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異世界転生港区おぢ ── 金なし、地位なし、戦闘力ゼロ。武器は口だけ。──  作者: 八乙女モモ
第2章

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第7話 異世界キャラバン(前編)

 レンドールの南門から見える街道は、森の中に一本の線を引いたように伸びていた。


 隆之介りゅうのすけは門の前に立ち、その道を見つめた。


「FC事件のときにグレンハイムやベルクスには行ったが、あの時は加盟店の尻拭いだったからな。自分で商隊を組んで、商売として街道を行くのは初めてだな」


「リュウ! キャラバンだよキャラバン! 馬車に乗って遠くまで行くの、ワクワクするね!!」


 パルムが肩の上で飛び跳ねている。いつもの大きさに戻っていた。先物暴落の落ち込みから、ようやく回復したらしい。


「FC事件のときは尻拭いで旅行気分じゃなかったけど、今回は攻めの旅だからな」


「あんた、何にやにやしてるんですか。出発は一時間後ですよ」


 リーナがため息まじりに言った。


◇ ◇ ◇


 事の起こりは一週間前。


 パルムの「みんなで荷物を出し合って運べばいいんじゃない?」という一言から始まった。混載便。複数の商人の荷物をまとめて一つのキャラバンで運び、護衛コストを分担する。


 隆之介はすぐにリーナと設計に入った。


「レンドールからグレンハイムまで、馬車で片道三日。今、商人が個別に荷物を送ると、護衛の冒険者を自前で雇う必要がある。B級冒険者を三人雇うと一日15,000G。三日で45,000Gだ」


「一人の商人が負担するには重すぎますね」


「だよね。でも五人の商人が荷物を一つの馬車にまとめて、護衛を共有すれば? 45,000Gを五人で割って一人9,000G。五分の一だ」


 リーナが帳簿で計算した。


「護衛費を分担して、馬車のレンタル代を按分して……一人あたりの輸送コストは、個別に送る場合の三割以下になります」


「三割以下! これは商人にとってめちゃくちゃ魅力的でしょ」


「仕組みとしては。ただ、問題は護衛の質と、荷物の管理ですけど」


「護衛はドルフさんに相談する。荷物の管理は……俺が同行する」


「あんたが? 戦闘力3で?」


「戦闘はしないよ。ロジスティクスの管理だけ。どの荷物をどの順番で積むか、重量バランス、休憩のタイミング、到着後の仕分け。港区時代に物流系のスタートアップに出資したことがある。倉庫は見たことないけど、仕組みは知ってる」


「倉庫を見たことがないのに物流に出資したんですか」


「港区のVCってそういうもんだよ」


「ぶいしー?」


「ベンチャーキャピタル。詳しい説明は置いておいて。まあ、今回は俺が現場に出るよ。ゴルドさんに言われたでしょ、『この土地に合うように根を切り直してから植えろ』って。現場を見ずに仕組みだけ作るのは、もうやめる」


 リーナが少しだけ目を見開いた。


「……あんたの口からそういう言葉が出るようになったんですね」


「成長したんだよ」


「七割くらいは信じてみます」


◇ ◇ ◇


 ドルフに護衛の手配を頼みに行った。


「キャラバンの護衛か。レンドール―グレンハイム間なら、森狼もりおおかみと野盗が出る。最低でもB級冒険者が三人は要るな」


「予算はどれくらいですか?」


「一日一人5,000G。三人で三日、計45,000G。少しまけてやるから40,000Gでどうだ」


「五人の商人で割れば一人8,000G。十分にペイする。ドルフさん、信頼できる冒険者を紹介してもらえます?」


「ああ。一組、適任がいる。パーティー名は『鉄壁の盾』。B級のタンク中心パーティーだ。護衛向きだぞ。リーダーのマルクスって男は堅実で、依頼の完遂率が九割を超えとる」


「完璧だ! その方でお願いします。」


 商業ギルドへの届け出も済ませた。ヴェルクからの回答は、リーナ経由で届いた。


「ヴェルクさんから。『都市間輸送の共同便は前例がないが、規定上は禁止されていない。エレナ支部長の決裁で通行許可証を発行する。ただし荷物の明細と護衛契約の写しを事前に提出すること』」


