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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第15章:第三皇子

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96話:君がいいのに

 フィルクは淡々とただ事実のみを語っていった。玉座の間で思い起こした感情や、自分の身体に流れる冥界の女神の呪いとも言える加護、メリヤナへの想いは一切語らなかった。


 事実のみを時系列に沿って、史実を述べるように話した。

 つまらない歴史の講義でもしているような気分でフィルクは語ったが、メリヤナは終始真面目な顔で肯きながら、時折質問も交えながら、最後まで聞き続けた。


 中天にあったはずの太陽はいつの間にか西陽(にしび)に傾いていて、部屋全体が黄褐色になっていた。

 話を終えると、静寂に部屋全体が沈んでいくようだった。沈黙が広がる。



「——……ありがとう、話してくれて」



 どれくらい時間が経ったのかわからない。陽が水平線に入り込んでいくところだった。


 メリヤナがぽつりと言った。部屋が薄暗くて表情が見えなかった。

 フィルクは立ち上がって、灯燭(とうしょく)角灯(かくとう)に明かりを灯す。ぼんやりと部屋が明るくなった。


「面白くない話だっただろ」


 長椅子に戻って、苦笑しながら言うと、メリヤナはふるふると首を振った。

 頭が下がっていて、明かりを灯しても、顔が見えない。


「どうした、リヤ?」


 気分を害してしまっただろうか、と不安になる。自分でもつまらない面白くないくだらない人生だと思っている。それを語ったところで、聞く側にとっては、ただ不快な感情しか湧いてこないのも想像ができた。

 あたたかな家庭で過ごしてきたメリヤナには酷過ぎたかもしれない、と思って、メリヤナの隣に腰かけなおす。


 肩にふれると、小さく震えているようだった。


「……リヤ? 大丈夫? 具合悪い?」


 長旅だったから、疲れで悪寒でもしてきたのであろうか。

 フィルクは卓のうえから、呼び鈴を取ろうとする。手を伸ばしたところで、メリヤナに止められた。


「——ちがうの、ごめんなさい。ごめんなさい……っ、わたしがただ処理できなくて」


 声も震えていた。

 いよいよ心配になって、顔を覗き込むと、目尻に涙を浮かべて懸命にこらえているようだった。


 驚く。


 泣かすつもりは毛頭ない。そのために、淡々と喋ったのだ。

 フィルクはメリヤナの涙に弱い。どうしてあげればいいのかわからなくなる。ただ、抱きしめてあげるしか、思いつかなくなる。そんな(よこしま)な想いしか出なくなってしまう。


「リヤ……」

「……これはちがうの。わたしが、ただあなたに……」

「同情してる?」


 なんとなくメリヤナの今の状況がわかった。

 フィルクに起きたできごとに同情をしてくれているのだろう。同情して、涙を流そうとしてくれているのだ。素直に感じたものを表現しているのだ。


 そう思って言えば、首を振られた。明確に否定される。


「ちがうの。そうじゃないの……っ。わたしに同情をする資格なんてない。これはあなたに起きたできごとで、わたしのものではないの……っ。それはあなたに、あまりにも失礼だわ」


 失礼、という言葉を自分のなかで反芻する。


 自分に起きたできごとは取るに足らないつまらないものであって、気を配られるようなものではない。それは、フィルク自身がよくわかっている。

 それなのに、同情をする資格はないという。経験していないできごとを自分のことのように感じて涙するのは、経験している人間に——フィルクの気持ちをまるでわかっているようで失礼だ、と。何度か反芻して、メリヤナが言おうとしていることを理解した。


