第10話 ギルド改革(前編)
隆之介が商業ギルドの手数料に疑問を持ったきっかけは、炙り亭の仕入れ伝票だった。
「リュウさん。バルドさんの仕入れ先が変わってます」
リーナが帳簿を広げた。
「先月まで南門市場の肉問屋から仕入れてたのに、今月から東区の問屋に切り替えてる。理由を聞いたら、『南門の問屋が商業ギルドの手数料を値上げされて、仕入れ値を上げざるを得なくなった』と」
「手数料の値上げ?」
「はい。ただ、奇妙なことに、上層区の大手商人には値上げが適用されてません。中小の商人にだけ、手数料が三割近く上がってるんです」
隆之介は眉をひそめた。
「それ、不公平じゃん」
「不公平です。でも、商業ギルドの手数料体系は内部規定で、外部の商人には開示されていません。みんな『最近高くなったな』と思いつつ、詳細を知る手段がない」
パルムが肩の上で鑑定結果を出した。
——鑑定結果——
商業ギルド手数料 格差分析
上層区大手商人 手数料率:3.2%(据え置き)
中層区中堅商人 手数料率:5.1%(前期比+1.8%)
下層区小規模商人 手数料率:7.4%(前期比+2.9%)
格差指数 異常(上位と下位で2.3倍の差分)
「リュウ……すごい差だよ。上の人たちはほとんど変わってないのに、下の人たちだけ倍くらいになってる」
隆之介は声に出さず頷いた。港区時代に何度も見た構造だ。大手のみ優遇、中小は搾取。プラットフォームの手数料問題と同じだ。
「これ、誰が決めてるの?」
「商業ギルドの手数料委員会です。委員は五人。うち三人が上層区の大手商人です」
「利益相反じゃん。自分たちの手数料を安くして、他人の手数料で穴埋めしてる」
「はい。でも規定上は違反していません。手数料率の決定権は委員会にある、としか書いてないので」
隆之介は拳を握った。
「これ、変えたいな」
「あんたが?」
「俺一人じゃ無理だ。でも、ギルドの内部に同じことを思ってる人間がいれば——」
◇ ◇ ◇
翌日。隆之介は商業ギルドに向かった。
受付で「ヴェルクさんに会いたい」と告げると、すぐに通された。最近は顔パスに近い。良い意味でか悪い意味でかは分からないが。
ヴェルクの執務室に初めて入った。書類が整然と積まれたデスク。ヴェルグの性格がよく出ている部屋だ。銀縁の眼鏡の奥で、鋭い目が隆之介を見た。
「金城殿。今度は何だ」
「ヴェルクさん。手数料の件で相談があります」
ヴェルクの表情が、一瞬だけ変わった。すぐに元に戻ったが、隆之介は見逃さなかった。
「手数料委員会の決定について、外部から口を出す権限は貴殿にはない」
「知ってます。だから口を出しに来たんじゃない。情報を共有しに来たんです」
隆之介はリーナがまとめた資料を差し出した。手数料率の格差分析。中小商人への影響試算。大手商人の委員会支配率。
ヴェルクは資料を手に取り、二分間黙って読んだ。
「……この数字は正確か」
「リーナが一ヶ月かけて、公開されている取引記録から逆算しました。手数料率そのものは非公開ですが、取引額と納付額の比率から推定できます」
「推定値か」
「はい。でも誤差は一パーセント以内です。リーナの帳簿能力を信じてください」
ヴェルクが資料をデスクに置いた。
「……金城殿。一つ聞く。なぜこれを私に持ってきた」
「ヴェルクさんが『秩序を守る人間』だからです。この手数料体系は、形式上は規定内かもしれない。でも公正じゃない。公正じゃない制度は、秩序じゃなくて搾取です。ヴェルクさんは、そういうのが嫌いでしょ」
三秒の沈黙。
ヴェルクが立ち上がった。執務室の扉を閉めた。
「……ここだけの話にしろ」
「もちろん」
「私も、手数料の格差には問題意識を持っていた。だが、委員会の決定を主席審査官の権限で覆すことはできない。覆すには——」
「エレナ支部長の決裁が必要?」
「支部長だけでは足りない。手数料委員会の規定変更には、評議員会の承認が要る。つまり、政治だ」
隆之介の目が光った。港区の脳みそが回り始めている。
「政治なら、俺の得意分野です」
「……貴殿の知る政治は知らんが、この街の政治はお前が思っているほど甘くない」
「甘くないのは分かってます。だから一人じゃなくて、ヴェルクさんと一緒にやりたい。内側と外側から、同時に動く」
ヴェルクが眼鏡を直した。
「私が貴殿と組むメリットは何だ」
「ヴェルクさんが一人で声を上げたら、『若造が上に逆らった』で終わる。でも外部から中小商人の声が上がって、同時にギルド内部から監査レポートが出たら? 二方向からの圧力で、評議員会も無視できなくなる」
「外部の声を組織するのが貴殿の役割か」
「港区で言うところの世論形成です。中小商人の署名を集めて、公開質問状を出す。合法的に、秩序の範囲内で」
ヴェルクの口元が、ほんの少しだけ動いた。笑ったのかもしれない。
「……秩序の範囲内、か。貴殿の口からその言葉が出るとは、少し驚いた」
