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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
4章 ベルジュ防衛戦 前半
30/142

1 開戦

町に迫る魔物達。

遂に防衛戦の幕が開かれようとしていた。

戦場に向かうナナカは何を思うのか。

 そこにはナナカの知っている世界はなかった。いや、覚えていないだけかもしれない。


 塀の向こうにあった風景は夢の世界で話に聞いた外国の世界の様だった。

 館の造りからもある程度は想像出来ていた事は確かだが「話に聞いた」「絵で見た」「模型で見た」というのは、どれも想像を掻き立てるだけのものであり、自身の目で見る、石造り、木戸、家から家を繋ぐロープにかけられた洗濯物などの風景は新鮮だった。


 ナナカは大柄な女性傭兵シェードの駆る馬の後ろに跨り、流れる風景を忙しく目を顔を動かし、自身の状況を実感するのだった。「これが今から自分たちが守る町」だと。


 走る先にあるのは消光の森から点々と見えてくる魔物達。

 この場所からは、どんな魔物なのかまではナナカの目では分からないが言える事は、その一つ一つの点が間違いなく町に近づいてきている事。


 焦りを滲ませたシェードから、速度を上げる事を伝えられる。

 予想以上に魔物の動きは速い事がその様子からも窺い知れた。もちろん、ナナカからはそれを断る理由ない。振り落とさない程度で頼むと返答するだけである。


 後1分も走れば待ち合わせの場所に到着する。

 既に町の出口に差しかかったが誰の姿も影すらも見えなかった。町の住民がこの周辺からは退避が終わっている事は予測出来るが、肝心の傭兵シェガード達が居ない状況は悪いイメージしか浮かんでこない。あの男が逃げる事は考えられない。つまりは……


「ナナカ姫。やはり火蓋は切られました。既に始まっていると見ていいでしょう」

「そうか、ここでも後手に回ってしまったか。戦場へ頼む!」

「しかし……」

「戦う者たちに声が届く位置まででいい! そうでなければ、私がここへ来た意味がない!」


 意志の強さを感じ取ったのか、頷き一つを見せると向かうべき方向に鋭い視線と馬を走らせた。その速度は先程までよりも明らかに速い。


 馬に乗った経験も記憶もないナナカにとっては未知の揺れと振動で、まだ成長過程の小さなお尻を丸太で叩かれるような感覚に、しばらくは椅子に座るのが難しくなる事は確信できた。


(この衝撃で女性の大事なものを失う場合があると聞いた事があるが確かに、これでは無理はないな)


 ふと湧き上がったくだらない考えに、シェードに対して「まだ失っていないか?」と聞いてみたいところだが、セクハラとパワハラと言う夢の世界の恐怖の二大用語が頭をよぎった為、口にしないことにした。



 健全な青年の妄想に浸っている中、ようやく戦闘の音がナナカの耳にも届く距離まで辿りつくことが出来た。


 視界に入ってきたのは腹の部分から切り捨てられた、3mに届こうかという体に顔と同じサイズの牙を持つ犬。いや、見た事はないが、たぶん狼と言うに生体に近いだろう。子供程度であれば丸呑みできそうな口からは断末魔を上げる時に出たと思われる舌がだらしなく地面に投げ出されていた。そして、同様の魔物の10匹近くが周辺に見える。


「こいつらはオオール。集団で行動をする魔物です。脚が早いだけに町への到着して、おやじたちの手で死肉へと変えられるのも1番になってしまったらしいね」


 早くも飛び散った内臓に虫の集るオオールの死体に感情も込めずに語る。そのシェードの姿に彼女が血に慣れた上位クラスの傭兵である事を再認識する。


「とりあえず、こちら側の死体がない事が確認出来ただけでも一安心だ」

「こちらも冒険者ではないとはいえ、森から1番先に逃げ出してきた魔物如きに遅れを取るわけにもいかないでしょう」


 その言葉と3mのオオールを比べて、現実の世界の厳しさを理解し始める。

 あの傭兵シェガードよりも大きい目の前の死体達ですら弱い部類。つまりはこれ以上に強い魔物が後にやってくるという事だ。それでもシェガードを信じている。たとえ戦っている姿をまだ見た事がない現状であっても、あの男が負けたり死ぬ姿は思い浮かばない。何よりも勝たなければ明日はやってこない。


「もう少し前に行きます!」


 ナナカのやるべき事を理解しているのだろう。こちらから指示を出すまでもなく現在への戦場へと馬を向かわせる。そう、自分たちの役割を果たす場所はここではないのだ。


 戦いの音が近くなる度、血の匂いも濃くなっていく。人と魔物の命の叫びは大きくなり、少なくなっていく。それこそが命の奪い合い。原始からあるであろう生物と生物の純粋な生存本能のぶつかり合い。


「ナナカ姫、これ以上近寄る事は難しいです!」


 血煙の混じる距離まで近づいた事を確認すると馬の足を緩めてシェードが、その言葉でナナカへの合図としてきた。


 小さな体の王女が何の権限も力も持たずに今この時に戦場に降りた。

 きっと歴史の書が残されるとするならば、ここを赤髪の少女であるナナカ姫の最初の戦いと表記するのだろう。ただ、未来のナナカは、こんな言葉を残したと言う。「私にとっては常にそれが最後の戦いである事を望んでいた」と。もちろん、今のナナカにはそんな事は関係がない。ただ勝つ事だけを求めていた。


「皆の者! 明日は私に最高の誕生日を迎えさせてくれ!!!」


 今日負ける事は許されない。必ず明日を迎えると言う意志も含めてはいるものの、この戦場では場違いな言葉。今も戦闘は続けられており、誰も顔をこちらに向ける者は居なかった。しかし、シェガードだけが戦場に轟く笑い声をあげた。それに釣られるように傭兵たちの笑いに似た雄叫が続いた。それを最高の返答としてナナカは受け止めた。




 後に「ベルジュ防衛戦」と、この町の人々が語る事になる人間と魔物の争いの開幕であった。

2015.9.10

描写と表現の変更修正を致しました。

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