49第 デジャブ
部活が終わって校舎を出たら、もう外は真っ暗。
日が落ちるのが日々早くなっていく。
特に書道部は人気の少ない校舎にあるので、帰る時は暗くて静かで、少し雰囲気があった。
「寒くない?」
「ん。そろそろコート必要かもね」
「ね、手足冷えるね」
今日も二人で夏希と帰る。
付き合ってから、ほぼ毎日一緒に帰ってる。
あれだけ嫌だった学校が、今では夏希と一緒に部活したり、帰ったりで、楽しみが出来て、学校に行くのが本当に楽しい。
「手に触る口実?言っておくけど付き合ったからって、何しても良い訳じゃないから。雑魚が触れたら、雑魚の手が溶けるかもね」
「・・・・」
夏希はいつもの調子で軽口を言ってくる。
ただ、修学旅行の話をしてから、微妙に反応が悪くて、表情が硬い。
話していても、その会話に、やや集中していないように見えた。
こういう時、僕はその人が話したくないなら、深堀りしない方が良いと放っておく。
無理に聞く方が、その人に別のストレスを与えてしまう可能性があるから。
だけど、何となく今回は僕から聞いた方が良い気がした。
別のストレスを与えるとしても、夏希のストレスを少しでも取り除けるなら、取り除きたい。彼氏として。
「夏希」
「あん?」
歩きながら夏希がこちらを見上げる。
相変わらず猫のような大きい瞳だ。
「僕に話したい事、ある?」
「・・・なんで?」
夏希がドキッとしたような顔になった。
言った後、「別にない」とか流されたら、きっとショックだろうなって思ったけど、少なくともやや動揺してる辺り、そんな事はなかったみたいだ
「別にさ、言いたくないなら良いけど、何ていうかさ。ウジウジしてるから聞いちゃった。らしくないじゃん」
いつもの夏希の言葉を真似をしながら聞いてみる。
夏希は悪いことが見つかった子供みたいな表情になった。
「生意気」
らしくない、弱々しい声色だった。
夏希はキッと目を強めたが、僕を責めている訳ではなく、自分を奮い立たせているように見えた。
「隠してた訳じゃないんだけど、私」
その後、1秒か2秒、夏希の言葉が詰まる。
そして、夏希が意を決したように言う。
「ケイタと付き合ってた。幼馴染で。でも別に何かしたとかは無くて、出かけたりとかも2回くらいしかしてなくて」
「うん」
やっぱり、その事か。
「別に隠してたとかじゃない・・・・じゃないけど、言いたくなくて。でも、もしかしたらアイツが前の体育祭でアンタに足を引っかけたりとか、修学旅行の件も私のせいかもしれないから、それは言わなきゃいけなくて」
夏希の瞳が少し下を向いて、またこちらを向く。
「だから、だから!ごめんなさい」
夏希がこちらをまっすぐ見て言う。
「本当はこういうの、言うべきだったのに、私、アンタに知られたくないって何故か思って、ううん。『何故か』って言うのは被害者ヅラね。でもそれ以上は何も無い。これ以外の秘密はないから」
知っていた。
由紀奈から聞いていたから。
でも夏希にわざわざ聞くような事はしなかった。
結局、過去は過去だし、『僕のように』消したい、誰かを傷つけた過去でもない。
なら、僕が気にしなければそれで済む話だ。
ただ夏希は夏希でずっと葛藤していたのかもしれない。
ケイタ君と僕の関係性から。
そう思うと、自分からその話をするべきだったのではと、少し罪悪感すらわいてしまった。
「ありがとう話してくれて」
「・・・・意味わかんない。礼をいわれる事はしてない。私が言いたかったから、言っただけ」
夏希が下を向いて、外も暗くて表情はわからない。
「ううん。本来言わなくても良いことじゃん。でも話してくれたんでしょ。夏希だって言いたくないのに」
「都合良く考えるわね。私は、ただ」
夏希は責任感が強い。
だからこそ、自分が許せないのかもしれない。
書道部でも、僕のような超初心者に対しても、自分がいくら忙しくても、口調は荒くてもちゃんと指導してくれるし。
「じゃあちょっと誇らしいかな」
「?」
「僕は、ケイタ君が振られた夏希と付き合えてるって事は、ちょっとは勝ってる所があるって事でしょ?」
何とか空気を換えたくて、少しちょけてみた。
僕の学校生活を変えてくれた夏希の悲しい顔は見たくない。
僕に嫌な事をするケイタ君と、付き合っていた事に申し訳ないとか思っているんだろう。
それとも、今も自分が罪悪感から楽になりたい気持ちで言ってしまったとか、そういう事を考えているのかな。
僕は夏希の内面をすべて理解できるほど、時間を共有できていないので、正確にはわからないけど。
「・・・・」
夏希が猫のような目を大きくしてこちらを向く。
また「図にのるな」とかそういう軽口を言われるんだろうと、少しだけ身構える。
だが帰ってきたリアクションは、少しだけ違うものだった。
夏希の目から頬に涙が伝う。
「え」
「図にのるんじゃないわよ」
夏希が顔を両手で抑えながら、消え入りそうな声で言った。
セリフは当てる事はできたのか、ってそういう場合じゃない。
「あ、あの!ごめん、僕なんかしちゃったかな」
付き合ってから、いつも強気で自信満々な夏希でも、暗い顔や怪訝な表情をする瞬間があると、発見をしたことは、たびたびあった。
でも、目の前で泣く姿は、勿論、なかったわけで。
「僕さ、たまに自覚なく嫌な事しちゃうらしくて、あの」
「ううん。私が勝手に泣いてるだけ、だから、何も言わなくていい」
両手で顔を抑えながら、少し言葉を詰まらせながら、涙声で夏希がいう。
手で顔を押さえているが、手で抑えきれていない部分から顔が赤くなっている事がわかる。
そうだ、ハンカチ!
「夏希、これ」
ハンカチを差し出す。
凛花がいつも持たせてくれる。
正直、自分で身支度をしたら、絶対にハンカチはもっていかない。
こういう時持っていてよかった。凛花ありがとう。
「ん・・・」
夏希はそのハンカチを手の隙間から見たが、受け取ろうとはしなかった。
「泣いてるのは私の勝手。でも、そんなのより、彼女が泣いてるんだから、抱きしめるとか、そういうの無いわけ?」
え
思い出した。
前もこんな事があった。
デジャブという奴か。
夏希と初めて会った日。
茜やケイタ君たちがいて、それで。
あの時、泣いてたのは僕だったっけ。
周りを見る。
ここは下校ルートで誰かに見られるかも、とも思ったけど、
夏希は今も泣いてる姿を見られまいと、両手で顔を抑えている。
小柄な夏希が、いつも以上に小さくみえた。
ええい。
「じゃ、じゃあ」
夏希の背中に腕を回す。
身長差があって、胸のところにすっぽり夏希が収まった。
その時、思った。
抱きしめる事で、泣いている夏希を隠す事ができるじゃないか。
道で泣いてる姿を誰かに見られたあの日、僕は惨めだった。
だから、夏希が泣き止むまで、周りから隠すように抱きしめる事にした。




