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過去が本編で掘り下げられるか否か、それが問題だ

掘り下げられれば、ある程度人気が保証される。

 色々と思い出しては感情を噛みしめているらしいクルトを慰める言葉もないので、重くなった空気を振り切るように、わたしは話を続けることにした。

「なるほど、その、攻略キャラの呪力を利用した魔法があるから、もしイザベルが攻略キャラと恋愛状態でゲームの時間軸を終えることができれば、その先の未来に繋がるってことね。」

「そうなんだ。イザベルは、ゲームの主人公とは違って実在する人間をそのままゲームの登場人物にしてるから、それが可能なんだよ。」

 クルトも思い直したように会話を続けてくれる。しかし、すこし鼻をすすっている音が混じるのが哀れである。

「でも、それならイザベルがそのまま攻略キャラと恋愛してエンディング迎えれば良いじゃない?何もわたしがこのイザベルってキャラにならなくて良いと思うけど?」

「あー、うん。それはボクも試みたよ。イザベルに接触して何とか恋愛エンドに繋がるようサポートしてみたんだけどねー。」

「駄目だったの?」

 まあ、駄目だったんだからわたしに頼んでるんだろうな、と予想はしつつも一応確認する。

 すると、クルトは腕組みをして、小難しげな顔をしながら首を捻った。

「うーん、このイザベルさ、性格悪すぎるんだよね。」

「ぶっちゃけたな、おい。」

 そりゃあ、悪役キャラなのだから善良であるわけがないと思うが、何もそんなにはっきり言ってやることもないのではなかろうか。いくら実在の人物とはいえ、ゲームのキャラクターなのだから多少ストーリーのために大袈裟に描写されたり、都合良く脚色されたりする部分はあるだろうに。

 わたしのそんな内心を感じ取ったのか、クルトは逆側に首を捻り直す。

「いや、ほんっとに性格悪くってさ。自分の間違いは認められないし、何かっていうと自分より立場が下の人間をいじめるし、自分の思い通りにならないと怒るし、人の話は聞かないし。主人公にも、何がそんなに気に食わないんだってくらいに突っかかるし。弟のアンリは勿論、他の攻略キャラともゲームの時間軸が開始する前から知り合いなんだけど、もうその時点で蛇蝎のごとく嫌われてるんだよね。ゲームの一年という時間軸で、相手に将来を共にしたいと思わせるほどに恋をさせるなんて到底無理で…。」

「…乙女ゲームのキャラなんだから、せいぜい10代後半でしょうに、何でそこまで性格歪むのよ……。」

 それこそ、漫画やゲームに出てくる架空の悪役のようではないか。いや、むしろ最近の漫画やゲームでは見られないタイプの悪人ではないだろうか。読者に「悪役にも悪に落ちた理由があるんだ…」と同情を誘い、一定の人気を集めてしまう美学のある悪さではない。しかも、クルトの説明から想像するに、大分子供じみていて、ラスボスには到底なりえない小物感満載の悪さである。

「イザベルにも、生まれ育った環境が良くなさすぎるっていう理由はあるんだけどね。」

「ああ、やっぱり歪んだ理由はあるのね。じゃあ、そこをクローズアップして彼女の闇を解きほぐすストーリーとして展開すれば…。」

「いや、周りの人間はイザベラの歪みっぷりに辟易して関わりたくないと思ってるから、誰も解きほぐせないと思うよ。だいたい、ゲームのストーリーの中では、イザベルの生い立ちとかには一切触れないし。」

「…そこにスポットを当ててこそ、乙女ゲームとして人気が出るんでしょお!?」

 ゲームのストーリーの中で、少しでも悪役の闇に触れる描写があれば、ユーザーをどっかんどっかん言わせられるのに、何をもったいないことしているのか。例え、公式でそれ以上の広がりを見せなかったとしても、二次創作の世界ではイザベルと攻略キャラの薄くて高い本が量産される可能性が広がりまくるではないか。

「そういうことが分からないからゲームが売れないのよ。この時代の乙女ゲームの主人公なんて、没個性のテンプレキャラなんだから、上手くすれば脇役の女性キャラは主人公以上にユーザーの人気を集められる存在に成り得るっていうのに…。特に、悪役キャラなんてある意味ものすごく美味しいポジションだと思うんだけど?」

「いや、そんなこと言われても…。」

 わたしの主張にどう反応したら良いのか分からないのだろうクルトは、口の中でもごもごと喋る。

 オタクのこだわりに一般人が返す言葉を見つけられないのは今に始まったことではないが、正直に言えばこの程度の認識はオタクでも何でもなく、二次元というサブカルチャーをある程度嗜む人間にとっては当然の認識であると主張させていただきたい。

