エピローグ
アストリッドの誕生パーティーは場所を移して盛大におこなわれた。レナート側の家族や、アレクシスやセリーナからも祝福の言葉で祝われる。
二律背反に苛まれていたアストリッドも、このときばかりは純粋に楽しむことが出来た。
そうして一日が終わり、アストリッドは自室へと戻る。心地のよい気怠さを感じながら息を吐く。ドレス姿のアストリッドは、そのままソファに寄り掛かった。
「ふぅ、さすがに少し疲れたわ」
「連日のパーティーでしたからね。ところで、アレクシス様はもうお帰りに?」
「明日の朝に帰るそうよ。そのまえに挨拶に来ると言っていたわ」
わずかに頬を緩めると、セリーナは「よかったですね」と微笑んだ。だが、それを聞いたアストリッドはわずかに表情を曇らせる。
「会えなければ、迷う必要もなかったのにね」
ぽつりと独りごちた。
セリーナはわずかに首を傾げ、それから察するように頷いた。
「アストリッド様、魔導具の機密はどのようなものだったのですか?」
「……そうね、聞いていたような代物ではなかったわよ」
姿を写し取ることが出来る魔導具。その用途は多岐にわたるし、政治や戦争に利用することも出来る。だが、戦局を直接左右するような力はない。
だから――
「報告するか否か、迷っているのですか?」
セリーナの言葉に、アストリッドはびくりと身を震わせた。
「ち、違うわ。わたくしは――」
アストリッドがみなまで言うより早く、セリーナがわずかに首を横に振った。
「いいのではないですか?」
「――っ」
軽い口調のセリーナに対してわずかな怒りを抱く。アストリッドは拳を握りしめてその怒りを呑み込むと、絞り出すように心の内を吐き出した。
「いいはずがないでしょう。わたくしは、グラニス竜王国を護るという、王族としての使命があるのよ。それは、他国に嫁いだからと、捨てられることではないの」
「分かっています。でも、それを踏まえても、いいのではありませんか?」
「……なにを、言っているの?」
意味を理解できずに困惑する。
「アストリッド様はさきほど、聞いていたような代物ではなかったとおっしゃいましたよね? であるならば、信頼を得るために、あえて報告をしない、という選択もあるはずです」
「それ、は……」
理解できなくはない。
むしろ、一定の説得力がある提案だった。
(もしも、レナートが今回の魔導具でこちらの反応をうかがっているのなら、約束を守る意味はあるわ。そうじゃなかったとしても……)
戦局を左右するような魔導具が存在した場合、レナートを説得する必要がある。そのときに必要なのは、レナートにどれだけ信頼され、愛されているか、ということ。
そのために必要な行動と言い変えることも出来る。
だけど――
(わたくしはレナートを裏切りたくないと思っている。だからいまのわたくしは、この判断が、そのための言い訳であると否定できない)
報告しない理由を挙げることは出来る。ただそれが、本心なのか、自分を騙す言い訳なのか、アストリッドは判断することが出来なかった。
そうして思い悩んでいると、不意に扉がノックされた。
アストリッドが視線を向けると、それを受けたセリーナが対応をする。彼女は扉の前で短いやり取りをした後、こちらを振り返ってこう言った。
「レナート王太子殿下がお越しです」――と。
「え? こんな時間に?」
疑問に思いつつも中に招き入れる。それと入れ替わりで、セリーナが「ブラックコーヒーを飲んできます」と退出していった。
「……あの子の妙なコーヒー推しはなんなのよ?」
気を利かせて席を外したのは分かるが、もう少し他に方法はないのかと呆れつつ、アストリッドは入り口に立っているレナートへと向き直った。
「ええっと……入りますか?」
「そなたが嫌でなければ」
「ええ、もちろんかまいませんよ」
そう言ってレナートを部屋の中へと招き入れる。
(……って、あれ? これってもしかして、夜の寝室で二人っきりではありませんか? ふっ、二人、二人っきり……はわわっ)
不意にそのことに気が付いて赤くなる。だが身悶えた彼女は、レナートが額縁のようなものを抱えていることに気が付き我に返った。
「それはなんでしょう?」
「封映の魔導具で写し取った封映だ」
彼はそう言って額縁を裏返す。額縁の中には、六人の姿を写し取った封映が飾られていた。
「これは……本当に素晴らしいですわね」
肖像画とはまた違ったよさがある。
その素晴らしさにほうっと息を吐くと、レナートがそれを差し出してきた。
「もらっても、よろしいのですか?」
上目遣いで問い掛けると、レナートはふっと笑みを零した。
「ああ。ただし、グラニス竜王国には、まだこの技術については伝えないで欲しい」
「……ええ、もちろんですわ」
「では、そなたの部屋にでも飾るといい」
「ありがとうございます」
そう言って、額縁に飾られた封映に視線を落とし、両手できゅっと抱きしめた。それから、そっとテーブルの上に置いて、レナートへと向き直った。
悩んでいるのは、封映の魔導具の情報をグラニス竜王国に届けるか否か。少なくとも、どちらか片方は裏切ることになる。そう考えると、アストリッドの気は重い。
だけど――
(些細な選択が、運命を分けることもある。だから、わたくしの選択が、戦争再開の引き金を引くことだってあるはずよ)
だとすれば――と、アストリッドはある決断に至った。レナートとの約束を優先して、自国には封映の魔導具に付いて報告をしないでおこう、と。
なぜなら、アストリッドの言動が、レナートに筒抜けの可能性もゼロじゃないから。
コンラートがアストリッドに濡れ衣を着せようとしたとき、手紙を盗み見たと証言した。あのとき、レナートとルーファスはそれを疑問にしていなかった。
だが、封映の魔導具があるだけではそうはならない。
そのような行為が可能だと、認識していなければ。
つまり、レナート達にとって、手紙の内容を盗み見ることは、少なくとも不可能ではない、ということ。あるいは、普段から検閲している可能性すらある。
だから、いまはレナートの信頼を得るのが一番重要である。
(そんなふうに考えるのは、わたくしがレナートを裏切りたくないから、かしら?)
