+0.5 二人の母
チョイ話です。読まなくても本編の話は繋がります。
ハッキリ言って、かなり残酷な描写があります。
苦手な方は読む事を控える事をお勧めします。
あたしはシェード。
傭兵シェガードの娘だ。
おやじに「急ぎの仕事があるから来い」と、ベルジュって町まで呼び出されたんだが「急ぎ」なんて言葉は全く以て、おやじには似合わない言葉だ。
基本的に自由奔放で慌てる事なんて、まずない。
そんな事はいつ以来だろう?
そう、あの日だろうか?
◇◇◇
あたしは、まだ9歳になったばかりだった。
おやじは村で出た病人を近くの町に運ぶ為に2日前から家を空けていた。
母とあたしは、おやじの帰りを待ちながら、いつものように普通の生活を繰り返していた。
村は何もないと言っていい程に小さなところだったが、1つだけあったとすれば平和な暮らし。望めばきりがないが、その暮らしに不満はなかった。
ただ、その日は突然やってきたのだ。
村は抵抗する事も出来なかった。ある魔物に蹂躙されたのだ。
人が地上に生活を移した時代から存在していた、人類にとって醜悪な存在。
人はその魔物を『コボルト』と呼んでいる。
30匹近い集団に村は襲撃を受け大きな被害を出していった。
当然、そのコボルト達は我が家にも現れた。
奴らの目的は今も昔も女性を攫い繁殖する事。
なぜか?
コボルトはオスしか生まれない特殊な種族だから。現在までメスが確認された事は一度もない。つまり、それは真実なのだろう。
当然、男性は殺されるだけであり、女性は攫う対象でしかない。
母もそれはよく理解していた。あたしを守る為に包丁を構えコボルトと対峙する。その努力は一匹の生きの根を止める結果を生む事になったのだが、それ行為は残りの相手を逆上させた。
母は5匹のコボルトから一斉に攻撃を受け、指が腕が足が母の胴体から切り飛ばされる。あたしはその様子を部屋の奥から眺めている事しかできなかった。
(声を出せば次は自分が同じ目にあう。いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!)
そんな、あたしを母は最期まで守るように奥への通路を塞ぐ為、残された片足で立とうとしていた。
悪夢のような状況を目にした私の心を支配するのは恐怖と疑問だけだった。
「なぜ誰も助けに来ないのか?」「なぜ母は立つのか?」「なぜ、あれで母は生きているのか?」という思いは押し殺すことも出来ずに溢れかえる。
数々の生まれた疑問は、母の首から上にあるべきものが無くなった時に全て消し飛んだ。
やる事をやり終え、満足気にあたしの居る部屋まで来たコボルト達は自分たちの目的を達成する為の道具になるモノを見つけると取り出した鉄の匂いが染み込んだ大きな袋に詰め込んだ。
モノとして扱われ、そのままどこかへ運ばれて行く途中、袋の中の真っ暗な世界の恐怖は、あたしの意識を闇へと落とした。
◇◇◇
気付いた場所はどこかの洞窟らしきところだった。
あたしは醜悪なコボルトでなく、同じ人間の女性達に起こされた。
「あああ、夢だったんだ。よかった。怖い夢だったんだよ」
そう言ったのを覚えている。
9歳の少女の言葉を聞いた女性達からは返答がなかった。
「なんで誰も夢だって言ってくれないの!?」
水の中で息を止めているかの様な女性達の表情は、あたしの言っている事を完全に否定していた。「お前の悪夢はまだ終わっていない」と。
無言の空気が同族に囲まれているにも関わらず孤独に包まれる。
やがて目が暗さに慣れてくると、思った以上に広い洞窟である事がわかった。
人の数もあのコボルト達以上に多くいる事もわかった。
ただ奥に視界を移すと、瞳の焦点がずれたお腹の大きな女性が数人見えた。
