いつもどおり
教室内がザワザワしていた。
クリスマスが近いから、その話で盛り上がっていたのだ。だけど男子と女子でしっかりグループが別れていて、そのグループ内ではクリスマスのあることについて話していた。
あ、もちろん、僕は論外ね。
「彼女作らないと」
「彼氏作らないと」
クリスマスぼっち、略してクリぼっちを避けたいんだな。
僕はクリぼっちえもなんとも思わないけどね。家族は兄さんしかいないけど、兄さんは滝谷さんと二人でデートだろう。あー、むかつく。
「春奈は彼氏いるから狙えねえ」
男子が滝谷さんの話をしている。僕は気になって耳を傾けていた。
「俺も春奈と身体をくっつけたいわ」
いやらしいことを考えている。
もしかしたら兄さんと滝谷さんは、そういうことをするのかもしれない。
失恋している僕にとっては、嫌なことだ。
そこらへんにいる男子の気持ちが分かる気がする。
どこでやるんだ。滝谷さんにはお姉さんがいるんだから、滝谷さんも僕の家も無理だろう。
外か、外でキスしたりするのか。
少しだけ想像してしまった自分が恥ずかしい。
どうしよう、本を読むのに集中できない。
「彩花は?」
「誘いたい人はいるよ」
彩花にも好きな人の一人や二人はいるだろうな。
自分ではサバサバしている性格だと言っているが、僕にはそう見えない。
それにあの容姿だ、絶対モテるだろう。
そして昼休みが訪れて、僕は屋上に向かおうとした。その時、彩花に声をかけられた。
「話あるから。教室で一緒に食べない?」
何の話だろうと思いながら、僕は教室に戻った。丁度席が空いていたから、二人で座ってお弁当を開ける。
少しだけ視線を感じたけど気にしなかった。
「クリスマス、一人だよね?」
ちょっと胸にグサッとささる。本当に問答無用で言ってくる。そのほうが好きだけど。
「だったら何?」
傷ついた素振りを見せないように、ご飯を頬張った。
「一緒にどっか行かない?」
ちょっと驚いて、彩花の顔を見る。別に断る理由もないからよかった。
どうせ家にいても一人だ、誰もいないところで一人で本を読んで1日を終えるのは少し寂しい気もする。
「いいよ」
僕ははっきりそう言った。
さっき感じた視線が気になって、その視線のほうを見ると、滝谷さんが僕のことを睨んでいた。
僕はご飯を喉につまらせて咳込んだ。急いで鞄から水筒を出して水を飲む。
「ど、どうしたの?」
「なんでも」
何事もなかったかのように、僕は食べ続けた。
滝谷さんのほうを見ないようにしよう。なんで僕のことを睨んでいるのかわからなかったけど、きっと見間違いだろう。
放課後になると、突然滝谷さんからメールがきた。
この後、駅前のカフェに集合、だそうだ。
早く帰りたかったけど、僕は駅前のカフェに向かって彼女を待った。
しばらくすると、息を切らせて僕の前の席に座る。
「ごめんね、待った?」
「いや? 走ってこなくてもよかったのに」
彼女はハンカチで汗をふいて、水を飲んで一息つくと、僕を見る。
「クリスマス、誘われた?」
「・・・・・・うん。それがどうしたの?」
ヤキモチを妬いてくれればいいのになと思った。
でも、さすがに妬かないか。だって彼氏がいるだぞ、クリスマスに関しては嫉妬なんてしないだろう。
「どこに行くの?」
「決まってないよ」
滝谷さんは残念そうに「えー」と言う。何が言いたいのかわからなかった。
「それだけ?」
「ううん。この後どこか遊びに行きたいなって」
なんで僕となんだ。伊藤さんと行けば良いじゃないか、と昔の僕なら思ったけど、彼女に恋をしている今の僕からしたら嬉しい言葉だ。
「どこ行く?」
「映画見たい!」
映画か、久しぶりだ。いいかも。
映画館に向かうと、人はあまりいなくて、席も空いていた。
「恋愛映画見たいんだ~。これにしよ?」
「うん。って、これかなり過激・・・・・・」
僕の言葉を遮るように、「行くよ!」と言い、ポップコーンを買いに行った。
「この時間人いないんだね」
「あとから沢山来るよ」
僕の思ったとおり、すぐ人は入ってきた。
周りはカップルばかりで、僕たちは場違いだった。
「ふふ、緊張するね?」