 と、クルトはさも良いことを思いついたというように、パッと表情を明るくした。

「あ、だったらさ、その誘子さんのこだわりを駆使して、イザベルとして攻略キャラを落としてよ?誘子さん自身がイザベルになれば、思い通りのストーリーを作れるかもよ?」

「いやあ、現実にそんなトラウマ抱えた人間に親身になって付き合うのって、医者かカウンセラーに限られると思うわよ?」

「トラウマ解きほぐすストーリーとして展開すれば盛り上がるって言わなかった!?」

「創作物の世界であれば、多少性格に難があっても都合の良いエピソードでも盛り込んで、都合の良いストーリー展開も難しくないだろうけど、現実の人間は自分の日々の生活を送るのに精一杯で、他人のトラウマに付き合ってやる余裕なんてないもんよ。それこそ、そのトラウマが収入になるんでもない限りね。」

「………」

 我ながら冷めた物言いだと感じるのだから、聞いているクルトは尚更そう思うのだろう。口の端がひくひくとひきつっている。

「トラウマが発覚する前に好意を抱いてるんなら話は別かもしれないけど、蛇蝎のごとく嫌ってる女のトラウマなんて、ふーん、可哀想だね~、で?ってなるだけよ。」

 勿論、性格が良い人間だけが恋愛や結婚ができるわけではない。世の中には、底意地の悪い人間や、誰かを傷つけずにいられない人間が間違いなく存在する。しかし、そういう人に恋人や伴侶がいないかというと、そういうわけでもないのだ。

 暴力を振るったり、他人の人格を否定したり、周囲の大多数から疎まれ嫌われる人間でも、不思議と離れようとしない恋人や伴侶がいたりする。そういう場合、恋人等に対してはものすごく優しい人間であるか、又は互いに歪ながらも必要とし合う共依存の関係にあるか、どちらかなのではないかと思う。

 それはそれで別に良いのだが、間違いなく言えることは、健康でも健全でもないということだ。自力で精神のバランスを保てる人間は、好き好んで精神の不安定な人間には近づかないものである。下手をすれば、自分の精神のバランスまで崩されるからだ。

 イザベルが、何らかトラウマを抱えているにしろ、他人を傷つけずにいられない性格なのだとしたら、そういう人間を嫌い遠ざけようとする攻略キャラの判断は正しいと言える。

 と、そこまで考えてふと気づいた。./

「…って、これじゃあ、わたし自身もイザベルが攻略キャラと恋愛するのは無理って認めてるようなもんか。」

 わたしが自分自身で突っ込むと、口元を引きつらせていたクルトもハッとした。

「そ、そうだよ!そういうわけでイザベル本人じゃ到底攻略キャラとの恋愛は望めそうにないんだ。だから是非、誘子さんにイザベルになってもらって、攻略キャラとハッピーエンドを迎えてほしい!」

 わが意を得たりとばかりに拳を握って力説するクルトに対し、「リアルな人生の恋愛におけるハッピーエンド認定のタイミングはいつなのか」と思ったが、思っただけで言わないことにする。現在の問題はそこではないので。

「…でもさぁ、生まれ変わってイザベルになれってことは、そのイザベルが歪む原因になった『恵まれなさ過ぎた環境』とやらに身を置くってことでしょ…?ふっつーに嫌なんだけど。生まれ変わったわたしまで性格歪んだら元も子のないじゃない。」

「だから、そうならないために誘子さんが選ばれたんだよ。」

「はい?」

「誘子さんには、ただイザベルとして生まれ変わるんじゃなくて、鈴木誘子さんの人格を維持したまま、イザベルになってもらいたい。」

「鈴木誘子の人格を維持したまま…?」

「そう。鈴木誘子さんとして、イザベルの立ち位置に生まれて欲しいんだ。」

 ファンタジーもファンタジーである。

 生まれ変わりなんてものがあるのか、という初級の議論すらすっ飛ばして、いきなり応用編を用いられた気分だ。

「さっきも言ったけど、イザベル本人と攻略キャラが何とか恋愛するよう仕向けることなら、幾度となく試したんだ。最初は、ゲームの時間軸の中で、あらゆる選択肢を試した。イザベルの行動、交流を持つ相手、イザベルが恋愛感情を持つ王子キャラ以外の攻略キャラとの未来の可能性…でも、一番いい結果ですら、攻略キャラから多少見直されたって程度だった。もう少し時間軸が長ければ、もう少し関係が変わったと思うんだけど…。それで、今度は、ゲームの時間軸よりも更に過去からやり直すことにしたんだ。」

 クルトがさりげなく口にした「幾度となく試した」という言葉に、少し胸がざわりとした。それこそゲームのようにセーブとロードを繰り返し、スタート画面に戻り…そんな工程を現実として幾度となく行ったとき、イザベルにその意識はあったのだろうか。もし、あったのだとしたら、それはなんて残酷な仕打ちだろうか。

