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猫ストーム!  作者: ルト
4/4

終: そして走り切ったのです

 養護教諭陶生優奈はアイスクリームまみれになった手を洗って、さめざめと心で泣きながら事務仕事に取り組もうとした。

 だが諦めた。

 気もそぞろに目が泳ぎ、どうにも集中ができなかったのだ。


「あの子達はホントなんだったのかしら」


 さすがにアイスクリームを根に持った気配もなく、純粋に不思議がった声色でつぶやく。

 陶生は立ち上がる。

 鹿沢に()き散らされた砂を拭いて湿った床を歩く。廊下に出た。校舎の中心方向に歩を進めていく。

 角を曲がって階段が目に入ったところで、ふと足を止める。

 階段から音が響く。


 見上げた陶生の目に、猫と五十嵐芽依と鹿沢歩の姿が飛び込んできた。


「あ、あぁっ! あんたたち! よくも私のアイスを!」


 がっちりしっかり根を握りしめていた。

 威勢よく追いかけたはいいものの、早くも離されて、ようやく陶生優奈は気づく。


「って、なんか多! 多っ!?」


 ぞろぞろと走る生徒に囲まれて、陶生は完全に逃げられなくなっていた。


「あっ! 陶生先生までなにやってるんですか!」

「えっ、丹波先生!?」


 元陸上部の生徒会担当丹波鈴が走っている。


「アイスってどういう意味です! 鹿沢さんたちなにかあったんですか?!」

「あああ違う違うんですこれは違うんです!」


 陶生は半泣きで走る。丹波が追いかける格好になり、ますます逃げられなくなった。




 後集団の中心を担う音無静香と佐坂剛志だが、その実、懸命に走っているのは音無静香だけだ。佐坂剛志は彼女に付き添って後集団を走っている。


「大丈夫か?」


 剛志は気遣わしげに静香をうかがう。静香はガクリと首の座らない子どものようにうなずいた。


「みんな、はや、まって、」


 静香は息も絶え絶えに声をあげるが、その声もすぐに荒い息に飲まれて消える。


「無理すんなよ」


 つらそうな表情で顎を引いた静香を、剛志は心配そうに見る。

 その心配たるや、そもそもどうして無理をするような状況になっているのか、と疑問に抱くことを忘れるほどだ。

 後集団は先頭集団から離され過ぎないよう、必死に食らいついていく。




 白鵠重は完全に位置を把握している桂木梢の下駄箱を、まさぐるように調べていた。


「梢さん、僕の手紙受け取ってくれてるのかなあ。ないってことは、大丈夫だと思うんだけど……」


 保茂男の忠告など、今の重には極めてどうでもいいことだった。遅刻だろうが欠席だろうが構うものか、とばかりに集中して目を凝らしている。

 そんな彼が、ふと顔をあげた。


「今、梢さんの声が聞こえたような」


 昇降口の廊下まで戻って覗き込む。

 そしてそこに、天使の姿を見た。


「待てったらもう!」


 桂木梢は髪を振り乱して、手を伸ばしている。

 見とれている白鵠重の目には、手を伸ばされている五十嵐芽依の姿も、両面作戦で挟み撃ちにしている鹿沢歩の姿も、彼女らの前を走る猫の姿も見えていない。恋する男にはたいへん便利なフィルターがかかっていた。


「か、桂木さんっ!」


 気がつけば、走り出していた。


「はっ、なによあんた!」


 突然隣に並んだ男に面食らったように走るリズムを崩す。

 鹿沢だけでは芽依を捕らえることなどできない。作戦はまたも失敗だ。

 そんな外野など眼中にない重は、今だかつてない距離にある、汗ばんで頬の上気した想い人の姿にうち震えていた。


「白鵠です! 今朝手紙を出した!」

「手紙ぃ? なにそれ知らないし! クグイって何!」

「白鳥の古称です! でも僕の名前が白鵠なんです!」


 思いよ届けとばかりに全力で名乗る白鵠だが、当然、名乗るだけでは思いは届かない。

 顔を前に向けた桂木梢は、焦ったように上擦(うわず)った声をあげる。


「あっ、待って芽依!」

「ダイナモに言ってよ! むしろ梢ちゃんからも言ってやってよ!」


 五十嵐芽依を追いかけて、白鵠重を置き去りに、陸上部のペースで走っていく。


「ま、待ってくださ、かつらっ、ぎっ」


 早くも息の上がってきた重は、走る梢に追い付けない。




 校内で最も長い廊下はどこかと言えば、ちょうど、一階の昇降口前から左右に延びる廊下である。各学年棟にアクセスでき、保健室などにも接続される、校舎のメインストリートと言ってもいい。

