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ふたたび美月の両親が旅に出たようだ。そら豆会はたいてい直近の土曜日に行われる。しかし今週の金曜日は中秋の名月で、美月の両親が月見団子を用意してくれたらしい。一日繰り上げることになった。
放課後雪菜はすぐに帰宅し、カレーを作ってから美月の家に向かった。いつもならコーヒーとクッキータイムだが今日は時間が押している。雪菜は休む間もなく、花音と買い出しに行った。
空はほぼほぼ紫に染まっていた。普段は癒しの場である林間遊歩道はがらりと姿を変えていた。闇をまとったトンネルがあんぐりと口を開けているようだ。光と言えば高架橋を走る電車から漏れる明かりがわずかに差し込むばかりだった。雪菜も花音も無言で歩いていたが、お互いに言うともなく駆け出した。
帰り道、さすがに魔の遊歩道を通る勇気はなかった。遠回りになるけれど、二人は街灯に照らされている小学校前を歩いた。二人の母校である。
正門を通ったとき、頭上から「ギュル、ギュル」とにごった音が聞こえた。雪菜は鳴き声とシルエットからすぐにムクドリだとわかった。きっとねぐら入り前なのだろう。電線に五十羽近く止まっていた。
「花音ちゃん、ムクドリってね、田畑の害虫を食べてくれる益鳥だったんだけど、都市開発とかなんとかでねぐらを奪われてね、都会に出てきたら害鳥になっちゃったんだよ」
「どうしてですか?」
「騒音や糞害のせいでイメージよくないみたい。姫鵜駅前のケヤキも、ねぐらにならないように切られたでしょ」
「ああ、そうですよね。剪定されてずいぶん寂しくなりましたよね。人間って自分勝手ですね」
「だよねえ。こんなにかわいいのに」
雪菜はムクドリの話をしてから急に花音の反応が鈍くなったのに気づいた。それとなく目をやると、うつむきながら口を真一文字に結んでいるようだ。
「どうしたの?」ときくと、花音は雪菜を探るように見て、
「相談したいことがあるんです」
「ん?」
花音は視線を落として、
「雪菜さんとお姉ちゃんってすごい仲良しじゃないですか。変に取らないでほしいんですけど、三人でいる時、私だけ蚊帳の外にいる感じがする時があって……」
「えっ、そうなの?」
「はい。二人は言葉なくても分かり合っているじゃないですか」
「さすがに言葉がないとわからないよ。それに、私と花音ちゃんも同じだと思うけどなあ」
雪菜は率直に答えた。しかし、花音から反応らしい反応はない。彼女の求めた答えではなかったみたいだ。雪菜が気長に待っていると、花音はぽつりぽつりと話しはじめた。最初は気恥ずかしさもあったのだろう。言葉をにごし要領を得なかったけれど、だいたい次のような話だった。
いじめられたり無視されているわけではなく、あいさつをする子は何人かいるらしい。ところが、話が続かないのは自分のせいだと感じたり、また花音がしゃべる時に限って沈黙が生まれるのが気になり、次第に遠慮するようになってしまったのだという。
こんなとき花音の長所と短所を指摘して対策を練るのが近道なのだろう。しかし、美月には冗談で通じる内容でも花音は真に受けてしまうときがある。雪菜は間接的に伝えようと思った。
「ねえ、これから言うの、美月には内緒にしてくれる?」
花音はこくりとうなずいた。
「小学校のとき、美月とはずっと同じクラスだったんだけど、二、三年まで話したことなかったんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。私はいつもボーッとしてて、みんなについていくのが大変でよく先生に叱られてた。美月はクラスで一番背が高くて、よく男子と喧嘩してたから、近寄りがたい子だったんだよね」
「そうだったんですか……。昔から仲良しかと思ってました」
「仲良くなったのはね、私が帰りの会のとき、我慢できなくておしっこ漏らしちゃってからなんだよ」
