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異世界転生港区おぢ ── 金なし、地位なし、戦闘力ゼロ。武器は口だけ。──  作者: 八乙女モモ
第2章

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第17話 異世界万博——レンドール商業祭(前編)

「で、商業祭って具体的にどんなイメージなんですか」


 竜宮城りゅうぐうじょうのカウンター。隆之介りゅうのすけ、リーナ、ヴェルクの三人が地図を広げていた。


 ヴェルクが書類を一枚、指で押さえた。


「規模としては、レンドール全土の商人を対象に出店を募る。期間は十日間。会場は中央広場とそこから伸びる三本の大通りで行う」


「確か、他都市からも客を呼ぶって話でしたよね」


「呼ぶ。北のフォルセン、東のカストリア、南のミレナ。三都市の商業ギルドに事前案内を出す。各都市から最低でも商人十名、客は合計で千人を見込みたい」


 隆之介は唸った。


 港区みなとく時代に何度か関わった大規模イベントを、頭の中で重ねた。展示会、商談会、招致イベント。あの時は予算が一億単位で、運営会社が三社入っていた。


「予算規模はどれくらいなの?」


「そこなんだが」


 ヴェルクが顔をしかめた。


「商業ギルドからの公式予算は、出ない」


「は?」


「上層部が反対している。改革派が街を動かすのを認めるわけにはいかない、と。だが、ギルドの『場所貸し』としての許可は下りた。会場使用は無料。それ以外は全部、自前で集めろ」


 隆之介は天井を見上げた。


「ヴェルクさん。それ、丸投げじゃないですか」


「そうだ」


「即答すんなよ」


「事実だからな」


 ヴェルクは硬い表情のままだった。冗談が通じない男ではない。通じた上で、現実の厳しさを認めているだけだ。


 リーナが帳簿を開いた。


「一応、概算を出しますね。会場設営、装飾、警備、宣伝、出店者への補助、他都市からの招待客の宿泊費補助。最低でも、三十万Gは必要です」


「三十万Gもかかるのか」


「あんた、今いくら持ってますか」


「マイナス三万二千」


「ですね」


 完全な無音。


 パルムが隆之介の肩で目を擦った。


「リュウ、ボク何もできないけど、応援はしてるよ」


「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」


「お金どうしようかな」


 リーナがため息をついた。


「先に言っておきますが、商業祭の予算管理と出店者の経理サポートは、ヴァイス経理事務所として正式に受注します。報酬は別途、商業祭の総予算から請求します。総予算の三パーセント。相場より少し安いですが、初仕事なのでサービスです」


「俺から、報酬取るの?」


「当然です。事業ですから」


「でも俺、赤字三万二千Gなんだけど——」


「商業祭の総予算からです。あんたが個人で破産するかどうかは、私の事務所の責任じゃないので」


 ヴェルクの口元が、ほんの少しだけ動いた。


「リーナ殿。あなた、本物の経理になったな」


「ありがとうございます」


「金城殿に対する切り返しが、容赦なくなった」


「もともとです」


 リーナはサイン用の羊皮紙を隆之介の前に置いた。隆之介は三秒でサインした。


「ちなみに」リーナが続けた。「既存のお客さんの月次は、私が自分で回します。月数日で済みますから。私はレンドールから動きません。商業祭の業務は、ヴァイス経理事務所が独立して受けます」


「動かないって……他都市の根回しは?」


「ゴルドさんが引き受けてくれるそうです」


「もう知ってるんだ」


「ゴルドさんから先に聞きました」


 隆之介はカウンターに肘をついた。


 リーナは弟子ではない、部下でもない。今、目の前にいるのは、自分の事務所を持って、自分の判断で仕事を取って、自分の値段で報酬を請求してくる、対等な事業者だ。


「リーナさん」


「なんですか」


「俺、いいパートナーに恵まれたな」


「褒めても報酬は値引きしません」


「褒めてないよ。事実を述べただけ」


「……パクらないでください」


 リーナの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


  ◇ ◇ ◇


 その晩、隆之介はバルドの炙りあぶりていに行った。


 地図とヴェルクの企画書を持参して、カウンターに広げた。バルドが無言で炙り肉を焼きながら、目だけで内容を追った。


「なんだ、これ、街の祭りか」


「祭りっちゃ祭りだけど。商人の祭りだ。バルドのおっちゃんに聞きたいことがある」


「なんだ?」


「炙り亭、出店してくれませんか。十日間。店舗営業と並行で」


 バルドは肉を返す手を止めた。


「他の店も出るのか?」


「全部の商人に声をかける。下層区の屋台から、上層区の老舗まで」


「……金は」


「赤字覚悟で、出店料はギリギリまで安くする。ただし、儲けは出店者の取り分」


「お前は、何を取るんだ」


「街が、にぎやかになればそれでいい」


 隆之介は自分で言いながら、自分の言葉に少し驚いた。港区時代の自分なら、絶対に出てこない言葉だった。


 バルドは肉を返した。じゅう、と脂が炭に落ちた。


「お前、そんなこと言うようになったのか」


「おっちゃん」


「いや、なんでもねえ。出るぞ。炙り亭、出店するぞ」


「即答すぎ」


「お前のやることに、いちいち理由を聞いてもしょうがねえ。理由聞いたところで、お前、自分でもわかってねえだろ」


「わかってる」


「わかってねえだろ」


「……たぶん、わかってない」


「だろうな」


 バルドは焼きあがった炙り肉を皿に乗せて、隆之介の前に置いた。


「食え。話はそれからだ」


 いつもの一言。


 異世界に転生したあの日から、何度この言葉を聞いただろうか。隆之介は炙り肉を口に運んだ。やっぱり、いつもと同じ味だった。


  ◇ ◇ ◇


 冒険者ギルド支部長室。


 ドルフが腕を組んだまま、隆之介の話を聞いていた。


「警備の規模感はそれくらいです。十日間、会場周辺の巡回。トラブルが起きた時の即応。冒険者ギルドの仕事として正式に受けてもらえると、商業ギルド上層部からも文句が出にくいんです」