 その端に、生徒指導担当体育教師、五里田力也が君臨した。生まれてこのかた視力検査が頼りにならない慧眼(けいがん)が、群れを成して走る人々の姿を写す。

 瞬間、五里田の胸が大きくなり、


「ぬぁにをやっとるかぁ! きさまらぁ!!」


 大音声(だいおんじょう)の叱責。

 窓がビリビリと震える声は猫走団を貫いた。


「うわぁ! ゴリ先生っ?!」

「まずいっ! 病院送りにされる! 背骨折られる!」

「ごごご、ゴリだぁー!」

「教師を呼び捨てにするなぁ渡会ぃ!!」

「えっあっ違う違いますこれはそんなぁぁあ!」


 恐慌状態に陥った生徒はさらに混乱の境地(きょうち)を深める。


「止まれきさまらぁ!」


 凄まじい音量で叫びながら、五里田がモスト・マスキュラーを構えながら猛牛のように走ってきたのだ。

 両腕が前に来ているのは、鍛えられ過ぎて盛り上がった腕や胸や脇の筋肉が邪魔になり、うまく腕を振れないせいだ。

 しかしマッスルポーズで疾走する姿は圧巻で、その威圧感はまさに肉壁。トラックが廊下を暴走して迫ってくるような恐怖感を与える。


「止まらんかきさまらぁ!」


 二度目の制止命令を受け、猫走団は口々に叫ぶ。


「ほら先生も止まれって! ダイナモ!」

「芽依待ってー!」

「桂木さんんん!」

「なんで俺先生から逃げなきゃならんの!?」

「知りませんよ私だってそうですよなんでこんな目に!」

「こぇえええ!」

「先輩、志藤先輩っ、引っ張りすぎですわっあっ!」

「私関係ありませんよないですからねー!」

「ずりぃ、見苦しいぞ陶生先生!」

「うえぇんなんでみんな止まらないのおぉ!?」


 騒ぐもの騒がないもの、追うもの逃げるもの。分け隔てなく満遍(まんべん)なく、恐怖に追いやり走らせる。

 拍車をかけただけだった。




 三人の人影が、校内で最も長い廊下、そのもう一端に立っていた。


「準備はいいな?」

「はい、生徒会長」

「頼りにしてるよ」


 生徒会メンバーは、たも網とプラカードとマットを構えていた。

 マットがつぶやく。


「ゴリ先生、混乱を助長しちゃってるじゃないか」

「まあ、事態が無茶苦茶ですからね」


 プラカードが答えた。

 たも網が階段の角から猫走団をうかがう。


「怪我人を出さずに片付けられるかどうかは、俺たちの働きに懸かっている。励めよ」


 二人が返事をしたのを聞いて、たも網を構え直しながら、巌隆則が笑う。

 五里田力也が叫んでいる。そのお陰で注意が完全に彼に向いていて、生徒会メンバーの姿に気づく気配がない。


「さあ、行くぞ!」


 猫走団が間合いに入った瞬間に、巌隆則は合図を出して飛び出した。

 目を丸くする五十嵐芽依の顔を見て、内心笑う。


「あまり似てないと思ったが、目元は似てるな」


 さっ、と引き切るように、予定調和のような滑らかさで猫をたも網で(すく)いとる。


「あっ、ダイナモ!」


 そのまま取って返し、渡り廊下から外に飛び出した。

 当然、芽依は巌を追い、芽依を追う何人かは渡り廊下に飛び出し、一部科学部二年生女子が巌の名を叫びながら続いた。


「はい通行止め!」


 さっと五十嵐実絵がプラカードを渡り廊下に差し渡し、二年棟への階段に後続を引き渡す。

