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第8章「夢の跡地」①

 廊下を歩いて、いくつかの閉まったドアの前を通り過ぎ、階段をいくつか昇ったり降りたりする。そうして辿りついた部屋のひとつに、見知った顔があった。

 イリスだ。

 わたしが声をかけると、イリスは呆れたような顔で露骨にため息を吐いた。


「やっと目を覚ましたのね。ってか一週間も起きないなんて信じらんない。アホなの? 絶対にアホでしょ? このまま死ぬんじゃないかって思ったわよ」

「心配かけたよね、ごめん」

「ば、馬鹿じゃないの? 別にナナミのことなんか心配していないんだから。あんたの看病だって、別に王子に命令されたからやっただけなんだからね」

「そっか、看病してくれたのイリスなんだ。ありがとう」

「ああもう、ああ言えばこう言う! (ひね)くれ者、天邪鬼(あまのじゃく)!」

「はいはい。それでも感謝してるんだよ?」

「もうっ、馬鹿にしてぇっ!」


 面白いなぁ、この子。ってか、捻くれ者はどっちよ。


「ところでイリス、ここはどこなの?」


 廊下が長く、階段もあったので、大きな建物の中と言うのは分かる。部屋の数は多いけれど、使っている部屋は少ないようだ。壁や天井は白く、石や木ともまた違った感じの見たことも無い材質でできている。


「石膏がめずらしいの? ここはグロリア城の中よ。城内にある部屋のひとつ。王子に言われて、ナナミが寝ている部屋のすぐ近くで待機してたのよ、一週間もね」

「ん? 『すぐ近く』?」

「そうよ、すぐ近く」

「わたし、部屋から出たあと、いくつも鍵のかかった部屋の前を通り過ぎて、階段を何回も上がったり降りたりして、ようやくこの場所まで来たんだけど?」

「あんた、部屋を出てすぐ左に出たのね。右に出てたら五歩でこの部屋の前まで来ていたわよ」


 イリスは部屋の入り口に立つと、「あそこが、あんたが寝てた部屋ね」と指差す。

 本当に目と鼻の先だった。


「ねぇ、ナナミ」イリスが言う。「目が覚めたらあんたを連れて来いって言われてるのよ。その前に何か食べる? 着替えも用意できてるわよ」

「ん、ありがと」

「別に。王子に会うんだから、しっかりしなさいってことよ。王子にヒドい姿のままで連れてったら、あたしが怒られるじゃないのよ」

「なるほどね。わたしがもし、王子に会いたくないって言ったらどうするつもりだったの?」

「そのときは、『ナナミを逃がしたって知られたらあたしが殺される』って嘘をつけって、王子に言われたわ。あんたの性格を伝えたら、それで逃げることは無いだろうって」

「その王子、性格悪いでしょ?」

「ちょっと、馬鹿にしないでよ。あたしの国の王子よ?」

「ああ、そっか。ごめん」

「まぁ別にいいけどね。はい、着替え!」


 わたしは服一式を受け取る。

 白のブラウスに黒のプリーツスカート。ベージュの薄手のセーターを羽織る。「あと、王子と会うんだからこれも」と手渡されたタイを首元で締めて、「こんなかんじ?」とイリスに聞く。


「なによ、似合わないことはないじゃない。学生とか、あと貴族の娘とかが着る服よ。あたしでも着たこと無いんだから」


 そう言ったイリスは、服装は動きやすい感じの長袖長ズボン。色は灰色で、ポケットなどがいっぱいついている。

 男性の着るような飾り気の無い服だ。『月の国』の兵士が着ていた服とどことなく似ている。

 ところで……


「イリス、『学生』って何?」

「そっか、学校なんてあるのは、うちと『穂の国』ぐらいだもんね。要は家の仕事の代わりに勉強する子供のこと。知識と技術を身につけると、将来はもっと良い仕事に就いて豊かな生活を送れるようになるのよ」


 それからイリスは二人分の食事をテーブルに用意してくれた。

「いいから早く食べなさいよね」とイリスが促す。わたしは椅子に座ると、「いただきます」と、スプーンを持ってスープを一口飲む。

 まるで体に染み渡るようだった。

「おいしぃ……」

 声が漏れる。

 自分が空腹であることを、体が思い出したようだった。

 味わう余裕も無く料理を口の奥に次々と放り込み、けれど舌の上を通っていく全てが今までに無いぐらい美味しかった。


「ごちそうさまでした!」

「おそまつさま。そこまで美味しそうに食べくれると、さすがに嬉しいわね」

「えっ? これってイリスが作ったの? すごーいっ!」

「べっ、別にこんなの大したことじゃないんだから! それより、そろそろ行くわよ」


 頬を赤らめたイリスが、照れ隠しのように慌てて席を立つ。


 これから会う人は、『光の帝国』の王子だ。

 緊張する気持ちを抑えながら、わたしはイリスに続いて部屋を出た。

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