ビーム
藏洪の武将補足。特に劉安の事はカニバリズムな事ですので調べない事をお勧めします。グロ胸糞注意です。
調べるとやめとけばよかったとなると思うので知らないなら知らない方が良いと愚考します。好奇心が爆発している方は最低でもはクッソリアルなゾンビ映画とかが見れる方以外は本当にやめとく事をお勧めましょう。
暇つぶしにでも読んでってくれたら幸いです。
徐州下邳城。その城と街道を望む荒野。
現在の呂布の指揮下の約五千の兵。
その中の二千は一般兵レベルの鎧も来ていない戟や古ぼけた武器を持った者達。そして更にその中に騎乗した状態の良がいる。
「全体、回れーーーー右!!」
義理の親父の号令。続いて其々の将や兵卒が復唱し指示を行き渡らせるための銅鑼が鳴り響き自分を率いる者に続き兵達が動き出す。
新兵たる二千の彼等は、劉備と呂布が話し合い沛に駐屯し徐州と沛国を守ると聞き集った者達だ。
徐州外から来たが生活の糧が無く募兵に応じた者や荘園での重労働に耐えかね逃げ出したただけの者なども居るが、その大半は先の徐州大虐殺の被害者達で故郷を守る気概や外敵への憎悪。更には飛将呂布の名声によってその士気は異様な高さである。
「前進!!」
遠くから聞こえる呂布の声、軍太鼓の音。すると多少のバラツキはあれど数百人が一斉に所定の位置へ向かう。
良の耳を嫌が応にも蹂躙する音。将兵の息遣いに足音や軍楽器。
そしてデカすぎるのか何なのか全てを貫き通し耳に入る義親父の声。
「よっしゃ皆んな前進!俺に続いてくれ!!」
良も言われていた通りに少し進んだ後停止した高順の右斜め前に位置する様に前進する。
自分に続いて、周りの二百人近い人間が動き出す。
単純に前進するだけなのだがどうしても多少のバラツキができる。ワチャワチャしつつも大凡所定の位置に到着する。
「よしっ止まれぇ!!
鶴翼陣形ぇ構え!!!」
良は未だ指揮兵力が百人を超えると制御が下り上手く制御できない。
「黄什長!!駆け足っ急げ!!!
・・・フゥ。」
毎度陣を整えるのが遅れる十人長に喝を入れ一息つく。
陣を維持したままの移動など少し高度な事をしたりと気の抜けない訓練だった。
一通り訓練と練兵が終わり兵達も踵を返すと張遼がやって来て反省会的なものが始まり教育係が問う。
「如何でしたか?」
「超難しい・・・。
人が増えれば増えるほど上手いこと指示出し出来てねぇなってつくづく思うよ。・・・思います。」
心の底からの呟きの後に何時もの気の抜けた時の喋り方をした瞬間、教育係の目が開眼し眼光がレーザーの様に良に突き刺さる。
何となく良はレーザーポインタで狙われた気分になる。あぁ、又ヤッちまったかなと思っていると、随分と重そうにゆっくりと開いた口から張遼の教えが始まる。
口から弾丸が出なくて何よりだ。
「宜しいですか?若。
此処は訓練場。戦に備える戦場です。
戦とはどれ程優れた者が策を練り采配を振るおうと末端の者達が思い描く通りに動かねば何も出来ぬのです。
故に軍の階級と言う物が有り、規律を守らねばならない。
そして、それを貴方自身が守るところを兵悉くに見せ付けねばなりません。
此処には未だ兵もいます。
先ずは若が上位の者を敬いなさい。さすれば兵達もそれに習い若を敬い若の手足の如く動くでしょう。」
「ウッス!!張先生!!!」
ハッキリと応答する良。
聞き分けの良い弟子に張遼は薄くだが笑う。一度注意すればそうそう同じミスは繰り返さないため十分教えやすい弟子と言えるだろう。
「あ、そうだ。
もっと上手く統率するにはどうしたらいいですか?」
「・・・そうですね。やはり自分が先頭に立ち兵を引っ張っていくのが一番簡単で効率の良い統率方法。ですが、若はその代わりに中央にいる時に比べ意識が前に向きすぎていて後方の味方に声が届きにくくなっています。
その辺りを注意してみると良いでしょう。
後は慣れと兵の心を掴む事ですね。」
張遼の言葉をよくよく聞く良。小規模のヤンキーならば率いた経験があるが百を超える中規模の兵というのは未知な事で手こずっていた。だが上手くいかずとも良は今までに無いほど今では回数が増えた此の数日に行う訓練に楽しさを覚えていた。故に張遼に色々と聞き指導してもらう。
異様な迄の充実した日々。なんとなく持て余していた良の能力が爆発していた。
