42話:侍女への誘い
ミモザの開花する頃、メリヤナは自分が主催となって茶会を開くことになった。
これまでは母スリヤナが主催する茶会に、メリヤナは母の段取りや社交術などを見て覚える体を取っていた。それが今回は主催である。準備には、新年の夜会を明けてすぐに取りかかった。
茶葉にはドール領の貿易商であつかう海南諸島の取れたばかりのもの。付け合わせの菓子には、一口大の焼き菓子を卵液にくぐらせて、砂糖をまぶして冷やした、とても甘い菓子を選んだ。
メリヤナが呼ぶ招待客は歳が近い令息令嬢ばかりで、貴婦人たちよりも甘いものを好む。それに、海南諸島で取れた茶葉は苦味のある濃い茶だったので、甘い菓子が良いと思ってのことだった。
母に試食をしてもらったところ及第点をもらったが、ひとつ助言をもらった。
「いくら若いとはいえ、みなが甘いものを好むわけではないわ。もうひとつ付け合わせを用意したほうがいいわね」
そこで勧められたのが加加阿だった。最近、海南諸島から輸入されてきたばかりのものでまだ出回っていないのだという。加加阿の豆を発酵し乾燥させ焙煎し、さらに粉砕したものから脂肪分を抜き取ると粉になる。その粉を使うと、香ばしい菓子ができるのだという。
さっそくメリヤナは、厨房長と台所第一女中となったオリガに菓子の製作を依頼した。
菓子が完成するまでの期間、メリヤナは招待状を作らなければならなかった。招待客の一覧に基づいて、一葉一葉丁寧に招待状を記していく。記したものは誤字脱字がないか、カナンに確認をしてもらった。
「お嬢さま、こちらに墨の滲みがありますけれど、どういたします?」
「ありがとう。それは書き直すわ」
カナンの仕事はやはり丁寧だ。
メリヤナは綴りのまちがいなどがないようにと指示を出したが、その意図がどこにあるのか察したうえで、確認をしてくれたのだろう。そこにカナンの丁寧さを感じ取れる。
この四年で、メリヤナとカナンのあいだには深い信頼関係が結ばれていた。以前のよそよそしい主人と使用人の関係ではなく、互いに互いを尊敬するような間柄だ。それは、かつての生ではなかったこと。
(でも……)
まもなく、カナンは自分の元を去ってしまう。
別に何か報告があったわけではない。本人からやめるという話があったわけでもない。ただ、メリヤナが知っているのだ。
メリヤナが16になり、春になって侍女がつく頃、彼女は誰かの元へ嫁いでいってしまう。
カナンは今、20歳だ。嫁ぐにはいい歳頃だった。
一度メリヤナは、カナンを侍女に推薦をすることはできないのか、 スリヤナに相談をしたことがある。けれど、ドール公位家の女主人である母が出した答えは否だった。
「難しいわね」
「どうして?」
母はその時、自身の侍女に夜会に出るための着付けなどを行ってもらっている最中だった。メリヤナはその頃まだ、夜会に参加する資格がなかった。
「カナンが素晴らしい働きをしているのは知っているわ。けれど、彼女が磨いてきた仕事の腕は、屋敷のなかでの女中としての技術。彼女は今までに社交界での礼儀作法を習っていないでしょう?」
メリヤナはこくりと肯く。
「侍女というのは、主人の社交場まで付いて補佐をする義務があるのよ。だから、当然として、社交場での礼儀作法が求められるの。それは一朝一夕で身につけられるものではないわ」
「…………」
「こう言ってはあれだけど、わたくしたちはドール公位家としての振る舞いを見られる。そして、それは随行する侍従や侍女も同じ。それは、カナンには荷が重いでしょう?」
「はい……」
「あなたの気持ちはわかるわ。でも、仕方がないことなのよ」
そう母に慰められたことを思い出すと、自然溜息がもれた。
「——お嬢さま? どうされました?」
カナンが確認をする手を止めて、思案げに問う。メリヤナは首を振った。
「ちょっと思い出して落ち込んでただけ」
「……そうですか。ずっと招待状を書いていると疲れますね。お茶をお淹れします」
「そうしてくれると助かるわ」
メリヤナはほっと微笑んでお願いした。
カナンはすぐに香茶の準備を整えてくれた。やわらかく爽やかな香りが、長く同じ姿勢を取っていた肩の力をゆるめる。
「——ねえ、もしなんだけど、」
メリヤナはカナンに尋ねる。
「わたしがあなたのことを侍女にしたいって言ったらどうする?」
問われたカナンは、うっかり茶器を落とすのではないかというほど、ぽかんとした。
「それは、もし、というお話ですよね?」
咀嚼した言葉をたしかめるようにカナンが訊く。
「ええ」
「……ありがたいお話ですが、わたくしには難しいかと思いますよ」
カナンはてらいなくそう言った。
「それはやっぱり礼儀作法があるから?」
「そうですね。それもあります。侍女になるようなお嬢さまがたとちがって、身分もちがいますし。ですが、それ以上にわたくしはあまり人付き合いが得意ではないですから」
メリヤナは小首をかしげる。オリガやリリアの顔を思い出す。
「そう?」
「ええ。どうも真面目すぎるのです」
「それっていいことじゃない?」
「もちろん、悪いことだとは思っていません。ですが、社交の場には愛想も必要になりますでしょう?」
たしかにそうだ、とメリヤナは思う。
心に思っていないことでも、時には関係を良好に保つために、口にしなければならない。貴族社会としては顕著に強い。
「わたくしはそう言った愛想はあまり得意ではありません。それに、洒落た言い回しができるほど教養もございませんから……、今の仕事が身の丈に合った、いえ十分すぎるほどの仕事なのです」
カナンはにっこりと笑った。そこに気後れした様子は見られなかった。
本人が言うのであれば、メリヤナが無理に押すことではない。残念だなと思いながら、もうひとつ尋ねた。
「じゃあ、今のまま仕事を続けてくれる?」
「もちろんそのつもりです」
「もし、結婚をすることになっても?」
カナンは目をぱちくりさせた。
「わたくしが、ですか?」
「そうよ」
メリヤナが肯くと、カナンがくすっと笑った。
「わたくしがどこかに嫁ぐよりも、お嬢さまが王太子殿下に嫁がれるほうが早いですよ」
「その時は権力を使って、カナンを女官にしてみせるから問題ないわ」
「まあ」
カナンが楽しそうに笑う。
「では、もしもわたくしがどこの誰だかわからない殿方と結婚することになりましたら、まずはお嬢さまに相談いたしますね」
「お願いよ。あっ、もちろんリリアとオリガも混ぜてね」
メリヤナが遊び心に言うと、どちらともなく吹き出してしばらく笑った。
その後少ししてから、招待状の作成に戻ったのだった。