雪菜は場を明るくするつもりで言ったけれど、花音は愛想笑いをするだけだった。
「新学期はじまった日でね、ほらっ、初日に新しいぞうきん持ってこいって言われるでしょ。私は漏らして泣き出しちゃったんだけど、美月がね、ぞうきんを取ってきて私のおしっこを拭いてくれたの」
「お姉ちゃんがですか?」
「うん。もちろんびっくりしたよ。でもうれしかった。美月のおかげかはわからないけど、そのあと誰からもからかわれなかったんだよね」
「そうなんですね」
「うん。それから美月と仲良くなって、二人で手つないで、よくこの道を歩いたんだよ。美月はずっと『わたしがおねえちゃんだからね!』ってマウントとってきたし、私はそんなものなのかなって思った」
「なんだか雪菜さんもお姉ちゃんも、らしいですね」
「そんな私たちでも、一度だけ大きな喧嘩したことがあるの。美月に対する考え方が変わったのはそのときかな」
「考えが変わった……ですか?」
「うん。中学のときクラスにわきがの女の子がいたの。その子は陰でね、ある食べ物の名前で呼ばれたの。直接そのあだ名で呼ぶ論外な人もいたけど、みんな『ほかの人もそう呼んでるから』って開き直ってた。でも私はそれが許せなくてね、言ったんだよ、『そんなこと言っちゃだめだよ』って。そしたら『偽善者』ってあだ名つけられてクラスから無視されたんだよ。仲良かった子も一人一人離れていって、なぜかいじめられてたその子も一緒になって私の悪口言ってたの」
花音は聞いたときこそ唖然とした様子だったが、
「ひどいですね。そのわきがの人が一番ずるいです」
「だよねえ。そのとき思ったもんだよ。これが人間なのかな、って」と雪菜はおどけて見せて、
「でも美月はいつもどおり話しかけてくるんだよ。だから私言ったのね。私といると美月も無視されるよ、学校では話しかけない方がいいんじゃない? 二人の時に話してくれればそれでいいから、って。そしたら美月、『なんで雪菜が決めるのよ。誰と話すかは私が決める!』って怒ったの」
花音は相づちを打つようにうなずいた。
「みんなが離れていったからついつい弱気になって出た言葉だった。美月の変わらない態度にほっとしたんだよね。私が『良かった……』って声もらしたら、美月は『良くない!』ってぷりぷりしてた。それからいろいろ話しかけても美月はプイッと顔そらしたままだったんだけど、目が合ったとき、あいつ、ニコッて笑ったの。私はね、その笑顔に救われたんだよ。だからもし美月が困ってたら、恩返ししたいなって思ってるの。でもあの人、いつも明るいし要領もいいでしょ。そんなときは来ないかもしれないけどね」
「お姉ちゃんってあまり成績よくないし、普段はいいかげんですけど、頭はいいと思います」
「うん。いいと思う。最近哲学にはまってるでしょ? あれって頭悪かったらできなさそうじゃん。話も上手だしね」
「雪菜さんも話し上手だと思いますけど」
「そう? でね、何が言いたいかっていうと、人と人の関係はさ、ファッションみたいに見せびらかすものじゃなくてさ、うーん、なんて言えば伝わるかなあ……。ありのままの自分をぶつけて、みんなに理解してもらうものじゃないと思うんだよ。それよりもさ、その人その人で異なる人間関係を築いていくほうが大事なんじゃないかなあ」
「難しいものですね」
「どうして?」
「なんて話しかけたらいいのかわかりませんし、それに話も盛り上がりませんし。雪菜さんの言いたいことはわかるんですけど、どうしたらいいのかなって」
「別におもしろいこと言う必要はないんじゃないかなあ」
「そうなんですか?」
「たぶん……。友達に求めるものって、別のもののような気がするなあ。それに、話しかける内容なんて何でもいいんだよ。その筆箱どこで買ったの? 一緒に理科室行かない? 昨日スタバにいなかった? 鼻毛飛び出てるよ、とかね」