当時のあたしは妊婦も攫われてきたのだと思い違いをしていた。それが間違いだと分かるまでに、それ程の時間は掛からなかった。
あたしが目を覚ましてから誰一人として言葉を発しない。誰からも生気を感じられない。幼かったあたしは母の事は何かの間違いと思い込み、周りを元気づけようと「きっと、お父さんが助けに来てくれる」と訴え続けた。
しかし、その時は来た。
母が殺された現実を思い出させる、あの時と同じコボルト達が現れた。
言葉を失った。体が震え出し、自分の座っているところを温かいもので濡す。
女性達はコボルトから逃げ出す様に奥へ奥へと逃げ出し、コボルトの前に残されたのは逃げる勇気も絞り出せなかった、あたしだけだった。
雑草のように刈り取られた母の最期が思い出される。
過去に囚われた心を満たしたのは「きっと自分も同じようになるんだ」という恐怖。
コボルトの手があたしに伸びた。「お前に決めた」と言わんばかりに。
あたしは女性達は全員が奥へと行ったと思っていた。しかし、コボルトに目を奪われ視界の狭くなった為、最初に近くにいた女性が、まだ其処にいた事に気づいていなかっただけだった。
彼女は動けないでいる、あたしの前へと進み出ると自身を生贄の様にコボルトへと歩みを始めた。
混乱するだけのあたしを残して、彼女は振り返りも言葉も口にせず、コボルト達に連れられて消えた。
あたしは「彼女は死にたかったんだ」「殺されたかったんだ」「希望を持つ事に疲れたんだ」と勘違いをしていた。しかし叫ぶような声は何時になっても聞こえてこなかった。声も出ないほどアッサリと殺されたのかもしれない。
どれくらい経ったのだろう? 彼女はこの場所へと帰ってきた。
服は半分破られた状態であり、何かされた事は理解出来た。ただ当時の自分は理解力が足りなかった。全てを理解したのは、この日ではなかった。あれが「あたしを守る為」に進み出たのだと。怯えさせないために「我慢した」のだと。そして――殺されたほうがマシな行為が行われたのだと。
それから1週間経っても誰も助けに来る様子はなかった。更に2週間が経過しても変わる事はなかった。
自分の前に立ってくれた女性はやさしかった。
名前を『マニサ』と名乗り、あたしに構ってくれた。
あれ以来、コボルトは食事を持ってくる以外には現れる事はなかった。
結局その後、災厄をコボルトが運んで来ることはなかったが、奥にいた女性が1つの恐慌を生み出した。それは、お腹の大きかった女性達の産気。
あたしは思った。子供が生まれる。めでたい事だと。周りの女性たちの顔色も知ろうとしないで。
生まれてきたのは6つ子。
ただし、それは人間が決して産んではいけないもの。生まれて来る事がおかしいもの。異形のもの。
あたしは、ただただ声無き悲鳴を上げ続けた。
異形のものを、この世に産み落とした女性は、なぜかそれに驚いた様子もなく煌々とした笑みを浮かべていた。それは後になって知った事だが、コボルトの子を出産する時は体に興奮作用を与える効果があり、その一種の快楽により子供を産み続ける道具にする為のコボルトと言う生物の進化形態。
そして……自分の代わりに連れて行かれた、マニサもお腹が膨らみ始めている事にその時に気づいた。あの異形を生み出した女性を最初に見た時と同じくらいに。
コボルトの妊娠から出産までは早い。1ヶ月も経たずに種を増やし続けることが出来る。これがコボルトと言う種族が強くなくても減らない理由。それが目の前で理解させられる。
(自分の番もいつか来る)
もはや正気を保っていられる自信など零だった。これを理解した上で身代わりとなり、膨らみ続けるお腹の恐怖に耐えながら自分を支え続けたマニサ。
しかし彼女は先程のあれを見ても、あたしに笑みを返してくれた。もう前が見えなかった。滴が目から鼻から落ち続ける。ただ「ごめんなさい」と繰り返し続けた。
