01---優しい人
「あのさ、優しくなるにはどうしたら良いと思う?」
ぽつり。そう尋ねる親友に僕は首を傾げた。
彼はすでに優しい。困っている人がいたらすぐに手を差し出す。優しくすることで自分が不利になることも厭わないような性格なのだから。むしろ、優しすぎて心配になるほどに。
彼にそんなことを囁いたのは一体どこの悪魔だろうか。相手が相手なら、一発殴ってやりたいくらいだ。
「優しくなりたいってこと?」
「うん」
「一応聞くけど、どうして?」
「君みたいになりたい」
「……なるほど、」
どうやら悪魔は僕だったらしい。殴る代わりにぺちぺちと自分の頬を叩けば、彼は「え、何してるの?」と不思議そうに笑った。
因みに、僕は決して『優しい人間』ではない。困っている人がいても自分を優先するし、電車の座席は人の良さそうな相手にしか譲らない。それも、あくまでも偏見で決める。
こんな僕が言っても説得力なんてないけれど、きっと大半の人間が僕と同じじゃないだろうか。優しくしても優しくされないことを心のどこかで知っているから。僕が彼に優しくするのは、彼が僕にとって大切な親友だからだ。自分と自分の大切な人にだけは優しくしたい。ただ、それだけのこと。
そう言ったところで、彼はきっと納得しないのだけれど。
「優しくなるのは簡単だよ」
「本当? どうすればいい?」
「優しくすればいい」
「え、……うん?」
周りに優しくすれば、それはもう立派な『優しい人間』だ。まさに彼のように。
僕の言葉をゆっくりと咀嚼して、飲み込んで。分かったような、分からないような。当の本人は首を傾げているけれど。
「でも、優しくなりたいなら覚悟してほしいことがあるんだ」
「覚悟、っていうと?」
「優しくない人が優しい人になることは出来るけど、優しい人が優しくない人になることは出来ない」
何それ、と彼は笑う。自分がそうであることに気付きもせず、まるで他人事のように。君が優しくした相手の、その後ろで泣いている人がいたことを知らないまま。無意識の取捨選択で振り落とされた人が存在することすら、きっと君には伝わらないのだろう。
八方美人なんて言葉は、後方に向けられたそれらに気付かないだけの愚かさの象徴だと。背を向けられた人間の涙が乾いた頃に、ようやく振り返って笑うような鬼だと。
それでも彼は『ヤサシイヒト』だ。後ろに立つ者は、僕は、涙を隠して言うだろう。
「君が優しいこと、僕は知ってるよ」
仕方がないよ、ヤサシイヒトだから。いつか必ず優しくしてくれるよ、ヤサシイヒトだから。ヤサシイヒト、ヤサシイヒト、ヤサシイヒト。そして、いつかきっとこう言うのだ。
優しくない人になりたい。
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移行260604




