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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第2章 恋のきらめき
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第27話 光も笑い声も全部閉じ込めたい

 プリクラを撮り終えて外に出ると、夜の空は群青に溶けて、街のネオンがにじんでいた。


 渋谷の駅前はまだ人の波が絶えず、誰かの笑い声とタクシーのクラクションが交じり合っている。


 さっきまであんなに明るかったカラオケの音が背中の方でゆっくり遠ざかっていく。


 手に持った紙袋のロゴがネオンの光を受けて小さく反射した。


「今日、めっちゃ楽しかったね」

「ほんと!このメンバー最強だわ〜!」

「明日ちゃんと起きれるかなぁ」

「大丈夫。寝かせないから!」

「絶対寝坊するくせに」


 改札の前で柚菜や美羽、舞、遥と男子たちが立ち止まる。

 街灯に照らされた柚菜の髪が夜風にふわりと揺れた。


「うちらはこっちで帰るね」

「気をつけてね〜!」

「おう!今日は楽しかったぜ!」

「次カラオケ行く時はリベンジな」

「おつかれ」


 その声が人混みの音に溶けていく。


「ばいばーい!」


 ネオンの光の向こうに消えていく後ろ姿が少しだけ名残惜しかった。

 

 駅のざわめきを背にして、文化村方面の坂を上る。

 通りの明かりが少なくなっていくにつれて都会の喧騒が静けさに変わっていく。


「この道夜歩くのひさびさかも」

「去年の春休み以来じゃない?ほら映画見ながら寝落ちしたやつ」

「うわ、それ懐かしすぎ」

「ね〜」


 4人で笑い合いながら、松濤の住宅街に入っていく。


 並木の影が街灯の光に長く伸びていた。

 ガラス越しに見えるリビングの灯りや庭に置かれたランプがゆっくり揺れている。

 静かな風の中でアスファルトにみんなの靴音が小さく響く。


「やっぱこの辺来ると落ち着くね」

「都会なのに空気が違う」

「都内屈指の金持ち街だしね〜」

「正直、瑠奈と友達じゃなかったら松濤とか来ないもん」

「それな!住む世界が違いすぎるもん」

「そんなこと気にしなくていいのに」


 松濤の坂を上りきると高い塀に囲まれたあたしの家の黒いアイアンの門が見えた。

 塀の向こうは外から見えないけれど、外灯の柔らかな光だけが足元を照らしている。

 木々の影が塀に揺れて、夜の空気が少し甘く香った。


「ほんと花園邸おしゃれすぎじゃない?外壁ピカピカなんだけど」

「梨沙。それ前も言ってたよ」

「だって毎回来るたびに明るさが増してんの!」

「わかる」


 門の奥に見える家の白い外壁が街灯の光を受けてほんのり光っていた。

 直線的なラインのシルエットが夜空に溶けて、屋根の縁がわずかに浮かび上がる。


 余計な装飾はないけれど、二階のバルコニーのアイアンやレースのカーテン越しの光がどこか優しくて、あたしはその静けさが好きだった。


「ただいまー」

「おじゃましまーす」


 梨沙がインターホンを押すのと同時に、あたしが門のセンサーにキーをかざす。重厚なアイアンの門が静かに開くと、梨沙たちは当然のような顔で玄関へと続く石畳を歩き出す。


「ほんといい香り」


 ドアを開けると、柔らかい光とホワイトムスクの香りがふわっと広がる。

 そこから少し歩くとリビングのソファにはママとお姉ちゃんが座っていて、二人ともあたしたちを見て微笑んだ。


「おかえり。遅くならなくてよかったわね」

「お誕生日おめでと。楽しそうじゃん」

「ありがと」

「こんばんは〜。お邪魔します」