わざとこの映画を選んだのかと疑った。
「全然」
僕は余裕を見せた。本当は緊張していた。好きな人と、初恋の人と一緒に隣同士で映画を見てるんだ。
それも恋愛映画。緊張しないわけがない。
映画を見る前に僕が予想していたとおり、やっぱり過激なシーンが多かった。
そのシーンに合わせて周りのカップルたちはキスをし始めた。その音が聞こえる。
「愛してる」だの「好き」だの、そんな言葉をかけあって。
僕は滝谷さんの表情が気になって横を見る。
彼女も僕を見ていた。いや、多分、僕よりずっと前から。
落ち着かない僕の顔を、見ていたんだ。
「緊張してるじゃん」
「う、うるさい」
恋人同士っていうのは、こういうこともするんだよな。
「私達もやってみる?」
バカなことを言い出した。
「兄さんとすればいい」
彼氏がいるんだから、兄さんとこの映画をもう一度見たときにすればいんだ。
全く、僕のことをなんだと思ってるんだ。
「手を繋ぐのも?」
滝谷さんは僕の手に、自分の手を添えた。
僕は驚いて言葉も出なかった。
小さくて、冷たい。これが滝谷さんの手なんだ。
恋は盲目、これは恋により理性を失うことを言う。
まさに、今の僕だった。
僕は彼女に、キスをしていた。
柔らかくて、女子だなと改めて思った。
彼女はすごく驚いていたと思う。暗くてよくわからなかったけど、息づかいが荒いから。
滝谷さんは嫌だと言うように、僕の胸を一生懸命おしていた。でもその力は男の僕にとっては弱かった。
嫌だと思われても、僕は止まれなかった。
映画は最後のシーンに入り、終わった。
僕たちは外に出て、電車に乗って、何も話さずに車内を出た。
雨が降っていた。
僕たちは誰もいないプラットホームで立ち止まった。
電車が発車して、もう人気もないこの場所で。
いきなり、滝谷さんは僕の頬をビンタした。
驚きもしなかった。
怒られることは覚悟の上。キス以上のことにまで手を出そうとしたんだ。
途中、我に返って手は止めたけれど、そんなの関係ない。
僕はいけないことをしてしまった。あんなに嫌がっていたのに、やめなかったんだ。
嫌われたよな。
「なんであんなことしたの?」
彼女は制服の裾を握りしめ、続けて話す。
「私、キスしたの初めてだったの・・・・・・」
衝撃的すぎて、口を紡いだ。
でも反省より、僕が初めてだったことが嬉しかった。
本当に僕は最低だな。
「あれは、なんのキス? ムードにのったの? それとも、裕樹さんに対する嫌がらせ?」
兄さんと突き当ている君にキスすれば、兄さんが傷つく。だから僕にとっても都合が良い。
そういうことを言いたいんだろうな。確かに滝谷さんはわかりやすいから、顔を見れば何かあったとすぐに気付く。兄さんは勘が良いから、僕と何かあったんじゃないかと探りをいれてくるだろう。
そうしてすぐにバレる。
でも僕は「どちらでもない」と答えた。
「じゃあなんでよ!」
「好きなんだ」
滝谷さんは目を見開いて、僕の顔を見た。
どんな顔をされても愛おしいと思ってしまう。例え、彼女が怒っていても。
僕はその頬に手を伸ばした。
「ごめん。僕、滝谷さんが好きだ」
好きになってはいけない人に、恋をしてしまった。
よりによって彼氏持ちの女の子。
でも仕方ないんだよ、ダメだとわかっていてもやってしまう。
この世の中に、好きになってはいけない人はいないと、映画化された小説を読んで学んだことがあった。
確かに、誰が誰を好きになろうと関係ない。
でも、それは第三者からの言葉だ。彼氏のいる滝谷さんを好きになった僕にとっては、そんなこと思えないんだ。僕でも兄さんでも滝谷さんでもない。他人から言われないとわからないんだ。
理解出来ないんだよ。諦めないといけないって思ってしまうんだ。
「ほんと、ごめん」
僕は一言そう残して、彼女の頬に触れていた手をゆっくり離した。
そして何も言わずにその場を離れて、階段を降りて、改札口を抜けて家に帰る。
彼女を、滝谷さんを残して。
雨は次第に強くなっていった。今の僕の心と同じだった。
言わなければ良かった、と後悔している。今思ったって、遅いんだけど。
そういえば、滝谷さん、傘持ってたっけ。
