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ートクハチー  作者: nau
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7/8

逃亡男


「どこから、そんなもの……」


 宮路原の顔がひきつる。モデルガンなのか、本物なのか、宮路原には皆目検討もつかないが、網島の表情だけは本物だった。


「もうどうなってもいいや」


 掠れた声。短機関銃を持つ手にも力はない。それでも網島は目一杯の力でそれを持ち上げ、宮路原と斗森塚に銃口を向けた。


(ダメだ、頭の中が吹っ飛んでやがる)


 言葉の通じない相手ほど怖いものはない。己を捨て、自身の敵を滅ぼさんとする相手には、例え、千の武器を持っていようとも太刀打ちできないものである。

 その上で、


(こっちは完全生身の一般人だぞ)


 一発食らえば、間違いなく致命傷。あの世にまっしぐら。

 網島は息を整え、引き金に指をかけた。


「ちくしょうがっ!!」


 叫びを上げ、宮路原は手に持っていた携帯を網島に投げつけた。網島は咄嗟に身を引き、銃口が僅かに上に逸れる。直後、凄まじい発砲音が鳴り響いた。

 壁から天井にかけて無数の穴が空いていく。


「ひぃぃいいい!」


 斗森塚が悲鳴を上げた。宮路原はそんな彼の腕を掴んで、走り出した。


「逃げろっ!」


 宮路原が向かった先は部屋の入り口ではなく、真逆のバルコニーだった。薄く開いた窓から吹き込む風にレースカーテンが揺れている。

 宮路原は窓を勢いよく開き、斗森塚をバルコニーに投げ入れた。


「そこから飛べ」

「そんな無茶な」

「早くしろ、死んじまうぞ」


 バルコニーの下を覗き込むと、3階の高さにエントランスの屋根が見えた。高級マンションにふさわしい吹き抜けの入り口から斗森塚の部屋までの高さはちょうど2階分。


「飛び降りたって同じだろ」

「バカ、死にゃしねぇよ。酷くても足折るくらいだ」

「そんなぁ」


 弱々しく唸る斗森塚を無視して、宮路原は網島を見た。発砲の反動で尻餅をついた彼女は、今ようやく立ち上がり再び標的を捕捉する。

 顔を歪め、自分を陥れた相手を鋭い眼光で睨み付ける。


「飛べっ!」

 

 合図と共に斗森塚と宮路原はバルコニーから飛び降りた。つかの間の浮遊感。数秒遅れて足の裏から脳天にかけてこれまでに感じたことのない激痛が走った。

 宮路原はバランスを崩し、片ひざをつく。斗森塚は縁の方まで転がり、俳優とは思えない体勢になっている。


「もうやだよ、お母さぁん」


 銃声が頭上で響く。見上げると、先程までいたバルコニーが蜂の巣になっていた。殻薬莢が床を跳ねる音が聞こえ、バルコニーの塀から網島が顔を覗かせる。

 宮路原は直ぐに立ち上がり、斗森塚の腕を抱えて、外壁に取り付けられた梯子へと斗森塚を引きずっていく。泣きべそをかく人気俳優はもうやけくそとばかりに梯子を降りていった。

 斗森塚に続き宮路原も梯子に足をかける。

 弾丸が(くう)を裂く音とエントランスの天井に穴が開くのはほぼ同時だった。宮路原は穴から上がる細い煙を見て、身を震わせる。

 発砲音が止むことはない。

 続く銃弾は宮路原の髪を掠め、僅かに突き出た梯子の先を抉った。宮路原は間一髪のところで建物の死角に入り、ようやく呼吸を整える。


「これからどうするんだ」

「逃げるしかねぇだろ」

「どこにだよ」

「俺が知るか! どこでもいい、ここじゃない場所に。警察は直ぐ近くにいるアマシーが捕まるのも時間の問題だ」


 この場を生き残りさえすれば活路は見出だせる。景観作りに植えられた小さな花畑を飛び越え、二人は道路に飛び出した。前方の公園へと走り込み、背後を振り返る。自分たちの通ってきた梯子に網島の姿があった。彼女はこちらに顔を向け、片手に持つ短機関銃を構えた。


「また弾が飛んでくるぞ」


公園の木の裏に身体を滑り込ませる。幹の皮が剥がれ落ち、辺りに木屑が舞った。


「どれだけ弾があるんだよ、くそっ」


 隣の木の傍で斗森塚が震えている。網島は止まる気配を見せない。それどころか、その動きは更に苛烈さを増していく。

 今は逃げるしかない。宮路原は斗森塚に頷きかけ、2人は同時に駆け出した。広い公園を真っ直ぐに横切り、続く商店街を突っ切っていく。時折、背後を確認するが網島は見当たらない。


