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学年末試験と終業式

 *


 一時間目の試験が終わると、すぐにキャメロットの生徒たちは喧々囂々(けんけんごうごう)の言い合いを始めた。


「いきなり魔獣がバタバタ倒れるんだもん。だれがあんなすごい魔法を使ったのかな?」

「でもあの歌声はマーメイド以上でしたわ」

「相当な魔力がないとできひん芸当やったし、生徒には無理やろ」

「オレなんかあとちょっとでゾルゲを眠らせられると思ったときに、だぜ? あれじゃ横取りだっつーの!」

 ウルトが歯噛みする横で、シキはあいまいな相づちを打った。

「つーか、残り十五分で全部の魔獣が寝ちゃうとか、ありえねーべ」

 ウルトが落胆するのはもっともで、あのとろけるような歌声が魔法学校全体に響き渡ってまもなく、森にいたすべての低級魔獣が眠りに落ちてしまったのだ。

「僕もびっくりしたよ……」

 乾いた笑みを張りつけるシキこそ、びっくりした張本人だろう。つまり、授業が終わる直前の、たった十五分でクラスのだれよりも一番多く魔獣を眠らせることができたのだから。

 それを知るクラスメイトは、まだいない。


 学年末試験最後の科目、言霊学ことだまがくの試験場所へあれやこれやと論議をしながら向かう五人を、キリクは四階渡り廊下の窓から見下ろした。


「シキにアドバイスをくれてやるなんて、あなたもずいぶん甘くなったものですね」

「……あの睡魔は北国の貴重な精霊のはずだ。ヴァグナーに渡るよう仕組んだのは、キミだろう?」

 となりに立つベルガモットはツンと言い放って、お互い様だ、といわんばかりに片眉を上げた。

 対するキリクも片眉を上げて、無言で応じてみせる。

「やれやれ、悪魔がなにを考えているのか、俺にはさっぱりわからん」

「ふふ、よく言われます」

「……これだから悪魔は」

 あきれ顔の同僚に、キリクは気品あふれる微笑を贈った。

「あの子に、興味がわきましたか?」

「それが策だったんだろう? まあ、ヴァグナーにアドバイスをしたのは、魔力がまったくないんじゃあまりにもハンデが大きかったしな。そのくらいはしてやっても、反則じゃあないだろう」

「そういうことにしておきましょう」

 そういって、キリクは笑いをかみ殺す。

「まあ、ゾルゲをうまく利用したのは、シキの実力ですからね」

「そこは評価しているよ」

「睡魔の力で森にいた全部の低級魔獣が眠ってしまったのは――ほかの生徒にとっては不幸なことでしたけど」

 じろりとキリクをめつけるグリーンの目が、「おまえが根源だろう」と告げている。


 悪魔学と幻魔獣生態学の教諭は、教え子たちが三階の防音室へ吸い込まれてゆくまでを、見つめつづけた。


 全校生徒は最後の試験科目に臨む時が来た。

 四日間の長き戦いの終わりは、すぐ目の前――。


 *


「全校生徒の諸君、学年末試験ご苦労さまでしたね。友と切磋琢磨し、勉学に励んだ日々は必ずや力となるでしょう」

 魔法学校全校生徒と全教員が集まる大講堂。

 そこに、ガヴェイン校長の朗々とした声が頭上から降り注ぐように響いた。


――これも、魔法なんだろうか?

 

 学年末試験を終えて、待ちに待った終業式が大詰めを迎えている。

「一年生諸君。はじめての試験はさぞ大変だったでしょう、しかし諸君の頑張りは新たな出会いにつながります。これからも、友を想い、敬い、切磋琢磨し、自らを高めてゆくのですよ」

