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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第十章

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172、最終決戦①

 それからラウラは、面白いほどぺらぺらと、要求されることを包み隠さず話し尽くした。

 途中、何度もミレニアの情操教育上よろしくない行動をしようとするため、ロロが舌打ちしながら椅子に縛り付け、ミレニアには後ろを向かせて決してラウラを視界に入れないようにしたが、当のラウラは縛られることすら快感を催すらしく、涎を垂らしては浅ましくロロを誘惑せんと卑猥な言葉を羅列し腰を振った。

 そのたびに舌打ちして頬を強烈に張ってやれば、それだけで何度も気を遣って官能的な声を隠しもしない。ミレニアは未知の恐怖に、涙目で耳を塞いでガタガタ震える羽目になった。

「……お嬢様。他に、何か聞きたいことはありますか?」

「も、もういいわ……十分、聞きたいことは聞けたから……」

 結局、全ての情報を引き出し、取引というよりは尋問に近いそれが終わった時、ミレニアはプルプルと震えて怯え切った声を出すしかなかった。

 ラウラはもちろん――ロロについても、見たことがない一面を見てしまった気がする。

 恐る恐る振り返ってみると、椅子に手足を括られた状態で、明らかに”事後”とすら思えるほどに濃密な色香を漂わせ、上気した頬でだらしなく開いた口から涎を垂らして物欲しげな視線をロロに注いでいる女がいる。

「ぅ……」

「見ないでください。貴女は、永遠に知らなくていい世界です」

 確かに、叶うならあまり知りたくはなかった世界だ。

「お嬢様っ……あぁ、お嬢様っ……どうか、どうか、私に触れて頂戴……!」

「えっ、えっ?」

「貴女に触れた先から切り刻むとロロは言ったわ。あぁ、ロロが自ら剣を振るって私を傷つけるだなんて――想像しただけで、物凄い快楽が――!」

「チッ……だから絶対に嫌だったんだ」

 ゴッ……

 息を荒げてミレニアにまで縋ろうとした雌豚の頬を裏拳で殴って黙らせる。横っ面を吹き飛ばされながらも、ラウラはピクピクと震えて快感に打ち震えていた。――どうやら、今のでまた気を遣ったらしい。

「いいですか、お嬢様。これからは、本当に御身に気を付けてください」

「えっ?えっ?」

「コイツの快楽を得ることに対する執念深さは尋常じゃない。病気としか言いようがありません。――貴女を傷つければ俺が怒って自分を痛めつけると思えば、喜んで己の持ちうる全ての伝手を伝って貴女を攫おうとするような常軌を逸した女です」

「なっ!?」

「わかりませんか?こいつは、あんなに値が張る情報でも、自分が満足する快楽を得られるならば、無償で渡します。つまり――金より、快楽を重視する、末期の快楽主義者なのです」

 ドン引きした顔で、ミレニアはラウラを横目で見る。当の本人は、完全に常軌を逸した瞳で、未だに何やら荒い息で微かに震えていた。

「俺も、今まで以上に御身の安全に注意を払うつもりですが――相手は世界一の情報屋。店の従業員やその客は勿論、奴隷時代の知り合いや見世物小屋で贔屓にしていた顧客、買われていった先で得た貴族の伝手――普段、情報を得るために使っているそれらの人脈全てを使って、己の快楽を得ることに貪欲になることでしょう。今までは、俺が相手をしなかったので、暇つぶしの範囲で俺の動向を探るくらいだったのでしょうが――これからは、こちらが引くくらいに詳細に情報を集め、隙あらば快楽を得る手段に変えてしまう」

「そっ……んな……まさか……」

「そのまさかをする女なのです、この馬鹿は。……言ったでしょう。こいつと結婚など、感情面だけで言えば絶対に御免だ、と」

 本当に嫌そうな顔でロロが言う。ごくり、と唾を飲み込みながら、ミレニアは初めて彼の言葉を信じて頷いた。

 快楽を得るためには、他者の迷惑など一切考えない――そんな性格が破綻している女と婚姻関係を結び、生活を共にするなど、一体どんな日常が待っているというのか。想像するだけで恐ろしいが、それを知っていたくせに、ミレニアのためならば、とそれを飲み込もうとしていたロロの自己犠牲精神もまた恐ろしい。 

