第8章「夢の跡地」②
廊下を歩く間、イリスは始終無言だった。
その雰囲気が気まずくて、わたしは「そういえば、これから会う王子ってどんなひと?」なんて聞いてみる。
「性格悪い人よ」
「根に持ってる? ごめんなさいってば」
「冗談。良い人よ。賢いし、それなりに力もあるけれど、ちゃんと心のある人。ときどき頭よすぎて、話についていけないときがあるけど」
「王子様と仲いいの?」
「別に、ただの幼馴染よ。小さい頃に、お城を抜け出して、よくあたしの集落に遊びにきてたのよ。名前はサティ、この国の第十三王子よ」
「王子なのに女の人なの?」
「可愛い名前だけど男よ。サティ・ジャベリン・ライトニング。ほら、謁見室はそこの扉よ。怒られることは無いと思うけど、本来、あたしとサティは身分が違うんだから、ナナミもしっかりしてよね」
「えっ、もう? まだ心の準備が……」
「開けるわよ」
扉を守る二人の兵士が取っ手に手を掛ける。
重たい音がして、分厚い扉が開いた。
わたしは目を閉じて深く息を吸うと、気持ちを切り替える。
再びまぶたを開けたとき、そこには『月の国』の国王の謁見の間よりもさらに豪華な部屋が広がっていた。
広い部屋。赤いカーペットが入り口から奥の壇まで敷かれ、その先には玉座としか言い表しようの無い立派な椅子が置かれている。
そしてその椅子には赤い衣に身を包んだ青年。
彼がおそらく、サティ王子なのだろう。
「イリスです。ナナミ様をお連れしました」
「ナナミといいます。この度はお助けいただき、ありがとうございました」
イリスが膝を着いて傅き、それに倣ってわたしも頭を下げた。
「ナナミさん、どうぞ頭を上げてください。イリスも。ありがとうね」
そう言ってサティ王子は椅子から立ち上がると、壇を降りてこちらへ歩み寄ってきた。
「僕がこの城の城主、サティです。ナナミさん、こちらこそ多くの兵士を救っていただいたと聞いています。助かりました。
特に、ここにいるイリスと僕は幼馴染でね、小さい頃から一緒にやんちゃをしていたんです。イリスが無事に帰ってきて本当に嬉しいんです」
ふと気になってイリスを見ると、案の定、顔を真っ赤にしている。
「ちょっ、恥ずかしいこと言ってんじゃないわよ、こンの馬鹿王子! 頭わいてんじゃないの? 死ねっ! くたばれ……じゃなくて、くたばってくださぃ失礼しました言い過ぎましたお願いだから兵士さんたち槍おろして……」
そして兵士八人に槍を突きつけられて半泣きになっていた。
「槍を下ろして」
サティ王子が言う。
「いいんだよ、イリスはこれで」
イリスが胸をなでおろし、しかし周りの兵士たちの刺さるような目線を浴びて再び背筋を伸ばした。
とりあえずイリスが静かになったところで、わたしは「ひとつお聞きしたいのですが……」とサティ王子に尋ねる。
「サティ王子は、この国の城主と言いいましたが、皇帝陛下が城主ではないのですか?」
「ああ、そのことか。この国は僕が言うのもあれですが、広いですからね。皇帝の住む城は国の中央にあります。そのほかに、十三に分けられた地区を統治するためにそれぞれ城が配置されています。そして東端の地区の統治を任されたのが、第十三王子の僕です。ところで、こう言ってはあれですが、そんなことが疑問だったのですか?」
「ええ。まさかこの城で最も偉い人に、初めから案内されるとは思っていませんでしたから。わたしのことは聞いていますよね? どうして自ら謁見するなんて、危険な真似をなさったのですか?」
「イリスが信頼してるように思ったからです。だから、話を聞いてみても大丈夫かなって……まぁ勘ですけどね」
「……勘ですか?」
「ええ。僕の勘はよく当たるんです。それに、それを言うならナナミさん、あなたもです。この城から逃げ出そうとは思わなかったのですか?」
「じゃぁわたしも勘です。イリスが信頼している王子様なら大丈夫かと思いました。イリスは嘘のつけない子みたいですから」
わたしと王子様が同時に笑い、イリスが顔を真っ赤にして罵詈雑言を叫んだ。
「王子、目に余ります。せめて廊下に出させてください」
兵士たちからの意見があり、イリスは謁見の間からポイされた。
兵士たちはひとしきりハイタッチを交わしたあと、自分達の持ち場へと戻る。
「兵士から好かれているのですね、王子は」
