第1章 第3話 出会い
「今日からこの部屋で一緒に暮らすことになるが、基本的にプライベートはないと思った方がいい。これは俺の問題じゃなくて部屋の設備的な話で、二段ベッドにカーテンがかかってるくらいしか遮蔽物はない。着替えなんかはこの中でやってもらうしかない」
挨拶もそこそこに、俺はさっそく部屋の設備を説明する。男子とすらまともに話せないのに、女子となんて余計不可能だからだ。
しかもこの女子、無駄にかわいすぎる。こういうのを人形のようと言うのだろうか。少し幼さを感じるかわいらしい顔に、150cmそこそこしかない庇護欲をかられる身長。それでいてスタイルはよく、ニーソックスがあざとさを感じさせる。
だがあざといだけでなく、少しウェーブのかかった栗色のショートカットな髪が今時の女子高生らしさを感じさせる。そして何より、人当たりのよさそうな笑みを蓄えた表情が印象的だ。
つまり苦手なタイプ。いや得意なタイプなんていないが、こういう自分の武器がわかってますよ感を出してる女子は本当にきつい。とりあえず説明を続けよう。
「部屋は見ての通り十畳くらい。ベッドの他は学習机とクローゼットくらいしかない。ごめんな、ほんとはテレビとか置いておきたかったんだけど先輩に持ってかれちゃって」
「いえっ。気にしなくて大丈夫ですよ」
耳障りの悪い猫なで声が大変不快だが、それでも続けるしかない。
「風呂、トイレはついてるけど、共用のもある。どっちでも好きな方を選んでくれ。俺は外の使うから」
「そんなっ、悪いですよせんぱい」
「いや去年からそうしてたから気にしないでくれ」
とりあえずはこれくらいか……。あぁそうそう。
「ベッドはどっちがいい? 上は元々女子が使ってて……」
「せんぱい……」
左手首を掴まれ、身体が下のベッドへと倒れ込む。瑠奈を下にして。
「おま……」
「ベッドなんてどっちでもいいですよ、わたしは」
俺に押し倒される形になった瑠奈は笑う。
「せんぱいが退学になれば全てはわたしのものですから」
人を嘲るように。俺を見下すように。笑ったが、
「残念だったな。レンズ、塞がってるけど」
「な……!?」
俺の手首を掴んでないほうの手。そこには最初ならスマホがあり、俺の方に向けられていた。だから手で覆っておいた。どうせこんなことだろうと思っていたからだ。
「俺を退学にすれば部屋を一人占め、か。悪い考えじゃないと思うよ。できさえすればな」
「ちっ!」
いつの間にか瑠奈の表情から笑みは消え去り、大きな瞳を鋭くして俺を睨んでいた。これが本性、ってわけか。想像通りにもほどがある。
「なんでわかったんですか? わたし完全に油断させてたと思ったんですけど」
「まぁ普通の奴なら引っかかるかもな。でも俺には通じない。そもそも人を信用してないからな」
甲高い猫なで声から一変、冷たい低い声に、俺は淡々と返していく。
「あーあ。先生が友だちもいない陰キャだって言ってたからチョロいと思ったんですけどね」
「それは合ってる。だからこそ特に疑ってたんだよ。俺なんかに甘い声出す奴なんて詐欺師か馬鹿だけだ」
「はぁそうですか。とりあえず手、放してくれませんか? 痛いんですけど」
やっぱわかってないな、こいつは。人を嵌めようとしたくせに何で許されると思ってるんだか。
「スマホは使えず、片手も使えない。つまりお前は逃げられないってわけだ」
「ちょっ……!?」
押し倒されている瑠奈に顔を近づけると、彼女は一気に顔を赤くして背けようとしてくる。だが逆に耳は丸出しだ。
「馬鹿だな、お前」
「ひぅ……っ」
耳に口を近づけ囁くと、瑠奈の身体がビクンと震える。
やっぱわからせないとな。こういう奴には。
「嵌めたいんならこれくらいやってからにしろ。お前の顔なら誰でも嵌められる」
「は……ぁ……?」
瑠奈の腕を放し、ベッドからおりる。
「力じゃ男に敵わないんだ。途中でばらしたら何されるかわかんないぞ。もっと心に取り入った方がいい。時間をかけてな」
「な、に、言って……!?」
「教育だよ教育。桜豆学園は部屋割りだけじゃなくて色んなイベントに先輩後輩の2人で出ることになってるからさ」
「だからなに言ってるんですか……!?」
去年の俺もこんなだったのだろうか。いやこんなことはしてないけど……先輩からしたら。俺もこんな風に見えていたのかもしれない。
「俺とお前は嫌でも1年間一緒に暮らすんだ。仲良くしようとは言わないけど、教えるところは教えないといけないんだよ。一応先輩だからな」
「……むか、つく……!」
金銅瑠奈。だいたい性格はわかった。苦手なタイプだ。
「なに偉そうに語ってるんですか……! わたしには先輩なんていらない。絶対に退学にさせてやりますから! 覚えててくださいっ!」
「ああ。がんばれ」
それでも先輩後輩関係が変わることはない。だったらやるしかないんだ。俺も先輩のように。