「で、でも、ロロ……その……い、痛そう、だわ……」

「当たり前でしょう。痛みを感じないと、こいつは快楽に変換しない」

「そうかもしれないけれど――その、もう情報は十分得たのだから……あまりに、痛々しくて……」

 ところどころに青あざや血液をにじませている絶世の美女を見て、ミレニアの瞳が物憂げに揺れる。

 汚らわしさの象徴でもあるラウラにすら優しい手を差し伸べようとする主に、ロロは嘆息してからラウラに近づいた。

「次はっ……次は、何をしてくれるの!?」

「息を荒げるな気色悪い」

 腰をくねらせて目を輝かせるラウラに吐き捨ててから、拘束している縄からはみ出ている衣服の裾を手に取り、ビィッと力任せに引き裂いた。

「あぁっ……ついに、ついに抱いてくれるの!?もしかしてこのまま!?服を裂いて乱暴に犯すのね!?あぁ、想像するだけで――」

「そんなわけがあるか。発情した雌犬を犯す趣味はない」

 言いながら、ロロは割いた布を手にラウラの後ろに回ると、目隠しをするようにしてその視界を覆ってしまった。

「何!?何!?今度は目隠しプレイなの!?どこまで私を喜ばせれば気が済むの、貴方って人は!」

「口を慎め、変態。お嬢様の前だ」

 鼻息荒く期待に腰を揺らしてガタガタと椅子を揺らすラウラに冷たく言い放つ。

「お嬢様。……どうぞ」

「え……えぇ……」

 ロロの意図はわかっている。ミレニアはそっと痴態を惜しげもなくさらしているラウラに近づいた。――どうして彼女が座っている椅子の座面がじっとり濡れているのかは、もう考えないことにする。

 ミレニアはすっとその額に手をかざして、意識を集中する。ぱぁっ……と小さな淡い光がうす暗い部屋に舞い踊った。

「ぁ……?」

 かくん……

 ラウラは、抵抗することもなく、意識を途切れさせ、深く眠りに入ってしまう。

「えっと……次は……」

 ざっとラウラの身体を頭から足の先まで眺めて、ところどころ触診し、怪我の具合を確かめる。

 再び手をかざして、治癒のイメージを脳裏に描けば、ふわ……と淡い光が再び宙に浮かんでラウラを包み込み、すぅ――と幻のように美女の身体に付けられた痛ましい傷跡はきれいさっぱり無くなっていた。

「見事です。……やはり、治癒の力は本物のようですね」

「えぇ。少し信じられないけれど――……」

 これでは世界中の薬師があっという間に廃業だ。ミレニアは苦笑してロロを振り返る。

「さて。これで、第三者を気にする必要はなくなったわ。――作戦会議と行きましょう」

「はい、お嬢様」

 先ほどまでのラウラに対する冷酷な行いなど嘘だったかのように、丁寧な所作でロロはミレニアへと礼を返したのだった。


 ◆◆◆


 なるべく人目に付かない場所を選んで、ロロとミレニアは目的地を目指す。

「いやぁ……凄かったな、実際のクルサール様は」

「あぁ、まさに神の化身と言って差し支えがない」

「本当に、あの悪逆非道な皇族を晒し首にしちまうとは恐れ入った。スカッとしたぜ」

 正午のお披露目が終わったせいだろう。皇城から帰ってくる人々が交わす言葉に、ミレニアはぎゅっと唇を引き結んで小さく俯く。

「でも、なぁ……ゴーティス殿下まで――」

「あぁ。新しい国の軍事を任すお人として擁立することは出来なかったのか」

「いや、難しいだろう。昔、民兵として参加したときにお姿を拝見したことがあるが、苛烈な御方だった。まして、義理人情に篤い方だ。臣下や家族の沢山の命を奪ったクルサール様を、決して許しはしないだろう」

「そうだな。神のご加護を賜る<贄>の制度にも最後まで反対して、軍事力だけで都を守ると宣言していらっしゃった御方だからな……こうなることは、仕方なかった……の、かも、しれない」