 自分でさえどうでも良いと思っていることを、感じ入ってくれているのだとわかった。


「じゃあ、どうして……?」


 同情でないのであれば、なぜメリヤナは泣いているのだろう。

 不思議な気持ちで問う。


「あなたは……っ」


 メリヤナが顔を上げた。

 空色の双眸に、自分が映った。その空色に自分だけが映る。

 空に雨が滲む。雫が雨溜まりに落ちる。降り注ぐ。フィルクが求めてやまない雨が。

 不思議だ、わからない、気になる、という気持ちに注ぎ落ちる。



「——あなたは……ただ、誰かひとり、にでもいいから……、愛されたかったのね……っ」



 ぽたんっ、と落ちるようだった。落ちて、波紋が描かれるようだった。

 はじめは小さく、それが段々と大きくなる。そうして、岸辺に辿り着く。


 そうか、と思った。


 卒然と、理解した。この虚無のようなものは、そういう種類のものなのか、と。

 愛されたかった、という言の葉が馴染むようだった。


 剣の柄が手に馴染むような、そんな感覚。

 しっくりくる、とも言えるようなそんな感覚。


 額の裏に、父に追いすがって叫んでいるばかりの母が浮かんだ。それから、母を無視する父。どちらからも顧みられない自分。シンシア。いなくなっていった使用人たち。さまざまな姿が現れては、消えていった。


 残されたのは、空隙(くうげき)に浮かぶ自分。闇との境界も曖昧になった自分。

 輪郭もわからなくなった自分に「愛されたかった」という言葉が染みて、徐々に自分の存在が浮かび上がるような感覚だった。

 自分はここにいるのだ、と足がつくようだった。


(また君は、そうやって教えてくれるのか)


 そんな顔をしながら。

 フィルクは穏やかに、メリヤナの目尻浮かぶ涙を、指で払う。


「それで君は、泣けない僕の代わりに泣いてくれてる……?」


「……うん、そうかも」


 拭っても拭っても涙を浮かべるメリヤナに、衝動のように(はげ)しい、誰にも代えがたい想いに駆られた。


 強く、掻き抱くように、その体を抱きしめる。

 自分と同じミラルを使っているはずなのに、ちがう香り。甘く、ひょっとしたら情欲を掻き立てられるような、そんなにおい。



(君が……)


 誰かひとりでもいいというなら、僕は君がいいのに。

 君さえいてくれれば。君さえ向いてくれていたら、もう何もいらないのに。



 メリヤナはさめざめと泣いていた。いつもみたいに声をあげるでもなく、静かに洗い流すように涙を流していた。





 それからややもすると、メリヤナは泣き止んでフィルクから離れた。鼻を小さくすすりながら言う。


「ごめん、せっかくの礼服汚しちゃった」


「いいよ、別に。またすぐ着るわけじゃないし。宴では別のに着替えるし」


 陽は、すっかり沈んでいた。あと一時間で、メリヤナの来訪を祝う宴の舞踏会が開催される。そろそろメリヤナも支度に入らなければいけないだろう。


「……せっかく、かっこ良かったのに」


 ぼそりとメリヤナが言う。名残惜しそうな顔で言う。


 もうやめてくれよ、と頭を抱えたくなった。

 予想できないところでフィルクの存在を認めるような言葉はやめて欲しい。どうしようもなくなってしまう。


 君だって、いつもかわいい。


 そんなふうに言えたらどれだけいいだろう。

 フィルクの理性をなんだと思っているんだ。焼け切ったものを修復しようとしているのに、塵芥(じんかい)も残さないつもりか。


「……ああ、くそっ」


 (うめ)くように言うと、メリヤナがびっくりした顔をする。


「さすがに言葉が悪すぎるわよ。あなた一応、皇子さまでしょう」

「一応ね、一応。なんかあったらすぐかなぐり捨ててやる」


 そう言って、メリヤナから離れる。

 もう一分も一緒にいてはいけなかった。一緒にいると、自分の理性の欠片がすべて粉々になってしまいそうだった。

 呼び鈴をならして、人払いを解除する。


「——じゃあ、またあとで迎えに来るから」


 フィルクはぞんざいに言うと、客室をあとにした。

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