33話 感謝
「ははは。間抜けな面してどうしたのさ。ガーゼなんか貼って大袈裟ね。授業中に虫歯でも引き抜いた?」
「いくら授業が退屈でもそんな奇行しないよ」
保険の先生に一旦帰っても良いという事で部活に来た。
どうせなら由希奈も一緒に行くかと誘ったが、今日は体調が優れないのでパスだそう。
今日は何故か少し興奮気味だったからな。
彼女はすぐ体調を崩すから。
「じゃあどうしたのよ」
にしてもあんな事があったのに部活に来たいと思う僕も僕かもしれない。
でも、今日は絶対に部活に来ておきたかった。
空見にお礼を言いたかったんだ。
「ちょっとね。喧嘩したんだ」
「喧嘩〜?」
空見が小さな身体を揺らして笑う。
「ちゃんと殺せたか、坊主」
「まさか。一方的にやられたよ。でも負けてはないと思う」
殴り返すのは違う。
むしろ手を出さない事に意味があると思った。
それに殴り返すだけの度胸はない。
「一方的に?ダッサいわねぇ・・・・・でもまぁ」
「ん?」
「戦う事から逃げ続けてるよりはマシ。ミジンコでも成長はするもんなのね」
トゲはあるが褒めてくれているとわかる。
「ありがと」
「ミジンコからカタツムリくらい成長した」
微生物から虫だから進化という事なのだろうか。
「はは、初めてちゃんと褒められた気がするよ」
「あ?おのれに褒める所があれば褒めるわよ。今まで無かっただけ」
相変わらずバッサリだ。
褒める褒めないって僕の方が先輩のはずなのに。
だが今の僕は、悪い気はしていない。
主張するよりも場を収める事を優先し続けた僕が、自分の主張をしっかりできたのは絶対、この子のおかげだから。
結果的に先生に見つかって大事おおごとにはなったけど。
あのままやられっぱなしよりは、言い返しておいて良かったと心の底から思っている。
この子と出会わなければ、感情的になるなんて選択肢は取れなかったはずだ。
「準備さっさとしなさい。ぱっぱぱっぱ」
空見は自分の書いている半紙に目線を移す。
横を見ると、僕が教室においている習字セットが準備しやすいような位置に移動している。
「ありがとう、ここに置いてくれてたんだ」
「ん。書いてる時にバタバタされても嫌なのよ」
目線は半紙から移さずに言う。
「ね」
最初は、怖い子かと思った。
事実、今でも全く怖くないかと言われればそうではない。
でも、それ以上に厳しさや鋭さの奥にある、優さや暖かみを感じられるようになった。
後輩の女子、というよりも、素直に人として尊敬できる大きな人だと思う。
「あん?」
「僕さ・・・」
うまい事、口から言葉がでない。
感謝を伝えたいだけなのに。
恥ずかしいのかな。
「何よハッキリしなさいよ。ウジウジ病発病したらトドメ刺す」
「う、うん」
手を止めてこちらをちゃんと見てくれる。
感謝の言葉を伝えたい。
それだけのつもりだった。
だけど今、こちらを見て待ってくれる空見の目を見て気がついた。
「僕と付き合って欲しい」
そうか。
僕が部活を続けたいのは、部活動が楽しいからじゃない。
空見と一緒に居たいからだったんだ。




