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殿下、今度はあなたを好きにさせてみせます!——そう思っていた頃もたしかにありました。【本編完結済】  作者: 稿 累華
第7章:社交界への顔見世

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41話:互いの距離

 席を外す、というのは完全に言いわけだった。一刻も早くルデルの元から去りたくてたまらなかった。


(なんであんなこと言っちゃったのかしら)


 メリヤナは隅から大広間を眺める。こんな時に相談をしたい相手の顔はどこにも見当たらない。仕方なく、火照った顔を冷やすためにこっそりと王宮庭園へ足を踏み入れた。

 遁走するように、道を急ぐ。ひとりになって落ち着ける場所を探し求めれば、かつて逃げた場所の近くまでやって来ていた。


(懐かしい……)


 巻き戻しで混乱していた頭を冷やしに来た場所。——それから、大事な友人と初めて出会った場所。

 垣根の先に躍り出る。

 そうして、そこにいた姿を認めると、メリヤナはびっくりしてから、


「——こんなところにいた!」


いつか、宮宰の屋敷の庭で気持ちが沈んでいる時にかけられた言葉を、メリヤナは再現するように言った。


「リヤっ?」


 フィルクもまた、驚いたように声を上げる。


「ちょうど捜していたのよ。どうして、ここに?」


 見上げれば、メリヤナよりも身長は頭ひとつ分ほど高い。ルデルはこの二年で頭ひとつ半分ほど高くなってしまったが、フィルクとの身長差くらいが話すのにはちょうど良かった。


「気晴らしにね。小さな誰かさんが、ひっくり返っていたところだなって思って」


 笑いながらフィルクが言うので、メリヤナはむすっとした。


「ちょっと! それはもう五年近く前の話でしょう。今は、やらないんだから」


「ひとりになるとどうだか」


「フィル!」


 あははと笑うフィルクに、メリヤナは思いっきり膨れ面になる。


「あなたは相変わらず意地悪だわ」


「リヤは変わらずからかうと面白いよね」


 フィルクの言葉にメリヤナはいよいよくるりと踵を返した。


「もう帰る!」

「ごめんごめん。——それで、なんの話?」


 絶対に心から謝っていない言葉だったが、優しげな声音にメリヤナは振り返ってしまった。


「……ちょっと失敗しちゃったかもしれなくて」


 メリヤナがしょんぼりと言うと、フィルクは首をかしげた。


「失敗?」

「そう。ちょっと殿下に対する対応をまちがえちゃったかも」


 メリヤナは、うっかりルデルに対して「素敵」と言ってしまったことをかいつまんで話した。聞き終えたフィルクは、なるほどね、と相槌を打ってから問う。


「どうして、うっかり言ったの?」

「それはもちろん、ほんとうに殿下がかっこいいって思ったからよ!」


「——へえ」


「正装に大綬(だいじゅ)と勲章、剣を帯びたら、まるで王子さまみたいでかっこいいじゃない?」


「実際ほんとうに王子さまだしね」

「そうなの。それで素敵だなって」


 項垂れると、フィルクの冷たい言葉がかかった。


「それはそれは、惚気話をありがとう」


「わたしは悩んでいるのだけど?」


「はあ……、悩みに答えると、それだけなら大丈夫だと思うよ」


 溜息をつきながらフィルクは説明する。


「君が心配しているのはあれだろう? 〝好意は視線や仕草で伝えろ〟の秘術のことだよね? けど、好意を伝えるために言葉で伝えるのは逆にいい効果があるはずだよ」


「そうなの?」


「応用みたいなところかな。別に直接的に好きって言っているわけではないし、王太子もまんざらではなかったんじゃない?」


 そう言われて、メリヤナは思い返す。たしかに、ルデルは耳のあたりを赤らめていたような気がする。


「たまに言葉で言われると、嬉しさは人一倍だよ」


 そっか、とメリヤナは安心した。それならば心配はいらないかもしれない。フィルクに言われると、悩んでいることもすんなりと納得できた。


「——僕にもたまには、言葉をくれてもいいんだけど?」


 メリヤナが満足していると、フィルクが途端におどけたように言う。


「なんのこと?」

「褒めてくれてもいいんだよってこと」


 悪戯げに笑うフィルクに、ああ、とメリヤナは合点がいったように肯いた。それから当たり前のように続ける。


「なにを言っているのかと思えば……、フィルはいつもかっこいいじゃない」


「……は?」


「着ているものは趣味がいいし、清潔感はあるし、声もいいわ。昔はたしかに御使いさまみたいでかわいかったけれど……、顔だって、わたしに言われると癪かもしれないけれど、かっこいいわ。わたしは好きよ」


