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紅い瞳の奴隷騎士は、少女のために命を捧ぐ  作者: 神崎右京
第八章

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130/183

130、もう一度①

 高温多湿の森の中を進みながら、ロロは頭を回転させる。

(ここまでは、いつも通りの予定調和――特に問題はなかった。問題は、この後、イラグエナムの勢力と合流した後だ……)

 ぐっと我知らず拳を握り締める。

 何も策を講じなければ、前回の記憶をたどるだけだろう。

(ヒュードとかいうクソ野郎が夜這いに来るのを止める――?いや、何を言ったところであいつはやってくるだろう。権力を振りかざし、嫌なら出て行けと言って、無理矢理に姫のテントを暴きに来る)

 口の中で小さく舌打ちして、頭を回転させる。あの時の記憶は、本当に胸糞が悪い。

 泣き叫ぶミレニアの上に馬乗りになっていた光景を思い出すだけで、魔力暴走を起こしかねないほどの苛立ちが沸き起こる。叶うことなら、次にヒュードの顔を見た瞬間に問答無用で殴りかかりたい。

(姫の傍から離れるのはもはや論外だ。「一人にしてくれ」と言われても決してそばを離れてはいけない。どんなに強く言われても、姫をテントの中に入れて、入り口で待機するのが最大限の譲歩だ。そうすれば、ヒュードはもちろん、それ以外の男たちが無理やり夜這いに来るとしても門前払いを――)

 そこまで考えて、頭を振る。

 意味はない。――ロロは、彼らに実力行使が出来ないのだ。

 実力行使をした瞬間、相手は踵を返して仲間を呼び集め、あの”直前”の記憶と同じ展開が繰り返される。

 とはいえ、問答をして彼らが大人しく引き下がってくれるとも思えない。

 途方に暮れて、ロロはぎゅっと眉間に皺を寄せた。

「ねぇロロ――」

(かといって、今、イラグエナム勢力以外で頼る先はない……かつての紅玉宮の従者も、当然クルサールの勢力も論外だ。運命の強制力が働く以上、二人きりで行動し続けても限界がある。俺一人では守り切れない場面が絶対に出る。誰か、味方を作らねば――)

「ロロ――ロロってば――」

(いっそ、キャンプに赴いた途端に誰か位の高い将官の嫁にしてもらうことをゴーティスに進言するか……?そうすれば、姫は『上官の女』になって、少なくとも下っ端の連中は手出しが出来なくなる――)

「ロロ――ルロシーク!」

「!」

 名前を呼ばれ、ハッと我に返る。

 むぃっとミレニアが背伸びをしながらロロの眉間を押した。

「ひ――……お嬢様?」

「もうっ……ずーっと難しい顔をしてばかりで、何度呼びかけても答えてくれないんだもの」

 軽く唇を尖らせて、面白くなさそうな顔でぼやく。ぐいぐいと眉間を押されているのは、どうやら、皺を伸ばせ、と言いたいらしい。

「……申し訳ありません。考え事をしていました」

「顔を見ればわかるわよ、それくらい」

 ぷくっとミレニアがむくれる。

 少女の怒る顔すら愛しくて、ふ、と一瞬ロロの視線が緩んだ。

 ――生きている。

 ミレニアが生きて、息をして、鼓動を響かせている。

「それで?何を考えていたの?」

「いえ……大したことでは……」

「もう、そればっかり!この一日で、お前がとても優秀なのはよくわかったし、お前が元々寡黙な男だというのは知っているけれど、もっと色々と話してくれてもいいでしょう?」

「…………」

 ロロは困って視線を左下へと伏せる。

 言ったところで、信じてもらえるはずがない。

 これが、もう数えられないくらい繰り返した人生のうちの一回で――何もしなければ、この後少女はヒュードに力の限りに犯されそうになり、挙句の果てに殺されるのだ、などと。

「こう見えても私、とても優秀なのよ?女帝にだってなれると言われていたのだから」

 ふふん、と敢えておどけるように胸を張るミレニアに、ふ、と微かな笑いが漏れる。

「――知っています。貴女は、とても優秀だ」

 きっと、ロロが何度も人生を繰り返すたびに、記憶の継承がなくても魂に刻まれた何かがあるように――ミレニアも、無意識に、何かを刻んで生きているのだろう。

 初めて見る書物の内容を一回で暗記してしまえるのは、きっと、何度も何度も人生を繰り返して、嫌になるくらいその本を読んでいるせいだ。

 本人にその自覚がなくても、彼女は十五歳の肉体の中に、魂に刻まれた何十年の記憶があるはずなのだから。

「では、その優秀な恋人を、もっと頼ってくれても良いのではなくて?」

「恋び――……」

 一瞬、何の話かわからず、驚いて瞬きを繰り返す。

 化粧で褐色に染められた肌をした少女は、ちょい、と身に纏っている民族衣装の袖を引っ張るようにして、何やら誇らしげな表情で胸を張っている。

(――あぁ……そういえば、そんな設定で関所を抜けたんだったな)