 浮かない顔で話す話題は、全てゴーティスの首が晒されたことに対する賛否を論じるものだった。

(ザナドお兄様……)

 そっと路地裏の物陰に隠れながら、胸に手を当てて瞳を閉じる。十二人の兄の中で唯一、ミレニアの能力を正しく認めてくれていた兄の、死出の旅路の安寧を静かに祈った。

「……お嬢様」

「いえ。……大丈夫よ。行きましょう」

 気遣わし気な従者の言葉に、強い横顔で答えて、ミレニアは前を見据える。

 ロロの合図で、人混みに紛れるようにして次のポイントまで歩むとき――人々の噂話が、耳に入ってきた。

「ところでお前、見たか。あの、手配書」

「あぁ――神は、どこまでも国を腐敗させた一族に厳しいらしい」

「クルサール様もおっしゃってたもんな。皇族の血を引く者は、老若男女、誰一人例外なく処断する――黒玉の君すら、例外ではないと」

 ドキン……

 自分を指す言葉が鼓膜を揺らしたことで、緊張に心臓が飛び跳ねる。

「でもなぁ……伝説の剣闘奴隷が専属護衛として付き従っていたんだろう?そいつが命からがら、必死で助け出したらしいじゃないか。ってことは、今も傍にいるんだろう?……並の兵士じゃ、姫君を拘束するなんて不可能じゃないか?」

「確かに。最初は、法外な金額の奴隷を、税金で買い上げるなんて我儘が許されるとは――なんて、悪感情があった時期もあったが、よく考えたら、奴隷を視界に入れることすら嫌う皇族が、従者として雇うなんて、差別感情があったら絶対に出来ないよな」

「あぁ。最後の一年は、ご自身が住まう宮に務めていた従者を全て暇を出し、奴隷たちで賄っていたと言うからな。エルム様が唱えるよりも前に、奴隷制度に疑問を呈していた先見の明があった方なのかもしれない」

「それを思うと、返す返すも、ギークは同じ血を引いているとは思えないほどの暴君だったな。――知っているだろう。あの、悪逆非道な皇帝の、私怨に塗れた酷い執政を」

「あぁ――あれか。ミレニア殿下を<贄>にする、ってやつ」

 ハッ……とミレニアは息を飲む。

 まさか、国民にまで、その情報を公開していたとは知らなかった。

(いえ――でも、そうね。ギークお兄様の性格を思えば、ここぞとばかりに、自慢げに吹聴して歩きそうだわ。国民にも、皇帝の反感を買えば、実の妹でさえも哀れな末路を辿るのだと、脅しかけるようにして公表したのでしょう)

 苦い気持ちを飲み下すようにして、そっと長い睫毛を伏せる。

「”神”にお伺いを立てたとて――公衆浴場建設に尽力してくださったり、黒玉の君と呼ばれるほどに民のことを想っていらっしゃったミレニア殿下を、”神”が<贄>に選ぶはずがないと思わないか」

「そりゃぁ……俺も、そうあってほしいと思うけど」

「ミレニア様が、エラムイドの血が入っていることと、前皇帝が溺愛した上に酷く優秀だったせいで、兄姉たちから冷遇されていたのは公然の秘密だっただろう。特に、前皇帝が崩御してからは、まだ成人もしていない幼い身なのに、随分と酷い扱いを受けていたと聞く。……そんなお方に、”神”が手を差し伸べないことなんてあるか?」

「でも、殿下は皇族だ。神の教えは受け入れがたかっただろう。だから、罰を――」

「いや、俺たちだって最初からすっかり信じ込んだわけじゃなかっただろう。実際に神の奇跡を目の当たりにして、恐ろしい魔物を打ち破る光を見たから、その教えに傾倒したわけで――ミレニア様だって、クルサール様の『奇跡』を目にして、真摯に教えを説けば、もしかしたら信じてくださったかもしれない!」

「確かに……誰よりも民を想う気持ちが強いお方だったからな。<贄>に選ばれたのも、長兄であるギークに、今の執政を改めよ、と、紅玉宮に押し込められた幼い身の上でありながら、力強く上申した結果だった言う噂もある。あの御方なら、もしかしたら――」