さて、何故急に練兵や訓練の回数が行われているかについて記そうと思う。勿論、冒頭にあったように募兵や兵を借りたと言うのもあるが、遂に曹操との戦いの目処が立ったのだ。
先の袁術への援軍要請から帰ってきた魏続と呂布と友である張邈。
更に袁紹の所へ兗州を取るまで手出しをしないように交渉を行っていた陳宮が漸く密約を交わし終わったのだ。
袁術との交渉では、兵千を預けられ更に未だ到着していないが雷薄と陳蘭に二千の合計三千の兵を援軍として送られ、曹操の領地と接する豫州に兵を集め牽制する。
袁紹との交渉は、兗州昌ヒと任城と離孤郡を取る間兵を動かさない代わりに、呂布軍が臧洪と言う者を預かるという事と劉備の協力を得て清州の孔融の説得という名の退去勧告。最後にコッソリと同盟と言うより半従属で話はついた。
*藏洪 子源(ぞうこう しげん)
体格と容姿の優れたイケメンとして評判になった。
霊帝(今の皇帝劉協のオトン)の時に官位を捨てて故郷に帰るが張超にその才能を買われ配下となる。
反董卓連合の際に張超に決起を促した。
反董卓連合の誓約の宣誓についてそれぞれの名手が譲り合ったが最終的に皆が藏洪を指名した。
反董卓連合が解散した後劉虞への使者となるも道中、公孫瓚と袁紹が争っていて任務を果たせず袁紹と会見すると互に気に入り友好関係を築いた。
この時袁紹に青洲を任され前任の尻拭いをしながらよく統治した。
この事で袁紹に能力を買われ兗州の東郡を任されたのだがこの時張超が雍丘にて曹操に包囲されており皆が藏洪が袁紹に恩があるという事と袁紹と曹操が同盟関係にあり藏洪は救援に向わないだろうと思っていたが張超だけは藏洪を信じ藏洪も又その張超救援の許可を袁紹に願い出たが却下される。
終ぞ張超は死亡。その一族も皆殺しにされた。
この事で袁紹と絶好を宣言し城にこもる。
袁紹は城を囲み降服を促すも拒否。袁紹の攻撃が苛烈になると無理だと思いつつも呂布に援軍を求め司馬二人を呂布のもとに送るが救援が無いことを覚悟すると場内の者全てに脱出を促すも皆が藏洪について行くことを選択した。
食物が無くなってくるとうっすい粥を皆でわけ底を尽きればネズミを食らいそれすら無くなると劉安的な事をした。
やがて城が陥落し男女7千〜8千が討ち死に。藏洪は捉えられ袁紹は藏洪を屈服させようとするも断念。殺された。
この時藏洪に落城前に逃がされて袁紹の元にいた者が藏洪が殺されそうになると袁紹を罵った為まとめて殺された。袁紹配下の者は皆「今日は二人も烈士を殺してしまった」と嘆いた。呂布に援軍要請に行っていた2人は落城を知ると敵陣に突撃し死んだ。
三国志演技には出てこない。
因みに何故、高々説得するだけで一様なりとも同盟者の曹操を見捨てるような事をするのかは其れなりの理由があった。
臧洪と孔融は共に名士で、臧洪は袁紹配下の者達や民と仲が良く。武官としても文官としても信用できるのだが、張邈の弟張超救援を袁紹に願い出たのを断られてから袁紹を恨んでいるのだ。
無名の者ならサクッと殺っちゃっても良いのだが彼の名声と人望はヤバイ。
それこそ彼を切れば袁紹の名声の下がり方は恐ろしい事になる。
更に清州の孔融は袁紹の子袁譚が攻め立てて居るが孔子の子孫。儒学をアホみたいに信奉する奴が居る此の時代に孔子の子孫と事を構え続けるのは名士の配下が多い袁紹には辛いものがあった。
だが頑固な臧洪は、張超を救う呂布が預かれば解決するし。孔融は劉備のとこの鄭玄に頼めば話は聞くだろうしどうにかなる。
最近、自分の所に居た人材が逃げ出しそれを曹操が配下にしたりと、持て余し気味の曹操に釘を刺し増長を抑える事にもなりその上呂布を袁術との緩衝材と出来るので袁紹は了承したのだった。
ついでに言っとくと劉備も袁紹に恩を売れると協力は認証している。
そして勿論、袁術には事実など漏らすつもりは無い。
勿論、陳宮は相当苦労した。
特に袁紹のトコの軍師達の説得。
頭が鉄かなんかでできた頑固軍師とか。
嫌味ったらしい老年軍師とか。
道理わきまえてるから余計に説得しにくい文武両道軍師とか。
若輩有能故かプライド爆発軍師とか。
まぁ良や呂布は上手くいった・・・やったぜ。くらいにしか思っていないが。
此の日の三日後。呂布達は出兵し彭城に駐屯、更にその一週間後小沛を経由し兗州に進軍する事になる。




