隻眼将軍の遁走
珍しく筆が早いと思ったらやらかしました。
正確に言うなら45話をすっ飛ばして46話を掲載してしまいました。
誠に申し訳ありません。
こんなですが暇潰しにでも読んでってくれたら幸いです
眼帯を付けた男が城門に立ち敵を睨視する。彼の率いる甲子の二文字が書かれた黄色い旗の元で兵に指示を出す。
黄巾正に立つべしと奮起する兵達。しかし彼らの奮戦など意にも返さぬと叩きつける様に篝火の光から漏れる光景は惨い。
飛んで来る矢は雨の様に飛来する、石は必殺で迫る、来る敵は濁流の如く。
煮湯の釜を持つ兵が射られ、城壁で雄々しく弓を扱う兵達の体が潰れ、槍持つ兵が引きずり落とされ肉片と化す。
既に将である彼自身でさえも食を断たれ幾日か。
末端の兵に至っては飢餓に苛まれる。足は震え目は霞み、腹に激痛がほとばしる。力など気力を持って振り絞る以外にどう出せと言うのか。
民から徴収して尚此のザマ。
城外に殺意溢れる兵有り、城内に怒り狂う民有り遂には城門に増悪にかられた民が群がり始めている。
眼帯を付けた彼の運命は此処までだろう。
「かぁい門ッッッッッ!!!」
南北東、三方の激戦区からは嘘の様に静かな西門に響き渡る号令。
五千、昌邑に詰め込まれた兵、逃げ込んだ兵其々の半数にも及ばない武器さえまばらな兵を引き連れ隻眼の烈士は門を出る。
片目から涙を流し、片穴からは血を流し。
「部下の…否!!師の思いを省みぬ事があって良いものか!!!!」
恥辱に思いながらそれを押し込める為、己に言い聞かせ馬を駆る。師と呼ぶにふさわしいと思わせた男が時を稼ぐ間に少しでも離れる為に。その思いを踏みにじらない為に。
しかし門より抜け馬を掛けさせるも大地より日が顔を出す程進んだ辺りで敵の追撃が迫る。
右から騎兵を率いるは幅広く整えられた髭の男と其れに続く二対の屈強な将。
左から長い槍を持った異民族達を引き連れた将。
そして背後から銀光眩しい手入れのされた鎧を纏い白い戦車部隊。
報告を聞いた隻眼の烈士は焦る。
「おかしい?!敵は私達の兵糧を圧迫する為追撃は疎らなはず。何故、高順に加え魏続や張遼まで?
…呂布か!!戻って来た。指揮者が変わったのですね!
陳宮主導でなく呂布が主導に戻ったと言うことですね!!!
まずい、まずいぞ。っくぅ…森に向かって走れっ!!一人でも多く逃げ出せっ!!!」
馬から転げ落ちる様に降り森に駆け込む。
所々で我、夏侯惇と名乗りが上がる。
敵の、否戦場全ての気を引いたのだ。己を戦友を殺すことになって尚、夏侯元譲を生かすべしと。
部下達の忠義と己の情け無さに涙しながら走る。
確実だと想定していた事が随分と状況が違っていた。籠城戦の弊害、情報の入りにくさから状況判断を誤ってしまった。
近城の陥落速度や報告、一切の手出し無く気を抜けば兵糧庫を焼かれた。
包囲戦の指揮は陳宮がとっており呂布は周囲の城を攻めていると考えていた。
全てが見当違いであった。今にして思えば敵の尽く偽報だったのだろう。
陳宮は優れた策士だが考えが遅い。故に狙いを外してやれば少ないながらも時が稼げる。そう考えた韓浩が出した策は自分と大多数の戦経験の少ない兵を囮に精兵と夏侯惇他の武官文官を逃す作戦だった。
昌邑近辺の城を速攻で落とし離散兵を見逃す等の敵の動きから自分達に物資の消耗をさせ、その上で出来うるならば精兵だけは討っておきたいと思っているのは察しがつく。
それを逆手に取ろうとしたのだ。
仲間を殺され怒らぬ者は居ないし強兵は数倍の弱兵に勝る。心苦しいが大多数の弱兵を殺し極少数の強兵を生き残らせた方が挽回の可能性は高いだろうと。
勿論、其れを聞いた際には夏侯惇が止める様に説得したが韓浩は頑なに決行を勧めた。
「この城にいる万の兵を操れるのは貴方か私のみ。曹兗州牧に貴方は必須。私の代わりは任俊殿含めて数々の方がいらっしゃる。
どうか此の策を提案した責任と貴方に働いた不忠を拭わせてください。」
その言葉に彼の意見を変えられぬと了承したにもかかわらず此の仕打ち。
涙を堪えていた所に異民族特有の声が張り上がる。
「将軍、黄巾の同胞達の事お願いします!!