「最後のやつ、雪菜さんなら許される気がします」
雪菜は花音が笑ったのを確認して、
「これから言うのは私の経験だから、まあそんなものか、って感じで聞いて。花音ちゃんのまわりの一割の人間はさ、花音ちゃんが何しても味方でいてくれるんだよ。でね、二割の人間は、花音ちゃんが何しても文句を言う。そして残りの七割の人間は花音ちゃんにまったく興味がないの。花音ちゃんが何してもいいし、しなくてもいい。花音ちゃんが泣いている日でも、その日のごはんのほうが大事だよ。そんな人たちだから、私がされたみたいに心なく敵にまわるよ」
花音は真剣なまなざしで雪菜を見つめた。
「だからね、どうにもならない九割の人間に好かれようとするよりさ、もっと気楽に付き合える方法探したほうがいいんじゃないのかなあ。つまりね、何が言いたいかというと、私はずっと花音ちゃんにとっての一割でいるから、肩の力抜きなよ~って話!」
雪菜が花音のうしろに回って肩をつかむと、花音はくすぐったそうに首をすくめた。
夕食は美月のリクエストで「チキン南蛮とタルタルソース」を食べた。
美月と花音がお月見の準備をしているあいだ、雪菜は一人外で待っていた。リビングの窓から外に出ると、三人が足を伸ばせるくらいの濡れ縁がある。その先には庭園が広がっている。雪菜は腰を下ろし、後ろに伸ばした両腕にもたれながらぼんやりとながめた。
風が風呂上りの髪をそよそよと揺らした。正面のヤマボウシが灯籠に影を落としている。雪菜は濡れ縁そばの南天を見て、実がなるのはもうちょっと寒くなってからだろうかと思った。
美月と花音が出てきたのはそれからまもなくだった。濡れ縁の前に木製のサイドテーブルがしつらえられ、三方と数本のススキを挿した花瓶が置かれた。
雪菜が考えなしに真ん中に座ったので、美月と花音は雪菜の左右に座った。
「雪菜ってさあ、今好きな人いるの?」
「うん。いるよ」
「えっ、誰?」
「百人一首!」
「なんだよ。もしかして……と思ったけどさ、それはまずい発言だよ」
「今の私に必要なのは、恋じゃなくて愛だから」
いつもどおり行き当たりばったりの会話をしていたが、三人並んで月を見上げているうちに、雪菜の頭に一つの疑問が浮かんだ。
「中秋の名月ってさあ、どうして明るく見えるんだろうね」
「ああ、そうだよね。本当に不思議だよね。雰囲気にもよるのかなあ」
「米軍基地の前でコーラ飲んだら、おいしそうみたいな?」
すると美月はブフッと鼻水を噴き出した。
「ちょっと雪菜! 笑わせないでよ」
美月は花音の配ったお手拭きで鼻をぬぐい、丸めて袋の中に入れた。
花音が言った。
「あの……、私、毎年理由を説明しているんですけど」
「えっ、そうだっけ?」
「まったく覚えてない。教えてよ、花音」
「きれいな理由は二つあります。まず、秋は水蒸気が少ないからですよ。次に、月の高さの問題です。夏は月が低く、冬は高すぎるじゃないですか。秋はちょうどいいんですよ」
「秋って水蒸気少ないの?」
花音は雪菜を見て、「えっ?」とすっとんきょうな声を上げた。
「ちょうど今みたいな感じが、水蒸気少ない状態って言うの?」
「……どういうことですか?」
「えっと最近月とか空気とかも気にかけるようになったんだけど、やっぱり理科苦手でね、水蒸気がどうとか言われてもぴんとこないんだよね」
「あっ、私、雪菜の気持ちわかる。梅雨のときはわかるけどさ、たとえば今の風が湿っているのか、乾いているのかってよくわかんない。あと、高気圧と低気圧、どっちが雨降るやつかいまだにわかんない」
「あ、私も!」
「花音、これ冗談で言ってるんじゃないからね? 私たち本気で言ってるからね」
「ねえねえ花音ちゃん、なんで月の高さが変わるの? それにさあ、高かったり低かったりすると何が問題なの? 私たちがわかるように教えてください」
「雪菜さん、去年も同じ質問しましたよね?」
