生贄乱獲
良がちょっとした息抜きを兼ねて文字を教えた幼子達が立て札を読んでいるのを眺めて居ると、驚きつつも幼子の朗読に耳を傾けながら立て札を確認している男を見つけた。
もしやと思い声をかければやはり崔州平だと言う。
ちょうど良いとばかりに引きずる様に…と言うか引きずって崔州平を役所へ連れて行き、文官を追い払って袁兄弟と子供達を呼び連日の政務の息抜きを兼ねた歓迎会を始める。
因みに追い払うとあるが、もう十日は働きずくめで精神的に疲労している部下達を慮っての事だった。
というのも今居る良の元の文官達は袁覇に調練されて居る事、良がなかなか休まない事、復興に新戦力の扱い、更に新しい税制のための調整や用意で政務がパンパンである事から自主的な休みをなかなか取らない為、理由をつけて休ませるのだ。
それはさておき異民族から買った羊肉を切り分け炙り其れを蜂蜜と塩で角煮っぽく煮たものや水餃子っぽい饂飩を作り、竹簡を憎悪を籠めて蹴飛ばし退けて政務室の中央に料理を並べる。
袁兄弟持ちの酒を注ぎ、乾杯の声と共に袁兄弟も新たな生に…同僚を歓迎した。
言うまでも無いがあまりの状況の変化に崔均は目が回ってしまっている。しかし空腹に堪えきれず箸を進めて鼎を傾ければ後は流れるままとなる。
崔均から旅の話を聞いた良が思い出したように言う。
「アレな。最初は袁覇さんの下で手の足りないところを手伝ってくれ。
そうさな…県丞の副官って事で給料は三百五十石で。
後々、新しい政策の為に丞相を左右に分けて袁覇さんにその仕事任せるからそん時に普通に県丞の仕事して貰って四百石な」
崔均は飛ぶ鳥を落とす勢いの呂布に認められ養子になった県令や三公を輩出した陳郡袁氏に連なる彼等に歓迎されたのはとても驚いたが待遇の良さに更に驚いた。
普通、紹介を頼んで来て貰ったとは言えぽっと出の曰く付き男を側近にすると約束するだろうか?
勿論、その紹介を頼んだ相手がメチャクチャ偉かったりすれば気を使うのは当たり前だが未だ年若い一介の学士相手にそこまで気を使う事も無い。
即ち人材を欲すると言う法令の事を含めても純粋に期待してくれて居るのだろうと崔均は判断した。
『少し荷が重いな』
そう思うも、しかし今まで不遇だった崔州平の人生で一番幸せな時なのは間違いない。
酒が進めば今までの苦労も此の時のためだったと感涙がとまらず、演武をしている良羽と袁敏を眺めながら袁覇と夜通し杯を傾ける。
良が子供たちと共に半分寝てしまいながら茶をすすっていると崔均はこう言った。
「良県令は私を郭隗として招いた。法令と待遇からその予想は立ちます。
しかし、私にとって此の厚遇は日照りに雨を得るが如く、恩義には忠勤で返礼すべし。
ご期待下さい」
「崔均さんよろぃう」
半分寝ながらも良は何とか返事をして眠りについた。
その一月後である。
さて、崔州平が来てからと言うもの良達の仕事スピードが格段に上がった。
崔均自身が有能だったのもそうだが曰く付きの男を登用した為、似た境遇の者や文字は読めるが出自の怪しい者達が更に集まったのだ。
増して刺青のある者までも良と袁覇の判断の下で登用され、しかし抜かりなく部下に対する処罰を重くするなどで平静を保った。
崔均が上がって来た竹簡すべてに目を通し、袁覇が自分達の処理できることを処理し、良は判子マシーンと化す。
又、戸籍の事となれば人海戦術であった。
良の執務室に袁覇とナイスミドルが竹簡の束を横に鎮座していた。服装に一切の乱れなく隈の目立つ顔だと言うのにその覇気、気炎は歴戦の戦士に劣らない。
良も宴会の翌日初めての出勤の際に誰か分からなかったが彼は崔州平である。
口火を切ったのは崔州平だった。
「呂県令。こちらが新たな法令による税収になります。戸籍別の物も完成いたしました。後は立て札に書き告知するのみですので印をお願い致します」
「県令。此方が敏の水路整備の結果にございます。水路の拡張はひとまずとして今迄放置していた田畑の修復を進めさせています。
数年もすれば大幅な収益が叶うでしょう」
「呂県令。此方が街道整備の必要な額にございます。怪しいところは何一つもありません。
ご覧になった後に認可してください」
「県令。陳情書の中に耳に入れるべきと思えますことが有りましたので纏めておきました。後にご覧ください」
「呂県令。数日中に罪人の判決をお願い致します」
良はその後も続けられた報告を聞き、竹簡の計算におかしいとこがないか確認し、聞きながら認可や了承の意味の印を押して行く。
