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陥陣営

呂布軍。其の高名な軍に有って八健将と呼ばれる将が居た。今は一人が死んで七人となり過去の物となっているが存命の内は特性の似た者同士で一括りにされ、兵士達に愛称や尊称として双の頭文字を使って其々が呼ばれていた。


重歩兵と戦車兵によって鉄壁の防御を誇る双壁。宋憲、候成。

精鋭の弩兵と弓兵によって敵を寄せ付けぬ双矢。郝萌、曹性。

常に主人に侍り武によって戦闘を補佐する双猛。成廉、魏越。

多芸多才にして文武両道、厚く信任されし双雄。魏続、張遼。


そして、彼等に己の上位の者として認められ同列にあっては無礼と八健将と言う枠組みに入れられず呂布軍の実質的な次席に座る将が居る。


其れこそ高順。


かの将軍を褒め称える時、真っ先に出るものといえば高順自身が手塩にかけて練り上げた七百人前後の子飼いの精兵。其れも何処にでも居る木っ端私兵団とは格が違い、彼らは呉子、孫子を初めとして兵法書の一部等を熟読し騎馬、戦車、弩、弓を必修し刀槍剣戟の何れかを収めた一人一人が伯長以上の能力を持つ弓騎兵と戦車兵の混成部隊。また主人と私兵団と言う枠組みを超え兄弟と呼び合う強き絆。


勿論、本人の軍略の才も優れ、堅実に速戦を尊び勝つ才の塊だ。

彼が其の精兵を率いれば城を相手に機動力と輸送力と情報取集能力を持って兵器を伴った打撃を与え守兵の士気を挫き、野戦が起これば弓騎兵で偵察と誘い込みを行い戦車でトドメを刺す。


部下との絆に将才。畏怖と畏敬を持って付けられた渾名は陥陣営。砦も人も又、高順の前にあっては陣と言う形を取る事は出来ず其れ等は唯々陥される定めに有り、私兵団の者にとっては高順の下こそ営、即ち居場所なのだ。


これぞ名将。決して屋敷に迷い込んだ白の手触りに魅了され餌付けしまくったり、物事を教えるのが好き過ぎる上に呂布軍にいるストッパー的立ち位置の一人である事から無口な癖に陳言と教育に関してのみ饒舌になってしまうだけのオッさんでは無い。


さて、グダグダな前置きは置いておくとして彼の現状で有る。


平興城を目に入れ潁水を右手にして三千から成る三段の横陣を敷いた前軍中央で戟を片手に戦車に乗っていた。先陣に高順直下部隊七百、二、三陣に屯田歩兵が千づつ。相対すのは高順の策に嵌って城より出された橋の旗を掲げ五段の横陣を敷く袁術軍五千の兵。


その距離一里と少し。


粗、歩兵ばかりの袁術軍に比べて高順の軍は最前線に高順の率いる戦車だけで隊が形成された戦車部隊と左右に弓騎兵が並んでいる。


ドンっと軍太鼓が鳴り響く。すると左右の弓騎兵部隊が前進した。矢合わせが始まると考えていた袁術軍は戸惑いつつも馬鹿みたいに突っ込んで来る弓騎兵団に矢を向けた。


袁軍前列部隊を率いる将の号令が響く。

矢が放たれると同時に直進していた弓騎兵が進行方向を外側に変えて矢を避けハの字に進んだ。

それだけでは無い。一陣の横っ面めがけて騎射を放ち馬を大回りで反転させて引き返す。


「まるで故族では無いか!!」


袁術軍の誰かが悲鳴を上げた。だが普通な叫びを上げた彼よりも一陣の左右に配置された部隊はたまったものでは無い。矢を返すこともするが既に敵は反転していて、当たったとしても敵の弓騎兵は人馬に薄い皮鎧を着ている為に貫けず投石は届かない。


袁軍総大将橋蕤は一陣の左右が崩壊するこの攻撃に、自分の軍の編成配置が裏目に出たことを悟った。

一陣は中央に弩隊を置き左右に弓隊を配置し、兵其々に間隔を開けさせた。

二陣は肝いりの重盾兵と長戈兵を配置し矢合わせ終了と共に一陣の隙間を通って前面に行かせ戦車を重盾で足止めし、長戈で引き摺り込んで殺し、後退させた一陣弓兵部隊を自軍の固定砲台にする筈だった。