その後、6匹の異形と、それを産んだばかりの女性を連れてコボルトは消えて行った。それを見たマニサは耳を塞ぎなさいと言い、強く強く胸の中にあたしを包み込んだ。笑みを浮かべていたはずのマニサの小さな震えが一生忘れられない感覚だった。
しかし突然に洞窟の雰囲気が慌ただしくなった。塞いでいた耳を解放し、研ぎ澄ます事に切り替える。
それは戦いの音。
「お父さんだ! きっとお父さんが助けに来てくれた!」
確信と安心から出る言葉。父親の強さを知る自分だからこその言葉。あたしの言葉が証明されるまでに多くの時間は必要なかった。
魔物達の生きていた形跡など完全に抹消され、人間達の気配のみの洞窟へと強制変更された。女性たちよりも頭が二つは高い自身の父は血に染まった姿であり、新たな魔物の様だった。いや、魔物達にとっては魔物以上の化け物だったかもしれない。
父は乱暴された様子のない娘を確認すると魔物以上の形相だった表情を治めて笑みを見せた。強く抱きしめた娘から隣のマニサが庇ってくれた事を聞くと、これ以上はない程に頭を深々と下げた。「急いだが間に合わなかった、すまない」と感謝の言葉よりも謝罪を。
もちろんそれは、今までも今後も見る事はない程に珍しい姿だ。
頭を上げると重々しい顔に戻っており、あたしが「何も見ないで聞かないようにしてくれ」とマニサに父が頼んだことを覚えている。その後の父親の行為はコボルト以外の血の匂いを洞窟に撒き散らした。今なら分かる。それは異形の者を産んだものを楽にしてやる行為だったと。
戻ってきた父親は、まだ仕事が残っているとマニサの瞳を見つめた。そして選択を迫った。「死か……それとも、それ以上に辛い思いをしても生きて行くか」と。
あたしはマニサに生きてほしいと瞳を濡らしながらお願いした。そんな自分を容赦なく、オヤジは殴った。そのおやじの方が痛そうな顔をしていた為、自分がどれだけひどいお願いをしていたか理解した。
それでも娘を殴る父親に対してマニサは「シェードの願いを叶える」という選択を口にした。決断を聞きとめると迷いを断ち切るように、その後は何も言わず、マニサを抱きかかえてオヤジは奥へと消えた。
あの時、あたしに耳を塞げと言わなかったのは自分の発言に責任を取らせる為だったのだろう。
奥へと消えて行った方向から、あたしを庇った時ですら叫び声を出さなかったマニサの絶叫が洞窟内に響き渡ったのだった。全てを耳を塞がずに聞き入れた。少しでも痛みを分かち合えるようにと。
どれくらい経っただろうか。奥から出てきたオヤジの腕の中でマニサは意識を失った状態だった。ただし、そのオヤジの腕は血で濡れ、マニサの方は足の付け根辺りからは赤いものが流れていた。……そして、お腹のふくらみは消えていたのだ。
◇◇◇
それから4年間、帰るべき村が全滅していたマニサは自分たちと一緒に暮らす事になり、気付いてみれば「お母さん」と呼んでいた。もう子供を産める体ではなくなっていたが、それで恨み言を言ったのを聞いたことはない。受けたのは会った時から愛だけだ。
あたしが13歳の時に「戦場へと旅立つ父の後を追いかけたい」と告げた翌日に「私の役目は終わったわ」と言い残し、母マニサは家から去った。悲しかったが後は追わなかった。自分が決めたように母の決めた事だから。
2人の母が別々の形で消えてしまう経験をした。後悔も悲しみもないと言えば嘘になるかもしれない。でも、心に残すのは感謝だけにした。それがあたしの「懺悔」だから。
これまでと違った。おもい、重い、思い話になりました。
批判が激しそうで怖いですが、どこで書こうか迷っていた話です。
かなり力を注いだつもりですが、どのような評価を下されるか……
2015.9.10
描写と表現の変更と修正を致しました。