「エレナさんが通してくれたんだ」


「支部長の判子つきです。あと、伝言があります。『面白い試みね。うまくいったら制度化を検討するわ。もちろん、うまくいけばの話だけど』だそうです」


 微笑みの鉄壁。褒めてるのか脅してるのか分からない。


◇ ◇ ◇


 出発の前日。炙りあぶりていで最終確認をしていると、予想外の客が来た。


「あら。遠足の準備?」


 フローラが入ってきた。いつもの上等なワインをバルドに目で注文しながら、隆之介の横に座った。


「フローラさん。キャラバンの話、もう聞いたんですか」


「この街で商売の話が動けば、私の耳には入るわ。それで、グレンハイムまで行くの?」


「はい。商人五人の荷物をまとめて——」


「私も乗せてちょうだい」


「え?」


「グレンハイムの社交界に届けたい品物があるの。ワイン十二本と、上層区の香水六瓶。自前で護衛を雇うと馬鹿みたいに高いのよ。あなたの混載便なら安いんでしょう?」


 隆之介は一瞬考えた。フローラが乗ると荷物が増えるが、輸送費を払ってくれるなら利益が増える。それに——。


「荷物だけですか? それとも、フローラさん本人も同行する?」


「当然よ。私の顔が売れるグレンハイムに行くのに、荷物だけ送ってどうするの。心配しないで、馬車の中でおとなしくしてるわ」


 パルムが隆之介の耳元でささやいた。


「リュウ……あのお姉さんが来ると、なんか緊張するんだけど……」


 隆之介は声に出さず答えた。俺もだよ。と


 リーナがため息をついた。


「フローラさん。輸送費は一人あたり8,000Gです。ワインの追加分は重量加算で2,000G。合計10,000G。前払いでお願いします」


「あら。しっかりしてるわね、この子」


「帳簿をつけるのが仕事ですから」


 フローラが金貨を置いた。リーナが数えて帳簿に記録した。二人の間に火花が散った——ような気がした。


◇ ◇ ◇


 出発当日。南門前。


 馬車が二台。荷物が山積み。護衛のB級冒険者パーティー「鉄壁の盾」が三人、武装して待機している。リーダーのマルクスは三十代の寡黙な戦士で、隆之介とは正反対のタイプだった。