 誘導を受けた中核走者たちは変な顔をしてコースを逸れた。特に保科学と陶生優奈が、なんとも言えない顔で、別コースにて減速していく。

 最後に後集団走者がマットの上にへばった。丹波鈴は五十嵐実絵の顔を見て笑う。


「ああ、あなたたち来てくれたの」

「なに先生まで一緒になって走ってるんですか」

「えっ違います。私は止めようと追いかけてたんです」


 そこに五里田力也が到着した。


「おう。よく止めたな。ご苦労」

「五里田先生も、いつもお疲れさまです」

「なに、俺はこれからさ」


 笑って、五里田は振り返る。


「お前たち! 廊下は、走るな!!」


 何人かが、なにを今さら、という顔で五里田を見上げた。




 渡り廊下に出て、巌隆則が五十嵐芽依を振り返る。


「ダイナモ! ダイナモー」


 たも網のなかに転がっている猫を見て、安堵したように笑う。


「五十嵐芽依だな」

「あ、はい。ダイナモを捕まえてくれてありがとうございます」

「どういたしまして。あのな、猫を追いかけ回すのは危ないからやめろ。捕まえられるものでもない」

「分かりました、ごめんなさい」


 起こした騒ぎのわりに素直な芽依は、ダイナモを抱き上げて撫でている。この娘の体力は、実に計り知れない。


「巌先輩!」


 声がして、厳が振り返る。原素子が駆け寄っていた。


「ああ、原か。なんか、久しぶりだな」

「そうですよ。部活、出れないんですか?」

「忙しくてな。というか、」


 巌は不思議そうに原素子を見る。

 ばっちり目が合って、原はどぎまぎした。


「な、なんですか?」

「いや。保科が名前だけで勧誘したのに、まだ続けてたんだな。部活は楽しめているか?」


 原は口ごもった。名前だけで勧誘され、参加している理由はほとんど巌隆則が占めているのは事実だ。

 しかし、文化系部活のくせに朝練に誘われて、わざわざ参加したのは、原が生真面目である以上の理由がある。

 だから、正直な気持ちが、口から出ていた。


「あ、えと……はい」

「そりゃあよかった」


 最初が濁る程度には本音だった肯定に、巌は心から良かった幸いだと思っているような笑みを浮かべる。

 原はわずか呆けた後、慌てたように力を込めて告げる。


「で、でも先輩がいればもっと楽しいと思います!」

「はは、嬉しいこと言ってくれるな。俺もできれば参加したいんだが、まあ、生徒総会が終わったら行けるようになるかな」

「楽しみにしてます」


 それは万感を込めた「楽しみにしてます」だった。


「巌。もう授業中なんだ、早く戻ろう」


 水を注された。

 いちいち巌の肩に手を乗せて口を挟んだ、無闇にハンサムな保茂男は、平静を装った目で原素子をにらんでいる。


「ああ、そうだな。原も戻れ。急げよ」

「はい」


 原素子もなんでもないように答えつつ、全く謎なことに敵としか思えない男をにらみかえして、巌に一礼する。




 戻ってくる原素子を、保科学は無表情で窓から眺めていた。


「不景気な顔してるなあ少年!」


 突然肩に腕を回された。

 陶生優奈が、保科学にもたれ掛かっている。生徒に体重を乗せてわめいた。


「私だって、なんだってこんなことになったんだか! アイスはなくなるわ、走り回ってヘトヘトだわ、丹波先生と五里田先生に絶対あとで怒られるわで、踏んだり蹴ったりよ!」