「よろしくお願いします……!」

「あら梨沙ちゃん、美桜ちゃん、紗月ちゃん。後で飲み物を用意させとくわね」


 梨沙たちの声が少し緊張していて、それがなんだか可愛かった。


「ちゃんと歯磨きして寝なさいね。美咲も一緒に混ざれば?」

「やめてよ、お母さん。高校生の話題にはついていけないって」


 お姉ちゃんは「楽しんでね」と軽く手を振った。

 その仕草がなんだか大人っぽく見えた。


 みんなで階段を上がって、いつもの自分の部屋へ向かった。

 香り付きキャンドル――美桜がくれたプレゼントだ。


 火を灯すと、ゆらゆらとした光が壁を照らして、まるで今日の思い出の残り火みたいに揺れていた。


「はい、パジャマ会〜!」

「え、もう!?メイク落とす時間ください!」

「Chérie Blanche率高すぎでしょ」

「みんな似たようなの着てるね」


 笑い声が重なって、部屋が一気に温まる。


「てかさ、美咲さんやっぱ美人すぎない?今日もオーラやばかったんだけど」

「ほんとそれ。カリスマモデルの桐原凛だもんね。しかも雑誌出てるときと雰囲気違うのずるい」

「さすがanoiの専属モデルなだけあるよね」


 笑い声が弾む中で、あたしは小さく笑った。

 お姉ちゃんのことは誇らしいし、大好きで尊敬もしている。

 でも――ほんの少しざわついた。


 お姉ちゃんは昔からなんでもできた。

 成績も常に上位で。運動も一通り何でもできて、どれも完璧で誰からも好かれるカリスマ性というのを持っている。

 話し方ひとつで周囲の空気を和ませて、人との距離の取り方もまるで生まれつき知っているみたいだった。


 あたしもそれなりに笑い、周囲の空気に合わせることはできるし、友達付き合いは得意な方だと思っている。けど、お姉ちゃんみたいに完璧にはできない。


 そして気づいたんだ。あたしには顔しか取り柄がないってことを。

 それも全てを持っているお姉ちゃんに比べたらずっと薄っぺらくて。


 ーー美咲と違って顔だけしか取り柄がないな。


 小学生の時、お姉ちゃんの同級生に言われたその言葉を今でも鮮明に思い出せちゃうくらいには辛くて、苦しくて……腹立たしくて、悔しくて。


 あんなに大好きだったお姉ちゃんのことをいつしか嫌な目で見るようになってしまった。

 それでもあたしに対して変わらず優しく接してくれるお姉ちゃんのことが嫌いになりたくて……でも、嫌いになんかなれなくて。


 その繰り返しでずっと苦しくて。優しくしないでほしいと何度も、何度も心の中で願った。


 もしお姉ちゃんが優しくなかったら、あたしは嫌いになれたんだろうか。


 もしお姉ちゃんに才能がなかったら、あたしはこんなに苦しまなかったのかな。


 もしパパやママに愛されていたら。


 そう浅はかに思ってしまう自分が嫌い。


 パパもママもあたしには何も言ってくれない。

 きっと両親が愛しているのはお姉ちゃんだけであたしのことなんか愛していない。


 それでもパパとママに愛されたくて、お姉ちゃんの真似を必死に頑張っていた。

 結局、愛してるって言葉は一度も聞けないまま、勉強やスポーツも途中で挫けて逃げ出した。


 そんな中途半端な自分も嫌いになって、笑って誤魔化すことに、いつしか慣れていった。


 でも今は梨沙たちとこうして笑っていられる。

 その眩しさの中に少しでも自分が混ざっている気がした。


「ねぇ、このマスカラやばい。まつ毛爆伸び」


 マスカラを手に取った瞬間、パッケージのゴールドがライトを受けてきらっと光る。

 キャップを開けると、ほんのり甘い香りがして、ブラシの先にしなやかな液が絡むのがわかる。


「それ私からのプレゼント〜!さっそく使ってくれるの嬉しい!」

