンハルトの真意を聞き、天に昇るほどうれしい。
カーヴェル副院長とのことは、僕の完全なる誤解だったようだ。
レオンハルトの説明がすべて正しかった。
僕はヴォルン院長にだまされていたのだ。
「ママー!」
コマドリの砂糖菓子を手に、リオンが笑う。
「リオン……レオンハルトが本当のパパだよ。これから……三人は本当の家族になるんだ。レオンハルト……僕を妻と言った言葉、有効だよね?」
僕はリオンにレオンハルトをあらためて紹介しながら、彼の許可をとる。
「リオネル……もちろんだよ! 私はリオネルを一生、手放すつもりはない。だからこそ、この北方領ノルディアまで君を追いかけてきた」
ハシバミ色の瞳が、真実の色に輝く。
「おおっ……レオンハルト!」
僕はレオンハルトに思いきり抱きついた。
「リオネル……心から愛してる。未来永劫、大切にすると誓うよ」
「レオンハルト、僕も! 僕も心からレオンハルトを……実は僕も、ルクス神学院でレオンハルトを見た瞬間からずっと……」
「リオネル! 本当かい? すごく……うれしい」
「レオンハルト……」
レオンハルトが目に涙を浮かべて喜んでいる。
そうか――。
僕はレオンハルトに愛されていないと思い込むあまり、自分の気持ちを伝えることを忘れていた。
僕が愛を告白しなかったから、愛する夫も愛を返してくれなかったのだ。
「レオンハルト……僕こそ、長い間ごめんなさい。これからは……いっぱい愛を語って、愛を注いでいきます。だから僕にも……愛をください」
ハシバミ色の瞳を見つめながら、僕は自分の本当の想いを伝えた。
「リオネル……!」
僕とレオンハルトは抱き合い、情熱的なキスを交わした。
やっと訪れた僕たちの真実の愛。
ずっと、大切にしていこう。
二人で、いつまでも――。
チュリー、チュルチュル、チュリリリ、チュリチュリ――。
「あーっ、コマドリー!」
砂糖菓子を振り回しながら、リオンがコマドリへ向かって走り出す。
「リオネル……セラフィオンへ帰ったら、リオンと私の両親と一緒に、たくさんお菓子を食べよう。食いしんぼうのリオネルの復活だ」
「ぼ、僕はそんなには……で、でも、また……砂糖菓子のお城が見たいな。リオンにも見せてあげたい」
「セラフィオンだけでなく、ルミナリア王国すべてを砂糖菓子で再現しよう。もちろん、コマドリの姿も。リオネル、君のために……。
私たちは今度こそ、しあわせになろう。君さえいてくれれば、しあわせだ。永遠に……」
「レオンハルト……」
僕らは抱き合い、永遠の愛を誓った。
今度は間違えない。
好きだというそのままの気持ちを、レオンハルトに未来永劫、伝えていこう。
命より大切なレオンハルトとリオンに、僕のすべてを――。
完