 生徒全員は、壇上に立つ校長先生の締めの言葉をいまかいまかと待ち望んでいた。とくに、一学年のソワソワといったら、上級生たちのそれをはるかに上回っている。

 当然、シキもそのひとりだった。

「――では、これにて終業式を閉式! 二ヶ月の良い冬休みを!」

 校長先生のスピーチ終了と同時に、全校生徒の歓声が爆発した。

 このときばかりは教員たち――主にヒゲナットウ、もとい、ブラッド教頭――の制止など無意味に等しい。

 二年、三年生が騒音とともに大講堂を去ったと同時に、若い男性教員が壇上の前に立った。

「一年アバロン、エクスカリバー、キャメロットの生徒は体育館に残るように。これから使役獣しえきじゅうの賞与を行う」

 出席簿を片手に、彼はとげのある口調でぴしゃりと言い放つ。

「アバロンの担任、魔法治療学担当のニナや」

 ユーリが不機嫌に、そう耳打ちをした。

「それぞれ並ぶ間隔を広げておけ。名前を呼ぶので使役獣を封じてある指輪(リング)を取りに来るように。ではアバロンの生徒から」

 担任から名前を呼ばれて、アバロンの生徒がひとりづつ、リングを受け取った。

 エクスカリバー、キャメロットの生徒も次々と名前が呼ばれ、指輪を受け取ってゆく。

 だれもかれもが興味深そうに金色の指輪を見つめた。

 興奮と緊張が大講堂に熱気をもたらしていた。

「だいじょうぶかな、うまくできるかな?」

「緊張するね」

エクスカリバーの生徒のヒソヒソ話を、ニナが目ざとく見つけた。

「安心しろ、言霊学の詠唱とちがって魔力は関係ない。つまり、キャメロットやエクスカリバーの落ちこぼれ諸君にも、ちゃんと呼び出せるというわけだ」

 アバロンの担任がふくみ笑いを浮かべると、一斉に彼のクラスの生徒たちから、野次のまじった哄笑がわいた。


――なるほど、ユーリが苛立つわけだ。


 魔法治療学を選択しているユーリは、いつもこの嫌味に耐えているのだろう。


 キリクがコホン、とひとつせきばらいをした。

「では、それぞれリングに刻まれた自分の使役獣の名を呼んでください。うまくできたらリングは右の中指に。リングは指にはめた者と契約するしくみになっています」

 生徒たちはリングの内側をのぞいて、おそるおそる、あるいは喜々としながら、ひとり、またひとりと使役獣の名前を読みあげた。すると、明るい光をともなって、あちらこちらに色とりどりの魔獣、幻獣がどっと出現した。