雨が降ったのは突然だったから、持っていないかもしれない。
僕は駅に向かおうと後ろを向いた。
でも、やめた。
近くの公園に行って、ずぶ濡れになりながら座っていた。
スマホを取り出して電話をかける。
『冬樹! 傘持ってった? 大丈夫?』
涙がこみあげてきた。
僕は兄さんに悪いことをした。こんなに僕のことを気づかってくれる兄さんに。
「駅にいるから、傘持ってきてくれる?」
震えた声でそう伝えた。
僕は大雨の中、ずっと、ここにいた。
一時間くらいたったかな。髪が、バケツいっぱいの水を被ったようにぬれている。
服も、プールに飛び込んだようにびしょびしょだった。
この一時間の間、一〇分くらいに一度は電話がかかってきた。
でも僕はそれに応えなかった。応える気力がない。
疲れていた。胸が痛かった。気持ち悪かった。
何も考えずに、涙を流して、ベンチに座っていた。
今頃、兄さんは僕のことを探しているかな。いや、そんなわけないか。
僕のことより、まず滝谷さんを家に送っているだろうな。
二人して、相合い傘して。いつもなら想像するだけでイライラしていたけど、何も思わなかった。
上を向いて、空を見て、目を閉じて、雨を感じていた。
ずっと降ってればいい、と思った。
スマホの画面を開いて時間を見ると、二一時だった。
家から遠い公園にいるから、もし探していたとしても早々僕のことを見つけることはないだろう。
もう見つけなくていいけど。
鞄はしめっていて、中に入ってる本もぬれてそうだった。
ドライヤーで乾かそう。
暗い夜の公園で、雨に濡れる。人生で初めてだった。
ずっと上を向いていたら首が痛くなったから、今度は下を向いた。
肩も凝ってきた。運動不足だ。
まだ雨は降り続けている。ずっと、ずっと。
ああ、なんだろう。目眩がしてきた、頭も痛い。身体が熱い。
「はぁ、はぁ・・・・・・」
だるい。
僕はそのままベンチに横になって、気を失いかけていた。
仰向けになると、顔に雨が痛いほど降ってきた。痛い。
「渡辺君!!!」
これは夢か、気のせいなのか、幻想かな。
僕に傘をかざして、泣きそうな顔をしている滝谷さんがいる。
僕の目の前にいる。
「渡辺君、渡辺君!」
僕の肩を揺らしている。
頭がグラグラするからやめてほしかった。
きっと夢だろう。あんなに怒っている彼女が僕の心配なんてするわけない。
そうだ、これは夢だ、夢、夢。
「ご、めん、ごめ、ん」
夢の中で、泣きながら彼女に言った。
声をふりしぼって、出して。
本当に涙が止まらなかった。
「好きになって、ごめん・・・・・・」
僕は意識を失った。
目が覚めると、見慣れた天井があった。
僕の部屋だ。
ゆっくり起き上がると、身体がだるかった。
ああ、僕、倒れたんだ。それで運んでもらったのか。
近くに水がおいてあって、僕は我慢出来ずに飲んだ。
水分がほしかった。ベッドから出て、フラフラしながら一階に向かった。
階段を下るのが怖かった、今にも足が崩れそうだった。
リビングに行くと、机の上に置き手紙が置いてある。
今日帰れるかわかんない!!そしたら友達呼ぶから、安心して。 裕樹
そう書いてあった。友達呼ぶって、僕、人見知りなんだけど。
そういえばどのくらい眠っていたんだろう。
カレンダーを見ようと思ったけどだるくてやめた。コップに水をいれて、そのままソファに寝そべる。
その時、ピーンポーンと、音が鳴った。うちに誰か来た。
兄さんかな。僕は深く考えられず、とりあえず玄関に向かってドアを開けた。
ガチャッ
「!」
びっくりしたように僕を見ていた。
あれ、これも夢か?滝谷さんが僕の家に来た。
それも私服で、コンビニに行ったのか袋を持って。
滝谷さんは短パンだった。寒くないのかな。
「ちょ、なんでベッドで寝てないの!」
来て早々、怒られる。
「合い鍵持ってたのに! 癖でインターホン鳴らしちゃった私も悪いけど・・・・・・」
「・・・・・・なんでいるの」
滝谷さんは靴を脱いで家にあがる。
そして僕の腕を肩に回して、支えてくれた。
「裕樹が仕事で帰れなさそうだから、私が1日お世話しに来たの」
1日、お世話?
