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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。  作者: 稿 累華
第12章:とある令嬢の顛落

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78話:〈盟約の証となる報せ〉

 王妃によって、人払いのされた東宮の地下に、メリヤナはルデルと共に案内される。

 王太子宮である東宮の地下は、下働きの作業場が連なっていた。石煉瓦の通路を抜ける。抜けた先、突き当たって少し曲がると奇妙な行き止まりがあった。その先に何かがある、と言っているような不自然な行き止まりであった。


「女中たちのあいだでは、ここには生き埋めになった罪人の部屋がある、と話されているそうですよ」


 面白そうに王妃ルーリエが言う。

 ルデルはやや不満そうな顔で、


「あまり自分が住んでいる場所で、そのような噂がされるのは気持ちがいいものではありません」


その行き止まりの壁を示す。


「——よもや、皆、このようなところに、国家の大事な装置があるとは思いませんよ」


「そうですね。ある意味、噂も人払いになっておりましょう」


 ルーリエは応じて、ルデルアンを手招く。その壁に右手を置くように示す。


 メリヤナは、それからルデルの右手が置かれて起きた変化に、息を呑んだ。


 まるで壁が、ルデルを、王族の血統を、認識したように見えた。右手から、青い光が線のように煉瓦と煉瓦の隙間を縫うように走り、壁全体が生き物のようにごそごそと動き出す。動き出して、形を作っていく。

 間もなくして、入り口と下へと続く階段ができあがった。


「さあ、下りましょう」


 ルーリエに言われて、ルデルは従う。メリヤナは、一瞬遅れてから従った。唾を呑み込む。



 ——〈盟約の証となる報せ(メルディメルグ)〉を目にする時が来たのだ。



 おそらく三階分は階段を下っただろう。途中、じめじめしている足元があって滑りそうになったが、ルデルに手を取られて助けられた。


「大丈夫か?」

「は、はい」


 ルデルの顔が近い。それだけでどきどきしてしまう。

 そのまま手を引かれて下りることになった。手の大きさに奇妙な感覚を覚える。なにか違和感のようなもの。


「さあ、ここですよ」


 違和感の正体を探ろうとして、ルーリエの言葉で意識が外界に向いた。


 持ってきた角灯は、へこんだ窪地に置かれる。そうすると、その部屋全体が薄ぼんやりと見えた。


 二階分はあるかという空間の部屋だった。三段のぼった先に、四角柱の祭壇のようなものが置かれている。その祭壇から広がるようにして、四方に唐草のような線が伸び、壁を伝い、天井まで伸びていた。壁には文字が刻印されている面もあれば、真っ更な面もある。


 メリヤナが目をこらしてみると、それがエスカテ語の古代文字であると認識できた。


「この部屋全体が、〈盟約の証となる報せ(メルディメルグ)〉よ」


 ルーリエの言葉に、メリヤナは内臓が締め付けられるのを感じた。


 かつて自分を追いやったものの、ひとつ。

 踏みしめているものこそが、追いやったものだった。


「——さあ、ルデルアン、練習したとおりにやってみなさい。あなたになら、この装置を起動することができるはずよ」


 はい、とルデルが返事をして、階段をのぼった。


 懐から出した、丸めた羊皮紙を祭壇のうえに置く。

 そうして、ルデルは一時の間を取ってから、諳んじた。


「〈()は、王祖ムルジアン〉」


 ルデルの足元が青白く光りはじめる。


「〈其は、皇祖リアタール〉」


 光は、唐草を伝っていく。



「〈我らは、契りを(いつ)くする者なり。

 我らは、建国の刻より誓約を結びし者なり。

 盟約の証よ、今ここに示せ。

 ()を彼の地へ届けよ。

 其は、(ちか)いの報せなり〉」



 言葉とともに、羊皮紙が粒子となって弾けた。弾けた残滓は、壁の真っ更な面を伝っていく。伝った先に、刻まれた文字が終わっていた。そこから、続きを綴るように青白く古代文字が刻まれる。



 ——1107年10月、ムルジアンより、報せあり。



 そう、刻まれた。


「…………」


 メリヤナは、言葉を失った。

 失いながら、ひとつ前に刻まれた字面を確認する。



 ——1003年1月、リアタールより、報せあり。



 〈盟約の証となる報せ〉の通信の記録、という意味がわかった瞬間だった。


「……これは驚くわね」


 ルーリエも言葉を忘れていたようだった。この百年使われたことがないという装置だ。起動しているのも、目にしたのもはじめてなのだろう。


「すごい聖神術ですね。ほんとうにエストヴァンに届いているのでしょうか?」


 自分で起動したものの、現実味がないといった様子でルデルが言う。


「そうね……百年ぶりでもしかしたら異なって発動している可能性もあるから、念のため、使者も送りましょう」


 ルーリエがルデルの懸念に同意した。


「——あの、」


 メリヤナは、己の証明を取るために、切り出す。

 ルデルとルーリエの似た目が向けられた。


「わたくしも、試してみてもいいでしょうか?」


 ルーリエの柳眉が持ち上がる。どういう意味だと尋ねる。


「わたくしには、皇祖リアタールの血が薄く引かれています。けれど、王籍や皇籍に入っていなければ、装置は起動しないと聞きました。試してみても、構いませんか? その……好奇心です」