 西に住む少数民族たちは、領土を持たず、時期に合わせて家族単位での移動を繰り返す流浪の民だ。身分制度は存在せず、上下関係も存在しない。

 関所でそんなに根掘り葉掘り聞かれる心配はないから妙な設定など必要ない、と告げたのだが、なぜだかこの時間軸のミレニアは、「万が一に備えるのよ!」と声高に主張したのだ。

 万が一に備えるというのであれば、頑なに拒否することも無いだろう。事実、そんな設定など無くとも問題なく関所を超えられた経験はあるが、この時間軸で、何かの分岐を間違えてしまい、予期せぬトラブルが起きる可能性はゼロではない。

 そのため仕方なく、ミレニアとロロの関係を、結婚を控えた恋人同士で、婚礼の儀に必要な物を買い付けに帝都に来たら革命騒動に巻き込まれた哀れな二人、ということにしたのだ。

 確かにこの設定のおかげで、いくつかの問答でも不審を抱かれずにすんなり通れたのは事実だったが――

(全く……相変わらずこの方は、人の気持ちも知らないで)

 ロロが、一体何年ミレニアに報われぬ片想いをしているか、彼女は知る由もないだろう。"最初"の時間軸から考えれば、ロロはもう何十年も、想いを秘め続けている。

 星空の下で、ミレニアにデビュタントのダンスを初めて請われたのは、何度目の時間軸だったか。もはや覚えていないが――どうしても想いを堪え切れずに、その夜に眠る少女に口付けをしたのは、前回の時間軸が初めてだったのは覚えている。

「……ゴーティス殿下らの勢力と合流した後のことを考えていました」

「む。……あっさり流したわね……」

 ミレニアの戯言に付き合わなかったことが面白くないのか、ミレニアは軽く口をとがらせる。いつもの抜けるように白い肌とは違う、褐色の頬がふっくらとむくれていた。

 その愛らしい頬を紅い瞳でじぃっと見つめてから、ぽつり、とロロは口を開く。

「――……化粧を」

「え?」

「……どこかで、その化粧を落としてから行きましょうか」

「……へ??」

 唐突な話題転換に、ミレニアはぱちぱち、と大きな目を瞬いてロロを見上げた。漆黒の長い睫毛が風を送るのを見ながら、ロロは静かに口を開く。

「その恰好は――あまり、よくない」

「……ど……どうして……?」

 ひくっ……とミレニアの頬が引き攣る。翡翠の瞳が、不安そうに揺れた。

「に……似合わない……?」

「は――?」

 か細い声が、震えている。

 言葉の意味が分からず、ロロは数度瞳を瞬いてミレニアを見返した。

「どんなに肌を塗ったとしても、瞳の色が、変なのかしら……それとも、元の肌の色が白いから、どれだけお化粧を重ねても、天然の肌と比べれば違和感があるの……?」

「お嬢様……?」

「やっぱり……ラウラのような、生まれつき美しい肌には、叶わない……?」

 ぱちぱち

 ぎゅっと手を握り込むようにしてうつむいてしまった少女をロロは怪訝なものを見るようにして眺める。

 ――どうしてここで、唐突にラウラの名前が出て来るのかわからない。

「何をおっしゃっているのかわかりませんが――似合うとか似合わないとかの話ではありません。その化粧のまま、今のナーバスな状態のゴーティス殿下に逢いに行けば、彼は『肌の色を偽ってまで仲間になろうとすり寄ってきたのか』と難癖をつけるでしょう。反対に、今までは肌の色が異なるからと貴女を奇異の物を見るように眺めていた者たち――ヒュードや、その取り巻きの若い軍人など――は、帝国の女のようだ、と言って好奇のまなざしを向けるようになる。――命ではなく、操を狙われてはたまらない」