「ありがとう梨沙。ほんとに嬉しい」

「ちょ、泣かないでよ!誕生日なんだから笑お!」


 梨沙がクッションを抱えながらケラケラ笑って、紗月がツッコミを入れる。

 美桜はその横でスマホを構えて微笑んだ。


 あたしは佑磨くんからもらったポーチを撫でる。

 リボンの結び目の部分に小さなヘアアクセがついていて、さりげなくあたしらしさを選んでくれたのが伝わる。


 キャンドルの光がそのリボンに反射して、金糸がほのかに瞬いた。

 淡いオレンジの光が壁を照らし、笑い声と一緒に部屋の空気までやわらかく揺れている。


「そのポーチ、佑磨くんのセンス良すぎじゃない?」

「だよね!あの人、意外と女子の好みわかってる」

「そういうとこがモテるんだよ〜」

「うるさい。もう〜」

「でも、ほんと似合うよ。瑠奈っぽい」


 ポーチを撫でながら、じんわり温かくなる。

 なんでだろう。ただかわいいねって言われるよりも、その言葉の方がずっと何倍も嬉しかった。


「でさ、みんな最近気になってる人とかいないの?」


 梨沙がポテチの袋を抱えながら言った。

 その一言でキャンドルの炎がふっと揺れる。


「うわ、出た。梨沙恒例の恋バナタイム」


 紗月が笑いながらクッションを抱きしめる。


「いいじゃん、誕生日だし。主役の瑠奈から!」

「えぇ!?いきなり!?あたしから!?」

「当然でしょ〜。さっきまで主役は瑠奈って言ってたじゃん」

「そ、それはパーティーの話でしょ!」

「恋の主役でもあっていいんじゃない?」

「ちょっと梨沙〜!」


 笑い声が弾けて、部屋の空気が一瞬で明るくなる。

 美桜は頬に手を当てながら穏やかに微笑んだ。


「でも、恋してる人って少し顔が変わるよね」

「そうそう、なんか柔らかくなる」


 梨沙がからかうように言って、あたしの顔を覗き込む。


「な、なに……」

「ねぇ、佑磨くんの話したとき声のトーン違くない?」

「え、うそ!?そんなことないし!」

「あるある〜。絶対ある」

「紗月まで!?そんなことない!!」


 紗月が笑いながらポテチを投げる。


「冗談だよ。でも、わかる気がする。

 なんか瑠奈って、あの人の前だと表情が柔らかくなるんだよね」

「そうそう、自然に笑ってる」

「やめてよ、そんな観察されてたとか恥ずかしい!」

「ほら顔赤い」

「ちょっと梨沙っ!」


 そのやり取りに笑いながらも、ほんのり熱くなる。

 図星をつかれたようで。でも、否定できない何かがそこにあった。


 あたしはポーチのリボンを指でなぞりながら、小さく息を吐いた。


 ーーどうしてだろう。

 佑磨くんのことを思い出すと優しい気持ちと少しだけ痛い気持ちが同時に広がる。


「……ねぇ」


 美桜がぽつりと呟く。


「好きって、どんな感じなんだろうね」


 部屋が少し静かになる。

 梨沙が天井を見上げて「それな」と笑った。


「頭の中がその人でいっぱいになって、ちょっとしたLIMEでもテンション上がる感じ?」

「それは恋だわ」

「キスしたいとか思っちゃうのも、そういうことなのかな」


 紗月のその一言にあたしたちは一瞬だけ顔を見合わせて、同時に吹き出した。


「なにそれ、急に真面目!」

「いや、わかるよ!なんか憧れるっていうか!」

「ね!ドラマとか見てると、そういうとこだけドキッとする」

「キスねぇ……」


 梨沙は笑いながらも、ほんの少し真面目な顔になった。


「でもさ、そういうのって誰としたいかで全然違うと思う」

「うん。好きな人とじゃないと意味ないよね」


 美桜の声が静かに響く。

 その言葉にあたしの心の中で何かがそっと揺れた。


 キスしたい。

 ーーその響きが遠くで鳴る。

 もう知っている。