 メリヤナが説明すれば、ルーリエは、ああ、と合点がいったように柳眉をやわらげた。


「そういうことですね。その気持ちならわかるわ。実はわたくしも、かつて試したことがあるのよ。責任なら、わたくしが取りましょう」


 ルーリエが、この王妃には珍しくいたずらっぽく笑うので、メリヤナは破顔して礼を言った。


「ありがとうございます……!」


 ルデルと代わって、メリヤナは祭壇の前に立つ。胸元から持ち歩いている筆記本を出す。何も書かれていない一枚を破き、それを祭壇のうえに置いた。

 そうして、ルデルと同じように、起動詞を唱えた。




「……やはり、何も起きませんね」


 唱え終えたのち、ルーリエが言う。


「あなたの場合は、ルデルアンと婚姻し、王籍に入れば間もなく使用できましょう。うらやましいわ」


 ルーリエにも遊び心があるのだろう。聖神術の施されたものや、聖神術自体が珍しいものとなったから、興味がそそられるにちがいない。心底残念そうに言った。

 またの機会ですね、とルーリエの言葉が胸底に残響する。


 メリヤナは、事実を、瞑目して受け止めた。


(やはり、わたしではありえなかった)


 数年前に受け止めたもの。それを目の当たりにして、傷付き、衝撃を受ける自分はもういない。

 ゆえに、考えを深める。


(では、前の生では、誰が?)


 誰が、この装置を起動したのだ。

 そもそも使える人間が限られるなかで、この場所に入れる人間。王太子宮に入られる人間だ。であれば、限られる一方で、対象者はあまりにも多すぎる。下働きも入れるような地下にあるのだ。下働きから補佐官や近衛まで百人以上が対象となる。


 フィルクはエストヴァンの皇族の可能性が高いと言っていた。行方知れずの皇族が何人かいるからだ。


 百人以上のなかから、使える人間を探し出す。エストヴァンの皇祖の血を引く人間を。

 それは、今のメリヤナの立場からすれば、あまりにも難しいことだった。


(ルデルさまと婚姻を結べば……)


 今より容易になる。王太子妃としての力があれば、王宮で働く人間の経歴を調べることはたやすいだろう。無論、経歴が正しいものであるとは思えないが、調べることはできるはず。


 そう考えると、やはりルデルとの結婚が、王国の運命を変えることにつながるのだろう。結婚すれば、あらゆる過去の因縁から絶たれる。


 メリヤナは、唇をなぞった。

 馥郁(ふくいく)な、ミラルの香りを思い出す。


 どうして、こんなにも胸が痛くなるのだろう。どうして、唇を奪われて、いやな気持ちにならないのだろう。どうして、いつも彼は——。


 だめだ。


 メリヤナの運命は、ルデルだ。メリヤナの〈唯一〉は、ルデルだ。今もルデルの存在が近くにいるだけで、胸がときめく。

 昔から、ずっとそうなのだから。


「——母上、これはなんでしょうか」


 メリヤナが考え込んでいると、ルデルの声が空間に木霊した。

 上がってきたメリヤナの近くに、祭壇の下部側面に指をひっかけられるような凹部があるのを見つけた。


「なんでしょうね」


 ルーリエも柳眉を怪訝に寄せる。


「引いてみましょうか」


 抽斗(ひきだし)のようにも見えるそれに対して、ルーリエが提案する。


 ルデルは応じると、指を差し入れてぐっと手前に力を入れた。石臼を引くような音がする。いつかの冬、領地で橄欖(オリーブ)の実を圧搾した時のことを思い出した。


 ずりっ、すりっ、と引き出されたのは、果たして抽斗だった。同質の石でできている。


 なかには、塵芥(ちりあくた)を被った、古ぼけて黄ばんだ羊皮紙があった。ルデルはそれを取り上げ、付いている粉を振り払う。そして、広げた。


 〈守が峰〉と、おおよそ構造は一緒だが、古い増築される前の王宮。かつてここが王太子宮ではなく、王が住まう宮だったことがわかる。さらに〈盟約の証となる報せ〉の間から、一本の道が伸びていることがわかった。


「これは……」


『——前後して、ある管理されていたものが失くなった。なんだと思われる?』


 かつてのルノワ宮中伯の言葉が頭をよぎる。



 ——かつての王宮の見取り図、だった。



 メリヤナはさきほどよりも衝撃として、それを受け止める。


 頭のなかで判明するものがあった。


 〈盟約の証となる報せ〉、王宮の見取り図、そして、〈守が峰〉へと通じる路。


 見取り図を管理するのに、ここほど安心な場所はないだろう。何せそもそも、王族の血統しか入れないのだから。入れるのは、〈盟約の証となる報せ〉を使えるものしかいないのだから。


 一本の線のようにつながっているように見えた。


 かつての国王の宮——現在の王太子宮に入り、装置を起動できる何者かが、見取り図を盗んだ。隣国へ転送、そしておそらくそのまま、〈守が峰〉へと抜けた。

 この部屋から道が続いているから、また別の起動詞を唱えればどこかに道ができるのかもしれない。


 メリヤナはそれを読み取った。


 王妃ルーリエも王太子ルデルも口を開かなかった。王族として、メリヤナには言えないことが、あるのだろう。


 一度出した見取り図はルデルも無言でまた元に戻した。

 帰りの道すがら、王妃からメリヤナは告げられる。


「さきほど見たものは忘れるように」

「はい」


 メリヤナは深く拝受の礼を取った。ルデルを伴わない限り、もうここに来ることはない。

 婚姻するまでは。



 ——メリヤナは売国を行った犯人、ではない。



 今日たしかに、証明されたのであった。

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