34 エピローグ、そして新たなるプロローグ
◇ ◇ ◇
【ガイア恒星系第11惑星近郊】
統一時間4月8日17時48分。
ミソラは展望室のソファに座っていた。
帰還してから、ミソラたちパイロットは仲間から握手を求められたり、ハグをされたり、頭をもみくちゃになでられたりと、ありとあらゆる人間の喜びの表現をその身に受けることになった。
艦長によって休暇を与えられたパイロットたちは、他の乗員と共に、食堂に集まり飲めや歌えやの宴会を開催していた。はじめはミソラもそのお祭り騒ぎに参加していたが、疲れを理由にその場を離れたのであった。
なぜ、この場所に来ようと思ったのか。
ミソラは食堂を出た時には、部屋に戻ろうと考えていたのである。
だが、気がつけばこうしてソファに座って星々の瞬きを眺めている。
窓の外では無数の星空が煌めいていた。
何億、何万光年も前に発せられた星々の光を、今ミソラは見つめていた。
視線を手前に移すと、巨大な白い惑星が目に入る。
惑星ケト――戦闘前も、戦闘中も、そして今も、この冷たい星は何も言わずにただそこにあり続けていた。
そういえば、アイツは星を見るのが好きだったな。
そう思った瞬間に、ミソラは苦笑した。
ああ、だからアタシはここに来たのかと…
今までミソラは星を眺めることに、あまり興味はなかった。
だからこそ、クロウが訓練もせずにこの部屋にいりびたっていたことにも、あまり良い感情を抱いていなかった。
こんなことをしている時間なら、もっとやるべきことがあるだろう。そう思っていた。
だが、今の彼女は違う感情を抱いていた。
「案外、いいものじゃん」
彼女はその時、はじめて星空の美しいと感じた。
そして、この星空を愛した少年のことを考えるのであった。
◇ ◇ ◇
統一時間4月8日20時00分。
整備ハンガーに並ぶ殲闘騎シグルドたち。その中でも特に損傷の激しい機体があった。
ミソラ・アカツキが乗っていたシグルドだ。ドラゴン型から最後に脱出をした、奇跡の機体。
他の機体も大なり小なりダメージを負っていたため、このシグルドの整備は後回しとなっていた。
そんな傷ついた殲闘騎の中で、クロウは1人自由な時間を過ごしていた。
自由と言えば聞こえはいいが、それはコクピットから出られない彼にとって何もやることがない時間とも言えた。
せめて星を眺められたらいいんだけど…
それさえあれば、退屈しない自信がクロウにはある。
だが、彼は自分の意思を外に伝える術を持たず、そんなことを願うだけ無駄だということを理解していた。
改めて、クロウは自分の今後について、考えてみることにした。
俺はこれからどうなるのだろうか?
もし可能であれば、元の人間に戻りたいとは思うが、そんなことができるのだろうか。
そもそも、殲闘騎の中に意識を取り込まれるという状態がおかしいのだ。
肉体に戻ることができる可能性だってあるかもしれない。
だが、自分の肉体は既に生命活動を終わらせているのだ。このままという可能性のほうが高いだろう。その場合、この機体の中でこれから過ごし続けなければならないのだろうか。
だが、もしこのシグルドが大きな損傷を受けたり、耐用年数を迎えて廃棄されるとなったら、その後は…?
