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血を狩る者、宿命の輪に抗う  作者: Asutorufu
第二巻:騎士団選抜編
29/30

第29章 結晶と血肉 選抜戦・其ノ二

戦闘開始の最初の一秒から、フラグはすでにクラークの術式の中に落ちていた。


結晶(Crystal)幻霧(Mind Mist)


それは単なる視覚的な幻影ではない。結晶を極微の粒子へと分解し、霧状構造へと変換した魔術である。肉眼ではほとんど認識できないほど微細な結晶霧粒は、呼吸とともに対象の体内へ侵入し、脳へ到達する。


霧粒は大脳皮質の表層に薄膜のように付着し、魔力共振によって神経信号と感覚伝達を撹乱する。それにより、術者が演算した幻覚を対象の認識領域へ直接投影するのだ。もし制御精度がさらに高ければ、中枢神経そのものを麻痺させ、完全に行動不能へ追い込むことすら可能だった。


フラグが見ていたすべて――


回避、突進、軌道予測、防壁突破、そして最後の一撃。


それらはすべて、幻霧の中で「()()」された仮想戦闘に過ぎない。


現実の闘技場中央。


そこには静寂が広がっていた。


フラグはただ立っている。


焦点の合わない両眼。わずかに開いた瞳孔。存在しない敵を見つめるように、虚空を凝視している。


一歩も動いていない。


一度も、動いていない。


鼻腔と口元から、ゆっくりと血が溢れ落ちる。


赤い雫が石床に落ち、乾いた音を立てた。


ぱたり。


ぱたり。


観客席がざわめきを失い、次第に沈黙へと沈んでいく。


「……様子がおかしい」


「幻術か……いつからだ?」


貴賓席。十二人の団長たちは冷静な視線で状況を見抜いていた。


精神侵食型の戦闘。幻術系魔術は、習得にも実戦応用にも極めて高度な才能と魔力制御を要する。未熟な術者にとっては、魔力消費も精神負荷も甚大だ。


クラークはゆっくりとフラグへ歩み寄る。


顔色はやや蒼白。だがその瞳は揺るがない。


「開始直後、君が最初の一歩を踏み出した時点で終わっていた」


低く呟く。


「入場と同時に、ほぼ全魔力を放出した……正直、簡単じゃなかった」


空間に青白い光が収束する。


結晶の短剣が形成された。


青藍色に透き通り、内部を細かな結晶紋が走る。凍結した稲妻のような輝き。刃は極薄で、触れれば皮膚を裂きそうな冷気を帯びている。


「気づかなかっただろう……あの微量魔力を結晶化するのにも、相当な労力を要した」


彼はフラグの背後へ回る。


短剣の刃を、首筋へと静かに当てる。


冷たい感触が皮膚に触れた。


「悪いな。この戦いは――僕の勝ちだ」


審判が手を挙げる。


「勝者――」


その瞬間。


鼓動。


どん。


どん。


どん!!


重く、低い響き。


まるで戦船の太鼓。


フラグの身体が激しく震えた。


それは幻術よりも深い層に刻まれたもの――


()()


ヴァイキングの血は体系でも祝福でもない。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


略奪と海戦を重ねた歴史の中で培われた「危機」への感知能力。それは意識を介さない警報。


骨の奥底で血が沸騰する。


甲板の上。吹雪の夜。刃と血が交錯する戦場。


死の気配を嗅ぎ取り、生き延びてきた種族の記憶。


その血が、今この瞬間、完全に覚醒した。


フラグは後方へと爆発的に踏み込む。


振り向かない。


思考しない。


純粋な反射。


「ッッッ――!!」


頭突きがクラークの顔面を直撃した。


鈍い破砕音。


鼻骨が砕ける。


血飛沫が宙を舞う。


幻境はガラスのように砕け散った。


意識が現実へ引き戻される。


だが代償は重い。


神経を過度に干渉された反動が一気に襲う。


四肢が鉛のように重い。


喉奥に鉄の味が込み上げる。


「ぐっ……!」


血を吐く。


耳鳴りが轟く。


視界が揺らぐ。


クラークもまた無事ではない。


脳震盪。世界が回転する。数歩よろめき、膝をつく。


両者、同時に損傷。


観客席が爆発する。


「破ったのか?!」


「今の状況で反応しただと?!」


フラグは血に濡れた口元で笑った。


「はは……どうやら、俺たちはまだ元気らしいな!!」


クラークは歯を食いしばる。


再び魔力を練ろうとするが、術式が途中で崩壊する。脳震盪により魔力制御が乱れている。さらに開幕時の大消費が致命的だった。


攻撃魔術の再構築は不可能。


残されたのは、手に握る結晶短剣のみ。


近接決着。


それしかない。


クラークはふらつきながら構える。


フラグも呼吸を整え、重い足を前へ出す。


この距離、この状態。


一撃で終わる。


短い対峙。


その刹那、フラグの脳裏に過去が蘇る。


夜。


父の背中。


吸血鬼の爪が胸を貫く。


飛び散る血。月光に染まる赤。


何もできなかった少年。


無力。恐怖。後悔。


あの夜が彼を縛っている。


復讐のために吸血鬼狩人の道へ進んだ。体系も後ろ盾もない。ただ父の仇を討つためだけに。


拳を握る。


関節が白む。


血が唸る。


痛覚が遠のく。


クラークが叫び、直線的に突進。


刃が閃く。


心臓を狙う刺突。


フラグは半身をずらす。


刃が衣服を裂き、浅く皮膚を抉る。


擦れ違う。


クラークが反転し横薙ぎ。


フラグは腕で受け、結晶と肉が軋む。


距離が詰まる。


呼吸が交錯する。


クラークは間合いを取ろうとする。


だが一瞬、遅れた。


その刹那。


フラグが踏み込む。


足裏から地面の反力を吸い上げる。


腰が回転。


肩が爆ぜる。


魔力の装飾はない。


純粋な力。


拳が放たれる。


空気が震える。


直撃。


骨が軋む音。


クラークの身体が宙を舞う。


激しく地面へ叩きつけられる。


結界が光る。


幻ではない。


偽りではない。


審判の声が響く。


「勝者――フラグ」


血肉で掴んだ勝利。


フラグは立ち続ける。


激しく息をしながらも、倒れない。


拳をゆっくりと掲げる。


「……これが、俺の勝利だ!!!!」


観客席が轟く。


それは体系の勝利ではない。


血肉と意志の勝利だった。

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