ようやく出せた奸雄な英雄。
誤字報告ありがとうございます。助かります。
前話の飛将の部分ミス李信だと飛将と呼ばれた李広のご先祖様になってしまいます。
ミスが多いかもしれませんが、暇つぶしにでも読んでってくれたら幸いです。
PS.新登場人物が多かったので話の後に登場人物の補足を締めてます。
張邈、魏続が袁術と諸々の交渉を終え援軍を引き連れ帰路に着いた頃。
兗州陳留群平丘城。この城は戦の真っ最中だ。
城の南方を除く三方を囲むように兵達が展開され東北西に別れた三つの軍が順々に強攻に出る。
東の部隊の勢いが薄れたと思えば、北の門の部隊が怒涛の攻めを見せ、西の部隊が城壁に張り付きながらも攻城兵器の用意を始める。
現状、最も人命消える北門では城壁に登った兵が眼下の侵略者へ石に糞尿を投げ落とし矢を射かける。雲梯が掛かれば油と火で燃やし、梯子が掛かれば熱湯を浴びせひっくり返す。
対する者達は、堅硬に盾に隠れながら止め処なく梯子をかけ弓を打ち破城槌を運ぶ。
敵の武器に絡め取られ高い壁から叩き落とされる者、矢を体に生やし埋まる者。
盾ごと頭を潰され数名の味方と共に崩れ落ちる者、火と熱湯に身体を焼かれのたうち回る者。
兵士達の汗と血、油と焦げた匂い、糞尿、とが合わさった濃密な死臭が戦場を支配する。
その戦の地獄から離れ一つの陣幕に鎧を着た三人の男が居り、辺りの地形の書かれた地図に目を光らせる。
中央に座る小柄な男が今にも噴火する火山の様な感情を抑えた声で自分の後ろに立つ片側の美丈夫に語りかける。
「…君の懸念を教えてくれ。」
対して全てを受け流す水の如き。否、大海の様な広大な雰囲気を持った美丈夫が静かに軍礼を行いながら、しかし透き通る声で相槌を打ち自分の主人の問いに答える。
「ハハッ。
一つ。兵を有す劉備と名将呂布の連合の脅威。
一つ。土台とすべき兗州に未だ残る反乱分子。
一つ。遅きに失すれば我らの首を絞める兗州攻略を成すまでの時勢。
一つ。増悪と言えるほどの殿と兗州の民の溝。
一つ。急増した兵を食わせるに少なすぎる兵糧の量。
以上の五つ。
しかし何より。そう何よりも殿の冷静さを無くしたその心。
其れこそが私の一番の気掛かりに御座います。」
背の美丈夫の言葉を聞き、父兄弟を殺され、友に裏切られ。強力すぎる化け物との戦いの中で抑圧されていた感情が再度ぶり返し溜まっていた激流の様な憎悪を吐き出す様に大きく息を吐く小男。
おもむろに腰を上げ天幕の隙間から己の部下達が城壁へ第二波から第三波目の攻勢を開始する地獄を刮目。数秒間微動だにしなかったが三波目の破城槌が門に衝撃を与える轟音が響くと同時、機敏な動きで大海の様な美丈夫の方に体を翻す。
「やはり君は我が子房だ。我が頭脳よ軍師達よ、行くぞ!!!」
そう言うやいなやズカズカと足を鳴らし天幕の仕切り布に向かう。その後ろに静かに、だが勢い劣らず続く2人の男。
先程とは異なりバサァと大業に天幕から出ると無骨で堂々とした男がゆっくりと小男の直ぐ後ろについて行く。
己が主君の背後で近寄る者全てに睨みを利かせ腰の左右に二本の極太の長刀、背に交差する様に無骨な二本の短戟、その交差している中心を通る様に背負われた太い長柄の巨大な斧の如き刃を持った双鉄戟。彼こそ悪来。先の呂布との戦で校尉となった小男の親衛隊の長。
その豪傑が後ろに陣取ると更に足を速め共にズンズンと歩みを止めずに悪来の名を呼ぶ。
「典韋!!」
それだけで自分の主人が何を求めるか経験上理解し声を張る。
「ハハッ!!伝令、参れぃ!」
典韋に呼ばれ特に優れた伝令十数人が小男と二人の男、典韋の左右を守る様にに追随する。