「金城殿。荷物の確認は済んだか」


「済んでます。馬車一号に重量物、二号に軽量物と人。重心を前寄りにしてるから、坂道でも安定するはず」


「……荷積みに詳しいな。商人なのに」


「港区では——いや、まあ、色々やったんですよ」


 参加商人は六人になった。当初の五人に加えて、フローラ。


 バルドが見送りに来ていた。


「おい。グレンハイムに着いたら、向こうの干し肉の相場を見てきてくれ。炙り亭の出張販売ができるかどうか、データが欲しい」


「おっちゃん、いつの間にマーケティング用語を……」


「お前のせいだ。馬鹿舌が」


 ゴルドは来なかった。代わりに、炙り亭のカウンターに伝言が置いてあった。


 『護衛をケチるな。——ゴルドより』


 六文字。だがこの六文字が、第8話で致命的な意味を持つことになる。隆之介はまだそれを知らない。


◇ ◇ ◇


 キャラバンが動き出した。


 レンドールの南門を抜けると、景色が一変した。石畳の大通りが土の道に変わり、両側に森が迫ってくる。二つの太陽が木々の間から差し込んで、まだらの影を作っている。


 パルムが肩の上で目を丸くしていた。


「わあ……外の世界、こんなに広いんだ。リュウ、あの木すっごく大きい! あと、空気がなんか違う。市場のモヤモヤがない。すっきりしてる」


 隆之介は声に出さず微笑んだ。パルムの感覚は市場の「空気」を読むスキルだが、文字通りの空気の違いも感じるらしい。


 一日目は順調だった。


 街道の状態は悪くない。馬車のスピードは安定している。護衛のマルクスが先頭を歩き、残り二人が側面と後方を固める。教科書通りのフォーメーションだ。


 昼の休憩時、隆之介は商人たちに声をかけた。


「皆さん、グレンハイムまでの道中で何か困ったことがあったら言ってください。これ、フィードバックシートです」


「ふぃーどばっく?」


「感想を書く紙。道がガタガタだったとか、休憩が短かったとか。次のキャラバンに活かしたいんで」


 商人の一人が笑った。


「荷物を運んでもらって、感想まで聞いてくれるのか。こんな輸送業は初めてだ」


「顧客満足度の調査です。俺の故郷では当たり前なんですけどね」


 リーナが横で小声で言った。


「あんたの故郷、何でも調査するんですね」


「データドリブン経営って言うんだよ」


「でーた何?」


「数字に基づいて判断する経営のこと。まあ、今は紙に感想を書いてもらうだけだけど」


 二日目も順調。


 森狼の気配はあったが、マルクスのパーティーが事前に察知して迂回ルートを取った。荷物の損傷もゼロ。商人たちの表情が明るい。


 フローラは馬車の中で優雅にワインを飲んでいた。自分の荷物のワインではなく、別の瓶を持参していた。


「自分の商品のワインは飲まないんですか」


「商品に手をつけるわけないでしょう。在庫管理の基本よ」


「……フローラさんって、実はまともなビジネスパーソンなんですね」


「まともじゃなければ三百年も生きていけないわ」


 パルムが隆之介の耳元でささやいた。


「リュウ、あのお姉さん、すっごい鑑定値出てる。資産規模がボクの計算能力を超えてるんだけど……エラーが出た」


 隆之介は声に出さず苦笑した。三百年分の資産は、パルムの計算能力を超えるらしい。


◇ ◇ ◇


 三日目の午後。グレンハイムの城壁が見えた。


 到着。荷物の損傷ゼロ。全員無事。予定通りの三日間。


 グレンハイムの商人組合で荷物の引き渡しを行った。受取人の反応は上々だった。


「こんなに早く届くとは思わなかった。しかもこの値段で」


「次の便はいつだ? 定期便にしてくれるなら、うちも契約したい」


 パルムが興奮して報告した。


——鑑定結果かんていけっか——


 キャラバン初回便 最終報告


 輸送荷物 商人6名分 総重量1,200kg

 護衛費用 40,000G(6名で分担)

 馬車レンタル 12,000G

 雑費(食料・宿泊) 8,000G

 総コスト 60,000G

 商人負担額 一人平均10,000G

 隆之介の仲介手数料 一人1,000G × 6 = 6,000G

 純利益 6,000G


「六千G! 初回でこれはすごいよリュウ!」


 隆之介はリーナに数字を伝えた。


「所持金、更新します。仲介手数料6,000Gから、道中の食費と雑費を引いて……グレンハイムでの宿代が二泊で1,200G。現在の手持ち、43,400Gです」


「おっ。先物の頃より回復してきた」


「浮かれないでください。帰りの便でも同じだけ稼げるかは分かりません」


「帰りも荷物を集めれば往復で稼げる。片道だけじゃもったいないでしょ」


 リーナが少しだけ口角を上げた。ため息ではない。


「……それは、確かに合理的です」


 フローラがグレンハイムの社交クラブに向かいながら、振り返って言った。


「あら、うまくいったじゃない。次も誘ってちょうだい。ただし、護衛の質は落とさないでね。私の荷物に傷がついたら、あなたの全財産じゃ足りないから」


 笑顔だった。笑顔だが、目が笑っていなかった。


 ゴルドの伝言が頭をよぎった。


 『護衛をケチるな』


 初回は大成功。護衛も完璧。商人たちも満足。利益も充分に出た。


 だが、成功体験は人を油断させる。


 隆之介は帰りの便の計画を立て始めた。往復で稼げば利益は倍になる。もし護衛の人数を少し減らせば、コストが下がって利益率はさらに上がる——


 その思考の危うさに、まだ気づいていなかった。


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