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残された世界の侯爵令嬢

お読み頂き有難う御座います。

最後は姉視点です。

「魔法ってご存知かしら」


 薄暗い部屋が見える塗料の剥げた赤の扉越しに、血だけ繋がった女に言いました。

 栄養も偏り身繕い出来ない顔はドス黒く、嘗てとは見る影もなかったわ。いや、内面が表に出たのでしょう。元々醜い女だっただけかしら。


 私の家は、歪んでいます。

 立て直そうとした両親の尽力も及ばない程に。


 私の生家はドンデ侯爵家。

 一族の血統と富を守る為に血族婚を繰り返した呪わしい旧家。


 一介の侯爵家が何故其処までして血を守るのか。

 それは単なる迷信に縋り付いた結果の産物です。

 ドンデ侯爵家には、偉大なる魔女が産まれるという迷信が信じ続けられました。


 魔女、と呼ばれる女が産まれたことなんて、ここ100年無かったのです。

 だが、血族婚は繰り返されました。

 母が無関係の父を婿として迎えるまでは、ずうっと。


「まほう……」


 そう呆けたように宣うのは、血の繋がった元妾妃ベベ。一応血縁上は妹にあたる女べベリーは、正しく歪な魔性の女でした。


「ねえさん、まほうが使えるの?」

「使ったことがないわ」

「……そうよね。姉さんの足は曲がっているものね」


 誰が曲げたと思っているのかしら。生まれつきだとでも?