「あーはいはい、御愁傷様です」

「どーも。あんたも、頑張んなさい」


 保科の面倒くさそうな顔が引っ込む。

 陶生はなにもなかったかのように、廊下を歩いていく。途中倒れている生徒をまたぎ、やっぱり足を止めて振り返った。


「あんた。死にそうだけど、大丈夫?」

「俺はもうダメかもしれません」

「そ。生理食塩水飲みなさい」


 しなびた蛙のように倒れている渡会拓真と話をする姿は、すっかりいつもの養護教諭陶生優奈だった。


「あ、先輩。今さらですけど、物理室鍵かかってませんよね?」


 戻ってきた原素子に声をかけられ、保科もいつもの笑みを浮かべて手をあげた。


「かけ忘れてた。悪いけど頼むわ」

「……まあ、はい。いいですけどね。どうせついでですし」


 原素子はいつも通り、ちょっと呆れたような、困った友達を見る目で保科学を見上げて、微笑むのだ。




 桂木梢は、五十嵐芽依が赤ちゃんを抱えるように腕に乗せている猫を撫でる。


「それで、教室で見かけてからはるばる走り続けてたってわけ?」

「うん。普段はいい子なんだけどねー?」


 芽衣はどこかきょとんとしている猫を、微笑ましそうに見つめている。

 鹿沢歩が梢の前に、体をねじり込むように割り込んだ。


「それはそうとお嬢さん! この書類にサインして陸上部に入ってよ!」


 入部届とペンを差し出す。

 え、と芽衣は鳩が豆食ったらコーティングチョコだったみたいな顔で、鹿沢を見る。


「いえ、私、美術部入ってますから」

「ナンセーンス! あなたその体力で文化系なんてあり得ないよ!?」


 愕然とわななく鹿沢歩。完全にランナーズハイだ。

 さらに突然、志藤真人が口を挟む。


「聞き捨てならんな!」

「志藤先輩、相手先輩です」


 香村直美も付き添っていた。


「聞き捨てなりませんね!」


 言い直した。


「インスピレーションを得るにも、何時間と描画に取り組むも、かなりの集中力を必要とします。その集中力を、精魂尽き果てようとひねり出すには、気合いと体力が肝要! ですから、美術部では体力作りも活動の一環となっているんですよ」


 なにやら語った志藤がお辞儀をする。

 首を縮めて恐縮している香村直美と、訳知り顔で平然としている五十嵐芽依を、陸上部女子コンビは揃って見比べて、互いに目を合わせた。

 鹿沢が代表して、志藤に尋ねる。


「要するに?」

「体が資本!」

「なるほど」


 二音節で済んだ。

 気を取り直し、鹿沢が芽依を振り返った。


「で、ホントに陸上部やる気ないの?」

「えっと、すみません」


 芽依のつれない即答にぶーたれた鹿沢の肩が叩かれる。いつの間にかやってきた馬木翔が間を取りなした。


「他にやりたいことがあるなら、仕方がない。彼女の決断に、口出しをする権利はないさ」

「まあそうよね」


 勿体ないなあ、と未練がましく口を尖らせる。

 その姿を見た桂木梢が、失笑気味に笑みを浮かべる。


「先輩、芽依をヘッドハンティングする気だったんですか? そりゃ無理ですよ、芽依は絵を描くのが好きなんですから」

「あんた今さらなに言ってんの蹴るわよ」

「えっ」


 低い声に動揺する。

 梢が先輩とじゃれ合っている姿を、白鵠重は割り込むこともできず、遠目からわびしそうに見つめていた。


「梢さん……。僕も、今からでも陸上部入ろう!」


 美術部員に負けた陸上部を儚んで、訓練メニューの大幅増量が決まることを、恋する男は知る由もない。




 音無静香は廊下の壁にもたれ掛かって、体を休めていた。佐坂剛志が濡らしたハンカチを、音無静香の首にかける。


「ああ、剛志ありがと」

「どういたしまして。大丈夫か?」

「んん、ちょっとカッカしてる」


 佐坂剛志が隣に腰かけても自然体を全く崩さず、濡れハンカチで顔を拭う。


「みんなスゴいよね、あんなに走ったのに」

「そうだな、ホントに」


 のんびりした声で答える剛志だが、その目は泳いでいる。手はそわそわと落ち着きなく、膝に乗せたり床に置いたり握ったり開いたり忙しい。

 ふふ、と静香が突然笑って、剛志の肩が跳ねた。


「ど、どうした?」

「うん、なんかこうして剛志と一緒なのって、ちょっと久し振りだなって」

「ま、まあクラス違うからな」


 剛志は肩を縮めたまま、言わずもがななことを言う。


「うん、そうだね。……昔は、私がこうして外れで休んでいるときは、いっつも剛志が居てくれたよね。なんか当たり前みたいに思ってたから、最初にクラス別になったときは不思議だったなあ」

