第1話 義理の妹がやってきた
好きな人が家族だったら、どんなに幸せだろう。
――なんて、夢見る少女じゃあるまいし。
そんな浮かれたこと、口に出せるわけがない。
わたしはもう中学生。
現実に夢なんて、そうそう落ちてない。
だけど……この世界には、たしかに「奇跡」がある。
もちろんそれは、特別な才能を持った人間が、特別な努力をしたその先に生まれるもの。
天才の日常の中にある――そんな極上の現象。
普通の家庭に生まれて、普通に暮らしてるわたしは、それを眺めるだけの存在だ。
……そう、思っていた。今日までは。
*
「……不知火優は平凡であるー、なんて」
まるで物語のナレーションみたいに、ひとりごちてから教科書を閉じる。
放課後の教室、ざわつきの残る最後列。
日当たりの悪いこの席が、わたしの“陣地”だ。
とはいえ、特にやりたいこともない。
この学校に来たのも、制服がかわいいからとか、校則がゆるいからとか、そんな理由じゃない。
ただ、家が近かったから。それだけ。
でも、別に不満はない。
学校は、楽しいときは楽しいし。
――ただ、もっと夢中になれるものが、わたしにはある。
『推し』だ。
人生すべてを賭けても届かない、遠い光。
見つめ続ければ視力を失うって分かっていても、人はそれでも手を伸ばしてしまう。
そういうものだと思う。
わたしにとってそれは、生きる理由そのもの。
クール美少女。完全無欠の天下無双。
わたしの推し――その名も「Saku」。
……そんな彼女の配信を見るには、このうるさい教室はあまりにも不向きだ。
椅子を引いて立ち上がろうとした、そのとき――
背中を、ぽん、と叩かれた。
「Hey、優~! ウチらカラオケ行くんだけど、来るよね?」
プリン色のボブカット。
クラスカースト最上位の渡辺りんねちゃんが、にっこり笑いながら声をかけてきた。
いつも自分の言葉が正しいと思ってる子。
ちょっと片ほほをつり上げて、わたしの目をじっとのぞき込んでくる。
はいはい、いつもの流れ。
「……行かない」
「当然……って、はあ!? なんで?」
一瞬で不機嫌顔に変わった。
まるで断られるなんて思ってなかったようなリアクション。
「誘ってくれるのはありがたいけど、わたしには“推し”があるから」
「推しぃ? どーせ動画の中だけで、都合のいいことばっか言ってくるだけの存在でしょ? そんなのより、現実のうちらの方がよくない?」
「価値観は人それぞれ、でしょ」
「うわ、ノリ悪ぅ……」
げぇと声に出してから肩をすくめると、りんねちゃんはわたしのひとつ右隣へと目をつけた。
「ね、羽衣ぉ~。優ってさ、ノリ悪くない? ありえないよね?」
話を振られた東雲羽衣ちゃんが、わたしとりんねちゃんを交互に見比べる。
羽衣ちゃんはおとなしいけど、優しい子。
わたしをけなすのは、ちょっと抵抗があるらしい。
「……いや、それは……」
「いいよ、羽衣ちゃん。わたしのことは笑ってくれて。りんねちゃんにいじられるのは、わたしだけでいいから」
「そーそー! 優をいじるのはウチだけで……って、それだとウチが優を特別視してるみたいじゃん!?」
「それじゃ」
「ま、待ちなさいよ! ち、違うんだからね!? べ、別にウチは優のことなんて、特別に思ってないんだから!」
そんな声を背中に受けながら、わたしは教室をあとにした。
……あ~あ、すっかり遅くなっちゃった。
これじゃ昨日の配信、最後まで見られないかも。
――なんて、そのときのわたしは、ただSakuの配信のことだけを考えていた。
……今朝、お母さんが言ってたことも忘れて。
*
家の前に、女の子がひとり。
玄関のドアノブに手をかけるか迷ってるような、微妙な距離感。
ちょうど、同い年くらい……かな。
なんとなく、Sakuに似てる。
スポーティなポニテが特に。
でも、妙にビクビクしてる雰囲気は、推しとは正反対だった。
「……後ろ姿が似てるだけ、ってこともあるし。小学校のときの同級生が来たのかな?」
特に深く考えず、わたしはその子に近づいて――
ぽん、と肩を叩いた。
「よっ……すぅ――」
「ひぃっ!!」
飛び上がって悲鳴を上げた女の子の顔を見て、わたしは一瞬、言葉を失った。
……これ、Sakuじゃん……?
――いや、ちょっと待って。
そういえば今朝、お母さんが言ってたっけ。
「今日から、あなたに義理の妹ができるわよ」って――。




