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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第八章

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135/183

135、もう一度④

「本当かどうか、確かめさせろ」

「――はぁ……?」

 つい、うっかり。

 ――心の声が、そのまま声に出た。

 これ以上なく剣呑なまなざしを目の前の男にぶつける。

「おっしゃっている意味が分かりません」

「そのままの意味だ。――本当に眠っているかどうか、テントの中に入って確認する」

「……正気ですか……?」

 ぐっと拳を握り込む。もはや遠慮なく、殺気に近い怒りを込めた眼光でヒュードを睨み据えた。

「何がおかしい?我らは血縁者だ。寝室を自由に行き来したとて、可笑しくはあるまい」

「……主は、先日十五を迎えました。立派な成人女性です。いくら家族とはいえ、その寝所に、同じく成人した男性である貴方が、無遠慮に踏み入ると、そうおっしゃっているのですか……?」

(ぶっ殺すぞ貴様)

 うっかり喉から飛び出しそうになった言葉を、理性がギリギリで引き留めて喉の奥へと押しやる。

「奴隷の分際で、口が回る男だな。どけと言っているのがわからないか」

「……俺は、奴隷である前に、姫の専属護衛です。御身をお守りする任を負っています」

「なおのこと、問題あるまい。まさか俺が、このヒュードが、血縁でもあるあの小娘の命を脅かす、とでも?」

 確かに、命を脅かすことはないかもしれない。――貞操は脅かすだろうが。

(なんだこいつ、まさか童貞か……?どれだけ女に飢えているんだ)

 新帝国の皇子となるであろう男に、失礼極まりないことを頭で考えて、眦を強く吊り上げる。

「何を言われても、こんな夜分に、淑女の寝所を暴く男を入れるわけには――」

「わからん男だな。――お前に拒否権などない」

 すっと手を上げてロロの言葉を制す。闇の中で良く見えないが、その手には、何かが握られているようだった。

「合図をすれば、俺の部下たちが一斉に駆けつける。いくら腕っぷしに自信があるとはいえ、生粋の帝国軍人を相手に、お前がどこまで耐えれるかな?」

 手の中にあるのは、部下への合図をするための何かなのかもしれない。

 ロロは、今度こそ遠慮なく、鋭くヒュードを睨み据えた。

「お前が許可しようと拒否しようと、関係ない。お前も、無意味に袋叩きにされたいわけではないだろう?」

 ギリッ……と噛みしめた奥歯が音を立てる。

 軍人たちに袋叩きにされること自体はどうでもいい。もしもそれでミレニアを諦めてくれるというなら無抵抗で殴られてやる。そうでないなら、全員返り討ちにして叩き伏せるまでだ。

 だが――指揮官たるヒュードは、部下がロロを袋叩きにしている間、悠長にそれを眺めて待っていてはくれないだろう。その隙に、さっさとテントの中に入って、ことを済ませるだけだ。

(どうする……どうする……)

 もういっそ、目の前の男を今すぐ殺したい衝動に駆られながら、必死に頭を回転させる。

「……わかりました」

「ふん……物分かりがいいやつは嫌いじゃない」

 呻くようにうなずいたロロを前に、満足そうに鼻を鳴らして、ヒュードはロロを見下す。

「……ですが、姫は、本当にご就寝中です」

「ん……?」

「中に入っていただければわかります。――本当に、辛く苦しい逃亡劇の末、懇々と眠ってしまわれたのです。声を掛けようが揺さぶろうが、きっと明日までぐっすりと寝入ってしまい、目を覚ますことはないでしょう」

「何……?」

 もはや、切り抜けるにはこれしかなかった。

淑女(レディ)の寝所に男が踏み入るなど、正気の沙汰とは思えませんが――どうしてもそれを、その目で確かめたいというのならば、俺も同行いたします」

「何だと……!?」

「……何か、問題が?――眠っているかどうかを確認するだけとおっしゃったのは、貴方だ」

 ギッと真正面からヒュードを眼光鋭く睨み据えて、一歩も引かぬ、という意思表示をする。

「……貴様こそ、正気か……?」

「おっしゃっている意味が分かりません」

 ヒュードの思惑など、口に出されずとも同じ男ならわかるだろう。しかし、ロロはあくまで相手の主張に付き合って突っぱねる。

 もしもこれで、ミレニアを犯すつもりだからついてくるなと命令するなら、護衛兵としてそれは看過できない、と全力で入り口を死守してヒュードを相手取って戦うまでだ。

(合図をすれば来る、というのも、ハッタリの可能性が高い。笛のような音が出るものであれば、目当ての部下以外の軍人たちも呼び寄せ、大騒ぎになる。目視できるような合図は、この闇夜では意味を成さない。それなら、合図を目に出来る位置まで、部下たちの気配が近づいているはずだ。――ハッタリなら、何とかなる。仮に他の軍人すら巻き込むような大きな合図をされたとて、全員が集まってくるまでに時間があるなら、その前にコイツだけでも叩きのめして、あとは入り口を死守するだけでいい)

 周囲を警戒するも、傍に軍人たちが息をひそめて待機している気配はない。おそらく、”前回”と同じく、どこかのテントに集まって今頃下卑た会話で期待に股間を膨らませているのが関の山だ。

 しばし、静かな睨み合いが続き――

「いいだろう。そこまで奴隷に言われては、俺も引けん。ついてこい」

 チッと大きく舌打ちを残して、ヒュードは肩で風を切ってテントの入口へと向かう。

(正気か、こいつ……どこまで小者なんだ)

