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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。  作者: 稿 累華
第12章:とある令嬢の顛落

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77話:噂の令嬢

本日二度目の更新です。

 本格的な秋が到来した。木栓(コルク)樫や柊樫にドングリが実る。実りの秋は、動物たちにとっても、動物を狩る人間にとっても、騒がしい時期だ。


 社交季がやって来たのだ。メリヤナにとっては、顔見世(デビュタント)をしてからの初めての社交季である。これまで、ぽつぽつとあった夜会などは序の口で、これからは毎昼、毎晩のように様々な会が開かれることになる。


(これから忙しくなるわ)


 様々な招待状を受け取りながら、そう思った。

 メリヤナは、手始めにスリヤナに協力してもらって、昼餐(ちゅうさん)会の企画と招待を行った。ほんとうは、もっとはやく、初夏の頃合いに行うはずだった。フォート方伯ミリーとはそんな口約束をしていた。


『美しい風景でございますね』


 そう言っていたルッサムの花のような彼女を思い出す。

 秋の眺めも良いにちがいない。


 ミリーとの小さな約束を守るため、庭園での昼餐会を開いた。



「……ぐすっ……っ」



 そして、そのミリーが昼餐会の場でさめざめと泣きはじめたのである。皆が食事を終え、歓談している場であったことが幸いした。ミリーが泣いているのに気付いたのは、メリヤナ、マイラ、ヨーチェのみだった。


「どうされたのですか?」


 あまり目立たぬよう、メリヤナは、庭の隅にある石でできた長椅子にミリーを座らせる。まだ陽は高かったから、腰かけた場所を冷たく感じることはないだろうと思っての案内だった。


「申しわけございません……っ」


 鼻をすすりながら、ミリーは言う。懐から手巾を出して自ら目元を拭っていた。

 マイラは、招待された場所で泣くなんてみっともない、と言わんばかりの顔をしていたが、元来思いやりのある彼女は、とはいえ何かの事情を察したように、手厳しい口を開かなかった。


「話してもらわないと、わからなくってよ」


 商人気質のヨーチェは、ぴしゃりと言う。序列上は、方伯家のミリーのほうが上だったが、ヨーチェは容赦がない。容赦はないがヨーチェもまた人はいい。心配からの声かけであることを、この場にいる人間はわかっていた。


「す、すみません、どうしても……っ、思い出して、しまって……」


 我慢できなくなってしまったのだ、と言うように、ミリーはすすり泣きながら説明しはじめた。


「以前、ご招待……を受けた時は、まだ、エイヨン……と、親しくあれたもの、でしたから……」


 エイヨン?

 と、メリヤナとヨーチェは内心で首をかしげた。マイラが捕捉する。


「フォート公女の幼馴染で、許婚だったと聞いています」


 そうだったのか、とメリヤナは内心で小さく驚く。


 ドール石鹸を披露した時に、ふたりが知り合いであるのは知っていた。エイヨンの知り合いであるからこそ、ミリーを招待したのだ。辺境伯の息子であるルースが石鹸に興味を持ってくれれば、ミリーも興味を持ってくれるだろうという計算したからだ。あるいは反対も狙っていた。

 そんなミリーとエイヨンが、許嫁とは知らなかった。


「それで、ルース公子とどうかされたのです?」


 ヨーチェが遠慮なく訊く。

 聞かれると、ミリーはルッサムの花のような顔をまたもやくしゃっとさせたが、なんとか言葉を綴った。


「……エイヨンが、最近、わたくしを……っ、避けるのです」


「ええっ?」


「避けて、別の方と……その、女性と、楽しそうに過ごしているのです……っ。先日の、その……、祝宴会で顔見世を行った女性と……」


 なんとなく経緯は察せられた。


 つまり、幼馴染であり許嫁であるエイヨンが他の女にうつつを抜かして、ミリーは悲しみを覚えているのである。これほど悲しみをあらわにしているということは、ミリーはエイヨンのことをただの幼馴染としてでなく、異性として好いているのであろう。


 メリヤナにその気持ちは痛いほどわかった。子どもの頃から好きだった人が、別の人を好きになっていくさまを見ていくのは、身に迫る苦しさだ。


「それは……、ミリーさま、とてもおつらいですね。泣きたくなる気持ち……心が裂けるようにつらいですね」


「……はい……っ」


 ミリーは手巾に顔を埋めて嗚咽(おえつ)をあげはじめた。これでも我慢していたのだろう。話して、箍がはずれてしまったように、手巾のなかで泣きはじめる。

 メリヤナはそっと、その小さくなった背中をさする。しおれているルッサムが少しでも元気になるように、さすった。


「もしかして、その女性というのは、黒髪の方でいらっしゃいますか?」


 マイラが確かめるように尋ねた。思い当たる節があるらしい。

 ミリーの小首が縦に揺れる。


「なるほど……」


 嘆息するように、マイラは言った。


「誰か知っているのですか?」


 ヨーチェが訊くと、マイラは額に手を当てて、悩ましい仕草で答えた。


「おそらく、最近少し噂になっている令嬢です。先日の顔見世(デビュタント)以来、その行動がいささか人の口にのぼるようで……」


 メリヤナとルデルの祝宴会は大規模なものだったが、その功績を祝すにあたって、通常であれば新年の夜会で顔見世が行われる子女たちが、半年ほど早く社交界に顔見世を行ったのである。メリヤナやヨーチェとはひとつ下の世代になる。


(まさか)


 黒い髪、というのを聞いて、頭の奥で嫌な予感がはじけた。


「サレーネ・リデュル、という令嬢よ」


「聞いたことがないけど」

一等位(いっとうい)貴族の方ね」

「一等位貴族……」


 ヨーチェは、マイラの言葉を感慨深げに繰り返す。彼女もまた最近まで一等位貴族だったからだろう。

 メリヤナは、サレーネ、という名前を奥歯で噛み締めた。



(ついに、来た)



 メリヤナの因縁の相手。恋敵。


 此度(こたび)は、友人の敵からはじまるということか。かつて、メリヤナはミリーと知り合っていなかった。

 メリヤナが動いて、様々なできごとや人間関係が前回と異なる。サレーネの登場が早まったこともその結果だ。大規模な祝宴と、それに伴う顔見世が行われなければ、こんなことにはなっていなかった。


 ミリーへの申し訳ない気持ち、どうにかしてあげたい気持ち、それから雪辱(せつじょく)を晴らしたい気持ちが、蜷局(とぐろ)のように巻かれていく。


「……少し、そのご令嬢を探ってみましょうか」


 メリヤナは言う。


「人の口にのぼる、ということが引っかかります。ミリーさまやエイヨンさまに限らず、何かあるのかもしれません」


「そうね。社交界の気風を乱すような振る舞いだったら、わたくしたちが出なければいけないわね」


 位家の序列一位のサール公が長女、マイラーラが同意する。


「そしたら、あたくしは、商会の情報を当たってみましょう。顧客から聞いていることもあるかもしれませんわ」


 ヨーチェは、楽しむように乗っかった。

 メリヤナは、ミリーの嗚咽を落ち着かせるように、目線を合わせて言う。


「エイヨンさまのことも何かわかりましたら、ミリーさまにお伝えしますね。わたくしたちが力になります」


「……感謝申し上げます、皆さま」


 ミリーはひょっこり手巾から赤くなった顔を出した。

 その仕草がリスみたいでかわいいな、と皆が思った。

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