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五話 誰か助けて

ブラック企業にトラウマある方は読むのをおやめください(今更)





 リアが倒れた。

 朝の祈りの時間のことだという。体調を崩しているのか、ここ最近は浄化の力も弱まっていた。その不足を補うように寝る間も無く、働いていたという。

 当然、医師は《過労》と判断した。しばらく休ませるようにと、中央教会の大司祭に言い聞かせた。

 医師が治癒術をかけたが、リアは気を失ったまま目を覚まさない。心配した聖女がかわるがわるリアの世話を焼いたり、癒しの祈りをささげるが、それでも、目を覚まさなかった。

 そんな時、カシウスが中央教会に戻ってきた。測妃や王子に忖度する無能な大司祭は顔を青ざめさせる。

 かつて剣聖と呼ばれたカシウスは、普段は好々爺の雰囲気だが、実際は、全盛期の腕が衰えていない強者だ。同じ大司祭でも、たとえ長く中央教会を離れていても、カシウスの方が影響力が強い。

 彼は、まずリアの看病をしている聖女たちに現状を訪ねた。

 すると、彼女たちはリアの現状を洗いざらい話す。涙ながらに語る聖女たちの言葉を聞いたカシウスは、彼女達を安心させるように言った。


「ここから先は、私に任せなさい」




 リアが目を覚ましたのは倒れてから三日後。

 すぐに働こうとするリアを医者は引き留めた。


「あと数日は休みなさい」


 休んでいる間、その分王子妃教育は遅れてしまう。せめてすこしでも遅れを無くすために、リアは教科書を持ち込み、ベッドの上でずっとそれを読んでいた。


 そんな時、ミハイル王子がやってきた。


「倒れたんだってね」

「はい。そのようです。心配させて申し訳ありません」


  ミハイルが見舞いに来てくれた。心配させた申し訳なさと共に、暖かな気持ちがリアの心にあふれる。

 ほんのすこし陰りを帯びた姿も、また美しい。伏せられた金色の長いまつ毛が、目元に影を作る。

 まるでこの世の悲劇を憂う天使のような顔で、ミハイルは言う。


「まだ、努力が足りないんだね」

「え?」

「だってそうだろう? もっと効率的に動ける努力をすれば、倒れるはずはなかったんだ。王子妃教育も遅れてしまうし、困ったね」


 甘やかしてほしいなんて、願っていなかった。ただ『大変だったね』と言ってほしかった。

 リアの若草色の瞳に涙が溜まる。


「母上に言って、もう少し厳しくしてもらわないと。ああそうだ、聞いてくれ」

「?」

「筆頭聖女の座を奪おうとするエレノア・ハーゼルベルク。彼女が余計なことをしないように枢機卿へ言っておいた」

「……あの方は、なにも」

「それに、ソフィーも君の邪魔をしたんだって? 左遷させないといけないな」

「……え? だって彼女は」


 エレノアもソフィーも優しい人だ。エレノアは大したかかわりがないが、孤児たちの保護や平民への教育に力を入れている素晴らしい女性だし、ソフィーは栄養不足になりがちなリアのために、栄養豊富なパンを差し入れてくれる優しい人だ。

 リアの頬を一筋の涙が伝う。


「ああ、ごめん。リアは優しいからね。こんな話聞きたくないね。きっと君は、悪いことをした人にも同情してしまうだろうから」


 そう言って涙を伝う頬にキスをする。

 なぜか、その行為にリアはひどい嫌悪感を抱いた。


「あ、あの、殿下」

「ん? なあに?」


 とろけるような甘い声。その声が好きだった。なのに、今は妙な不協和音を聞かされているような、おぞましい気持ちになる。


「私、辛くて」

「ああ、悪い聖女たちはみんな君に近づけないように……」

「そうじゃなくて、王子妃教育とか、聖女の仕事とか、辛くて」


 その言葉にリアは内心首をかしげる。

 辛いって、なんだっけ? 分からないのに、辛いということがわかる、不思議な感覚だ。

 ミハイルを見る。ひどく冷たい目をしていた。表情がないそのかんばせは、人形のように作りものめいている。


「あの、えっと」


 妙な迫力のある顔のまま、ミハイルはリアをじっと見つめた。リアが目をそらそうとすると、両手で顔の両側を掴み、こちらを向かせようとする。


「ひっ」

「リアはひどい子だなあ。もっと、僕のために頑張ってもらわないと」


 上弦の三日月のような口から、いつもの言葉が出た。


「婚約破棄、しちゃうよ」


 その言葉に、ぷつんと、何かが切れた。


「わかりました」

「わかってくれたんだね。じゃあ、明日にでも」

「婚約破棄、してください!」



リア、よく言った!


王子はどこの昭和生まれだよ


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