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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。  作者: 稿 累華
第9章:三国協議からの手招き

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51話:フィルクの焦り

 フィルクにその話が下りてきたのは、セラス宮中伯と共にマブロン局長が戻ってきてすぐのことだった。局長室に外交局の人間が集められ、フィルクは隅に陣取って、その話を受けた。


「——ということだ。おれたち外交局は、とにもかくにもアルー=サラルがどういった協議を行うつもりでいるのか調べなきゃならん。ついでに、使節団に随行する人員も選ぶ必要がある」


「局長はもちろん使節団の人員に配置されますよね?」


 ひとりの局員が尋ねた。


「……まあ、そうなるだろうなあ。今回はさらにややこしいことに、協議の地として選ばれているのがサルフェルロ市国っていうところだな。そこに、我が国と、アルー=サラル、エストヴァンとなると……、うちから派遣する人員は相当なものになる」


 ごくりと生唾を呑みながら顔を見合わせる同僚たちのかたわら、フィルクは当たり前だと足を組んだ。

 トゥーミラ自治都市郡は信仰する宗教は同じだが、言葉がちがう。アルー=サラルは言わずもがな。エストヴァンは同じエスカテ語を話す一方で、この百年国交はほとんど断絶している。それぞれの国の言語や文化、歴史、思想、現状に精通する人間を外交局から派遣するのは当然の対応だった。


「大々的ですね」


 誰かがつぶやいた。


「うん、まあな。かなりの大所帯になりそうだ。まあ、ってことで、各部の部門長は、今回派遣する人間を選んで、明日の朝までにおれの机に置いておけ」


 マブロンの指示に、部門長たちは小気味よく返事をした。

 フィルクはこの時、自分が選ばれることを核心していた。次席副局長という肩書きは伊達ではないと自負している。自分の出自であるエストヴァンのことは無論のこと、アルー=サラルについては以前から興味深く学んできた。トゥーミラの国々についても、家柄からか情報は入ってくる。


 適役であろう、と冷静に判じていた。



「局長、質問いいっすか?」



 同僚のタルノーが手を挙げた。タルノーは、フィルクが話す数少ない同僚のひとりだった。


「おう、なんでも来い。おれの娘に関する質問には答えんぞ」

「アルー=サラルのねらいには見当が付いているんですか?」


 タルノーが華麗に無視するなかで、同僚たちは笑いをこらえた。フィルクは、マブロンの返答をじっと待つ。


「うーん、憶測にはなるがな」

「聞きたいっす」


「おそらくだが、隊商都市の利権に関することだろうな。今じゃ、あそこら一体の交易路は随分と発展したが、未だ交易品を狙う草寇(ぞく)が出る。となると、商いの中心となる隊商都市郡にとって、自分たちを守ってくれる存在が必要だ。一方で、アルー=サラルは隊商都市を庇護に置くことでその利を得られる」


 利害は一致している、とマブロンは続ける。


「だが、問題になってくるのは、隊商都市郡と交易を行っている我らフリーダとエストヴァンだ。アルー=サラルが利を得るとなるとなれば、我らとて隊商都市は庇護に置きたい。そうなってくると利権争いになる。その前に交渉を、というのがアルー=サラルの魂胆だろう」


 事実、外交局では、最近隊商都市周辺をアルー=サラルの軍がうろついているという報告を受けていた。


「とおれは考えているんだが、どうだ、ローマン?」


 マブロンが話を振ると、同僚たちの視線がフィルクに集中した。フィルクは淡々と答える。


「私も、そう思います」

「他には?」

「……確証がありません」


 フィルクの脳裏に浮かんだのは、金銀の輸入販路のことだった。


 金銀の需要は高い。硬貨として用いている上に、王侯貴族の装飾品として必需品だ。輸入は、およそ八割を隊商都市の交易で賄っている。あとの二割は海路による輸入だ。フリーダとエストヴァンではその交易路が命綱とも言える。

 それを逆手に取って当てこすって来るのではないか、というのがフィルクの推察だった。おそらく隊商都市の利権についての協議であることはまちがいない。——その利権を確実に得るために、訪れる巡察使が血眼になることも。