…行くぞテメェら!!」
「卞喜!!行くな!!!」
元黄巾の雑兵が夏侯惇の声を無視して突撃する。剣撃の響音のちに悲鳴。
走る走る。
『天よ、天よ!
私達を無情にならねば生きえぬ乱世に産み落としておきながら此の仕打ちは何故か!!
屈強な兵、文武に優れた勇士、此の二つを見殺しにさせるのは何故か!!
暴虐故か?・・・否っ!!天は曹操の意のままに!!曹操の元にある我らが天に屈する事なし!!!
必ずや舞い戻り、呂布に鉄槌を下さん!!!!!』
森を走り抜き復讐の決意を新たにする。
昼夜問わず三日三晩、森を平野を荒野を掻き分け駆け抜け鬱蒼と生い茂る草木の間を抜ける。
どれほど走り続けたか。そんな事はもう夏侯惇にはわからない。付いて来た兵達も気が付けば数人。せめて将として彼らだけでも守ると足を進める。
皆ボロボロで足は重く。
「水だ…」
木々の割れ目から水のせせらぎが聞こえる。小さな川が見える。
皆一目散に走り寄り顔を突っ込んでゴクゴクと飲み干す。
濁っている事も何も気になら無い。この流れる小さな小川の水が彼らの命を繋ぐ甘露である。
そんな彼等に影が差す。夏侯惇はいち早く暗くなったことに気づき勢いよく立ち上がりながら腰の剣を抜く。
「ゼァリャァアアアアアアア」
「ひィィィィ!?」
聞き覚えのある声。
馬上より転げ落ちた男。
「任俊殿!?も、申し訳ない」
「ハァーハァーお、驚いた。ご無事で何よりです将軍」
「何故こんな所に?
定陶の程軍師の所へ先に逃がしたはずでは?」
「落ち着いてください将軍。
済陽から出発し援軍に向かう予定だった程軍師は昌邑陥落の報と呂布接近の報を聞き策を変更。此の先の森に伏兵を忍ばせ一撃を加え東郡に撤退します。
私は万が一昌邑から逃げ出せた者を拾うために周囲を見て回っていたのです。
貴方を見つけられたのは不幸中の幸いでした。
細かい話は後にして定陶にてお休みください。貴方の部下達も半数近くは無事です」
その言葉を聞いた後、夏侯惇は剣を握り締めたまま崩れ落ちた。
夏侯惇の目が覚めたのは森にて呂布の一団に奇襲をかけるも突破され痛み分けに終わり程昱と共に東郡の濮陽城についた時だった。
気を失った夏侯惇は剣を離さず、止むに止まれずさやに入れ、剣を握り続けさせたまま馬車に入れられ寝かされていた夏侯惇は薄らと意識を戻して起き上がり呟く。
「一将功成らずして勇士を殺し万骨枯らす。
愚将惇、臥薪嘗胆し怨恨恥辱を拭わんと欲す」
同乗していた程昱や医師は夏侯惇らしからぬその樣を見て心底肝を冷やしたという。