「え、そうだっけ。いいじゃん。もったいぶらずに教えてよ」
「ええとですね、季節ごとに月の高さが変わるように見えるのは、地球の自転軸が傾いているからですよ。月が低いと地表の塵や明かりなどに邪魔されるじゃないですか。逆に月が高いと首が痛くなってしまうんです。だから秋が一番見えやすいんですよ」
「自転軸」と聞いてぴたりと雪菜の思考が止まった。花音の言葉をなぞるだけになった。美月も興味がないらしい。すぐに話題を逸らした。
「そういえばね、学校で百人一首のテストがあったんだけど、満点は雪菜だけだったんだよ」
「ええっ。そうなんですか? さっき雪菜さんが『百人一首』って言ったとき、なんのことだろうと思いました」
「うちの親も友達も、みんな驚くんだよね」
「そりゃあ驚きますよ。でも和歌に詳しいと、こういうとき楽しめそうですよね。お月見の歌で何かおもしろいのないんですか?」
「百人一首じゃないけど、こんな歌があるよ。月を八個も入れちゃいましたってやつ。
──月月に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月」
「どんな意味なんですか?」
「まさに中秋の名月のことだよ。『毎月毎月、月を鑑賞できる月は多いけれど、名月を見られる月は今月のこの月だよね』という歌」
美月が口をはさんだ。
「へえ、おもしろいね。でもさあ、この歌に出てくる『月』って、moonの場合もあればmonthの場合もあるわけじゃん? 外国人が読んでわかるものなのかな?」
「たしかにそう言われてみれば、日本語に慣れ親しんでいる人じゃないとわからないかもね」
「日本人でも解説聞かなきゃわからないって」
「そっか」と雪菜は笑って、
「というかさ、美月ってほんと想像力が豊かだよね」
「そう?」
「うん。前から思ってた」
「でもなんで八回なんだろう。もうちょっとがんばって、ぴったし十回にすればいいのに」
「ああ、これには理由があってね、中秋の名月は旧暦の八月十五日の月なんだよ。だから八回」
「へえ。適当に作ったわけじゃないんだね。百人一首には月の歌ないの?」
以前七條夫妻と百人一首の話をして以来、美月も興味を持ちはじめたらしい。こうしてきくときがある。
「いろいろあるけど、ぱっと頭に浮かんだのはね、藤原顕輔っていう人の歌」
雪菜が答えると、まず美月が正座し、花音がならった。二人が「お願いします」と仲居さんのようにお辞儀したのがおかしかった。
雪菜はふくみ笑いしてから雰囲気さながらに暗唱した。
──秋風にたなびく雲の絶え間より漏れ出づる月の影のさやけさ
「暗記しているのがすごい」と美月は笑って、
「どういう意味なの?」
「えっとね、『秋風にたなびく雲の切れ間から漏れ差してくる月の光は、なんと明るく清らかなことでしょう』という意味だよ」
「すごくきれいな歌ですね。ちょうど今の景色そのまんまですね」
美月は歌を調べているのか、じっとスマホを見ていたが、
「『たなびく』とか『漏れ出づる』とか聞くだけでさ、おっ、おっ、ってなるじゃんね。でも最後のさあ、『影のさやけさ』って反則じゃない?」
「反則?」
「だって四句目までどんなにひどくても、五句目で絶対にいい歌に聞こえるじゃん。だって『影のさやけさ』だよ」
「ああ。たしかに~」
「ねえねえ、この歌って芸術点高いの?」
「うん、高いと思う。何のレトリックも使ってないのに、芸術の域に達している歌だと思う」
「ん、どういう意味?」
「レトリックは和歌の表現の手段なだけで、使わなきゃいけないというわけでもないんだよ。この歌は聞いただけで情景が浮かぶでしょ。ひっそり澄み切った空気、夜長を彩る虫の音、風になびく雲、そこからふと現われる月のさやかさとかね。つまりさ、レトリックを使う必要がないくらい完成された歌なんだよ」
「へえ……。そんな見方もできるんだねえ。私、体裁を保つために使わなきゃいけないと思ってた」
