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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第八章

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134、もう一度③

 テントの隅に控えて、持ってきた荷を解くミレニアをじっと眺める。いつも雪のように白い少女の美しい顔は、今は恐怖に青ざめていて、気を抜けばすぐに震えだしそうなほどだった。

 痛ましげに眉をひそめた後、ロロはそっと口を開く。

「基本的に、何があってもお傍を離れませんが――もしも、俺の隙をついて何か、御身を脅かすような事態に巻き込まれたときは、全力で叫んでください」

「え……?」

「貴女が、泣きながら『助けて』と叫ぶ声を無視することなど、俺には絶対に出来ない。たとえ、貴女を脅かしている相手がヒュードでも、ゴーティスでも――何があっても、必ず駆けつけて、お守りします。……嘘はつきません」

 ミレニアは、困惑するようにロロを見上げる。そんなことを疑ったことは一度もないのに、この男はいったい何を言っているのか。

「貴女の身に危険が迫っているときは勿論――恐怖に怯えているときも、哀しみに沈んでいるときも。貴女が許して下さる限り、どんな時も、お傍にいます。……俺のことを、その首元の”お守り”と同じだと言ってくださったのは貴女だ。例え世界を敵に回すことになろうと――この世を火の海に沈め、罪のない人々を恐怖と混乱の渦に叩き落すことになろうとも――俺は、絶対に、貴女を見捨てることだけは出来ない」

 紅玉の瞳が、何かの感情に揺らいたかと思うと、そっとシルバーグレーの長い睫毛に隠され、伏せられる。

「どうしたの……?私、お前の忠義を疑ったことなどないわ」

「……そうでしょうか。――それなら、良いのですが」

 ロロの脳裏に浮かぶのは、”前回”の記憶。

 助けに来るのが遅れたことを『嘘つき』と責め立てられ、お前は首飾りと違ってどうせ最後には自分を見捨てるんだろうと詰られた。

 それは、もう何回も彼女を守り切れずに、尊い命を惨たらしく散らせてしまっている記憶があるロロにとって、これ以上なく堪えた言葉。

「ロロ。――ルロシーク。……こちらへ来て頂戴」

「はい」

 珍しく名前で呼ばれ、素直に頷き、傍へと近寄る。

 膝をついて少女の前に控えると、ミレニアはそっと、白く嫋やかな手を伸ばした。

「こちらを見て。――そう。いつものように、瞳を見せて」

「――…はい」

 消えない奴隷紋を包むように手が添えられ、促すように顔を上げられる。ロロは、言われた通りにミレニアの翡翠の瞳を見つめた。

 もう、何度、こうして互いの瞳を覗き込んだことだろう。

「何度見ても、お前の瞳は美しいわ。これを毎日覗き込むのが、私の幸せ」

「……はい……」

「お前の瞳なら、どんな光を宿しているときも大好きだけれど――でも、あまり、思い詰めたような光を宿しているところは見たくないわ」

「――――……」

 す……と思わず視線を伏せる。

「ねぇ、ロロ。お前、やはりずっと、何か隠しているでしょう」

「……そんなことは――……」

「駄目よ。……お前の瞳は正直なんだもの。すぐにわかるわ。一体今まで、どれだけの時間、この瞳を眺めていたと思っているの?」

 クスクス、と茶化すように言いながら、ミレニアは左下に伏せられた瞳を覗き込むように顔を傾けた。

 美しい翡翠が、下からまっすぐにロロの紅玉を見上げる。

「ねぇロロ。――今、私が生きているのは、お前のためだわ」

「……?」

「クルサール殿に裏切られ、ゴーティスお兄様には冷遇され、ヒュード殿には下品な目を向けられて、私が守ろうとした民たちは、私の死を望んでいる。正直、この首を差し出して丸く収まることがあるなら、それでもいいと思うのは事実なのだけれど」

「それはっ――!」

 ロロが焦ったように声を上げる。

 ミレニアは軽く手を上げてそれを制した。

「でも、そんな私が、こんなにも惨めな扱いと将来の不幸を確約されたような環境でも、生きていかねばと思うのは――お前が、いるからだわ」

「な――……」

 ミレニアの口の端に、笑みが宿る。

 「仕方ないわね」と言って笑って見せるときの、見慣れた笑み。

「だって、お前、私が死んだりしたら、後を追って死にかねないんだもの」

「――当たり前です」

「もう……」

 当然のように下僕根性を丸出しにするロロに、ミレニアは苦笑を深める。

「だから、私は死なないわ。どんなに惨めでも、一生懸命に生きてあげる。――私、お前を死なせるなんて、絶対に嫌なの」

「……俺は、貴女の盾です。貴女のために死ぬのは、最高の誉です」

「あら、駄目よ。言ったでしょう?――お前は私の物なんだもの。大事な大事な宝物よ。本当は、傷一つ付けたくないんだから」

 クスクス、と笑いながら、大事なものを撫でるように優しく頬を撫でられる。

 ぐっ……と灼熱が喉の奥までこみ上げ、苦い気持ちで飲み下した。

 ――愛しい。

 ――――愛しい。

「捨て置いてください。こんな奴隷など、物のように便利に扱って、ぼろ雑巾のように捨てればいい」

「駄目よ。物は物でも、盾なんかじゃないわ。例えるならば、お前は宝石。大切に大切に取り扱って、いつも一番傍に置いて身に着けて、世の中の皆に見せびらかすのよ。――いいでしょう?これ、私の物なのよ?誰にもあげないわ、と言って、胸を張るの。生涯ずっと――例えお前が嫌だといっても、離してなんかやらないんだから」