「嬉しいことですよ、本当に。皆とてもよく務めてくれます」
そしてサティ王子は笑った。
その曇りの無い笑顔がランスのそれと似ていて、胸が痛んだ。
「ところでサティ王子。そもそもどうしてイリスは兵士になったんですか? あまり訓練を積んでいるようには見えないですし、王子の望むところでも無いような気がするのですが」
「二週間前のことです。戦争があるということで、国中の村や集落に徴兵がありました。全員ではなく、村から何人出せという類の命令です。大抵の村や集落が、徴兵される者を輪番で決めています。そのときに、大人の男達に混じってイリスがこの城に集まってきていました」
「紛れ込んだってことですか?」
「まぁそれに近いです。話を聞くと、『あたしの家は父のほかに母と妹が3人、弟が2人います。父は家にとって必要なので、あたしがきました』なんて言っていて、そして仕舞いには『喧嘩じゃ男の子に負けたことありません』ときたものです。あのときはとても困りました」
それからふと、王子がわたしを見つめてくる。
「あの……なんでしょう?」
サティ王子は答えない。王子はわたしの手を掴むと、唐突に歩き出す。
「あの、ちょっと……」
王子は廊下に出る扉に手を掛けると、思い切りその手を押して言った。
「イリス、ようやく見つかったよ」
サティ王子はイリスに言い放つ。
「僕が秘書を探していたのは知っていたよね。二人ほど欲しかったのだが、見つかったよ、ナナミさんがとりあえず一人目だ!」
え? えぇぇぇぇぇっ?
思わず声が漏れそうになる。
寸でのところで留まれたのは、イリスがわたしの目の前で、わたし以上に驚いてくれたからだ。
睨み半分でわたしはサティ王子に振り向く。
けれど何となく、王子が何かを待っているような気がして、
ようやくわたしはサティ王子の狙いに気づく。
「本当にわたしなんかが秘書でいいんですか? わたしなんかで勤まります?」
「大丈夫ですよ。城内は人手不足ですから、助かります」
「わたし、結構がさつですよ? わたしなんかでいいんだったら、よっぽど乱暴で捻くれた性格の人でもないかぎり勤まる……」
それからイリスをチラッと見て、
「あ、ごめんなさい。今ここで言うことではなかったですね」
「できるわよ、あたしにだって秘書ぐらいっ!」
イリスが顔を真っ赤にして叫ぶ。
あまりにも単純すぎて、わたしは必死に笑ってしまいそうになるのを必死でこらえた。
その言葉を待っていましたと言わんばかりに、すかさずサティ王子が「ありがと、助かるよ」とイリスの手を握る。
イリスが握られた手を振り払おうとしたので、「別に無理しなくていいわよ。イリスには難しいでしょ?」と少し嫌味っぽく言ってやる。
「できるわよ! わたしがやってあげるって言ってんのっ!」
笑うのを我慢していたのはわたしだけではなかったらしく、サティ王子がお腹を抱えている。とうとう耐え切れなくなって、わたしと、それを見ていた兵士も一斉に声をあげて笑った。
「笑うなっ! 笑うなっての馬鹿王子っ! クズ、くたばれっ! 言っとくけど、別にあんたのためじゃないんだからねっ! ……じゃなくて、とっても光栄ですハッピーです誠心誠意勤めさせていただきますぅ槍下ろして」
冷や冷やするわたしと、怒りで顔を赤くする兵士達を他所に、サティ王子だけがいつまでも笑っていた。
まるで準備されていたかのように、このあとすぐ、わたしとイリスにひとつの部屋が割り当てられた。
ここで寝泊りするようにと言われた部屋は、サティ王子の寝室のすぐ近くだ。きれいな部屋に、生活に必要な家具一式とベッドがひとつ。そこに、わたしのための布団が運び込まれた。ベッドはすぐに手配すると言っていたが、そこまで気を遣わせるのも悪いので断った。
そしてこの日の夜。
わたしはサティ王子の部屋を訪れて二つの頼みごとをした。
ひとつは、数日の暇をいただきたいということ。
もうひとつは、馬を一騎貸してほしいということ。
行き先を問われたので、かつて『剣の国』だった場所へと答える。
わたしがその国の出身であることを話すと、渋い顔で了承してくれた。
「あまりいい予感はしないけれど、君は行かなくてはいけないと思う」
サティ王子に「それは勘ですか?」と問う。
「違う。人の道だ」
わたしは部屋を出る。
仮眠をとり翌日。
わたしは『剣の国』があった地へ馬を走らせた。




