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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第九章

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146/183

146、聖なる印⑤

「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――!!!!!!!!」

「っ――!?」

 少女の甲高い大絶叫に、思わず顔を顰めて耳を抑える。――完全に鼓膜が破れたと思った。

 ミレニアはこちらの様子を気にかける余裕などないのか、全身桜色に染まった肌を隠すように胸の前で手をクロスして自分を抱きしめるようにして後ろを向き、しゃがみこむ。ザバッと再び水面がうるさい音を立てた。

「いやぁあああああああああああああああっっっっ!!!!!」

「ひ――!」

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!!!なんでお前がここにいるの!!!!?」

「っ、姫、落ち着――!」

「変態!!!!痴漢!!!!助平!!!!なんでどうして馬鹿馬鹿馬鹿!!!今すぐ立ち去りなさい愚か者!!!!すぐに頭の中から今見た光景を――」

「落ち着いてくださいっっ!!!!」

 ガバッ

 混乱しきって音量調節機能がバグったらしいミレニアの渾身の大絶叫を抑えるため、ロロは致し方なく後ろから少女の口をふさぐ。

「んんんんんんーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!」

「っ……万が一森に追手がいたら、引き寄せてしまいますっ……!どうか、少し声を抑えてくださいっ……!」

「んんんんんんんーーーーーーーーーーっっ!!!!!」

(落ち着けるわけないでしょう馬鹿ぁあああーーーーーーーーーー!!!!!!)

 耳元で囁くように言われた言葉に、口をふさがれた状態のまま、涙目でミレニアは絶叫する。

 口をふさぐために素っ裸の背中に密着するように男の身体があるのを感じる。混乱して暴れるのを抑えようと、軽く抱きしめるようにされているのがもう駄目だ。ちょっとでもロロが腕を上にあげたら、控えめすぎる胸に触れてしまいかねない。その事実を自覚するたび、全身が沸騰するように熱くなる。

「そのっ……何も、見て、ないので――」

「んんんん!!!!!」

(嘘っっ!!!!!絶対嘘よ、そんなの!!!!)

 いくら何でも、そんな子供だましの嘘に騙されはしない。ふざけないでほしい。たっぷり何度も瞬きをして、こちらを凝視していたではないか。

 赤くなったり蒼くなったりしながら目を白黒させる。――穴がったら入りたい。

「落ち着いていただけたら、手を放して元の位置に帰ります。ですから――」

「~~~~~っっ!!!!」

(無理無理無理無理!これからロロとどういう態度で顔を合わせればいいの!!?)

 どうせ見られるにしても、もっと大人になって十分に女性として魅力的な身体になってからが良かった。こんな、子供と大人の間の中途半端な身体を、五つ以上も上の経験豊富な大人の青年の前に晒してしまったことが悔やまれる。