 よほど部下たちに大口を叩いてここまで来たのか。引くに引けない様子になった男を前に、ロロは唾を吐きたくなる気持ちをぐっとこらえる。

 どうりで”前回”、ヒュードを殴って追い返した後にあんなにも執拗に追い回されたわけだ。この小者にとって、部下に祭り上げられるというのは、何よりも重要な事らしい。たとえそれが、虚構に塗れた神輿であったとしても、だ。

 バサッと乱暴にテントの入り口を翻し、ヒュードが中に入る。当然のことながら中は真っ暗で、ミレニアは寝具の中で息をひそめてじっとしているようだった。

(外のやり取りは姫にも聞こえていただろう。俺の意図を察して、最後まで狸寝入りを決め込んでくれるはずだ)

 ヒュードはずかずかと大股で無遠慮にテントの中を進む。中央付近に寝ているミレニアのところまでたどり着くと、じっと闇の中で目を凝らしているようだった。

「……ご覧の通り、ご就寝中です。これで気が済んだでしょう。お帰り下さい」

 まさか、ロロがいる前でコトに及ぶわけにもいくまい。仮に及ぼうとしても、全力で止める。

(第一、眠り込んで意識を失っているも等しい反応のない女を抱くことに興奮するなんていう、酔狂な嗜好性の持ち主なら厄介だが、この男の小さなプライドを思えば、そんな女では満足できないだろう)

 部下との関係性を見ても、常に自分が優位であると思えないと我慢がならない男だ。それを思えば、自分を無視するような無反応な女に興味は示すまい。嫌がって泣く女を力で屈服させるか、喜んで自分を褒めたたえてくれる女を抱くことに快楽を見出す男だろう。

 ミレニアは、じっと横向きの状態で顔を俯けるようにしながら、固く瞳を閉じて吐息を殺している。早くこの悪夢のような時間が過ぎ去ってくれと一心に祈っていることだろう。

「確かに、眠っているようだ」

「はい。ですから――」

 苛立ちを露わに、もう一度退室を促そうとして――

 ひゅっ

「――!?」

 無造作に、予備動作もなく振り上げられた足に、一瞬目を見張る。

 ヒュードは、振り上げた足を、躊躇うことなく眠っている少女の腹へとめり込ませた。

 ゴッ

「っ――!ガハッ……!」

 ゴツい軍靴の爪先が容赦なく華奢な身体にめり込み、小柄なミレニアは簡単にテントの中を吹き飛ばされる。ゴロゴロと地面を転がったのち、辛そうに咳き込む音が聞こえた。

「姫っっ!」

「これで起きただろう。――俺のテントへ連れていく。文句はないな」

 身体を折るようにして地面に向かって咳き込む少女の腕をぐいっと乱暴につかんで、無理矢理に引き上げた。

「ふざけるな!貴様――!」

 思わず胸倉へと掴みかかると、闇夜に紛れる漆黒の瞳が、ロロを侮蔑のまなざしで見返した。

「どうする?俺を殴るのか?――この、ゴーティスの嫡男ヒュードを?」

「っ……!」

 一瞬、脳裏に”前回”の記憶が蘇る。

 反射的に、怒りに任せてこの男に殴り掛かり、結果、ヒュードは大勢の軍人を引き連れてロロとミレニアに報復することを選んだ。

 今、ここで力任せにヒュードを殴れば、きっと同じ未来が待っている。

「離せ、奴隷。貴様のような肥溜めの住人と、同じ空気を吸っていると思うだけで不愉快だ。今すぐ視界から消え失せろ」

 ペッ……と胸倉をつかみ目の前に迫ったロロに唾を吐きかける。

「ろ……ロロ……」

 咳き込んで荒くなった息の合間から、震える声音が呼ぶ声がする。

 ヒュードは力任せにロロに掴まれていた腕を振り払う。

 一瞬、抵抗すべきか悩み――脳裏に、首から上だけになったミレニアの死に顔が浮かんで、パッ……とロロは手を離した。

「ふん。そうだ、それでいい。――なぁに、命を奪ったりはしないさ。貴重な我が血統を残す一助となってもらうだけでな」

「ぁ――……」

 下卑た笑と共にミレニアを引きずるようにしてヒュードが歩き出す。

 ミレニアは、大きな翡翠の瞳を恐怖に揺らした後――ぐっと何かを堪えるように息を飲み、うつむいた。

 そのまま、だらん……と身体から力を抜く。

 それは、『諦め』の表情だった。

 ここで抵抗しても、しなくても、ミレニアが男たちに慰み者にされる運命は、遅いか早いかだけで変わらないだろう。

 きっと、ミレニアが泣きながら抵抗したら――ロロは、何があっても助けてくれるはずだ。

 しかし、その先に待つのは、旧帝国貴族たちによるロロへの惨い報復だ。

 奴隷を罰するのに、正当な理由などいらない。ただ、むしゃくしゃしたから――それだけを理由に、このキャンプにいる軍人たちが全員で一人を袋叩きにしたとしても、誰も咎める者はいない。

 ヒュードにロロが抵抗してもしなくても、ミレニアが男たちの慰み者になる運命が変わらないのなら――せめて、誰も傷つかない未来がいい。

 ――大切な大切な、宝石のような宝物を、傷つけられない、未来がいい。

「行くぞ」

 ご満悦の表情で、ミレニアの腕を力任せに引っ張り、ヒュードはテントの入口へと足を向ける。

 ミレニアは、せめて決して泣いたりしないようにと、奥歯をぐっと噛みしめて――


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