 シキもみなに倣って、指輪リングに刻まれた文字に目を落とす。

 そこにあった文字は――。


「『リュゼ』……?」


 霧のような光りがふわりと立ち昇って、それは一瞬で小さな魔獣の姿に変わった。

 北国一般教養学で勉強した覚えのある、子犬の姿に似た低級魔獣。

 “リムリット”。

 四足に小さな半垂れ耳、灰色の鼻。額に四つの小さな角。白と灰色の短毛は粗毛で、取ってつけたような短い尻尾が、左右にブンブン動いている。

 まっ赤な炎色のアーモンド形の双眸そうぼうが、シキをじっと見上げていた。

「シキ!」

「わ、しゃべっ――」

「久しぶりだな、これからはこの姿でいつもいっしょにいられるぞ!」

 少女とも少年ともつかない、幼い声がリムリットの口から飛び出した。

「え、えっ? ……まさか、本当にリュゼなの?」

「当たり前だろう。まさか友を忘れたなんて、いわないよな? まあ、こんなナリじゃわからないのも無理もないか……」

 リムリット――いや、リュゼは自分のちんまりした体を眺めまわして、短足気味の四肢にガッカリしたのか、ため息をこぼした。

 短い尻尾がへろっと力なく垂れる。

 いままでのリュゼの姿は巨大な狼だったり、優雅で雄大な鳥の姿だったのに、それがいまや、ややムッチリとした愛らしい子犬だ。

 しょぼんとしている姿すら、なんて愛らしいのだろう。

「忘れるわけない……! またそばにいられて、うれしいんだ!」

 こじんまりとしたリュゼを両手で抱え上げて、ぎゅっと胸に抱く。リュゼの尻尾がふたたび持ち上がり、うれしそうに振れた。

「魔獣のリムリットに姿を移したせいで、これまでと違ってできることが少なくなったのが困りものだけどな……けど、卒業までおれが相棒だ。よろしくな、シキ」

「もちろんだよ! よろしくね、リュゼ!」

 リュゼを抱きかかえるシキのそのうしろで、頭を抱えるウルト。試験勉強を怠った結果が、残念な成績に比例して使役獣に現れた。

 ウルトのパートナーは、シキにはもうおなじみのゾルゲである。

「オ、オレの夢が……スナークが……」

 悲壮感漂うかすれ声は、わき起こる歓声に飲み込まれた。


 ユーリは幻獣サーイーグル。

 ただまだ産毛が多く残ってはいるものの、成体になれば、後肢は筋骨隆々の獅子さながらに成長する。ユーリ曰く、今はまだ本来の三分の一ほどの大きさしかないらしい。けれど、翼を広げればシキの身長に達する大型幻獣だった。

 フェイメルのパートナーにはバジリガナル。

 頭は鹿、上半身は獅子、背には鳥の羽、下半身は蛇という、手のひらサイズの奇妙な幻獣で、全身が水のヴェールに包まれたように潤んで見える。このバジリガナル最大の特徴は、主人の生命を必ず守る、というところにある。

 アリアのパートナーは、魔獣フリージア。

 金色のふかふかした被毛が全身をびっちり覆った、ウサギとネコの中間のような姿をしている。成体になると、ひと一人を軽く乗せられる大きさになるという。

 そうやって、ユーリがそれぞれの使役獣の特徴を、興奮しながら説明してまわった。

 ちなみにシキの魔獣、リムリットもなかなかの低級魔獣で、総合成績がわりと――いや、かなり低かったおかげで、ウルトに負けず劣らずのパートナーを手にすることになったのだ。

 原因は、筆記試験の解答の多くにあったスペルミス。

 テストの答案用紙が戻ってきたとき、ユーリは「やっぱりだめやったか」と小さくこぼしたけれど、こんなにうれしいサプライズが待っていたのだから、シキはむしろミスした自分を褒めたたえたいくらいだった。


 それぞれのクラスの、だれもが目を輝かせている。

 ざわめきは収まる気配をみせない。

 すると、壇上で生徒たちのにこやかな笑顔を見ていた校長が、「コホン、コホン」と声をあげた。

 一年生全員が、校長がまだいたことを忘れていたのだろう、ぎょっとして壇上をふり仰ぐ。

「みな、自分のパートナーとあいさつは済みましたか? では終了としましょう。これから二ヶ月間の冬休みに入るわけですが、心身ともにゆっくり休み、そしてパートナーとの信頼関係を深めてゆくのです。それでは――おっと、忘れるところじゃった」

 ガヴェイン校長が、ぱちんと指を鳴らした。

 すると、それが合図だったように、突然檀上につむじ風が巻き起こったかと思うや、みるまに一匹の獣へ姿を変えた。

 生徒全員がどよめく。

 銀灰の艶めく被毛、明るく、すべてを見透かすような澄み切ったライトグリーンの双眸、巨大な体躯は狼のようで、見るものすべてを虜にする美しさをもっている。

 精悍にして優美。

 その雄姿に、目という目が、奪われている。

「幻獣スナーク……」

 ウルトがぽつっとつぶやいた。

 あれだけ賑わっていた大講堂が水を打ったように静まり返っている。

「これって――」

 シキのつぶやきは、だれの耳にも届いていない。

 スナークはちらと視線を動かし、シキの黒瞳と合わせるとぱちりとウインクを寄こしてきた。

 背筋に粟立つような歓喜が、シキのうちに生まれる。


 自分だけしか知らない秘密がそこにあった。


「残念ながら、最高位の幻獣であるスナークはだれも使役することはかないませんでしたが、諸君のとなりにいるのは厳選された使役獣。卒業までの二年間で最高のパートナーとなるでしょう。それでは、良い冬休みを!」


 ガヴェインの宣言とともに、スナークはふたたびつむじ風といっしょに消えていった。







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