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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第十章

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176、最終決戦⑤

 ロロの枷の鍵を手に入れるのは、存外簡単だった。

 屋外を歩ている最中――なるべく周囲が明るく、光の視認性が低いところで――鍵を持った兵士がロロの傍にいるときに、ミレニアがこっそりと光魔法を放つ。

 ふっ……と一瞬で眠りに落ちた男が頽れるのを、ロロが咄嗟を装って、枷のついた両手で身体を支えて助けた。

「おい、大丈夫か。どうした」

「ぇ……?ぁ、え……?俺――」

「急に倒れたぞ。……貧血でも起こしたか?」

 即座に魔法で覚醒させられた男に向かって、何食わぬ顔で言いながら、支えている手で腰のポーチに入れた鍵をするりと抜き取り、手の中に隠す。

「す、すまない。今まで、こんなことはなかったんだが」

「いや、いい。気にするな」

 まさか、帝国最強と言われる男が身体を支えてくれると思わなかったのか、驚いたように兵士はもごもごと口にするが、ロロはいつもの涼しい顔で身体を起こすのを手伝ってやった。

(いけしゃあしゃあとよくも……まぁ、あのピクリともしない無表情は、こういう時に役立つわね)

 ミレニアはふ、と嘆息しながら胸中で呟く。どんな時も表情が変わらないロロは、付き合いが長くなければ、彼が何を考えているか読みづらい。彼が謀をしているなどとは、容易に見破ることは出来ないだろう。

「おい、しっかりしろ!もうすぐ皇城に着くんだぞ!」

「あ、あぁ、すまない。気合を入れる」

 兵士は首をひねりながらも頬を叩いて気合を保っているようだった。

「おい。……裏から回るぞ」

 ハウアーが、兵士たちに声をかける。

「?なぜ――」

「貴様らには人間らしい情というものが存在していないのか?――城門の前は通らん。絶対に、な」

「ぁ――……」

 ミレニアは、すぐにハウアーが何を意図しているか察する。

「……お気遣いいただき、ありがとうございます。ハウアー殿」

「いえ。なんのこれしき。……我らには、憎き男たちだったが――貴女にとっては、紛うことなき、血を分けた家族だ。たとえ、冷遇されていたとしても」

「……そうですね。……助かります。まだ――受け止めるには、時間がかかりそうですから」

 ふ、と長い睫毛を伏せた少女を前にして、やっと兵士はハウアーの意図に気付いたのだろう。

 気まずそうな顔をした後――それでもどこかで少女に同情したのか、大人しくルートを変更してくれた。

(今は、まだ――……すべてが終わってから、報告に参りましょう。一族の責任をどう取るか、その結末のご報告を、城門に)

 きゅっと唇を引き結ぶ。

 もしかしたら、その報告は――同じように、首だけ掲げられる状態となってしまうかもしれないけれども。

 それでもどんな形でも、彼らに直接報告出来るのは、ミレニアだけなのだ。

 これは、彼女に課せられた義務だろう。

 午後の日差しが、ひときわ明るくきらめき、一同を突き刺すように照らし出していた。

 