「ああ、分かる」


 懐かしむように遠くを見る静香と反対に、剛志は目の前の恨み辛みを見るように、うつむいて皮肉げに笑う。

 静香は小さく笑って、立てた膝に頬を乗せる。


「……それに、さびしかった。すごく」


 剛志が顔を上げて静香を見た。静香はうっすら微笑んでいる。


「いつもありがとね、剛志」

「な、なんだよ、今生の別れみたいなこと言って。死亡フラグか」

「あはは、ごめん、ホントだ。変なことは言うもんじゃないね」


 笑う静香を眺めていた剛志は、顔をそらして、どうでもよさそうに言う。


「まあ、気にすんなよ。いつものことだ」

「ん」


 そんな剛志を見て、くすぐったそうに笑う。

 濡れハンカチを取って畳むと、手に持ったまま勢いをつけて立ち上がった。


「さて、それじゃあ私、みんなのところ行くね。ありがとね、これ。洗って返すから」

「あ、ああ」


 ハンカチを振って見せる。見上げる剛志に微笑みを向けて、静香は身を翻した。

 桂木梢や香村直美のほうへ、弾むように歩いていく後ろ姿を、剛志は苦笑して見送っている。

 静香は振り返りもしない。




 五十嵐芽依は歩きながら、抱えたダイナモの顎をくすぐって、ふと立ち止まった。彼女の前には五十嵐実絵がいる。

 お姉さんらしく腰に手を当てて、芽衣を見下ろして顔を曇らせている。


「まったく、こんな騒ぎ起こして」

「ごめんなさい……。でも」


 そこで初めて、芽依は辺りを見回して眉根を寄せた。


「なんでこんなことになってるの?」

「私が聞きたい」


 芽依の今さら過ぎる質問に、額を押さえてため息をつく。


「とにかく、もうこんなに人に迷惑かけないこと。いい?」

「ダイナモに言ってよー」

「……ああ、それよねぇ。なんでダイナモがこんなところにいるのかしら。連れてきたわけじゃないでしょ?」

「もちろん! そんなことしないもん!」


 ダイナモが一声鳴く。

 五十嵐実絵がダイナモを撫でる。


「こんなところまで散歩に来たのかしら。ま、とにかく授業行かないといけないもんね」


 芽依からダイナモを取り上げて抱える。抱えられるダイナモの姿は大人しく、つい今しがたまでの逃走劇が嘘のようだ。


「丹波先生、ダイナモ預かってもらえますか? 大人しい子なので」

「えぇ? まあ、そっか。預からないといけないわよね。私は授業があるから……五里田先生、お願いできますか?」

「え、私ですか?」


 話が降りかかるとは思いもしなかったのか、五里田力也は目を丸くする。

 反応するように実絵がダイナモを五里田に向け、ダイナモが五里田に鳴く。


「はぅぐ」


 五里田も鳴いた。

 変な声を聞いてしまった女性陣が不審がる前に、五里田はしぶしぶうなずく。


「仕方ない、来てしまったものはどうしようもないからな。だが今回だけだぞ、分かってるんだろうな」

「はい! ありがとうございます。お願いします」


 実絵は笑って、五里田にダイナモを手渡す。

 ぎこちなく猫を抱える巨漢という組み合わせは、不釣り合いなことこの上ない。

 猫を指先でくすぐる五里田は、微笑ましそうに見る五十嵐姉妹の視線に気づいて大きく咳払いした。

 振り返り、よく通る声で全員に伝える。


「さあ、それじゃあお前ら、すぐに教室に戻れ。昼休み呼び出すから、覚悟しとけよ」


 げえ、だの、はい、だの、めいめい勝手な返事をして、散っていく。

 じゃね、とダイナモに手を振った芽依も校舎に入っていった。

 残された五里田が、腕に丸まるダイナモを見下ろし、

 にへ、と顔を緩ませる。