陣の外、伝令達が綺麗に列を成し自分以外の全員が地に膝をつけ軍礼をすると連れてこられた愛馬に乗りながら早次に命令を下す。
「程昱、兵糧を集めつつ民心を得よ。
君が細微を仕切れ。次いでこの事については如何様にしようと自由だ。君の考えがあれば其れを優先せよ。
勿論、之から言う私の考えを退けてもいい。
伝令、于禁に伝えよ。
程昱を手伝い治安を回復させるのだ。並行して青洲兵の監督と練兵を強化すべし、それを民に刮目させるのだ。
于禁なれば上手くやると信じている。
以上だ。
伝令、済陰の惇と韓浩、棗祗に伝えよ。
程昱の兵糧の入手と管理を手伝う様に、更には集めた兵糧の管理を任す。
兵糧の入手手段は問わん。必要なら徐幹に筆を取らせ袁紹に私が頭を下げてもいい。今はなりふり構ってはいられん。
以上だ。
伝令、淵に伝えよ。もう一回り攻めさせた後に北門に裂いた兵に攻撃をさせる挙動をさせるのだ。敵が構えれば一気に離脱させると同時に残りの西門と東門の軍勢に同時に城攻めを開始させよ。此れで十二分敵の虚を突けるはずだ。
今は唯急いて進め、後の憂いは俺が断つ。兵の三割は預かるが進軍せよ、直ぐに追いつく。
以上だ。
引かせた北の軍勢は休ませた後、俺自ら率いて西の封丘へ向かせる。典韋ついて来い。
伝令、曹洪に伝えよ。俺の精鋭騎兵を率いて封丘に向かう我が軍を助けよ。野戦になれば率先して敵を撃滅すべし。我が道を開け。
以上だ。
伝令、済陽を攻めている曹仁に伝えよ。
曹真と五千の兵を遣わす。済陽を落とした後、軍を入れ替え昌ヒにて呂布と劉備に備えよ。
李整、李典に協力を要請すべし。彼らなら奮起しよう。
以上だ。
伝令、曹真に伝えよ。曹仁が済陽を落とした後そこに留まり敵の逆襲に備えよ。
打って出ることは禁ずるがもし敵が来たならば防いで見せよ。
あぁ、おそらく君についていく曹丕が馬鹿なことをせぬよう見張ってくれ。唯守れば其れで良い。陳留に曹一族が居ると知らしめよ。
荀彧、何かあるか?」
「袁術をお忘れです。」
一瞬の間を置き口を開く曹操。
「あぁ。あの匹夫か・・・忘れていた。
確かに無駄に兵だけは持っておる。万が一があるな。
豫州の許昌に我が子曹昂率いる兵三千を向かわせろ。昂なれば袁術程度を防ぐは容易かろう。
伝令。曹昂、曹純に伝えよ。
三千を率い許昌に向かい万が一の袁術の愚行に備えよ。
期待しているぞ我が子よ。
純、我が子を頼む。
以上だ。
荀彧、君は此処から東郡に戻り悉くを統括し情報を集め万事に備えよ。
皆、良いな!!?」
「「「ハハッ!!」」」
その後伝令達が伝達事項を復唱した後、程昱と伝令数名が動き出し典韋は主人に続き馬に乗り荀彧も東郡に向かう準備に入る。
部下達が其々が自分の仕事を始める為にキビキビと動き出す。
己が宝物である有能な人材達をちらりと見やると率いるべき軍の陣の方へ向かって馬を駆り外套をたなびかせながら馬を進める小男。
臣下から兵卒まで己が主が発す王の風格を垣間見る。
それは豪傑たる典韋も同じ。
古の英雄に仕える者達とは此の様な心境で有ったのだろうと誇らしく思う。
一種の優越感に浸っていると眼前の戦場で動きがあった。自軍の兵達が急に反転し敵が困惑する。其れを機敏に察知していた味方の兵が矢のような速さで東西の軍が壁に対する圧を増す。
戦の流れが滝のごとく味方に傾く瞬間を見ながら戦場より離脱する部下達を待つ。
「典韋よ・・・。」
「ハハッ!!」
忠誠誓う主君の呼びかけに重大な命でも任されるのかと揚々と返事をする。
「・・・道中に寄った長垣で我等の世話した侍女達スゴイ可愛くなかったか?