 私と母の足を痛めつけたのは、この女。ねえさんと呼ばれることすら悍ましい。


 田舎の保養地に家族で出かけた際、近所の悪童達と連れ立って落とし穴を掘り、私と母を落としたのです。

 碌な医者の居ない田舎で適切な治療が受けられる筈もなく、歪に曲がって今でも痛むし歩行が困難です。

 母は何年も前から寝台の住人となっていました。


 悪童達は、一族郎党晒し首にされ、この女は保養地を改造した家に軟禁されたことを、覚えていないのかしら。


 それもすっかり、忘れているのでしょうね。

 前向きだと宣うこの女べベリーは、都合の悪いことは何も見ない。

 少々大人しくなったので改心したかと父が王宮に行儀見習いに出しても、騒ぎを起こすばかり。


 挙句第一王子と不倫を起こしかけ、堪りかねて家から離籍させました。

 父の行動が早かった為傷は浅くて済みましたが、王子妃の生家とは今でもギスギスしています。


「ねえ、ねえさん。旦那様は誰なの?」

「ゴブリ伯爵を、知ってる筈よ」


 その王子妃の嫌がらせで婿に来た男、ゴブリ伯爵。

 この女の取り巻きにして愛人伯爵。

 子供の頃にこの女と結婚式を挙げたとか、狂気をひけらかしていたけれど。

 まさか覚えていないとは


「……だいほうてい? でねえさんの傍にいたの、知らない顔だったわ」


 あれ程部屋に連れ込んでおいて、忘れ去られているらしい。思わぬ笑い話に失笑を噛み殺すのに苦心しました。

 何時もの道化のような服とは違うから、顔が分からないとでも言うのかしら。それとも絶望したあの男の人相でも違ったのか。どちらにせよ、おかしな話ばかり。


「ねえさん、伯爵になんて格下に嫁いだのね。かわいそう」


 何が楽しいのか、嬉しそうな顔にも心が動かない。

 私も歪なのかしら。

 確かに私はゴブリ伯爵夫人でもあるが、れっきとした侯爵家の跡取りです。

 父の跡は私が継ぐと、あの男もこの女も分かっていないようで。

 勉強はしない癖に、人を貶める文句は知っている、愚かな女です。


「まほうかあ。あたし、子供の頃に戻りたいなあ」

「なら、戻ればどう」

「……まほう、あたしに使えるの!?」

「さあ、古い家柄だから昔に魔女といわれる人はいたみたい」

「すごいすごい! どうやるの?」


 本当に愚かな女。

 我が家は血を濃くした結果、魔女ではなく愚女が産まれたのかしら。

 何の力も持たない愚かな女。

 だから、安心して自滅させられる。


「死に戻りの魔法、というものを聞いたことがありますか? 子供の頃からやり直せる魔法で……」


 だから、旧い話をしてやりました。

 貴人牢屋越しのあの男にもしてやったように。

 古典的で、少女が憧れる……この国には決して当て嵌まらない余所の国の御伽噺を。





「……偶然手が当たっただけだと、官吏に弁明しろ」

「結果が結果ですから」

「本当にお前は可愛くない女だな! ベベを見習えばど……ゲホゲホッ!」


 酒精と薬物香で痛めつけられた声が醜いお飾り夫は、私を殴りつけた事を詫びる気はないらしい。

 彼の生家は、彼を廃嫡し縁を切る手続きが終わるまで、貴人牢の中でも価値の低い部屋に閉じ込めていました。


「その短絡的な思考、やり直しでは効かないようですね」

「……やり直し? お前、まさか生意気に離縁するつもりか!? 王子妃様からの命を何と心得る!」

「貴方と妾妃ベベの行いのお陰で目を付けられ、不良債権を押し付けられた結果ですね」


 中で何か蹴飛ばしたのでしょう。この男の生家はとっくにこの男を離籍した。備品であるものを壊した所で、代わりなど来ないというのに。


「折角、『貴方の愛しいベベ』とのやり直し出来るかとお話を持ってきたのに」

「……なに?」

「いえ、効くかどうかも不明な旧い昔話です。伯爵のお耳に入れることでは」

「聞かせろ! お前の実家は怪しげな術を拵えていると評判だったからな!」


 何処の誰がそんなデマを……王子妃の生家でしょうね。

 それにしても、この男。直ぐに易きに流れる癖は本当に治らない。

 都合が良すぎる『虐げられた妻』の話すら信じるのですね。


「昔に帰れる術があります」

「そんなものが! どうやるんだ」

「……貴方に出来るかどうか。罪深いことですし」

「私達の真実の愛の為ならば、何でも出来る!」


 形だけでも妻である私に余所の女への愛と賛辞。よく回る口ですこと。

 やってきた見張り兵も、突如の大声に変な顔をしています。

 ですが、収監者の奇声には慣れているのでしょう。

 チラリと見に来ただけで、目配せして戻ってゆきました。


「目立ちますので、大声はおやめください」

「……早く言え」


 謝ると死に至る病も併発しているようで、救いのない男です。救うつもりもありませんけれど。

 私は懐に隠していた本を扉の隙間から、あの男に見せました。

 くり抜いた頁の中には、薄い刃の煌めく抜き身の短刀が、二振り。飾り気の少ないその姿は、一対の双子のように向かい合っていました。


「新月の中。この我が家に受け継がれた短刀で、お互いの胸を突き、祈りを込めて互いの血を浴びるのですわ」

「……隙間から差し入れてくれ」


 扉の格子には、十分な隙間がありました。入らないか心配していたのが嘘のように、本は男の手に収まります。


「中に鍵を入れてあります。貴女の愛しいベベは、下の階の赤い扉の中に閉じ込められていますわ」

「お前にも人の情が有ったのだな」


 しみじみと、何を宣うのやら。

 愚かな男。

 罪を犯した親族の自決の為に、毒か刃物を差し入れるのは普通のことなのに。

 だから、誰も立ち合ったりしない。


 罪を犯した親族と絶縁しても、我が家もこの男の生家も無傷では済まされません。

 でも、旅立つこの者達は我らを思いやらない。

 ならば、とびきり甘い悪夢を見せて旅立たせればよいのです。


「お前は良いのか。死別したとあれば……悪い評判が」


 取ってつけたかのように、今更何を言うのでしょう。善い人気取りでしょうか。


「貴方に殴られた私は、今も貴方に詰られ失意の内に伯爵家を去りますのでご心配無く」

「……それでは私が悪者に……」


 前言撤回。治る訳が有りませんでしたね。


「昔に戻られるのに、今の評判は必要ないでしょう?」

「それもそうだな」

「過去に無事戻った暁には、是非とも妹とふたりきりで幸せになってくださいね」


 王の妾妃を寝取った婿。

 姉婿を寝取った妹。

 縁を切ったとは言え、我が侯爵家の評判は地に落ちています。

 降爵も有り得るでしょう。


 ですが、一時の怨みなんて詮無いこと。

 国王夫妻へのお返しが残っています。

 我がドンデ家は、屈辱を許しはしない。


 王子妃改め王妃が世継ぎを懐妊することも、王が新たなる妾妃を迎えることも、無いのです。


 あの短刀と同じ祈りを込めました、ドンデ侯爵家から奪った絵画と装飾品を手にした時から蝕まれると宜しいわ。


「……ドンデ侯爵令嬢、手を貸しましょう」

「まあ、お気遣いを有難う御座います」


 足のせいで階段を上がるのに苦心していると、何処からともなく元夫の友人もどきが私の手を取った。

 この者は連座を免れたらしい。家の力でしょうね。


「過去へ戻れるというのは、本当ですか?」


 しかも立ち聞きしていたとは恐れ入ることで。地下牢というものは、良くも悪くも後ろ暗い者達の集まりらしい


「まあ、ふふ。心を慰める伽噺ですわ。

 それに『前向きであるべき』と常々言っていたベベと伯爵には、過去へ戻る道は要らないでしょう?」

「それは……そうですね」


 やはりこの女は魔女だろうか、という目を隠しもせず薄笑いを浮かべている。

 次代の女侯爵の次の入婿の座でも狙っているのかしら。だとしたら、どう利用すべきかしらね。あの混乱を抜け出したなら、少しは見られるのかしら。


「でも例え過去に戻ろうとも、伯爵もベベも忘れっぽいですから……。同じ運命を辿るかもしれませんわね」


 そう、過去をやり直せるものならばやり直せばいい。

 何一つ同じ日々を繰り返さずに送れるのならば。

 喩え遡れても、彼らにそんな日は来ないでしょうけれど。


 ああ、彼らの居なくなる世界の夕焼けは美しい。

 太陽を飲み込む夜のように私は過去を飲み込んで、今を強かに生き抜いてみせるわ。何をしてでもね。


運命の恋人達が生んだ魔女として。

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