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三学年キャメロット

 冬休みが終わってからは、まるで時間が駆け足で通り過ぎてしまったみたいにあっという間だった、とだれもが口を揃えた。


 ふたたび暦上の春が巡ってきた。

 もちろん北国の春は真冬の気温とそう変わりがない。だが毎年、魔法学校にとってこの季節は大いなる変化があった。それは出会いと別れである。

 最高学年の子どもたちが巣立ってゆき、それに代わるようにして優秀な子どもたちが門をくぐり、学校に籍を置く子どもたちはひとつ上の階段を踏む。

 これは生徒たちに限らず、魔法学校の教師にも少なからずいえることだった。

 新任の先生もいれば、退任する先生もいる。

 そして、ほとんど生徒は、卜占学ぼくせんがくのグェネヴィア・キエ教諭の退職の理由を知らされることはなかった。



 四月五日、シキらキャメロットの生徒四十名全員は、はれて三学年への階段をのぼることになった。

 だれひとり、欠けることなく――。


 始業式が始まる直前、いままで行方不明になっていた生活指導教諭のモリスが、廊下を舐めまわすようにねり歩いていた。

()グナー! なんで紐ネクタイ(ループタイ)を着けてない? 校則違反だぞ!」

 つばのシャワーを容赦なくシキに浴びせ、嫌がらせに何度も襟元をツンツンつついた。

 部屋に忘れたから、いままさに取に戻るところだったんだよ、とシキは喉の手前まで出かかった言葉をぐっと押し戻す。

「スミマセン」

 シキが棒読みをしたところで、気だるげにやってきたウルトとモリスの目がかち合った。

 いかにも全身校則違反です、といった獲物にモリスは目をらんらんと光らせ、すかさず狙いを変える。

「リンデル! タイはどうした! ボタンを上までせんか! ズボンが下がっているだろうが!」

「あっ、モリスじゃんか。つか、どっから出てきたんだよ?」

「んなっ……わっしに向かってなんちゅう口のきき方を……! 毎日毎日、おまえらときたら――」

「ところでモリス先生、いままでどこへ行ってたんですか?」

 シキが割って入ると、モリスは心底不思議そうに首をかしげてふり向き、急に顔をしかめた。

「教頭先生が探してましたよ」

「わっしはずっと学校にいたに決まってるだろう! なんだ、なんだ、みんなしてさっきから同じ質問ばっかり! わっしを馬鹿にしてるのか?」

「ずっと?」

「ああそうだ! それはそうと、おまえら、寮に戻ってちゃんとタイを着けてくるんだぞ! ()いな!」

 負け犬のように吠えると、モリスはふたたび廊下をねぶるようにゆっくり歩きだした。

「意味わかんねーし。タイムスリップでもしてきたのかよ」

「もしくは、だれかに透明になる魔法でもかけられたのかもね」

 モリスは秋から現在まで学校に姿を見せていない。本当に学校にいたのなら、こうしてことあるごとにシキに因縁をつけてきただろう。


 この微妙な食い違いはなんだろう? 

 だれかに記憶を操られているか、あるいは時間を止められたのだろうか?


 そう問いつめたところで、シキは考えることをやめた。

 モリスについて深く知りたいわけでもない。


 彼のはげあがった頭がだんだん遠ざかっていった。


 春は出会いと別れの季節という。

 もしかすると、出会いとは再会も含まれるのかも……しれない。


 *


 シキがモリスのつばを浴びていた、同時刻――。


「ルキフェル、キエは釈放されたそうですよ」

 書類に流れるような細く美しいサインをつづりつつ、ガヴェインが気のない声で切り出した。

「おや、ずいぶんと刑務所生活が長引きましたね」

 対するキリクも、校長室の中央で灯かりをともす、太く大きな木を眺めながら、ほとんど興味なさげに応じた。

「充実した個室でたっぷり療養したことでしょう」

「さすがはペンドラゴンの腹心……軍の腐敗もすさまじいですね」

「うむ、最近は闇の魔術師がやつのもとに続々と集まっていると聞きますし、もはやわたくしの権限が及ばぬようになってきました」

「闇の魔術師……」

 キリクは記憶の中にある、一見にして温和な青年を思い浮かべた。

 彼は人畜無害の仮面の下に、悪魔以上の恐るべき闇を隠していた。それが露見したおよそ七年前、すべてを捨て去ってこの国立魔法学校から姿を消したのだ。

「察しのとおり、ケイルもわたくしたちの敵となるようじゃ……」

「闇に身をやつしたその時から、すでに彼は味方ではないのです、セーラ」

「……そう、そうでしたね……」

 彼女はこの学校を、生徒たちを――たとえ卒業生であったとしても、深く、深く想いながらこの椅子に座りつづけている。

 ケイル・オルデンは魔法学校の卒業生であり、教員のひとりでもあった。

 ゆえに彼女は痛々しいほど悲しげで、そして寂しげな色を瞳に浮かべるのだ。


 キリクは、おのれの腰回りの二倍はあろうかという幹にそっと触れた。

 手套しゅとう越しでもあたたかいと感じるのは、こずえに下がった無数のガラスのランプすべてに炎がともっているためだろうか、あるいは彼女の本質(・・・・・)がそうさせるのか。