「諦めたか……」


 そう思った直後、爆走するバイクが横道から飛び出してきた。ドライバーは当然、


「アマシー!」


 器用に片手運転をしながら、二人の方へと一直線に加速する。商店街を行く人々は突然現れたバイクを必死で躱し、気が付けば網島から二人までの間には一切の障害物が無くなっていた。宮路原は近くの果物屋に入り、店の中を通って裏口から外へ出た。後ろに斗森塚の影はなく、バイク音が右の方から響いた。

 視線の先に斗森塚、その後ろに網島がいた。


「ダーリン、迎えにきたよぉぉぉおおおっ!」


 明るい声が商店街を駆け抜ける。

 この先は国道にぶつかり、交通量もかなり増える。宮路原は通りを迂回し、斗森塚よりも早く国道に出た。大きく右にカーブした国道はそのまま駅の方まで続いている。

 辺りはマンションやビルが密集し、騒ぎが起きれば一大事になることは想像に固くない。暴走するアマシーのバイクが通りに飛び出すまで一分もかからない。


(どこか、広い場所。待てよ、あそこなら……)


 宮路原は決心し、小さく頷いた。

 アクセル音が迫り、次の瞬間、一台のバイクが猛烈なスピードで国道に飛び出した。それとほぼ同時に斗森塚が同じ小路から現れる。

 斗森塚は歩道を走り、彼と並走するように網島の乗ったバイクが逆車線の道を走っている。


「何で逃げるの、ダーリン!」


 不規則に鳴り響くクラクション。驚いたドライバーが慌ててハンドルをきり、逆送するバイクをぎりぎりのところで交わしていく。


「斗森塚、こっちだ!」


 宮路原の声に斗森塚が反応する。指し示されたのは、マンション建設が行われている工事現場だった。中の見えない白く高い塀の向こうで重機音が鳴っている。

 横開きのシャッターが開き、一台のトラックがちょうど出発しようとしていた。

 宮路原が先に入り、斗森塚が続く。


「どこ行くのー」


 トラックの後輪が歩道を降りた辺りで、網島のバイクが工事現場に滑り込んだ。

 騒然とする現場。重機音すら掻き消すエンジンの響きに現場の男どもが一斉に動きを止める。

 短い空白が生まれる。

 時が止まったかのような静寂と緊張。

 その中でただ二人だけが動きを止めなかった。


「てめぇ、宮路原!何しに来やがった。というか、今まで何してやがった!」


 宮路原の背後から太い男の声が聞こえる。振り返ると、いつもお世話になっていた現場監督、上島がいた。


「上島さん、何でここに」

「何でじゃねぇ、さてはお前、工事現場変更の通知見てねぇな」

「え……あ、その」


 見てないどころではない。そもそも仕事場にすら顔を出していないのだ。知るはずもない。


「いきなり来やがって」

「言っとくがなぁ、お前にはもう……」

「すみません、上島さん。今それどころじゃないんで」


 上島を振り切り、宮路原はこちらに駆けてくる斗森塚の方を見た。その後ろで網島が獲物を追い詰めたとばかりに不敵な笑みを浮かべてる。辺りにはショベルカーや建設資材が所狭しと置かれており、遮蔽物は十分だった。

 宮路原はピラミッド型に積まれたH鋼の裏に隠れた。斗森塚はショベルカーの陰に身を潜め、隙間から網島の様子を窺った。


「もうそろそろ、終わりにしましょうよ。私疲れちゃったし」

「ならさっさとその銃を捨てろ。そしたら、全部終わる」

「いやよ、エンディングはもう決めてるの。今から私たちの邪魔をしたあなたを撃ち殺して、それからともりんと最後のキス。そして、二人は永久とわの愛を誓って、共に果てるの。二人の愛は死後の世界で永遠になる」

「いつまで寝ぼけてるつもりだ。さっさと目を覚ませ。世の中はお前の思い通りにはならない」

「何言ってるの。世界は全部私のモノよ。私が絶対なのっ!!」

「おい、クソガキ。いい加減にしとけ。ガキのおいたじゃすまねぇんだよ。世の中生きるためになぁ、自分の思い通りにならないことでも、やってて嫌になることでも全部飲み込んで生きていかなくちゃならねぇんだ。お前はもう大人だろ、辛いことでも歯を食いしばって生きてみろ」