「あぁ……どうか、護衛に守られて、無事に遠くまで逃げてくださったらなぁ……」

「こら、滅多なことをいうもんじゃない。エルム様の神罰が当たったらどうする」

「だ、だけど――じゃあお前、ミレニア姫をもし見かけたら、兵士に通報するか!?」

「ぅ……いやその、えっと……それは……」

 もごもご、と押し黙る声を聴きながら、そっと身を潜められるポイントにたどり着いて、さっと身体を縮こまらせる。

「大丈夫ですか」

「えぇ。……でも、驚いたわ。予想以上に、私を好意的に受け取っている民もいるのね」

 緊張を一瞬解いて、ロロを見上げる。

 ロロは視線を左下に落とした後、ゆっくりと口を開いた。

「……何度もやり直したせいで、クルサールにも、何かしらの変化があるのかもしれません」

「え……?」

「最初のころは、もう少し、皇族全体に対して否定的な声が多かったように思います。ゴーティス殿下や貴女に対しても、勿論。……ただ、どこか虚ろな瞳をしている者も多かったので、正午に民衆を集めたときに、少年兵が闇魔法を使って印象操作をしていたのかもしれません」

「――――……」

「ですが、直近になればなるほど、皇族すべてが悪いわけではない、という風潮が出てきたように思います。貴女の首が晒されたときの帝都の民の反応も、直近の記憶では、戸惑いや同情といったものが圧倒的で、何とか自分たちを納得させようとしている者が殆どでした」

「つまり――……闇魔法で民意を左右するのをやめた、ということ……?」

「……おそらくは」

 従者の言葉を受けて、ミレニアは難しい顔で考え込む。

「ラウラから聞いた、ネロという少年の話は強烈だったわ。酷い虐待を受けて育ち、十になったら<贄>として魔物の群れに放り込まれたにもかかわらず、クルサールが神の奇跡でそれを救った。その後、生まれ故郷に返されるも、土着信仰の儀式によって惨い仕打ちを受けて――それさえも、クルサールが救った。救世主様が、愚かな人間の振る舞いに、神の代わりに許しを与えてくれる素敵なエピソード、と言っていたけれど――傍から聞けば、タダの胸糞の悪い話でしかないわよね」

 ぎゅっと眉間に皺を寄せて考え込む。

「魔物と接触したとしたら、<贄>として放り込まれたときか、土着信仰の儀式のとき……それまで少年を忌み子として憎んでいた集落の人々が、手のひらを返したように彼を受け入れて、エルム様の教えにしたがった、というからには、たぶん後者の方が可能性は高そうだわ。だとすると、クルサールは――」

 脳裏に、何度も庭園で会話をした、金髪碧眼の美青年の姿を思い浮かべる。

 感情を読ませない”完璧な”笑顔の下に隠された、時々滲む、クルサール本人の感情。

 痛ましげにほんのりと眉を顰めたり、苦しそうに唇を引き結んだりしていたのは――全て、ミレニアが、長兄ギークの策略によって、不遇に扱われているときばかりだった。

 ネロとたいして歳が変わらないミレニアが、周囲の人間に理不尽を強いられて、避けられぬ運命に翻弄されることが痛ましかったのだろうか。

「……ああ見えて意外と、本性は、人間らしい男なのかもしれないわね」

 ぽつりと口にした途端、露骨にロロは嫌悪を露わにした顔をする。

 ぷっ、と軽く吹き出して、護衛兵の手を取り、宥めるように柔らかな笑顔を作った。

「お前は本当にあの男が嫌いなのね」

「当たり前です。……今でも、顔を見れば、即座に息の根を止めてやりたいと思っています」

「まぁ待ちなさい。それでは何も解決しないと言っているでしょう」

「…………」

「ふふ、そんなに不服そうな顔をしても駄目。大丈夫よ。ちゃんと、ぎゃふんと言わせて見せるから」

 ふわり、と笑むその顔は、人々に幸せをもたらす慈愛に満ちた女神の微笑み。

「……貴女が、仰るならば」

 ロロは、唯一自分が信じる神に等しい女の言葉に、しぶしぶ頷くのだった。


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