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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。  作者: 稿 累華
第11章:火祭りに出向きましょう

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70話:陰謀の断絶

「少し庭園でも歩いていかないか?」


 ルーリエとの場がお開きになると、後宮を出たところでルデルが尋ねた。

 外に出て、残暑の暑さが冷たくなっていた体にとって違和感だった。ルデルの誘いは、その違和感を払拭してくれるようで、メリヤナは応じた。


 傘を広げる。熱い陽射しがあたたかな陽射しに変わる。


「さきほどの母上の話には驚いたが……、またユステル皇太子と会えるのは素直にうれしく思う。あの方は……、人好きのする親しみやすい方だ」


「そうですね。わたくしも、イーリスさまに会えると思うと、浮き立つようです」


 後宮を抜けて、本宮と六府をつなぐ透廊に出る。そこを抜けると舞踏会場が見えて、そうして王宮庭園だった。


 冷えていた皮膚は、あたたかな陽と風で、心地よくなっていた。暑さは汗をもたらして衣装に張り付くから好きではなかったけれど、今はちょうど良かった。


 話をしながら歩いているうちに、話題は移ろっていった。

 その話題に変わったのは、時流から自然な流れだった。


「ルノワ宮中伯が更迭された、と聞きました」


 さきほどマイラから聞いたことをメリヤナが口にすると、


「ああ……父上は、たいそうお怒りだった」


ルデルは渋い顔をする。憤った父王でも思い出したのかもしれない。


「その……更迭されるようになった経緯を、ルデルさまはご存知でいらっしゃいますか……?」


 仔細を聞いても良いかわからなかったが、メリヤナは窺うように尋ねた。

 ルデルは気を悪くした素振りも見せず、答える。


「今回の件はどうやら私たちがサルフェルロに行っている際に届いた、ひとつの上申書が発端らしい」


「上申書?」


「正確に言うと、匿名の書信だった、と。上申書に紛れ込んでいたらしい」


 メリヤナは黙する。匿名の書信というものに、何かぞわっとするものを感じた。


(まいない)を受け取ったことを証明するルノワ宮中伯の手紙と、冤罪を証明するような手紙の一式が添付されていたらしい。そこから、父上の勅命によって内密に軍警府の捜査がはじまったとクルスから聞いた」


 クルス補佐官は、三国協議に同行していなかった。留守のあいだ、王太子が処理しなければならない庶務の整理を行い、帰国に備えていた。ルデルは、成人してから軍警府の一分の勤めを行っているから、補佐官であるクルスに、その話が届くのは当然と言えた。