あの穏やかーな感じ凄くいいと思うワシ。」
「・・・御夫人方に殺されますぞ。」
「・・・・・え、英雄は色を好む。故に私も形から入ろうかと、な。」
「・・・御夫人方に殺されますぞ。」
「・・・・・あの、ほら古の鬼才陳平とてな女癖は悪かった。陳平に比べれば可愛い、も・・・の。」
「・・・。」
「・・・ゴメンナサイ。」
典韋は思う。この様な冗談を言えるなら我が主人も落ち着かれたのだろうと。
だが、どうしても思う。彼と言う天下の才君を主に持つ者は必ず一度は考える小さな悩みを。
節操はあるにせよ色好みすぎだろう。と。
「よし!!揃ったな。
典韋、行くぞっ!!!」
「ハハァッ!!」
何はともあれ乱れた天下で回ってきた絶好の好機。彼等は唯上を目指し覇道を翔ける。
馬上の小男。彼こそ曹操、字を孟徳。
治世の能臣、乱世の奸雄と呼ばれ、天下の半分を己が才で己が手中に収める程の才を持つ偉大で広大な小男は自分の天運を感じていた。
*小男・・・曹操 孟徳 (そうそう もうとく)
三国志知ってる人ならみんな知ってる人。
後漢末期の丞相・魏王。魏の基礎を作った。
治世の能臣、乱世の奸雄。
元は夏侯氏の一族で当時の権力の極み宦官の中でも特にヤバイ曹騰の養子に父親がなり曹氏になった。
小男という話と160センチ代の身長だったみたいな話がある。
スーパー人材欲しいマンにして人材活用のスペシャリスト。
孫氏の兵法書を読みやすくしたりと文武両道。
史実では、基本有能合理主義。
演義では、基本悪役マン。
何気に遺言として嫁さん方思いな言葉を残している。
*美丈夫・・・荀彧 文若 (じゅんいく ぶんじゃく)
曹操の軍師と言えば沢山いるが取り敢えずこの人。
子供の時点で王佐の才有りと言われ、古の神算鬼謀の軍師張良に例えられて曹操に我が子房と言われた。
お父ちゃんも名声高く周り兄弟も有能だったので含めて八龍と呼ばれたりと凄い人だが4歳の頃、宦官の娘と婚姻が決まり荀彧まで批判された。
つか4歳児批難する奴って何なん。
三国志の人材紹介マスター。欲しい人材がいたら取り敢えずこの人に聞いとけばいいと思う。
晩年は曹操と仲違いして不遇だったらしい。
*悪来・・・典韋 ?? (てんい ??)
忠誠無比の豪傑。
余り話は無く字も不明だが、その来歴は凄まじいものが多い。
若い頃ダチの為に現代で言う県知事的立ち位置の人をブチ殺ったり、曹操配下になってから矢の雨降る中奮戦かましたり。
特にヤバイのはその最後。謀反を受け敵中にて絶体絶命の状況で曹操を逃がすために、十数人の部下と陣門に留まり闘った。典韋の一振りは敵の武器十数を砕くような威力で、部下達も又一人で10人は相手取って健闘したが多勢に無勢。一人一人と倒れていき、最後に身体中傷だらけになりながらも数人を殺しに大声で敵を罵りながら死んだ。
演義では曹操に剛力で有名らしい嬴来もとい悪来の再来と言われ、双鉄戟がトレードマークでさらに凄まじい死に方で弁慶の立ち往生な死に方をする。
曹操にはその時死んだ長男の死よりも悲しんだそうで。
字が不明のためそのまま悪来を字にします。
*程昱・・・程昱 仲徳 (ていいく ちゅうとく)
191cmある長身強情気骨軍師。
曹操の飛躍の為の土台を作った功臣の一人。
演義では十面埋伏を考え出し徐庶を引き抜くために徐庶の母親を使い関羽の義理堅さに漬け込んだりと老獪軍師な感じが強い。
*于禁 文則 (うきん ぶんそく)
黄巾の乱の時に仕えていた人が討ち死にすると曹操に仕えた。
剛毅で威厳のある人柄で清廉潔白な人だったが法令に厳しくというか法令を絶対視するきらいがあり、度がすぎてたのか兵士民衆からは人望が無かったらしい残念な人。
名将だったのだが、最後の最後で惨敗し晩節を汚し汚名返上する機会もなくそのまま病死した。
*惇・・・夏侯惇 元譲 (かこうとん げんじょう)
曹操に最初っから仕えた一人。