後は一番労力を使わされた戸籍の整理整頓の竹簡に確認印を押し付け、ようやく良に平穏が訪れた。
これを持って崔均を県右丞として普通の県丞として使い、袁覇を県左丞として良の領地の半分以上を占める元黄巾に対する県丞を任せた。
黄巾の者と其れ以外を分け両方の意見を聞きますよと言う建前だが、ぶっちゃけ税制やら何やら手探りなだけでもある。良だと此れが限界だった。
「ゼァリャァ!!」
気合一線。良が頭を狙い振り下ろした棍を袁敏が右手の木剣で逸らせ近づき左手で襟首を掴みそのまま喉を拳で押さえつける。
そのまま顔を木剣でブン殴られる前に棍を捨て袁敏の左手の袖を掴む。そのまま軽やかに反転しながら膝を曲げてしゃがむ様に腰を下げ、円敏を背に乗せ、足をバネに腰をかち上げると円敏は綺麗な弧を描いて宙を舞う。
俗に言う一本背負い。
ダンと右手で地面を叩き受け身を取る袁敏の左手を掴んだまま馬乗りになると袁敏は良を二度軽く叩く。
「参ったっ!!」
その声とともに良は袁敏の上から退く。
互いに一礼すると先ず声を出したのは袁敏だった。
「良羽。どうも町の治安が最近悪りぃ。
見回りを強化しようと思うんだが」
「あぁ、頼むぜ。
衛士がたんねぇんだろ?騎兵を貸すわ」
「…悪いな良羽。この前も黄巾の奴らが何人か逃げ出しやがった」
「いや、よくやってくれてる。訳わかんねーけどマジで狼藉者や脱走者が多いからな」
粗方仕事を終えた良と袁敏は鍛錬に励む。
仕事が増えてからと言うもの互いに時間が取れず個人的な練習だったものが仕事が落ち着き元に戻った形だ。
大半は袁覇や崔均がやってくれたとはいえ自分達の苦手な内政。検地や開墾、戸籍の整理整頓に再編、商人の把握、街道整備計画、騎兵の留地と牧場選定、予想税収に対する早期に済ますべき政策の確認など色々と終わらせた晴れやかな顔と相反して話す内容は不穏である。
と言うのもここ最近、街での騒乱数が月ごとに上がっているのだ。
何が頭痛いって、喚いてるバカの大半が元青州兵の降伏者達である。彼らは屯兵籍に入れられ開墾業と兵としての仕事、更に田を持った場合に八公二民と言う税を要求されている。
まぁ、一番しわ寄せのきている彼らではあるが家族の数に応じて最低限生きられるだけの給料は払われるという保証はあるが、家族のいない一人者などが暴れ出していた。
中にはどうやったのか壁を超えて集団脱走した者達までいる。
まぁ、省みる者が居ないのと鬱憤ばらしだろうが元黄巾と言うだけでいい感情を持たれて居ない青州兵の中からそんな奴が出るので、真面目な者まであまりいい感情で見られなくなって居る。
白を頭に乗せた良の散歩中もとい見廻中でさえ何人かブン殴る必要があった。
調子に乗ってたバカが敬愛する若き県令に仕置きされて描く流麗に撒かれた水の如き放物線は町人の娯楽と化していたが良い状況とは言えない。
仲良くしろとまでは言えないが、降伏者と言える黄巾の者達を復興計画に入れている訳で、此のくすぶりが火種となり兗州が割れると困る。
良なりに間を取り持つ必要があるだろう。
考える。
あくまで良は兗州の民の味方でなければならない。彼らの旗頭は呂布で有りその子の良もまた然り。ゆえに耳を傾けるし村長的な人がいて良の耳に入りやすい。然し黄巾の彼らはどうだろうか?彼らの代表として袁覇さんを置いたがその間に立っているものもいるが…いねぇわ。
「あっれ…コレヤバくね」
「ん?」
上の人間が居るのはいるが話も聞いてくれないと言うよりは話せない状況。
その不満は良が小学生の頃の担任だった人を見てくれでしか判断しないヒステリッククソババァの所為でよくわかる。実際、最後はねちっこい嫌味とタチの悪い行いに耐えきれず似合いもしない色眼鏡と厚化粧の顔面を凹ませてしまった小学生最後のあの日。
其れが今の青州兵と屯田民の黄巾族。
…どれほど恐ろしい事か。
負い目で抑えられてる鬱憤が爆発したら城下は殺戮の場となる。何せ兗州の民より元黄巾の者の数は多いのだから。
血の気が引く。真っ青の顔を振るうと立ち上がり叫ぶ。
「…袁覇さーん!!黄巾の将っぽいやつ連れて来てー!!」
急に顔を青くしたかと思えば走り出した良にポカンとした袁敏その場に置き去りにして袁覇に相談する為走り出した。まだ先のことではあるが、これを機に少しづつだが状況は良くなっていく。
後に県令と県左丞が曰く、政務から解放されてすぐとは言え盲点だった。