 寝そべっている白黒ぶちの猫が、はたりと尾で床を叩く。片目を薄く開けて、挨拶でもするように尾をあげた。


「やあダイナモ。ずいぶんな騒ぎを起こしたじゃないか」


 灰トラの猫が、白黒と距離を取って箱座りになる。


「好きで起こしたわけじゃないって。分かってるくせに。まったくウカツ。芽依ちゃんってば目ぇ良すぎ」


 白黒は皮肉げに、ピクリとひげを揺らした。


「これに()りたら、こんなところまで散歩に来るのは、やめたらどうだ?」

「そんなのつまんない」


 つーん、とそっぽを向いて、灰トラは顎を前足に乗せる。


「ここまでだって狭いほう、本当ならもっと見て回ってもいいくらい。同じ猫なら分かるでしょ?」

「さあ、分からんな。ぼんやり丸まってるのも悪くないんじゃないか」

「またそんな、老猫みたいなこと言って。それなら縁側でお婆ちゃんの膝にでも乗ってればいいのに。……ああ、そうか」


 灰トラは小バカにしたように肩を舐めて、毛づくろいを始める。


「あんたは女子高生の膝の上がいいんだっけ。お気に入りの子がいたもんねぇ? このエロ猫!」


 からかうように尾を揺らしながら、灰トラは前足の裏を舐める。

 白黒はピクリとひげを揺らし、不快そうに尾を床の上で滑らせた。


「そんなことは言ってないだろう。膝の上に丸まったこともないし、するつもりもない。エロ猫呼ばわりは心外だ」

「はいはい。冗談だから本気で取り合わないでよ」


 まったく、とばかりに白黒は顔の向きを直し、目元をピクリと動かす。


「芽依ちゃんが気の毒だ。可愛がっている飼い猫がこれでは」

「それ、誰に対しても失礼ー」


 灰トラは不満げに、寝そべる白黒を見た。




 誰にとっても穏やかに、大山田高校の大時計はのんびりと時を刻む。

 番組の最後に、豪華商品は特にもらえないクイズを出題させていただきます。

 問題(ジャジャン♪

「登場したキャラの名前、全員を答えてください」


 無理(笑)


 そんなわけでした。

 掌編いっぱい書きたくなって、それなら全部ひとつにまとめちゃうことにして、じゃあいっそ人を出しまくっちゃうことにして、ついでにちょっとちょっと恋愛を混ぜ込んでみたりなんかしちゃって、という調子で、それはもう、ものすんごく楽しんで書いたものです。

 これを書いたせいで、私は、三角関係に目覚めました。

 心残りは、女子先輩と男子後輩のラブがなかったり、もっとイケイケなキャラがいなかったり、いや、数え上げればキリがない。とりあえず女子先輩成分が足りなすぎました。




 オマケ。

 五十嵐 芽衣(台風→嵐→五十嵐  台風の「目」→芽衣)

 ダイナモ  (「不思議の国のアリス」の猫ダイナ)

 音無 静香 (おとなしい→音無  静か→静香)

 桂木 梢  (木を並べただけ。語感)

 香村 直美 (とくになし)

 志藤 真人 (しごくまともなひと)

 佐坂 剛志 (さかさま 志が強い。=よわむし)

 馬木 翔  (馬のごとき 駆ける)

 鹿沢 歩  (馬鹿。駆けるなら歩く)

 白鵠 重  (告白ちょー重い)

 保科 学  (科学)

 原 素子  (原子、元素)

 陶生 優奈 (ゆうとうせいな)

 丹波 鈴  (タンバリン)

 保 茂男  (ほもおとこ)

 渡会 拓真 (わ「た」らい たぬき→たくま)

 五里田 力也 (ごりらパワーや)

 巌 隆則  (規則に厳しい)

 五十嵐 実絵(芽衣と同じま行あ行)


以上、総勢18名と1匹。

 え、十八名? ……馬鹿だろ私。

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