「…………」


「頭だっていいし、国務府に入府してすぐに外務局の次席副局長でしょう?」


 褒めるところしかないわね、とメリヤナは軽快に告げた。それから、少し逡巡して小さく言う。


「それに——、わたしにとっては大切な協力者よ」


 二年前。あの日から。

 フィルクが自分の話を受け止めてくれた時から、メリヤナにとってフィルクは誰よりも特別な人だった。

 たしかめるようにフィルクを見れば、表情を失ったように黙っている。


「……フィル?」


 不安になって、フィルクを覗き込む。そうすると、彼ははっとしたようにメリヤナを見た。


「いや、だった?」

「君って人は……」


 フィルクは顔を反らしてから半分を隠すように手で覆う。ちらっと不安そうなメリヤナの様子を見て、言葉を続けた。


「……そんなことあるわけがない」

「なら、良かった」


 メリヤナはほっとしたように微笑んだ。笑うと、成人式で気が張っていた体がほぐれるようだった。その場で一度腕を伸ばす。それから体を戻すと、思い至って尋ねた。


「そういえば、この衣装どう? 似合う?」


 正確には飾りのところだ。胸飾りは、フィルクとマイラに確認してから選択したものだから、そこにふれて欲しかった。


「うん、似合ってるよ。飾りも君の雰囲気によく合ってる」


 フィルクが心得たように首肯する。


「良かった! やっぱりあなたとマイラの意見を聞いて正解ね」


 メリヤナが嬉しそうに言えば、フィルクはさらに言う。


「今日の君は、ほんとうにきれいだ」


「……今日の、って、いつもはきれいじゃないみたいじゃない」


 またフィルクの意地悪だ、とメリヤナは思った。いつものように顔をしかめてそっぽを向くと、ちがう、と肩を持たれた。その声に諧謔の色は含まれておらず、メリヤナは怪訝に思って振り向いた。


「リヤは……、ずっと前からきれいだよ」


 透き通った声はとても真剣で、その瞳に見入ってしまった。青紫の、深い海の瞳。時が止まったように、海底のなかに引き込まれる。

 肩から上がってきた手が頬を包み込む。手からぬくもりが感じられる。柔い力の加減に、まるで大切に思われているようなそんな錯覚さえ抱きそうになって——。


「——そろそろ戻らないと」


 メリヤナは背を向けて、そう言った。鼓動が走ったあとのようになっている。

 なにか、これ以上、踏み入ってはいけないものを双眸の底に見た気がした。

 ふれられていた肩や頬に急に寒さを感じる。


「……そうだね」


 数秒の間ののち、背後のフィルクが肯いた。そうして、メリヤナが元来た道に歩みを進めようとすると、後ろからふわりとあたたかなものがかけられた。


「寒いから、戻るまでこれ着て」


 フィルクの上衣だった。残った体温が、露出するメリヤナの肌をあたためる。


「あ、ありがとう」


 礼を言うと、フィルクが無言のままメリヤナの片手を取って先導する。もう片方の手でかけてもらった上衣を押さえていると、ミラルの香りとそうではない別のあたたかな香りがした。


(心の臓が、うるさい)


 先導するフィルクに、今の顔を見られたくなかった。火照った顔を冷ますために外に出たはずなのに、さっきよりもずっと顔が熱かった。


(なんで……)


 メリヤナにはわからない。

 鼓動が早くなる理由も、顔が火照る理由も、ほんとうはもう少し一緒にいたいと思う理由も。


 今のメリヤナには、わからなかった。

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