「成長したんですよ」
「七割くらいは信じよう」
隆之介はニヤリとした。リーナと同じことを言っている。
◇ ◇ ◇
その夜。炙り亭でゴルドに相談した。
「ゴルドさん。商業ギルドの手数料改革をやろうと思ってます」
ゴルドがエールの杯を置いた。
「制度を変えるのか。お前の今までのビジネスとはスケールが違うぞ」
「分かってます。だからヴェルクさんと組む」
「あの堅物とか。面白い組み合わせだ」
「ゴルドさん。俺が気になってるのは、部外者の俺が、ギルドの内部制度に口を出していいのかってこと。ヴェルクさんは内部の人間だからいい。でも俺はただの登録商人だ。制度を壊す権利があるのか」
ゴルドはエールを飲んだ。
「制度を壊す権利は誰にもない。だが、制度がおかしいと声を上げる権利は、その制度の影響を受ける全員にある。お前の仲間バルドもそうだが、不公正な手数料で苦しんでるなら、声を上げる理由は十分だろう」
「……はい」
「だがな、リュウ。制度を変えるのと、制度を壊すのは違う。お前は壊す方が得意だ。今回は変える方でやれるか?」
「ゴルドさんの過去を聞いてるからね。壊したら、また別の誰かが困る。変えるんだ、壊さずに」
ゴルドが白い髭を撫でた。
「……やれ。だが一つだけ忠告しておく。組織を変えようとする人間は、必ず組織から押し返される。お前が正しいかどうかは関係ない。組織は変化を嫌う。それだけは覚えておけ」
◇ ◇ ◇
一週間後。隆之介は下層区と中層区の商人を集めて、炙り亭で説明会を開いた。
集まったのは十八人。バルドが場所を提供し、リーナが資料を配った。
「皆さん。最近、商業ギルドの手数料が上がったと感じてませんか?」
商人たちがざわめいた。
「感じてる。去年より三割近く高い」
「上層区の連中は据え置きだって聞いたぞ。ふざけてる」
「でもどうしようもないだろ。ギルドの規定だから」
隆之介は資料を掲げた。
「この格差は、規定に違反してはいません。でも不公正です。そして不公正な制度は、合法的に変えることができます。具体的には——」
パルムが肩の上で、小さく補足した。
「リュウ、十八人の反応をざっくり鑑定したよ。十二人が賛成寄り、四人が様子見、二人が反対。反対の二人は上層区の大手商人と取引がある人たちだね」
隆之介は声に出さず頷いた。港区時代の選挙コンサルと同じだ。賛成を固め、様子見を引き込み、反対は無理に動かさない。
「公開質問状を出します。手数料率の開示と、格差の是正を求める内容です。署名を集めて、評議員会に提出する。これは合法です。ギルドの陳情制度に基づいた正当な手続きです」
バルドが腕を組んで言った。
「俺は署名する。原価率が上がって、炙り亭の利益が圧迫されてるのは事実だ」
バルドの一言で、空気が動いた。炙り亭はレンドールで知らない者がいない。バルドが賛同するなら、という安心感が広がった。
説明会の後、署名は十四人分集まった。
リーナが帳簿を閉じて言った。
「リュウさん。今回、珍しくちゃんと手順を踏んでますね」
「成長したんだよ」
「何割くらい信じればいいですか」
「八割」
「上がりましたね。で、残りの二割は何ですか」
「やってみないと分からない部分」
「それが一番怖いんですけど」
◇ ◇ ◇
署名が集まった翌日。ヴェルクが内部監査レポートを完成させた。
タイミングを合わせて、二つの文書が評議員会に提出された。外からは中小商人の公開質問状。内からは主席審査官の監査レポート。
エレナ・ヴァイスフェルトが、支部長室でその二つの文書を並べて読んだ。
完璧な微笑みが、少しだけ深くなった。
「あら。面白い動きが起きたわね」
ヴェルクが傍らに立っていた。
「支部長。手数料委員会の規定について、評議員会での審議を具申します」
「ヴェルク。これ、外部の陳情と内部の監査レポートが同時に出てきたのは、偶然かしら?」
「……偶然です」
「そう。偶然ね」
エレナはペンを取った。
「評議員会での審議を許可するわ。ただし——」
微笑みが鉄壁に戻った。
「秩序を乱すようなやり方は認めません。あくまで規定の範囲内で。いいわね、ヴェルク?」
「はい」
「あと、リュウノスケさんにも伝えてちょうだい。『うまくやっているわね。でも、うまくいくかどうかは別よ』と」
ヴェルクが退室した後、エレナは窓から街を眺めた。レンドールの商業区が、二つの太陽の光に照らされている。
独り言のように、つぶやいた。
「……変化を望む人間と、変化を管理する人間。両方いないと、この街は前に進めないのよね」
隆之介はまだ知らない。評議員会の中に、この改革を絶対に許さない人間がいることを。
手数料の恩恵を受けている大手商人たち。その筆頭がベルガー商会。レンドール最大の商会にして、評議員会で最大の影響力を持つ老舗だ。
港区おぢの戦いは、個人の商売から制度の改革に移った。
スケールが上がった分、失敗したときの落差も大きくなる。