「報酬は」


「相場の半分しか出せません」


 ドルフは三秒ほど隆之介の顔を見た。それから、机の引き出しから書類を一枚取り出した。


「兄ちゃん。これ、何だかわかるか」


「冒険者ギルドの今期の依頼受注表?」


「そうだ。低ランク冒険者の依頼が、慢性的に不足しとる。Cランク以下の連中は仕事にあぶれて、街を出ていく奴も多い。お前の祭りなら、そいつらに警備の仕事を回せる。半分の報酬でも、ゼロよりはマシだ」


「……それ、俺が頼む話じゃなくて、ドルフさんが助かる話ですよね」


「半々だ。お前は警備が確保できる。俺は若手の食い扶持を作れる。これがウィンウィンってやつだろ。お前の故郷では」


「よく覚えてますね」


「お前、毎回うるさいくらい言うからな」


 ドルフは書類にサインした。


「冒険者ギルドとして正式に受注する。ただし、トラブルの責任分担だけは事前に詰めておけ。ヴェルクと話しておけよ」


「助かります」


「礼はいらん。ただし——」


 ドルフは立ち上がった。隆之介の背丈の倍はある巨体が、机の向こうで影を作った。


「兄ちゃん。お前、最初に俺んとこに来た時のこと、覚えとるか」


「掲示板の色分け、ですか」


「あの時のお前は、自分の利益のために知恵を貸してた。今は違う。何が変わった」


 隆之介はしばらく答えなかった。


「……何回も失敗したからかな」


「ふん」


「街の人に、何回も助けてもらったから」


「……そうか」


 ドルフはそれ以上聞かなかった。


  ◇ ◇ ◇


 ゴルドは竜宮城のカウンターで、いつものエールを飲んでいた。


 隆之介が事情を話し終えると、ゴルドは杯を置いた。


「他都市の根回しは、俺がやる」


「ゴルドさん、いいんですか」


「お前にはできん仕事だ」


「即答ですね」


「事実だからな」


 ゴルドが書類に視線を落とした。


「フォルセンには昔、世話になった商人がいる。カストリアには、俺の昔の弟子が一人いる。今は港で輸入品を扱ってるはずだ。ミレナは少し時間がかかるが、伝手はある。三都市とも、お前の名前は出さん。俺の名前で話を通す」


「……ゴルドさん、それって」


「気にするな」


「……」


 ゴルドの「大陸一の商人」だった頃の名前は、引退後は封印したはずだった。それを今、隆之介の祭りのために再起動する。


「ゴルドさん」


「なんだ」


「ありがとうございます」


「礼はいい。代わりに、一つだけ条件がある」


「なんでも」


「祭りの間、酒を飲む時間を作れ。俺と」


「……それだけ?」


「それだけだ。三十年ぶりに、商人の祭りを見られるんだ。一人で見るのはつまらん」


 ゴルドは杯を干した。エールが、今夜は少しだけ早く減っているように見えた。


  ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 隆之介は竜宮城の屋上に上がった。早朝の冷たい空気の中で、二つの太陽がゆっくり昇り始めていた。


 パルムが肩の上で、寝ぼけながら言った。


「リュウ、なんか今、街の空気が変わってきてるよ」


「見えるの?」


「うっすらだけど。商人の人たち、ざわざわしてる。みんな、何か始まるって聞いて」


「……まだ何も始めてないけどな」


「でもみんな、もう動き始めてるよ。こういうのって、始まる前から始まってるんだね」


 パルムにしては鋭いことを言う、と思った。


 隆之介はレンドールの街並みを見下ろした。下層区の屋台、上層区の石造りの店、商業ギルドの塔、冒険者ギルドの建物、バルドの炙り亭。


 全部が、自分の知っている景色だった。


 一年と少し前は、何も知らない景色だったのに。


「リュウ、儲かるの?」


「儲からないよ。たぶん、また赤字かも」


「じゃあ、なんでやるの?」


 隆之介は、しばらく考えた。


「……街が、面白くなりそうだから」


「それだけ?」


「それだけ」


 答えながら、自分でも違和感がなかった。


 港区にいた頃、こんな動機で動いたことは一度もなかった。


 全部、儲かるか、自分の名前が売れるか、誰かに勝てるか、そのどれかだった。


「街が面白くなりそうだから」なんて、口にしたら笑われた。


 でも今は、それで動いている。


 懲りない男は、たぶん、少しだけ変わった。


 二つの太陽が、レンドールの屋根を順番に照らしていった。


 異世界万博、企画始動。


 仲間は、もう揃っている。

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