 キリクがするりと手を離したとき、ガヴェインは羽根ペンを置いて大窓から外を見ていた。そこからなにを見ているのかは、定かではない。

 北国最高峰、死の山を見つめているのか、その山を背にした北国国軍本部基地を――かつて友として、同志として手を取りあったペンドラゴンの姿を見ようとしているのか。

 それとも、もっとずっと遠い、べつのなにかを見ているのだろうか?


 沈黙する彼女の邪魔にならないよう、キリクはそっと口を切った。


「この学校を知り尽くしている闇の魔術師がペンドラゴンと手を組むのは、あまりうまくありませんね……」

「ええ……保護魔法の弱い部分も熟知していますからね」

 まさしくガヴェインのいうとおり、オルデンはかつて学校の警備を一手に担っていた人物だ。つまるところ、内部へいとも簡単に入り込める人物ということになる。


 小さなため息が窓にかかる。老婆は軽くお団子頭をふった。

「……ところで、バショカフ先生はどうです?」

「あれからはずっと静観しているようですよ」

「そうですか……」


 しばしの沈黙を経て、キリクは空気が流れる直前のささやかな変化に、ほんのすこし目を見開いた。

 その瞬間、ガヴェインがすうっと短く息を吸う音を、聞く。


「……あの子が卒業するまであと一年、双蝕そうしょくが起こるその日、あやつは周到な準備で襲いかかってくるでしょう……ですが、万が一ということもあります。けっして気をゆるめてはなりません」


 ふり向きざまの視線は先ほどの憂いに満ちたものではなく、金色の、それはそれは強い光を放っていた。


――万が一などありえない。

 ペンドラゴンの手駒はこちらにあるのだ――。


 胸の内だけでそうつぶやいて、キリクは納得したふうに、ゆっくりとうなずく。

 うなずいてから、彼女の背後で厳然とそびえる死の山を見た。

 天を突くほど急峻きゅうしゅんなその山は、豪雪を身にまとってただただゆるぎなく鎮座している。


「……何度も口をすっぱくいうようですが、あまり無茶は感心しませんよ」

 校長のまなざしは真摯でいて、キリクのなにもかもを見透かす光を宿していた。

「……肝に銘じておきます。では、そろそろ朝礼の時間ですので、失礼」

 キリクはガヴェインの手をとり、軽く口づけをしてから、魔法でぱっとその場から姿をくらませた。



「さて、キャメロットの生徒諸君、きょうからついに三年生としての授業がはじまります」

 円形の広い教室、せり上がった座席、そして四十名全員がそろった魔法学の授業。

 キリクは魔法拡声器を手にして、教室をぐるりと見渡した。

 ほとんどの生徒がまるで険しい道のりを超えて聖地にたどり着いた勇者のような、晴れがましい表情を浮かべている。


 教壇に注がれる眼差しは、あたたかな陽光によく似ていた。


――ああ、こんな視線も悪くはないな……。


「本来なら諸君の手もとにある魔法学の教科書三ページを開いて……というところですが」

 おもむろに懐から教鞭をとり出す。それを座席の端から端まで、ゆらゆらと真横に振った。

 にわかにアリーナ式の座席のあちらこちらから、歓声やら驚く声やらがわき起こった。キャメロット生全員の手もとに、それぞれのコートやマフラーが魔法で現れたのだ。

「せっかく雪もまだ残っていることですし、これから雪合戦をします! ああ、使役獣の存在を忘れてはいけませんよ。では諸君、はりきって中庭に行きましょう!」


 *


 東国では初夏のかおりを感じさせる、軽やかで心地よい風が吹く五月初旬のことだった。もちろんここ北国で吹きつける風といえば、身が縮こまるほど寒々(かんかん)とした風である。