でも友達が来るって置き手紙には書いてあった。
兄さん、間違えたのかな。それともその友達が、急に来れなくなったとか。
「はい、寝てて? おかゆ作ってくるね」
僕は彼女の手を握った。力が入らなくて、かなり弱かったと思う。
いつでもふりほどけるのに、滝谷さんはそんなことしなかった。
でも、少し警戒しているような顔をしていた。
だから僕は言った。
「帰れ」
触れていた彼女の手から、手を離した。力の限界だった。
「やだ、帰らない。お腹すいてるでしょ?」
「移るから・・・・・・」
「もう、素直にお世話されなさい!」
頭に軽くチョップを受けた。痛くなかった。
なんで笑ってるんだよ。僕のこと許してないだろ。嫌いだろ、嫌いになっただろ。
かまうなよ。兄さんに言われたから来ただけだろ。
思っていたこと全部、はき出したかった。
しばらくすると、良いにおいがした。
僕の部屋のドアをノックして、開けて、おかゆを持ってきた。
起き上がろうとすると、彼女はそれに気付いて僕の背中を支えてくれた。
「料理、できたんだ」
「おいしそう、じゃなくてそれ言う?」
僕はスプーンが持てなかった。滝谷さんは、そのスプーンを持って、僕に食べさせてくれようとした。
でも「自分で食べれる」と拒んだ。それでも「いいから」と言って僕に食べさせてくれた。
何も考えないで食べていた。いや、考えるのが面倒くさかったんだ。
少しだけ食べ終わると、僕はお腹いっぱいだったから、「ご馳走様」と言った。
滝谷さんは一階に行って、食器を片付けに行く。食器を洗い終わったのか、僕の部屋に戻ってきた。
「熱、計るよ」
僕の服のボタンを外し、体温計を脇に添えようとする。
どこが脇なのかよくわかってなかったから、僕は彼女の手に触れて、自分の脇に体温計をいれた。
触れたとき、少しだけ手が震えているのがわかった。
体温計はすぐに音をあげた、見ると、三七.八度。
「あともう少し。お風呂入る?」
まだ一七時くらいだったけど、入りたい。
僕は頷いて、ベッドから起き上がった。
「じゃあ私、夕飯の準備でもしてようかな」
さっきおかゆ食べたばかりだけど、それよりも彼女の手料理を食べてみたいという気持ちのほうが強かった。僕は下着を持って洗面所に向かった。湯にはつからず、シャワーだけで済ました。
お風呂を出ると、まだ夕飯の準備中だった。
「渡辺君が寝たら、私帰るね」
僕は「ありがとう」と言った。
ソファに座って、頭を拭いていた。ドライヤー持ってこないと、と考えると面倒臭かった。
それを予測していたのか、滝谷さんはドライヤーを持っていた。
「やってあげる」
僕はソファの下に座り、後ろに滝谷さんがいた。
人にやってもらうのは久しぶりで、気持ちよかった。
「男子って、ブラシでとかしたりするの?」
「人によるけど、僕はやらない」
やらなくても勝手に整うから。髪の手入れだけは昔から欠かさなかったから、いつの間にか癖がついたのか何もしなくても整うようになった。
兄さんは相変わらず、手入れをしないとボサボサだけど。天パっていうのか。
「嫌いな食べ物は?」
「強いて言うなら、きのこ」
「私と一緒だね」