「っ――……」

 込み上がってきた熱が、解放される先を求めて暴れ狂う。

 被虐趣味だと嗤われてもいい。

 ミレニアが、生にしがみつき――そして、ロロに執着してくれている。

 どんな時も『我儘』を言わない少女が、決して誰にも渡すつもりはないと、生涯傍に置くつもりなのだと言って、あの時叶えてやれなかった『我儘』を再び口にしてくれているときが、ロロにとっては何よりの幸せだ。

「だから、お前と私は一蓮托生。何か、思い悩んでいることがあるなら――キャッ……!?」

 もう、堪えることは出来なかった。

 頬に添えられていた手を取って引き寄せ、胸の中に閉じ込める。

「ろ――ロロっ――!?」

「っ……姫っ――……!」

 力一杯に小柄な体を抱きすくめ、はぁっ……と熱い息を吐く。

 ――失えない。

 もう、絶対に――この少女を、失えない。

「必ず――必ず、生き残って下さい……!」

「えっ……えっ……!?」

 突然逞しい身体に抱き寄せられて、ミレニアは白い肌を耳まで真っ赤に染め上げながら混乱したように声を上げる。

「今度こそ――必ず、俺を……独りで置いて行かないと、約束してください……」

「ロロ……?」

 隣に並ぶことも、名前を呼ぶことすら出来ない、至上の存在。

 そんな彼女を愛してしまったロロに出来るのは――ただ、傍にいることだけ。

 世界中の誰が敵になったとしても、一番傍で、彼女を守ることだけだ。

「お前――本当に、一体、何を――」

 どうにも様子がおかしい護衛兵に、ミレニアが怪訝な顔で問いかけを発しかけたその時――

「――!」

 サッとロロの視線が険しくなり、ミレニアの身体を引き離す。

 そのまますぐに立ち上がり、入り口へと鋭い視線を投げた。

「ろ、ロロ……?」

「……誰か、来ます」

「えっ……!?」

「――俺が出ます。姫は、寝具の中で、寝たふりをしていてください」

「わ、わかったわ」

 緊張した面持ちで頷き、ミレニアが寝具に入るのを見届けてから、ロロは静かにテントの外に出る。

 ほどなく、夜の闇に紛れるようにして、見知った顔に下卑た笑いを浮かべた、世界で殺したい男ランキング暫定一位のヒュードが姿を現した。

「いつまで経ってもやってこないから、直々に様子を見に来てやったぞ。あの小娘は何をしている?」

「……昨夜から、命からがらの逃亡劇を繰り返したため、お疲れだったのか、身体を清めた後、気を失うようにして眠りに就かれました。来訪は、明日以降にしていただけないでしょうか」

(どうせ、取り巻きたちに、姫を抱かせてやると豪語して色めき立たせた手前、後に引けずにちっぽけな見栄を張りたくて来たんだろうが――生憎、お前のクソみたいな自尊心のために姫を差し出すわけにはいかない)

 既にランキングで何十年も殿堂入りしているクルサールを除いて、”前回”の記憶を引き継いだ瞬間からぶっちぎりで一位を独走しているヒュードを静かに睨む。この闇夜であれば、多少目つきが悪くなったところで咎められることはないだろう。

「本当に寝ているのか?」

「はい」

 訝しむような顔で問いかけるヒュードに、しゃあしゃあと答える。気を抜けばすぐに眉間に皺が寄り、不機嫌を露わにするのを抑えるのが難しい。

「嘘ではないだろうな?」

「まさか。……どうしてそんな嘘を吐く必要がありますか」

 言葉に棘が混ざらないように気を付けながら応対しつつ、頭の中では別のことを考える。

(このまま、闇夜に紛れて、こいつを殺したらどうなる……?事故死か、クルサールの勢力に殺害されたと見せかけて――)

 『運命』の強制力が手強いことは、何回も繰り返した時間軸のおかげで身に染みている。今晩を凌ぐことが出来ても、これから先、ミレニアはヒュードやここの男たちに身体を求められ、暴かれる危険はついて回るだろう。

 四六時中離れないと心に決めているが、一瞬の隙をついて『運命』が繰り返されないとも限らない。それならば、とりあえずの元凶であるヒュードを始末出来れば、ヒュードが指揮する男たちに就け狙われるという事態は防げるかもしれない。

(いや……駄目だ。こいつが死体で見つかれば、ゴーティスが黙っていない。愚かな息子だと理解はしているだろうが、腐っても嫡男であることに変わりはないんだ。まして、今や数少なくなった、混じり気のない血統を引き継ぐ皇族の直系――こいつが死んだときにゴーティスがどんなに激怒するか、考えるだけで面倒だ)

 直情型のゴーティスが激怒すれば、ミレニアへのあたりが強くなる可能性は大いにある。トップが雑に扱う女を大事に扱う部下はいない。結局、第二のヒュードのような人間が出てきて、男たちの慰み者になるだけだろう。――そして、怒り狂っているゴーティスは、それを見ても咎めたりはしないはずだ。

(コイツを殺すことは出来ない……とりあえず、小さな自尊心を満たしてやりながら、姫の傍に近寄らせないように追い払って――)

 静かに考え事をしていると、ヒュードはとんでもないことを言い出した。


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