三陣以降は徴兵した兵で有り、追撃の際に大いに役立ってもらう予定だったがこうなって仕舞えば離散が始まる。


「いかん!!」


此の儘では一方的に殺されてしまう。兵が減った一陣の前に大楯隊を進めた。


すると計った様にドドンッと軍太鼓が鳴り響く。


橋蕤の予想通り戦車が進み出した。

二列横隊の大楯兵とその後ろに控える長戈兵に声をかける。


「来るぞ!弓弩両部隊交代、重盾前進。皆、気を引き締めよ!!」


随所に見られる金具から凛然と光を反射する無骨な戦車が群れを成して進んで来る。中央の男が高順であると此の顔さえ見えぬ距離で尚判る名将の覇気を橋蕤は睨みつけた。


衝突の寸前。重盾の者から悲鳴が上がった。長戈隊の後ろで指揮を執っていた橋蕤も肩に激痛が走った。それと同時に馬を走らせ離脱する。


高順はそれを見ながら賢明だと考えた。

重盾隊に対しての必殺の武器。強弩を構えながら。

しかし実際に大将旗が離れても一陣と二陣は誰一人として引かない。戦車兵の放った強弩の矢に貫かれ崩れた敵部隊を突破し、長戈兵も弩兵も突破する。

尚も引かない一、二陣の敵に相対する敵将は自分と同じ様な種類の将だと悟った。


高順の戦車を中心に敵陣を押し貫いていく。その戦車部隊の後ろは大きな空間が出来ており血道が続くのみ。その後ろから敵陣に歩兵が突っ込んで行き敵兵の息の根を止める。上から見れば綺麗に敵陣の中央が裂かれてドミノ倒しの様だ。


目下、馬に弾き飛ばされ、車軸に付いた剣で足を刻まれている兵士達は誇り高い戦士達。故に一切の加減無く粉砕する。


其れが高順。戦士を侮る事は無い。


さて決着だ。後方へ下がった大将の前にあった軍が遂に壊滅した。袁術軍の大将旗が倒れ弓騎兵と後続の歩兵による追撃が始まる。


書き物にするのならなんとも味気ないだろう。初志貫徹、唯々、直進するだけ。

策もクソも無い様な何度も繰り返され、そして一度も失敗したことのない突撃。しかし其れ故に必殺。


当たり前だ。敵地にあって地の利と先手を奪った。即ち両軍相対する前から戦場での勝敗を決するのが高順の強みなのだから。


高順の乗る戦車が止まる。歩兵への追撃は既に不要で有り徴兵された者以外は凡そ壊滅させた。


何も言わずとも彼の部下達は後始末を始める。

高順は状況確認。本体への伝令と捕虜の扱いの指示を行い、己が武器に簡易な手入れをしながら部下達の報告を待つ。


其処へ馬から降りて小走りで近づいて来たのは高順と同年程の男だった。鎧兜は戦後でも分かる程に手入れされており背に戟を、肩に弓を、腰に二刀と良や典韋レベルのウェポンマン。


この時代の兵の装備など基本的に服に槍があれば中々の物で、それも無ければ先程まで殺されていた兵の様に粗全裸で槍だけ持った者が基本。しかしこの男は将では無く兵の一人。私兵という立場であっても此処まで優遇された者は居ない。


では何故そこらの将よりも整った武具を持つか。答えは単純明快。高順麾下の七人の伯長の一人で高順の戦車に乗る副官で有るが故に。


「伝達。戦車兵は死者、重傷者無く弓矢での軽傷二十三名となっております。

負傷した者は既に処置を終えております」


「・・・良くやった。負傷した兄弟には別途、勲功に報いる故に後で皆来る様に伝えておけ」


「ハッ!!有難うございます。兄弟の家族も喜びます」


フッと笑い其の儘に深く頷く高順。

勇戦した兄弟への労いだ。


太守となった今、彼らの忠功に存分に徹底的に報いる事ができるし、百人程は兗州や徐州で部下になった新兵だが彼等も古参の者と共に存分に活躍した。


そして何より死者がゼロ。高順にとってはこれ程嬉しい事は無い。

兄弟だからこそ分かる機嫌の良さで戟の手入れを終えた。

其処に見計らった様にもう一人の伯長が駆け込んでくる。


「高監軍!捕虜の中に大将軍橋蕤が居りました。捉えたのは我が隊の兄弟です!」


「・・・大手柄だ。虜囚全てを護送しろ」


「ハハッ!!」


粗方の片付けと伝令を終えると高順は戦車に再度乗り込む。騎兵は既に消えていて周囲にいるのは戦車部隊だけである。


「平興へ向かう!!全軍続けーーーーーーー!!!!!」


高順が号令をかけ軍が出立した。


大将を失った平興は開城し降伏。陳宮の策を上回る程の結果であった。


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