「添付された手紙を頼りに、証拠を掻き集めて罪を問う手筈が整ったから、今回の更迭に至ったというわけだ。丸二ヶ月かかっている」


「そう、だったのですね」


 メリヤナが知らないわけである。

 ルデルはさらに小声で言った。


「ルノワ宮中伯の更迭はそのようないきさつだが、今回は賄賂と冤罪が結びついているから、こののち、位家のうち三家の処分が決まっている」


「えっ」


 メリヤナは驚いて、思わぬ声の出方がする。自分の口を抑えると、ルデルは気が付かなかったように小声で続けた。


「まだ公になっていないはずだ。黙っていてほしい」

「それは……もちろんでございます。ですが、三家も……その、どこの家でございますか?」


 位家のうち三家。三家もが、罪を捏造した。それは、国王の逆鱗にふれるであろう。あの鷹揚な国王が怒ると恐ろしいのは、メリヤナは身を以て知っている。


「まずは、ペロン伯家、モルト方伯家だな。先日の祝宴で、父は私をアルシュラン公に命じただろう? ペロン伯とモルト方伯の領地に近い。後始末をしろ、ということだ」


 ルデルが少しだけげんなりしているように言う。

 ルデルの立場を慮ると、メリヤナは不憫に感じた。やることは山積していそうだ。


「それから、」


 とルデルは続ける。最後に言われた位家の名に、



「——ファルナ伯家だな」



 メリヤナは双眸を見開く。


「ファルナ伯家は、領地からの収入を長らく家令に命じて誤魔化していた。実は数年前に財務府の調査で脱税が露呈していて、ルノワ宮中伯が管轄する司法府で裁かれることになったのだが、その時にファルナ伯は、家令が勝手にやったということにして、裁きを逃れたのだ。家令は平民出身で、脱税の罪と共に位家への冒涜罪で処刑された。ファルナ伯が命じたにもかかわらず、な。そして、その罪を捏造したのがルノワ宮中伯だ。ファルナ伯からの賂に応じて、罪を捏造した。……痛ましい話だ」


 メリヤナは、絶句した。何も言葉を思いつかなかった。


 罪を着せられ、処刑された家令を思うと、他人事ではない気分だった。

 どうにかできなかったのか、と思ってしまう。


「他の二家も似たりよったりだ。……三家ともども、位家の剥奪は免れないだろう。後任にあたる家を人事府と父上直下の補佐室で選定しているところだ」


「…………」


「ルノワ宮中伯の代わりはすでに、母上……マイラーラのサール公位家に属する家門と決まっているが、三家ともなると後任は選定に時間がかかることだろう」


「そう、ですか。まさか、ファルナ伯家が……」


 エオラの姿が思い浮かんだ。祝宴で言われた言葉が思い出されると、砂を含んだシェヌ貝を口にした気分になる。


 あの時の様子からは、今の話は結びつかない。きっと、エオラもまだ知らないのだ。これから断罪されるという事実に。


 同情心、が呼び起こされた。断罪はあまりにも恐ろしい。自分があずかり知らぬところで起きるのだ。それがたとえ事実だったとしても、まだ若い令嬢にとってあまりにもつらい。

 なんと言えばいいのか、わからなかった。


「ファルナ伯家とは交友が?」


「……いえ、さほどは。ですが、少し前の石鹸の披露会には公女を招待しました。まさか、このようなことになるとは思っていませんでした」


 まったく考えなかった。考えたことは、指摘されたフィルクとのことだけだ。それだけ気にしていたからこそ不憫に思えたが、その思考のなかで、不意におそろしいことに考えが及んだ。



『ルノワ宮中伯は、司法府の長官だ。僕の義姉の……嫁ぎ先の父親でもある』


『だから、義姉やその夫を通して司法府の内情を探ることができる。幸い僕も王宮務めをしているから怪しまれることはない』


『……ああ、でも、それならひとつ問題は片付くよ』


『まあ、待っていて。仕込んどいたから。もうすぐ、わかる』



 ルノワ宮中伯。ルノワ家に嫁いだという義姉の話。司法府の内情。そして、ファルナ伯や他二家の処分。ファルナ公女。五年前の光景が額の裏に浮かぶ。手の甲に口付けられ、見つめられ、うっとりとしていた公女。公女エオラは、誰を慕っていたか。


 考えが及んでしまうと、メリヤナはそら恐ろしい心地がした。全身の血が冷え渡っていくようだった。


「そうか。いずれにしろ、このことは数日で公になる。その間、交流することはないだろうが、メリヤナからファルナ伯家や他二家には関わらないよう気を付けてくれ。あなたの評判に関わってしまうからな」


「……………」

「……メリヤナ?」


「は、はい。機会はないと思いますが……、留意いたします」


 メリヤナの表情が悪いことに気がついたらしい。ルデルは配慮してくれたのか、この話は終わりだと区切りをつけた。


 西門まで歩いて、あたたかくなったはずの肌は冷えていた。

 ルデルに別れを告げ、メリヤナは今抱いている気分に表象を抱く。


 過去の見えない糸が顕現(けんげん)し、断ち切られ消えていくようだった。


 その速度は明敏で正確で、鋭利な刃を持っている。

 憤激(ふんげき)の刃。エストヴァン東部にあるヴァンス火山。ヴァンニテ神の火炎をはらむ、糸を燃やし切る刃のようだった。

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