自らの未来と密接に関わりすぎて、客観的に考えられない。
だが、封環の魔導具に続き、封映の魔導具の存在が明らかになった以上、他にもあると考えるのが自然だ。であるならば、それを明らかにするのが最優先であることは間違いがない。
だから――アストリッドはレナートの腰に手を回し、その身体に自らの胸を押しつけた。
(わたくしがすることは、レナートを惚れさせることよ)
戦局を左右するような兵器があるのなら教えてもらう。その上で、戦争を再開しないように説得する。あるいは、そのような兵器がなかったとしても、幸せな未来を気付くために。
「ア、アストリッド?」
レナートは明らかに狼狽えている。彼は紳士に一歩下がろうとするが、アストリッドは彼の腰を逆に引き寄せた。触れ合った部分を通じ、レナートの温もりが伝わってくる。
(恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!)
らしくないことをしているという恥ずかしさ。自らの鼓動がレナートに伝わるのではという不安。そしてレナートに抱きついていることに対する言いようのない想い。
アストリッドは頭から湯気が出そうになりながら、それでもレナートを見上げた。
「レ、レナートが封映の魔導具を開発させたのは、わたくしとの肖像画を作る時間がなかったから、なんですよね? それは、合って、いますか……?」
「あ、ああ、あっているが……?」
「では、他にも、そういう魔導具があるのですか?」
機密となるような魔導具が他にもありそうだ――と、そういう気配を確認できれば、信頼を得るために、グラニス竜王国への報告を遅らせる理由になる。
そんな想いで問い掛ける。
果たして――
「たくさん、あるぞ」
レナートの言葉は斜め上だった。
「た、たくさん、あるのですか?」
「ああ。アストリッドの声を聞けなくなったとき、声を残せる魔導具があればと思った。離ればなれになり、遠く離れていても姿を見ることが出来ればと研究を重ねた」
「はうっ」
全部アストリッド関連。
(レ、レナートは、わたくしのことが、すっ、すすっ好きすぎではないかしら!?)
頭がお花畑になりそうになる。
けれど寸前のところで我に返った。
「そ、それらは、完成、しているの、ですか……?」
声が残せるのなら、様々な証拠になり得る。目の前の光景を切り取るだけでなく、遠く離れた場所の光景を切り取れるなら、様々な状況で利用できる。
場合によっては、戦局を左右するような兵器にもなり得ると緊張する。
「そうだな……多くの魔導具は未完成だ。だが、封映のように完成したものもある。それに、いま話した魔導具の他にも、開発中のものは多い。まだ、教えられないものばかりだがな」
(……これは、封映の魔導具くらいで報告している場合じゃないわね)
まずは、両国の平和に悪影響を及ぼすかもしれない魔導具があるかどうかをたしかめる。そのために必要なのは、レナートの信頼を得て、彼を心の底から自分に惚れさせることである。
つまり――と、アストリッドは上目遣いでレナートを見る。
「レナート、次は二人の封映を残しましょう。来年も、再来年も、その次も」
(戦争なんて再開させない。そのためにも、絶対レナートを惚れさせてみせるわ)
アストリッドは覚悟を新たに、レナートを誘惑しようと微笑んだ。そんな彼女の全力に、レナートもまた心を乱される。
(か、可愛い。俺の婚約者が可愛すぎる……っ)
クラリと堕ちそうになりながら、レナートはギリギリのところで理性を保っていた。
アストリッドはグラニス竜王国の不利を感じているが、レナートもまた自国の不利を感じている。自国に戦争の再開を望む者がいると、アストリッドに知られてしまったからだ。
現時点で、彼女がグラニス竜王国に報告した形跡はない。
その点では、彼女が両国の関係を悪くしたくないのだと予想は出来る。だが、グラニス竜王国が情報を求めたとき、アストリッドがどうするのかは分からない。
最悪は、グラニス竜王国が戦争の再開を望んだときに利用されるかもしれない。それを防ぐためにも、いますぐにでもアストリッドを自分に惚れさせる必要がある。
レナートは、そんなふうに考えていた。
だから――
(俺のやるべきことは変わらない。必ずアストリッドを俺に惚れさせ、両国にとって、そして俺とアストリッドにとって幸せな未来を勝ち取ってみせる)
そんな決意を胸に抱き、アストリッドの頬に手の平を這わした。
「アストリッド、俺も同じ気持ちだ。そなたとずっと一緒にいたいと思っている」
「~~~っ」
アストリッドの会心の一撃に対するカウンター。恥ずかしさに耐えかねたアストリッドが後ずさろうとするが、いつの間にか腰に手を回されていて逃げられない。
(はわっ。レナートに、抱きっ、抱きしめられてっ)
あわあわと狼狽える。アストリッドは真っ赤になりながら、けれど逃げられないのなら挑むしかないと、蠱惑的な笑みをレナートに向ける。
「わ、わたくしも一緒です。その気持ちは、レナートにだって負けませんわ。だ、だって、わた、わたくしは、レナートのことを愛していますから!」
「そ、そうか。だが、それは俺も同じだ。そなたを、心から愛している」
「あ、あら、奇遇ですね。なら、どちらがより愛が大きいか勝負しましょう」
「……いいだろう。むろん、負けるつもりはないがな」
二人は真っ赤になりながらも見つめ合う。
やがて、アストリッドが軽くつま先立ちになり、レナートはわずかに屈んだ。そうして二人の距離はゆっくりと近づき――影は一つになった。
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