それから徐々に会話は減っていき、三人で月をながめていた。
以前の雪菜は笑い合える関係のほうが好きだった。高校生になってから、それまで意識しなかったことが気になりはじめ、答えが出なくてもその過程を楽しめるようになったものだ。この日は沈黙を楽しめる三人の関係に、雪菜は特別な安らぎを感じた。光、音、空気に触れて感じたのではなく、思いめぐらせているうちにたどり着いた考えだ。言葉なき会話は一段上の成熟した人間関係にのみ許されるのだろうか。雪菜は哲学的な思索にふけった。今年の中秋の名月はとりわけ雄弁だった。
雪菜を現実に戻すように美月が言った。
「そうだ! ちょうどお月見してるんだしさあ、私たちも短歌作ろうよ」
「ええ。そんな簡単に作れるかなあ」
「始めと終わり決めてさ、三人で一首作るなら出来そうじゃない?」
「ああ、なるほど」
花音が「うんうん。いいかも」と言った。
「雪菜、最初の句、決めてよ」
「うーん、じゃあ、月見団子だから『月見餅』で」
「いいね。花音、最後決めて」
「えっと、あっ、そうだ。さっきの『影のさやけさ』とかどうかな」
「最初と最後で方向性が違いすぎる」と美月はけらけら笑ったが、
「それじゃあ、できた順に言っていこうよ」
「オッケ~」
最初にできたのは美月だった。
「閃きました。二句目は『噛めばもちもち』でお願いします」
「お姉ちゃん、二句目無駄にしちゃっていいの?」
「無駄じゃないよ。韻を踏んでるし、月見餅の説明にもなってるでしょ」
「あ、そっか」
雪菜はさりげなく花音の横顔を見た。彼女は三人の中で一番勉強できる。けれども思いのほか抜けているところがあって、よく美月に丸め込まれている。その関係も二人にとってはかけがえのないものなのだろうか。
雪菜が花音から月へと視線を戻すと、この状況にぴったりの言葉を閃いた。
「三句目、『望月の』でお願いします」
「それどういう意味なの?」
「満月のことだよ」
「おおっ、すごい! 餅から満月につながった」
月にわずかに雲がかかっていた。その雲がようやく風に流されたと思えば、また新しい雲が月をかじるように現れた。
「雪菜さん。古文で雲がかかっていないみたいな表現ってないんですか?」
「かげりがないみたいな?」
「はい。そうです」
「くまなし、だよ」
「それじゃあ……。『くまなき宵の』でお願いします」
「花音ちゃん、当意即妙だね」
雪菜に続いて美月が言った。
「よく『宵』って言葉出てきたね。花音さ、みすずとか、たつじとか、読みすぎなんじゃないの?」
美月が友達みたいに言うので雪菜はなんのことかと思ったが、
「花音ちゃん、詩好きなの?」
「はい。最近興味持ちはじめたばかりであまり詳しくないですけど……」
雪菜のはじめて知る花音だった。
「知っていますか? 私たちの名前、一文字ずつ繋げると、『雪月花』になるんですよ」
「おお、よく気づいたね」
すると美月が音楽番組のMCのように言った。
「それでは聞いてください。雪月花のデビュー作で、
──月見餅噛めばもちもち望月のくまなき宵の影のさやけさ」
雪菜と花音はこらえきれず噴き出した。
「それにしても私たちの歌、もちが多すぎませんか? 四つもありますよ」
「まだここにいっぱいあるよ」と雪菜は花音の前にドカッと三方を置いた。
「そういうことじゃないんですけどね」と彼女は軽くため息をついて、
「雪菜さん、『月見餅』を百人一首風に訳すとどうなりますか?」
「ええとね。『月見餅を食べると、柔らかくもちもちしていました。その餅ではありませんが、せんべえのように見える望月にまったくかげりのない宵には、月光がなんと美しく見えるのでしょう』かな」
「きれいにまとまりましたね」
「いやいやいやいや、まとまってないって! せんべい、どっから出てきたのよ」
そのあとも事あるたびに笑い、夜は更けていった。