「あんたに何が分かるよ、知った風な口利かないでっ!」


 銃弾がH鋼に当たって跳ね返る。周囲の地面に落ちる薬莢の雨。耳を打つ銃声と背中に伝わる振動に宮路原の心臓が激しく鼓動する。網島の叫びすらも切れ切れにしか届かない。それでも宮路原は叫んだ。


「あんたのことは何も知らない。そりゃそうだ。画面の向こうのあんたしか俺は知らないんだから。だがな、所詮はみんなそんなもんだ。相手のことなんて本当は理解なんて出来ないんだよ。相手の言ったことや仕草から勝手に理解した気になってるだけだ。その上、知ったか面しながら、自分勝手な意見を言いまくる。本当に鬱陶しい奴らばっかりだ」


 網島に届いているだろうか。一ファンの身勝手な発言に稀代の大人気女優は耳を傾けてくれるだろうか。


(このままじゃ、届かない……)


 宮路原は細く長く息を吐いた。鼓動は全く落ち着かない。それでも頭に上った血は少しだけ全身に巡り始めたようだ。網島が打つのを止め、再び静寂が広がる。宮路原の耳は爆音により、既に遠くなっていたが、それでも網島の声は聞こえた。


「ともりんは私のモノよ。だから誰にも奪わせない」

「いらねぇよ、あんな奴。顔見るだけで吐き気がする」


 H鋼の盾を捨て、宮路原は網島の前に立った。その行動に僅かな驚きを見せる網島だったが、直ぐに標的に向けて銃を構える。


「だけどなぁ、こんな身勝手な奴に奪われるのを黙って見てられるほど、利巧でもないんだ。思い通りにならないのが自分だけだと思うな。俺だって、半年前に急に会社をリストラされて、ようやくできた彼女にも逃げられて、やっと再就職見つけたと思ったらその会社も倒産して。それでもどうにかこうして生きてんだよ。まじで死にたいと思ったことも山ほどあったけど、それでも気分無理矢理切り替えて今ここにいる。思い通りにならないのはあんただけじゃない」

「知らないわよ。あんたの人生なんて、あんたみたいな奴が私の人生ぶち壊したかと思うと無性に腹が立つ。今ここであんたの眉間に風穴開けてあげるわ」


 網島の右手の人差し指が引き金に掛かる。標的は目の前、外すことは万に一つもない。

 それでも宮路原は一切目を逸らすことはなかった。最後まで大好きな女優の顔を見続けた。


「やっぱりタイプじゃないわ。バイバイ、宮野原さん」

「宮路原です!」


 引き金が引かれる。死の弾丸が宮路原に向けて射出された。


「H鋼スプラァァァアアアッシュッ!!」


 宮路原の前方にH鋼が突き刺さる。金属がはじける音が続き、H鋼が宮路原の盾となった。背後を振り返ると、息を切らしながらH鋼を持ち上げる上島がいた。


「何なのよ、次から次へと、次から次へと」


 網島は標的を宮路原から上島に切り替え、再び発砲した。


「H鋼ホールドシールドッ!!」


 今度は上島が自分の前にH鋼を突き刺し、防御の体勢に入る。

 しかし、


「痛たたたたたたたたたた、掠ってる掠ってる、H鋼細すぎて全身ガードできねぇぇぇぇええええええ!」


 その隙に宮路原が飛び出す。別の方向を向いてる網島に渾身のタックルを決め、倒れた彼女に跨って両手首を抑えた。


「くそっ、放せ、放せぇぇぇええええ!!」

「女の子がくそなんて汚い言葉使うんじゃありません」

「てめぇくそ、今すぐ殺してやる」

「うるせぇぇぇえええっ! ゴンッ……」


 暴れ続ける網島に思い切り頭突きを食らわせる。鈍い音が鳴り、白目を向いて網島は気を失った。


「なんてことだ。大好きな女優のこんな姿を見てしまうなんて。でもちょっとかわいい、写メっとくか」


 宮路原はふらつきつつもどうにか立ち上がり、横たわる網島を見下ろした。人生で始めて好きな人に頭突きを食らわせた。その気分は思っていたよりも幾分気持ちのいいモノだと、宮路原は思った。


「いやいやいや、俺にそんな趣味はねぇよ………たぶん……」

「やったぁぁぁぁあああああ!」


 喜びの声を上げて斗森塚が駆け寄ってくる。思い描いていた終わり方とはかなりずれてしまったが、宮路原はようやく胸に溜まった息を吐き出すことが出来た。


(出来ればもっとスマートに終わりたかったけどな。そして、そのままアマシーが俺に惚れる展開だとなお良しだったけど)


 一人で考えて、一人で笑った。

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