 しかし近頃の天候はずいぶんおとなしく、荒れ狂うことはほとんどなかった。

 それもあってか、五月一日の新入生歓迎会はとどこおりなく終えることができて、先生方はみな、ほっと息をついていた。

 シキにすれば、歓迎会はぶじに終わるどころか大成功だった。

 今年はアリアがずっと笑顔だったのだから。


 だがこの妙に静かな空には、シキをはじめ、多くの生徒や教師も違和感を覚えていた。

 例えるなら、鎖につながれた猛犬が唸り声さえも封じてじっと身構えているような――。そんなえもいわれぬ緊張感。

 だれが言ったのだろう、

「まるで嵐の前ぶれみたいだ……」

 予言めいたことばが、シキの頭の片すみにひたりと貼りついたまま、日々が過ぎていった。



 その日はちょうど週末で、授業がないにもかかわらず、シキは早朝から白い息を吐きながらせっせと動き回っていた。

「ねえシキ、天球儀はパーシヴァル先生の部屋だっけ?」

「そう!」

「この答案用紙は職員室ですの?」

「それも教務室」

 ぐうぜん通りかかったアリアとフェイメルが快く協力してくれるおかげで、やっとひと息つけそうだった。

 週明けの授業で使うらしい、ぶ厚い絵本を何冊も抱えて三階の廊下を歩いていた、そのとき――。

「ウワアアアアァァ」

 ユーリの叫び声が転がり落ちるように響いた。すぐ横の階段からシキらのいる三階廊下を、声の本人が駆け抜ける。

「ユ、ユーリ?」

 あ然としないわけにはいかない。まず彼が取り乱して叫ぶことなど、いまだかつて聞いたことも見たこともなかった。

「あっ、あ、ど、どうしよ……」

 立ち止まってうろたえるユーリが、階段のほうを恐る恐る指さした。促されるままに視線でたどる。

 そこから憮然とした足取りでやってきた男子に、三人は思わずぎょっとした。

「えーと……ウルト? めずらしいね……きょうは前髪、上げてないんだ?」

 日ごろの雰囲気とずいぶん違うウルトが、不機嫌をあらわにぎろりとシキをにらむ。左目に泣きぼくろがあるから、ウルトにはちがいないのだが……。




「はぁーっ? 入れ替わった?」

 並んで椅子に座るユーリとウルトを交互に見やって、シキはわななく指を向けた。

 少しせまい魔法学教務室には、シキら五人とキリクの困惑した空気がすき間なく充満している。

「朝、起きたらこうなってて……オレがさ、昨日実験で作った『一日マッスルボディなっちゃう液』なんだけど……」

 ユーリの姿をしたウルトがしゅんとうなだれて口ごもる。

「昨日、夕食のときにこいつが俺のグラスと、そのなんたらう、不味い液体入りのグラスをすり替えたんや。……席を離れた隙に」

 とにかく目つきが悪くて方言炸裂のウルトが露骨に舌を打った。

 これに物言いをつけたのは、情けなく半べそを浮かべたユーリである。

「いーじゃんか! ちょっと協力するくらいさぁ!」

「ええわけないやろ! アホか!」

「……で、それで僕が席に着いたとき、ユーリがグラスの中身をシチューに混ぜてたってわけ?」

 シキは食堂での光景をまざまざと思い出して、頭痛をこらえるように、額に手をやった。

 そう、ウルトが煉瓦焼きパンのおかわりに席を立ったとき、ユーリは鬼の形相でグラスの液体を隣の皿に流し込んでいた。ひと一人を呪い殺そうなあの顔は、うっかり見てしまうものではない。

「おかげでオレも知らないうちに『一日マッスルボディなっちゃう液』飲んでたってわけよ……」

 ユーリの姿で情けない表情だけは、ぜひともやめてほしい。そう思っているのは、シキだけではなくアリアも同じのようだった。

「でも、その一日なんたらって液体は、入れ替わりの薬だったのね?」

「まーね。まだ実験段階だから、失敗もあるべさ」

「俺を巻き込んどいてようえるな!」

「でもたしか、人格だけを入れ替える魔法薬は、まだ開発されていないと聞きますわ……ウルト君、すごいんですね!」

 フェイメルが率直な感想をのべたとたん、半べそのユーリに、ぱあっと輝きが戻った。

「ああっ……フェイメルちゃんにほめてもらえるなら、オレ、一生このままでも――」

「おい、ほんまに容赦せえへんよ……!」

 殺気をたぎらせたウルト――の姿のユーリが立ち上がったのを見て、やっとキリクが動き出した。

 興奮した獣でもなだめるように、両の手のひらを差し向けて、どうどうと声をかける。

解除薬かいじょやくはメメリコーレ先生とアイゼン先生になんとかしてもらいますから、ユーリ、きょうは我慢してください」

「そんなんうたって、まだ確立してへん薬やないですか!」

「そのとおりですが、呪いと違ってどのみち薬の効果は長くつづきません。もっていいところ、あと一日くらいでしょう」

 ねっ? と、ほほえむ魔法学の教諭をひとにらみし、それから渋々といったように赤毛の男子は小さくうなずいた。


 キリクのいったとおりこの日、ユーリとウルトの入れ替わりは食堂に向かう直前、唐突に終止符が打たれた。薬はちょうど丸一日の効力だったらしい。


 夕食の前にウルトがケチョンケチョンにされたことは、みなまで言うまい。

 三学年になってひと月あまり、シキの身には脅威のひとつもなく、穏やかかつ、にぎやかな日常が過ぎていった。


 嵐の前の静けさのように。


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