 ついうっかり、ヒュードにだけ敬称を付けるのを忘れた気がするが、構わない。――あんな男に敬語を使うことすら吐き気がする。

「そう……お前は、沢山いろいろなことを考えているのね」

「……お嬢様?」

 先ほどまでの、ロロを茶化していたような声の張りがない。うつむいて瞼を伏せてしまった主に問いかけるとぎゅっとミレニアは自分の手を握り込んだ。

「昔から――私を嫌う人は、皆、この肌を気味が悪い色だと蔑んでいたわ。これを美しいと言ってくださったのは、亡くなったお父様くらい――……」

「?」

 寂しそうな声音に、眉根を寄せる。――少女が何を言いたいのか、よくわからない。

「ろ、ロロっ……」

「はい」

「も、もう少しだけっ……もう少しだけ、お兄様の元へ行くのを、遅らせられはしないかしら」

「……はい……?」

「お願い、ちゃんと、必ず夜までには行くと約束するからっ……もう少しだけ――」

 きゅっとロロの黒衣の袖をつかんで、少し泣きそうな顔で訴えられ、困惑する。

「……どこに、クルサールの勢力が潜んでいるかわかりません。ザナド殿下が身代わりになったことで、ゴーティス殿下が生きていることはそうやすやすと露見しないでしょうが、ヒュードをはじめとする旧帝国貴族が亡命しようとしていることは既に情報として伝わっているでしょう。貴女を探すようにして、きっと、手配が回っている。慣れない地理の中、二人でいるよりも、早く保護してもらう方が安全です」

 ”直前”の記憶で、この森の中、ミレニアを一人にしてしまった隙に、クルサールの勢力に彼女が捕らわれたことを思い出し、正論で少女を諭す。

「そ……そう……わ、わかった、わ……我儘を言ってごめんなさい……」

 ロロの言葉に、ふっと力なく従順に頷き、するり、とミレニアの手から力が抜けた。

 ドクン……

『だから、私にはもう――我儘を言う資格は、残されていないのだけれど』

 もう、ずいぶんと遠くなった記憶の淵で、少女が囁く声がする。

『もしも、一つだけ――あと一つだけ、我儘が許されるなら――』

 パシッ……

「――泉、まで」

「ぇ……?」

 力が抜けたミレニアの手を引き留めるように掴み、ロロは口を開いた。

「……近くに、泉が、あります。化粧を落としてから、行きましょう。少し――遠回りに、なります、が……」

「ロロ――……」

 それは、過保護なくせに酷く口下手な護衛兵が、精一杯の譲歩を示してくれた証だった。ミレニアの瞳が、きらりと嬉しそうに輝く。

「ありがとう」

 ふわり、と嬉しそうにミレニアの頬が緩み、蕩けるような極上の笑みを浮かべた。

 駆け出しそうになる心臓をなだめ、咄嗟に掴んでしまった手を離す。

 ――あまり、良くない傾向だ。

 また――惹かれていく。

 彼女を愛して、愛して、誰より愛して――彼女を失って、それをどうしても受け入れられなくて。

 もう、この時間軸以上に彼女を愛すことはないだろうと――いつも、いつも、同じことを思う。

 それなのに――いつも、いつも、新しい時間軸で、彼女に出逢い、惹かれてしまう。

 前の時間軸よりも、早く――深く――長く。

(想いを堪え切れずに眠る彼女に口付けてしまうくらいに――……)

 前回、記憶が戻った時――あんなことをするのはこの時間軸での一回きりだと思っていた。

 地を這う虫けらが、女神に恋をするなど、分不相応にも程がある。その清廉潔白な身を穢すようなことをするなど、正気の沙汰ではないと思った。記憶が戻ってから、あの時はどうかしていた、と本気で思った。よっぽど変なところで”分岐”の選択を誤ったのだと――あんなイレギュラーはこれっきりだと、思っていた。

 それなのに――また、この時間軸でも、堪え切れなくなって、同じように口付けた。

(惹かれれば惹かれるだけ、辛くなる。――最期の時が、辛くなる)

 失えない。失いたくない。その気持ちだけが、強く強くなっていく。

 もうこんな不毛なループは、早く終わらせたいと思っているのに――いざ失うと、止まれない。気が狂いそうになりながら、わかっているくせに、また、修羅の道を選んでしまう。

 何度も恋に落ち、自覚する度に報われるはずもないその気持ちを飲み込んで、押し殺して、はや数十年――魔物の言葉を借りるならば、その気持ちはもう、魂に深く刻まれてしまった感情なのだろう。

 一度出逢ってしまえば、もう、惹かれることを止められない。

(もし、もう一度やり直すなら――今度こそ)

 少女と出逢わない運命を辿りたい――


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