盲夏侯。演義で目ん玉を矢で射られた時に親に貰ったこの身体無駄にはせんぞ的なセリフは有名。因みに演義と史実で目を失った時期が異なる。
万が一彼の生活区域に鏡があったら直ぐにかたずけましょう。銅鏡でさえ真っ二にするので。盲夏侯って言いすぎると嫌がるのでやめましょう。銅鏡と同じ末路を辿る可能があります。
魏王になった曹操に配下として扱わない不臣の礼を唯一受けた人で曹操に一番信頼されたっぽい人。
器用に色々こなせそうな感じはするが、チラホラとミスった話がある。
*韓浩 元嗣 (かんこう げんし)
袁術に使えていたが夏侯惇と意気投合し夏侯惇に仕える。
呂布との戦の時に夏侯惇が捕まった際には夏侯惇の居ない軍をまとめて夏侯惇と捕縛者の元へ向かい、捕縛者に金をせびられると「テメェ等将軍人質に取っといて生きて帰れると思うなよ。」的な事を言い夏侯惇には泣きながら「国法故仕方ないのです。」と言い攻撃開始命令を出した。
すると捕縛者がビビって許しを乞うたが皆殺しにした。
この件で曹操にメッチャ褒められた。
又、政治にも功績があり棗祗と供に曹操に屯田を進言したりなど有能で多数の功績を残した。
だが何故か演義では、夏侯惇配下はいいとして長沙太守韓玄の弟として出てくる。
勘違いで黄忠に喧嘩を売り打ち取られる。
*棗祗 ?? (そうし ??)
呂布との戦いの際に城を守り切った一人。
韓浩と供に屯田を進言し、屯田の顕著な成果を挙げ大きく貢献した。屯田の成功は多分この人のおかげ。
*淵・・・夏侯淵 妙才 (かこうえん みょうさい)
夏侯惇の弟。曹操に最初っから仕えた一人。
軍事拠点間の迅速な移動に優れ奇襲を得意とした。
又、前線指揮と兵糧監督に優れ賊討伐や馬超討伐など各地で転戦したが、定軍山に散った。
兄貴よりも戦の方にステータスが高いように感じる。
演義では弓の名手。
姪っ子が張飛に攫われた。
*曹洪 子廉 (そうこう しれん)
曹操に最初っから仕えた一人。
曹操が董卓配下の徐栄にボッコボコにされた際に自分の馬を渡し自分は徒歩でも付き従い、助け出したり色々な武勲を上げる功臣の一人だが、私欲が深すぎて失脚した。
*曹仁 子孝 (そうじん しこう)
曹操に最初っから仕えた一人。
曹魏に置いて最古参になり大将軍にまで成った。
若い頃、弓術、馬術に狩猟を好んだ。父親は、弟が14の頃に亡くなったが別居していた。
*曹真 子丹 (そうしん しこう)
曹操の甥。
曹操の挙兵時に父曹邵が董卓側の者に殺され、曹操がそれを憐れみ引き取った。
その際曹丕と起居を供にした。
猟の途中虎に襲われたが馬上から後ろ向きに矢を放ち撃退した。曹真の勇敢さを褒めて曹操自身の精鋭騎兵部隊虎豹騎の隊長とした。
将兵から人望が厚く温厚だったらしい。因みにポッチャリ体型を曹洪などに冷やかされ怒るも後に、曹洪が罪に問われると弁護するレベル。
*曹丕 子桓 (そうひ しかん)
魏の初代皇帝。
8才で巧みに文字を書き、騎射、剣術を得意とした。
つか11で親父についてって従軍したとかまじだろうか。
色々と父譲りっぽいトコがある。
人妻好きなとことか文武両道なとことか人妻好きなとことか。
人格はアレだが、政治家としてだいぶ有能な人なのだが在位7年で死んでしまう惜しい人。
*曹昂 子脩 (そうこう ししゅう)
曹操の嫡男。母が早くに亡くなり、丁夫人に育てられた。
曹操のやらかしで反逆され曹操に自分の馬を渡し典韋と供に死んでしまい。それが理由で丁夫人がブチ切れてそれ以来離別し終ぞ曹操の元へ戻らなかった。
曹丕が即位後に兄貴生きてても大丈夫だけど曹沖生きてたら俺皇帝無理だったわ的な事を言ったらしい。
*曹純 子和 (そうじゅん しわ)
曹仁の弟。
虎豹騎を一番最初に率いた曹操以外の人物で部下に慕われていた。
袁譚戦や白狼山の戦いに長板などで活躍した。
曹操は彼の死後、曹純程の指揮官は居ないと虎豹騎を自ら率いた。