 でも、その世界にはもう戻りたくなかった。


 その空気をふわっと軽くするみたいに、梨沙が「あ、てかさ」と声を上げた。


「あれ来るの最悪じゃない?」

「うわ〜それ言う?めっちゃわかる!」

「よりによって体育とかぶるとほんと地獄」

「男子ってさ、そういうの知らないでサボりとか言うじゃん」

「それ聞くたびにムカつく!」

「でもさ、逆にそういうとき優しくしてくれる人いるとちょっと惹かれたりしない?」


 梨沙のその一言で、空気が一瞬やわらかく笑いに変わる。


「わかる〜。大丈夫?って言われただけで神扱い」

「それ!優しさ補正やばい」

「それで好きになっちゃうんだよね〜」

「恋って単純すぎる!」


 笑い声が部屋の隅まで広がっていく。

 その声を聞きながら、あたしはぼんやりとキャンドルの光を見つめた。


「ねぇ、みんなはさ。将来何になりたいとかある?」

「いきなり真面目モード!?……あたし考えたくないかも」

「現実逃避〜」

「だってさ、大学とか受験とか聞くと急に息詰まるんだもん」

「わかる。将来ってまだ遠い話なのに、もう決めなきゃいけない感じするよね」


 美桜はゆっくりと笑った。


「私はなんとなく人を癒せる仕事がしたいな。カウンセラーとかアロマ系のセラピストとか。……たぶん、今日のキャンドルがそう思わせたのかも」

「いいね、それ。美桜っぽい」

「うん。似合うと思う」

「ありがと」


 みんなの声が重なって、ふわっと温かい空気になる。

 その中心であたしだけ少しだけ取り残されたみたいな感覚がした。


 何になりたいのか、何になれるのか——。

 考えるほど曖昧になっていく。


「……私、自分が何を好きなのかもまだよくわかんないや」

「焦らなくていいんじゃない?まだ二年生だし」


 梨沙の言葉に部屋の空気が少しやわらぐ。

 そして、ふいに梨沙があたしの方を見た。


「瑠奈は?夢とか将来は考えてるの」

「……よくわかんない。ただこうやってずっとみんなで笑っていられる場所があればいいなって思う」

「いいじゃん。そういうのが一番大事だと思う」

「ね。瑠奈ぽいよね」


 美桜の穏やかな声にあたしは小さく笑った。


「ねぇ、みんな。この先ずっと4人でさ、また集まろうよ。何があっても離れない。約束しよ」

「うん。賛成!」

「いいね。あたしもこの4人でまた集まりたい」

「私も賛成!」


 この先もずっとこの4人で仲良くしていたい。

 もちろん、美羽や舞、遥、柚菜ともこの先も。

 それに峰島くんや藤井くんのことも忘れてはいない。

 でもーー梨沙と美桜、紗月はあたしにとって特別で大事な親友。


 いずれ高校を卒業して、それぞれ大学生や社会人になっても。

 この4人の約束だけはずっと変わらない気がしていた。


 そのことがどうしようもなく嬉しい。


 気づけば時計の針は深夜1時を過ぎていた。

 ポテチの袋が空になって、ドリンクの氷も溶けきっている。


「そろそろ寝よっか」

「もうこんな時間だしね」

「賛成!もう眠い!!」


 梨沙が部屋の灯りを少し落とす。

 オレンジ色の光が壁を照らして、ベッドの上に散らばったプレゼントの袋を優しく包み込む。

 あたしはその中にあるポーチに視線を落とした。


 みんなが眠りについたあと、あたしだけが目を開けたまま、ゆらゆらと揺れる炎を見つめていた。


 光の粒がリボンに反射して、まるで今日という一日を閉じ込めるようにきらめく。


 この光も笑い声も全部そのまま閉じ込めて。


 今日みたいな夜がずっと続けばいいのに。

 ただひたすらあたしはそう縋ってしまう。

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