ふふっ、と小さく笑う。少しだけ近づけた気がして、安心した。
あの日のことを気にしないでいつも通り接してくれたから、安心しているのに、少し複雑な気もした。
「終わったよ。もう少しでできるから、その間待ってて」
鍋かな。
兄さんが滝谷さんと結婚したら、こんな美味しそうな匂いをかげるのか。
二人で、美味しいご飯食べて。兄さんは幸せだろうな。
僕はこの先、滝谷さん以外に好きな子ができるとは思えない。
未来は分からないけど、絶対、会えないっていう自信があった。なんでだろう。
夕飯は鍋かと思ったら、うどんだった。
いろんな野菜が入ってて、本当においしかった。今の僕は幸せだった。
毎日、こんな時間が続いてほしかった。
食べ終わると、食器の片付けを全部やってくれた。ありがたい。
全部終わると、僕たちはソファに座った。
それも一人分以上の距離を開けて。
「今日はありがとう。もう帰って良いよ」
「寝るまで、だよ」
「夜遅くなるだろ」
もう夜遅いけど。あ、そうだ。
「じゃあ泊まっていけば」
「えっ?」
驚くように僕のことを見ているのが目に見える。
顔を合わせるのが怖くてずっと前を向いていた。
「冗談じゃないよ」
「・・・・・・駄目、だよ」
引きつったような声。
「兄さんは1日職場で泊まってくると思う。だから、兄さんの部屋使いなよ」
「で、でも・・・・・・」
「こんな夜道に、歩かせたくない。お願いだから泊まって」
滝谷さんは何も言えなくなった。そして今日は泊まることになった。
母親の下着があるから、風呂のときはそれを着てもらった。
服は見ると思い出して悲しくなるから、捨ててしまった。
下着は見たいから残しておいたんじゃない。兄さんの前の彼女がここに泊まった時、遣ったから。
いつかまた、遣う時がくると思って残しておいただけだ。
それで、兄さんの服は貸したくないから僕の服を貸してあげた。
こんなときでも嫉妬してる。
滝谷さんが風呂に入っている間、テレビを見ていた。
微熱だから、少しくらいいだろ。前より頭が痛いこともないし。
この時間はドラマがやっている。恋愛、青春系だ。
好きでも嫌いでもなかったけど、他に見るものもないし、滝谷さんが好きそうだからつけていた。
二〇分後くらいに滝谷さん風呂からでてきた。
「あの、お風呂、ありがとう」
お風呂からあがった彼女は、色っぽかった。
熱いのか頬が火照っている。タオルで髪を拭きながら僕の前に現れた。
僕の服がゆるゆるだったのが、ちょっとかわいくてやばい。
ああ、駄目だ。理性を失うな。
滝谷さんは僕の隣に座った。さっきは一人分以上も空いていたけど、今は距離が近い。
一人分よりも狭い。僕は緊張していた。
でも、もうあの時のように酷い事はしたくないから、我慢しよう。
「ごめんね」
急に、彼女は謝った。誰に謝ってるんだ、と一瞬考えたけど、僕しかいないよな。
謝られることなんてされてない。逆だろ、僕が謝らないといけないのに。
なんで君が謝るんだよ。
「私、頬叩いちゃった」
そういえば駅で叩かれた。でもそんなの・・・・・・。
「僕が、傷つくことをしたからだ。構わないよ」
「あとね、私、嘘ついてたことあって」
嘘?