 ぶわっ……と羞恥に全身が支配され、再び混乱が極まり、叫び出しそうになる。

 再度真っ赤に全身の肌が色付いたとき――背後の青年が、困惑したように口を開いた。

「――――なんだ、これは……」

「~~~~~っ……ぅ……ふ……ぇ……?」

 もはや泣き出す寸前になっていたミレニアは、ロロの言葉に疑問を返す。

「姫――……これは――……」

「??」

 呆然としたような声に、そっと視線だけで振り返る。青年の視界に、身体の前面だけは絶対に入らないように慎重に。

 いつもと同じ紅の瞳は、ミレニアの色付いた背中にじっと注がれている。そこには、これ以上ないほどの困惑が宿っていた。

「ロロ……?」

 いつも冷静な護衛兵が、動揺を隠せないほどに呆然と視線を注ぐ先――ミレニアの白い背中、いつもは衣服で隠されているその肌に――


 ――”神”から賜りし聖なる印、とクルサールが告げたのと同じ光の紋様が、くっきりと浮き出ていた――


 ◆◆◆


 しん……

 やたらと気まずい沈黙が流れる。元の野営地点に戻った後、湯冷めを危惧して灯された小さな焚き火が爆ぜて、パチッ……と音を立てた。

「……何度問いかけても、返事が、なかったので」

「溺れているかと思ったのでしょう?もう何度も聞いたわ」

 ぶすっとした顔でマントに首を埋めるようにして、ミレニアはロロの言い訳を遮る。

「忘れなさい。記憶から消して」

「……努力します」

「必ず消しなさい」

 無茶苦茶な命令をしている自覚はあるが、そうとしか言えない。

「もう、お嫁に行けないわ」

 貴族社会において、未婚の女性の処女性は絶対条件だ。婚前交渉など以ての外なのは当然だが、家族であってもみだりに男性に肌を見せるなどあってはならない。ふしだらな女というレッテルを貼られて、嫁の貰い手が無くなるのが普通だった。

「……何も見ていません」

「嘘つき」

 ぶ、と頬を膨らましてむくれる。相変わらず、嘘が下手な男だ

「責任を取りなさい」

「責任……?」

「自分で考えて」

 八つ当たりを兼ねて突き放すように言えば、ロロは困惑しているようだった。従者として何が出来るのか考えているのだろう。

 自分の人脈でミレニアに相応しい結婚相手を見つけて来られるのかと、ギュッと眉根を寄せて難しい顔をしている。

「……馬鹿」

「?……はい」

「もういいわ、この話は終わり!建設的な話をしましょう」

 罵り言葉すら当たり前に受け入れる下僕根性溢れる従者に辟易して、ミレニアは強制的に話題を打ち切る。これ以上この話を引っ張っても何も良いことはなさそうだった。

「さっきお前が見たという、私の背中に浮かんだ模様というのは――本当に、クルサール殿の額に浮かんだのと同じものだったの?」

「はい、間違いありません」

 きっぱりと言い切ってロロは真剣な顔で頷く。どうやら冗談を言っている様子ではない。

「どういうことかしら……クルサール殿の額に出る紋様は、"神"とやらから貰ったもの、と言っていたわね」

「はい。ある日、"神"の声を聞いたと。そして、国を救えと言われ、そのために"神の御業"を行使する力を授けられた、と――」

 ロロの言葉に、唸るようにしてミレニアは考え込む。

「……これでクルサールと同じ紋様でないならば、お嬢様こそが神の化身だ、と言われても信じられるのですが」

「お前、何を言っているの?"神"などいるわけ無いでしょう。私は至って普通の人間よ」

 呆れ返った顔で言われて、ロロは口を閉ざす。――半分くらい本気だったのだが。

(でも――そうね。"神"などいるわけがない。私が何度も執拗に命を狙われるのがその証拠。――神など存在しないという前提で考えましょう)

 本当にクルサールが神の声を聞いて神から賜った力として光魔法を行使しているなら、それはペテンとは言えない。ミレニアを執拗に狙う必要はないのだ。

「クルサール殿が使っていた"神の御業"とやらは、結局、光魔法なのよね?」

「はい。……前回の貴女は、そう確信していました」

「ということは、神の御業を使うたびに浮かぶ紋様というのは、つまり、光魔法を行使すると浮かぶということ……?」

「そうなりますね……魔法を使うと身体に紋様が浮き出るなど、地水火風の魔法では聞いたことは無いですが」

「そこは考えないでおきましょう。何せ、未知の魔法属性なのよ。地水火風の魔法と何もかも同じとは思わないほうが良いでしょう」

 むむむ……とミレニアは考え込む。

「でも、仮に光魔法を行使すると浮かぶ紋様だったとして――どうしてそれが、私の身体に……?」

 眉を寄せて考え込むミレニアに、ロロも視線を伏せる。

「一番考えられるのは、お嬢様も光の魔法使いだった、という可能性ですが――」

「そんなことありえるかしら?だって、未知の属性とはいえ、遺伝で<贄>の候補が生まれる以上、魔法属性の継承については光魔法も他の魔法属性と同じなのよ?私のお父様は水で、お母様は無属性だった。ならば私は、水属性か無属性になる訳で――」

 ふと、ミレニアが口を閉ざす。

 母は、エラムイドの代表者の一族だったことを思い出したのだ。


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