 血眼になる理由が、()()()()()()()()だった。だが、確実に当てを付けられるほどの情報ではなかった。


「ふーむ。確証はないが、懸念要素としてあると?」

「そうです」


「なるほどなあ〜。

 ——うん、そしたらローマン、明後日までに真偽はともかくとして、その内容をまとめあげろ。懸念があるなら報告はしておいたほうがいいからな」


「わかりました」


 マブロンはこういった点が優れていた。いかに真偽のあやしい案件であっても、己の認識で切り捨てるのではなく、可能性があるなら見逃さない。フィルクが少なからずマブロンに好感を持てる所以だった。


「——今回の使節団には長として王太子殿下、特使としてドール公女さまが参加される予定だ」


 フィルクの頭はすでに報告書の内容をどうまとめあげるかに移っていた。だから、続けられた言葉に一瞬、反応が遅れた。


「王太子殿下はともかくとして、ドール公女さまがなにゆえ?」


 タルノーが問う。


「なんでもアルー=サラルのことに精通しているそうだ」


 おれもよくわからん、とマブロンが返事するのを聞いて、フィルクはやっとマブロンの言葉を咀嚼した。


(リヤが使節団に……?)


 寝耳に水だった。本人はもっとそうだろう。国王から告げられて、驚く姿が目に浮かぶようだった。


(リヤが行くのであれば……)


 サルフェルロの地で、自分とメリヤナが並んで外交を行うさまを想像して、フィルクは口元に笑みを浮かべた。

 これまでふたりで様々なことを学んできた。それが、今回の公務で活かすことができるのであれば、これほど喜ばしいことはなかった。



 ——だが、二日後。



 マブロンに告げられた言葉に(はらわた)が煮えくり返るような怒りを覚えた。


「なぜ、私が使節団から外れるのですかっ?」


 どんっ、と局長の机を叩くと、マブロンが椅子ごと後ろにつんのめった。


「落ち着け、ローマン」

「納得がいきません!」


 マブロンは茶でも飲めと言って宥めるが、フィルクは怒り心頭でそれどころではなかった。


「理由はなんですか!」


 詰め寄れば、マブロンは誤魔化すように言葉を濁す。フィルクがさらに、だんっ、と音を立てて執務机を叩けば、マブロンは両手で頭を掻いてから、苦々しく告げた。


「……殿下のご命令だ」


「殿下? 王太子殿下ですか?」


 マブロンは気まずそうに肯く。


「今回の使節団には、長官であるセラス宮中伯と、外交局局長としておれは付いていかねばならん。ついでに局の人員が半分以上派遣されるとなると、派遣期間中、どうしても国内で片付ける事案が手薄になる。ゆえに、他国に見識が高いローマン次席副局長を残しておけ、とそうお達しがあった」


「であれば、副局長を残せば良いではないですか!」


「おれもそう思ったんだけどなあ……、副局長は実践での外交の経験が少ないから、今回は経験を積ませるために連れて行けと言われてしまってなあ……」


 マブロンは、すまん、と詫びた。


「これは使節団の長として、殿下がすでに決定されている。悪いがお前は、留守を預ってくれ」


 そう頼まれても、フィルクの怒りは収束するどころか散乱するばかりだった。


「——ふざけるなっ!」


 王宮内に用意された宿舎に戻ってすぐ、フィルクは自室にある置時計を強く投げつけた。暗い室内に破損した音が鳴り響いた。その音を聞いても、この腹の底から沸き立つ憤りは落ち着きそうになかった。岩漿(がんしょう)が足元からのぼって、自分を支配するようだった。


(王太子……っ!)


 もっともらしい理由を付けているが、あんな理由でないことはあきらかだった。

 最近、王太子から向けられる視線には、自分への敵意が含まれている。メリヤナはまるで気付いていないが、自分を敵視する姿は、彼女を取られまいとする男の欲だ。


 そう。彼女は、すでに随分と前から、()()()()()()()()()()


 おそらく理解していないのは、当の本人だけだ。だから、王太子の感情に気付かない。——フィルクの(くら)く澱む気持ちにも。



「くそっ!」



 どうすればいい。どうすれば、この事態を回避できるのか。

 サルフェルロまでの道中は、隊列を組むとなれば、二週間。それが往復。三ヶ国協議は、いつまで時間を要するのかわからない。


 フィルクはその期間のあいだ、メリヤナに会えなくなる。

 それだけは絶対に避けなければならない。


(どうにか、しなければ……)


 彼女を、失わないために。

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