 ◆◆◆


 皇城の裏から回ると言っても、ところどころ焼け落ちて、煤まみれの敷地は、まっすぐに歩けず迂回を余儀なくされる場所も多かった。

「……酷い……」

 ぽつり、とミレニアは苦い顔で呟く。入念に焼き尽くされ、美しい緑も、見事な装飾も、全てが台無しになったかつて自分が暮らしていた城を前に、ぎゅっと目をつむった。

「こっちだ。……牢の前を通る」

 兵士に案内されるがまま、大人しく後ろをついて行く。どうやら、まっすぐに地上を歩くのではなく、半地下になっている牢がある場所を通されるらしい。

 皇女だった時は近づくことすらなかったその場所に、恐る恐る足を踏み入れると――

「ミレニア様!!?」「姫様!!!」

 ワッと一斉に声が上がり、ガシャンッと鉄格子がやかましい音を立てた。

「!?お前たち――!」

 見れば、見覚えのある顔がそこにあった。

「てめぇ66番!!!お前がついていながら、何やってんだクソ野郎!!」

 ガシャァンとひと際大きな音を立てて鉄格子が揺れる。中の男が思い切り鉄を蹴り飛ばしたせいだ。

 左頬に奴隷紋を刻んだ長身痩躯のその男には、見覚えがあった。

「ジルバ!!お前――無事だったの!」

「ミ、ミレニア様!危険です、お下がりください!」

 飛び出そうとしたミレニアを、咄嗟にハウアーが手を掴んで止める。カッと目の前のジルバに怒りの炎が灯った。

「てめぇ――誰だか知らねぇが、嬢ちゃんに傷一つ付けて見ろ――!全身なます切りにしてぶち殺してやるからな――!」

「ジルバ!っ……あぁ、よかった……!お前、無事だったのね……!」

 ほっと思わず緩んだ顔で心から安堵の吐息を漏らす。

「乱暴な者たちです。近寄ることは許可できませんが――ここからなら、少し、お話することは」

「ありがとう、ハウアー殿」

 ギリギリと歯噛みしながら、今にも視線だけで射殺そうとするほどに睨みつけてくるジルバを前に、ハウアーは事情を何となく悟って、ミレニアに許可を出す。

 鉄格子からジルバが手を伸ばしても届かぬ位置から、ミレニアはジルバの身体を眺めた。

「怪我は、手当てしてもらえたのね……」

「あぁ。『神様の奇跡』とやらで、治してもらったよ。……仲間にならねぇか、って言われたが、嬢ちゃんをこっぴどく裏切って殺そうとしてるヤローに就くなんざ御免だ、っつって突っぱねたら、このざまだ」

「そんなことを言って……もしも不興を買って殺されてしまったらどうするつもりだったの」

「関係ねぇさ。元々、何度も剣闘場で死にかけてる命だ。今更、どこで死のうが関係ねぇ。嬢ちゃんを守って嬢ちゃんに筋通して死ねるなら、俺に取っちゃ、随分上等な最期だ」

「もう……そんなことを言わないで。お前は、お前の人生を生きるのよ。そのために、英雄の名を与えたのだから」

「ハハッ……どうせなら、英雄らしく、お姫サンを守って逝きたいじゃねぇか」

「もう……」

 相変わらずの飄々とした態度に、ほっと安堵の息を吐く。

 あの夜に別れたとき、彼はどう見ても致命傷だった。命を落とすギリギリで、クルサールの魔法によって治癒してもらえたのだろう。

「俺のことより、嬢ちゃんだ。一体どうしてここに……そこの奴隷は、クソの役にも立たなかったか?」

 ペッと唾を吐き捨てながら、ロロを顎でしゃくって指す。

「ここにいる紅玉宮の奴隷たちは、全員アンタの味方だ。何かあったら、いつでもなんでもしてやる。だから――」

「大丈夫よ。少し――クルサール殿と、話をしようと思ってやってきただけ」

「ぁ?」

 言葉を遮られて、ジルバは怪訝に声を上げる。

 それを黙ってみていたロロが、静かに口を開いた。

「お前も、姫の従者を名乗るなら、もう少し落ち着いて構えていろ」

「はぁ!?てめぇ、枷嵌められて魔法封じられた間抜けな姿で、偉そうに何を――!」

「枷だろうが、鉄格子だろうが――()()()()()()()()?お前にとっても、俺にとっても」

「――――……」

 紅い瞳が、含みを持たせてきらりと光る。

 ジルバはロロの言葉を反芻し――意味を理解して、ハッ、と鼻で嗤った。

「姫には、姫の、お考えがある。大丈夫だ。もしも助けが欲しいときは、きっと、お声がかかる」

 だから、有事の際に備えていつでも動けるようにしておけ――

 言外に込められたそのメッセージを、ジルバは正しく受け取る。

 ジルバも、長く奴隷小屋に入れられていた青布相当の実力を持つ剣闘奴隷だ。鍵さえ手に入れば、鉄格子から抜け出し、枷を外して逃走することなど容易いだろう。

「……信じていいんだな?その言葉」

「あぁ」

 頷くロロに、ジルバは悔し気に頬を歪める。

「あいつの剣術は、どこかおかしかった。――お前なら、嬢ちゃんを託せると信じてるぞ」

「あぁ。それは心配いらない」

 さらり、とこともなげにロロは言い放つ。

 いつもの無表情の中――炎のような紅い瞳が、禍々しい闇を背負って燃え上がる。

「あの男が姫に危害を加えようとした瞬間――問答無用ですぐさま地獄に落としてやるさ」

 瞬時に、ごぉっと噴き出した殺気に兵士やハウアーが肩を跳ねさせて冷や汗を流す。

「……ロロ。少し殺気を仕舞いなさい。クルサール殿の前でも、よ」

「チッ……」

 面白くなさそうに舌打ちして、ロロは大人しく無理矢理感情を抑え込む。

「ハハッ……こいつぁ、面白ぇ。あの冷酷な伝説の剣闘奴隷に、そこまで本気の殺気を振りまかれれば、生き残れる奴ぁいないだろうよ」

 クックッとジルバは愉快そうに喉の奥で嗤いをかみ殺す。

「頼んだぜ?……俺らのお姫サンを、ちゃんと、守ってくれ」

「あぁ。……命に代えても」

 これが最後だと、決めている。

 もう、やり直しはしない。

 だからこそ――必ず、守り抜く。

 静かに意思を固めた瞳で、ロロはジルバにしっかりと頷き返した。 


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