16 つかの間の休息
◇ ◇ ◇
【ガイア恒星系第11惑星近郊】
統一時間4月7日 21時00分。
戦闘が始まり、1時間が経っていた。
迎撃艦シリウスは戦場からは距離を取り、戦闘の推移を見守っていた。
迎撃艦は他の戦闘艦とは違い戦場まで出ていく機会は少ない。それは宇宙怪獣の出現予測が出たらいち早くその宙域まで駆けつけ対処を行わなければならない都合上、迎撃艦が単艦で運用されることが多いことが理由に挙げられた。
迎撃艦が戦場に出て沈んでしまった場合、殲闘騎のパイロットたちは唯一の母艦を喪い、救助が来るまで冷たい宇宙空間の中で過ごさなければならなくなる。
そのため、迎撃艦は戦闘中、宇宙怪獣からの攻撃を受けない安全な宙域で殲闘騎パイロットたちの補助を行うという運用がされていた。
もちろん、シリウスにはまったくの戦闘能力が無いわけではない。艦に設置された対宙レーザーを使えばそれなりの数の宇宙怪獣を捌くことは可能である。また、超長距離ワープ航法の技術を利用した次元振動砲も搭載していた。
シリウスの艦橋では、戦場から送られてくる情報をオペレーターたちが読み上げていた。
「カドモスα隊、B9宙域で遭遇した宇宙怪獣10隊の殲滅を完了!」
「シグルドβ隊、新たにホールから現れた宇宙怪獣8体との戦闘を開始! いずれもカテゴリー2」
艦長のマディ・マンディはオペレーターの報告を聞き流しながら、不機嫌そうにホログラムモニターを眺めていた。
戦況は現在、シリウス側の有利で進められていた。殲闘騎に損耗はなく現れた宇宙怪獣も逃すこともなく撃滅できている。
しかし、良いことばかりでもない。ホールは未だに、宇宙怪獣の群れを吐き出している。収縮は始まっていたが、その動きは想定よりも遅い。シリウスで再度シミュレーションを行った所、ホールのサイズが8割を切るまで、最低でも3時間以上がかかるとの結果が出ていた。
「現在、戦闘を行っていない部隊は?」
「カドモスβ隊、シグルドα隊、シグルドγ隊です」
「シグルドαをシグルドβの援護に回せ、カドモスβとシグルドγは帰投させろ。パイロットに30分の休息を取らせる」
マディはこの戦いが長時間に及ぶであろうことを想定し、作戦を立て直すことにした。
一時的に戦力を減らしてでも、パイロットに休息を与えることにしたのだ。
この宙域での戦闘が始まり、現段階で確認された宇宙怪獣の数は68。その全てがカテゴリー2以下の小物ではあったが、ホールが開いてから1時間の間で、シリウスが当初予測していた出現数に届こうとしていた。
◇ ◇ ◇
統一時間4月7日 21時05分。
一時帰投命令を受けて、ミソラとセレナはシリウスへと戻った。
出撃をしてから1時間、彼女たちは戦場を駆け回っていた。はじめの8体を落とした後、宇宙怪獣群と遭遇していたカドモスγ隊の援護を行った。乱戦ではあったが全ての宇宙怪獣を屠り、カドモスγ隊と別れた後、さらに3体の宇宙怪獣とも交戦していた。そして、帰投命令。
殲闘騎を発艦させ、コクピットを出た瞬間、ミソラは強烈な疲労を覚えた。出撃している時は気が付かなかったが、ほぼ休みなく宇宙怪獣と戦っていたため、彼女の体は無言の悲鳴を上げていたのだ。
その時彼女は、30分の休憩を有効に使う必要があると認識した。
急いでシャワールームに駆け込み、熱湯を頭に浴びる。体が十分に温まった後、今度は冷水に切り替える。熱で赤くなった肌が冷やされ、頭が冴えた。
その後、食堂に寄ると戦闘食を受け取る。栄養満点のミルクと消化に良いオートミールだ。疲れからか、あまり食欲がわかなかったが、ミソラはそれらをかけこんだ。
残りの休憩時間は15分。食事を終えたミソラは少しでも身体を休めるために、何ができるかを考えた。展望室、リラクゼーションルーム…何個かの案が浮かんだが、彼女は愛機の元に戻ることにした。
整備ハンガーに訪れたミソラは、補修作業をする整備兵に礼を言いながら、シグルドのコクピットへと入った。
休憩時間はまだ残っているというのに、機体に戻るなんて、そんなに戦いを望んでるのかしら。アタシって…
そんなことを考えて、苦笑する。もちろん、違うということを彼女は理解していた。
出撃までの15分で、1番自分を癒やしてくれそうな場所がどこかを考えた時、思い浮かんだのがこの場所なのだった。展望室でもなく、リラクゼーションルームでもない。なぜかは分からないが、このシートに座っているときが、この閉鎖された空間にいるときが、彼女を1番安心させてくれるのだった。
ミソラは、目を閉じる。
意識が急に遠のいていくのが分かる。
◇ ◇ ◇
母艦に戻ったミソラは、21時35分まで艦内での休憩を命じられていた。
彼女を見送ったクロウは、彼女が戻ってくるまでの間に、これまでのミソラの思考を思い出して、機体の補助動作について、脳内シミュレーションを行うことにした。
少しでも、早く。
先程の戦闘を経て、ミソラがストレスを感じない程度には反応速度を維持できるようになったクロウではあったが、それで満足はしていられなかった。
彼は覚えていた。自分がシグルドを使いこなせた時のことを、その時の機体の反応速度を。
あの時の機体の反応は、こんなものではなかった。
それは、数十秒程度の経験だった、しかしクロウは肉体的な死を迎えた今でも、あの時の思考と機体の動きの連携を覚えていた。
まるで、機体が自分の身体の一部になったかのような錯覚を、クロウはあの時抱いていた。
ミソラには俺ほどの適正値は無い。ただ、ミソラの思考を先読みして、それを駆動系に伝えることができれば…きっと、あの時の動きを再現できるはずだ。
つまり、ミソラとセレナのような連携を、パイロットと機体の間でできるようになれば…!
そんなことを、真面目に考えていた時だった。
彼の予想より早く、ミソラがコクピットに戻ったのは。
統一時間4月7日 21時25分。
クロウ・シノサカは困惑していた。
ミソラが戻ってきたので、彼は彼女がすぐに出撃をするのではないかと考えた。
しかし今、ミソラはコクピットシートに座って、寝息を立てている。
規則的な呼吸音が、コクピットの中に響く。ミソラはシートに左半身を預け、横向きで眠っていた。
彼女の寝息でシートがあたたかく湿る。その感触がクロウには伝わってきて、くすぐったさを覚えた。
あと10分も経たないうちに戦場に戻るというのに、ミソラは安心しきった表情で眠っていた。そこには年相応の幼さがあり、クロウは胸の高まりを覚えた。
もし、彼女に触れることができたなら…
きっと頭を撫でていたに違いない。もっとも、そんなことをしたとバレたら。ミソラから鉄拳制裁を食らうことになるだろうが。
彼は、ミソラに触れることができない。ただ、彼女のためにできることはあった。
オペレーターが彼女に出撃を告げるまで、あと8分。それまで、彼女が少しでも気持ちよく眠れるように…彼はコクピット内の照明を暗く設定するのであった。
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