「私、本当はね、文化祭の、後夜祭が始まる前に・・・・・・」
声が震えている。
「裕樹と、わかれたの」
びっくりしたけど、信じた。
声が震えていたから、僕に嘘をついたことに対して悪いと思ってる。
怒られる、って思ったのか。
僕は、全く怒らない。
「怒ってないから、そんな泣きそうな顔しないでよ」
複雑な顔をしていた。言葉では、言い表せないような。
「でもなんで言わなかったの?」
「本当は、後夜祭のとき伝えようと思ったの」
だから僕を探して、教室まで来たのか。
「でも・・・・・・あなたが、彩花、って名前で呼んだときヤキモチ妬いちゃって」
彼女は拳を軽く握った。
「そしたら渡辺君も、裕樹にヤキモチ妬いてたことを知って」
今度はすっきりしたような顔を見せた。
「だから、あのね」
「うん」
「ヤキモチ妬いてくれるのが嬉しかったから、別れたこと言いたくなかったの」
真っ赤な顔を僕に向けた。距離が近いぶん、はっきりわかる。
今まで我慢してきたのは、滝谷さんだったのかなって。
嘘を突き通すことは、そんなに簡単じゃない。
相手を騙すということだから、自分の中に罪悪感が生まれる。
滝谷さんは、耐えられなくなったんだろう。
「ずっと、妬いてたよ」
棒は素直にそう言った。だって本気だった。
いつも兄さんが羨ましいと思っていた。
僕が兄さんだったらよかったのにって思っていた。
滝谷さんが好きだから、好きなぶん、辛かった。
「ごめんね。嘘ついて」
「全然気にしてない。それより、なんで別れたの?」
滝谷さんはまた黙った。
言いたくないなら言わなくても良かったけど、どうしても聞きたいから話してくれるのを待っていた。
すると、話し始めた。
「夏休み、花火大会に行ったの覚えてる?」
覚えてるに決まってる。あの日を境に僕たちの関係は崩れかけていた。
「渡辺君に、もし裕樹と付き合っててもいつもみたいに一緒に遊んでくれる?って聞いたでしょ。
でも渡辺君、応えてくれなかったじゃない」
「まさか、僕と遊びたいから、兄さんと別れたの?」
滝谷さんは頷いた。
なにそれ、なんだよ、それ。
意味分からない。
「時間を、無駄にするなよ」
「だからこそだよ。私は渡辺君と遊んでいたかった。恋人よりも友達のほうが付き合い長いし」
それに・・・・・・、と少し間を開けた。
「渡辺君と話すの楽しいから」
僕の好きな笑顔を、向けてくれた。
ほんと、僕なんかのどこがいいのか。
入学式の日に、ちょっとグッときたってだけじゃんか。
それ以外に僕の良いところなんて見てないだろ。
まず良いところなんてない。
「バカだろ」
「でも渡辺君だって、私と話すの楽しいって思った事くらいあるでしょ?」
「毎日、思ってた。二学期始まってから話さなくなったから、悲しかった。また話したいと思っていた」
「私と同じだね」
嬉しそうに微笑んだ。
「映画館で、僕、キスしたよね」
彼女は急に恥ずかしそうな顔をした。
「あ、あれは、許してない」
「うん、許さなくていい。あのことは忘れてくれ」
「! む、無理」
「兄さんと付き合っていたときに、キスの一つもしなかったの?花火大会の日泊まりに行ってたじゃん」
兄さんはあの日、一泊お世話になったはずだ。
付き合いたてでも、兄さんが手を出さないわけがない。
「私、そういうの怖くて。もうちょっと待ってほしいて伝えたの」
初めてだから、怖かったのか。
じゃあ僕はその怖いことをしたわけか。
「ほんと、ごめん。映画館なんてあんな暗いところで」
「も、もういいよ。恥ずかしいから話変えよう」
僕も恥ずかしくなってきた。そして二人で顔を見合わせて笑っていた。
やっぱりいつも通りが一番だ。この関係が一番いいんだ。
「髪、渇かしてあげようか」
僕はドライヤーを手に取る。
「じゃあお願いします」
僕たちは、仲直り?というものをした。
生きていく上で、良い経験をした。
女子ともめるなんて、滅多にない。
僕みたいな人間は特にね。
眠くなって、二人でそのままソファで寝た。
二人で並んで。
僕の肩に頭をもたれて、その頭に僕も軽くもたれて。
告白の返事なんていらなかった。