それが、クロウの死というものなのかもしれない。
無いはずの喉がかわき、わけもなく不安になる。
クロウは孤独の恐ろしさに、身震いした。
その時だった。シグルドがデータファイルを受信する。
クロウは、暗い気持ちを払拭するため、そのデータに手を伸ばそうとするが…
同時にシグルドのコクピットハッチが開き、パイロットスーツに着替えたミソラが姿を現した。
「これから、テストをするわ」
視線をコクピットの中に向けて、ミソラはそう告げる。
そして、シートに座るとシグルドを起動させるのだった。
――画像データ、展開。
エインヘリアルシステムとの接続が完了した後、クロウはミソラの指示に従って、先ほど受け取ったデータを展開した。
そこには文字が1つずつ書かれた画像ファイルと、シリウスの艦外に設置されたカメラへのリンクデータが入っていた。
――では、テスト開始。
「アナタの、名前は?」
それはパイロットの思考によって行われるシグルドに対する命令ではなく。ミソラが直接口から発した言葉だった。
その質問を聞いたクロウは、彼女の狙いに気がついた。
先ほど受け取ったデータから、適切な画像を選びだすと、コクピット内のモニターに表示する。
「クロウ・シノサカ」
「クロウ…シノサカ…」
ミソラがモニターに表示された文字列を読み上げた。
「やっぱり、アンタ…アンタだったのね。クロウ」
そう言い終えるが早いか、ミソラの瞳から涙があふれた。
「よかった…アンタで、やっぱり…アンタで…アンタが…ここにいて…よかった…っ!」
そこまで言い終えたところで、少女は大声を上げて泣いた。
彼の存在を知り、自分の感情を抑えることができなくなったのだ。
そしてクロウが見ていることも気にせずに、ミソラは泣き続けるのであった。
◇ ◇ ◇
迎撃艦シリウスの衛生士、サラッケ・サッサは艦内一の綺麗好きとして有名だった。
彼は艦内の汚れを決して許さない潔癖症で、彼が今まで乗り込んだ艦は、たとえそれが旧式艦だったとしても、その艦内は新品同様の綺麗さを保ち続けていた。
統一時間4月8日20時00分。
20時になったことを確認した彼は、自らが立てた艦内の清掃スケジュールに従って清掃ロボットを起動し、艦内の定期清掃を命じた。
20機の清掃ロボットたちは空気清浄装置をフル稼働し、脚部に備え付けられたブラシで床を掃いた。
「なんて状態だ…」
艦内の空調状態を確認したサラッケは眉をしかめた。
シリウスの艦内ではドラゴン型撃退の興奮がまだ収まっておらず、食堂では馬鹿騒ぎをする乗員が多くいた。廊下で飲酒をしている乗員もおり、揮発したアルコールのにおいが艦内に広がっていたのだ。
「今日はこの艦の歴史で、一番空気が汚れた日だな…」
サラッケは、酒を飲んだ乗員によって艦が汚されることを何よりもいやがった。
彼は艦後方の掃除を担当していた清掃ロボに命じて、食堂付近への清掃を強化することにした。
「しょうがない…」
サラッケはサラッケで、清掃用具を持つと清掃ロボの代わりに、艦後方へと向かう。
彼がはじめにやってきたのは、機関室が集中したエリアにある霊安室だった。
部屋の入出記録を見ると、先日の出撃前に2名のパイロットがこの部屋に入っているようだった。
靴で床が汚れてるかもしれない。ほこりが入ったかもしれない。
サラッケは、部屋に入ると室内を隅々まで清掃していく。
異常に気がついたのは、掃除をはじめてしばらく経った後だった。
自分以外、誰もいないはずの部屋で何かを叩くような音が聞こえたのだ。
はじめは、どこから音がなっているのか分からないサラッケだったが…
音の出所を知った瞬間、飛び上がった。
シリウスの霊安室には、1人の兵士の遺体が安置されていた。
クロウ・シノサカ、ヒュプノス・タナトス恒星系の戦いで殉職した彼の遺体は現在、部屋の入り口に一番近い筒型の冷凍保管庫に納められていた。
音は彼が入った冷凍保管庫の中から聞こえたのである。
今もドンドンと、保管庫の扉は叩かれ続けている。
死体が…動いてる!?
想定外の恐怖体験に遭遇したサラッケは、悲鳴を上げながら部屋を飛び出した。そして自らが失禁して艦の床を汚していることにも気づかずに、軍医の元へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
統一時間4月8日。
この日、迎撃艦シリウスはカテゴリー7を撃退し任務を終えた。
だが、シリウスに起きた出来事は、それだけではなかった。
戦死したパイロットが冷凍保管庫の中で動いた。
怪談としてはありがちな話だが、それは事実として起きていた。
人類史の過去にも例がないこの大事件を、知る者は少ない。
そしてそれはシグルドに取り憑いたクロウ――この出来事の当事者であるはずの本人でさえ例外ではなかった。
「銀河のドラゴンスレイヤー」始動編・了
・作品のご感想お待ちしてます! また、ブクマ登録・評価をいただけると泣いて喜びます。
・『銀河のドラゴンスレイヤー』新編【鼓動編】は2018年2月末より連載開始予定です。