 もし、自分がその立場にあったらと考え…すぐさま止めた。想像できる範疇をはるかに超えているに決まっているし、到底及ぶべくもないと分かっていても、その片鱗を思い描くことすら恐ろしい。 

「…過去から、やり直す」

 想像を断ち切るべく、口にした言葉は単なるオウム返しにしかならなかった。

「うん、ゲーム開始時点の人間関係がそのままゲームの設定として利用される仕組みだからね。過去からやり直してイザベルの性格が変われば、攻略キャラとの関係も変わってゲームの世界でも恋愛しやすくなると考えたんだ。」

「…でも、駄目だったのね?」

 クルトは、眉根を寄せると、唇をキュッと引き結んだ。すっと視線を落としてから、少し低い声で言葉をこぼすように話す。

「…恵まれない環境っていうのは、主に両親との関係でね。特に母親との関係が最悪過ぎた。母親との関係にについては、イザベルに原因があるというより、多分に母親側の問題に因るとボクは考えてる。ボクも、イザベルをサポートするために側近くにいたんだけど、イザベルの性格が歪んだのは、あの母親との関係を何とか上手く立ち行かせようとした結果なんだって思ったよ。」

「………」

 色々とイザベルの側で感じたことを思い出しているのだろう。クルトの瞳はここではないどこかを思い描いていて、ほんの少し影が差している。

「イザベルの性格を変えるってことはね、イザベルが現実を受け入れるってことなんだ。両親と上手く関係を築けていないという現実を認めて、その現実に捕らわれてる自分を解放すること。でも、それはね、子供にはとっても難しいことなんだって実感したよ。」

 クルトは、知らず知らずに詰めていたらしい息をふーっと長く吐くと、背もたれに身体を預けた。しかし、その視線は今だ伏せたまま影を落としている。

「まず、両親に愛されてないかも、なんて認めたくないでしょ普通。仮に認めたとしても、何とか愛されようとしちゃうでしょ。それが上手くいかなかったら、自分が悪いんじゃないかって思うよね。…でもさ、両親だってそれぞれの感情とか都合とかに合わせて生きてるだけの人間だもん。イザベルが頑張った分だけ報いるとは限らないよね。」

「………」

「ボクとしてはね、両親との関係なんかどーでもいーって開き直って、イザベルが楽に生きられる方法を選べば良いのにって思ったけど…恋愛をして世界を救う云々のは別にしても、ね。でも、イザベル自身がそれで良いと思って選択しない以上は、そうやって『無駄だから諦めろ』っていう忠告すら苦痛になってしまうんだね。」

「…そう、ね。」

 クルトの言葉からは、イザベルの置かれた境遇の外郭しか図ることは出来ない。しかし、少なくとも「性格悪すぎ」と評さずにはいられない人物であるとしながらも、少なからずクルトに同情心を抱かせる程度には不遇な境遇であったことと、上手くいかない両親との関係を何とか改善しようと努力をして、上手くいかない結果を自らの責と考えてしまう程度には健気であることは分かった。

「そうやって、何回か過去を繰り返したんだけど…、正直見てらんないっていうか…無理なんだなって思ったんだ。何とかしようとすればするほど、イザベルは周りに圧迫されていく。圧迫されて潰されないためには、強固でいるしかない。でも、イザベルにとっての強固っていうのは、周りへの攻撃になる。自分が傷つけられないために、先んじて周りを傷つける。…不器用な、子供だからね。」

「………」

「ま、そんなわけでね」

 クルトは伏せていた視線と声の調子を少し上げた。過去を振り払って現在に戻ってきた、といったところか。

「16~17歳の少女に、自分のことも救いつつ、恋愛もして世界も救え!ってのは無理だったわけ。いや、それができる16~17歳の少女もいるかもしれないけど、少なくともイザベルには無理だったんだ。でも、イザベル以上に立ち位置が有利なキャラクターは、ゲームの中にはいない。だから、イザベルの立場をそのままに、中身の人格を変えたらどうかってことになったわけ。」

「で、その中身の人格に、わたしが選ばれた、と。」

 結論を奪うようにして口にすると、クルトはうんうんと頷く。

 わたしは、髪に指を通して、くしゃりと握りしめた。

「………」

 イザベル本人に攻略キャラとの恋愛が望めないことは理解した。

 しかし、だからと言って、わたしが選ばれる理由にはならない。

「話としては理解したけど、なら別にわたしじゃなくても良くない?イザベルの中身の人格が選ばれる基準て何かあるの?」

 クルトは、マドラーでまた一掬い砂糖を掬って口に入れると、マドラーを銜えたまま大きく頷いた。

「あるよ。」

「何?」

 肯定してから、すぐにその内容を語らないその様は、わざとらしい勿体ぶりかただ。

 クルトは、マドラーをカップに戻して、コーヒー自体を一口飲んだ。今更ながらに、溶け切らないほどの砂糖が入ったコーヒーはどれほど甘いのだろうか、と思う。想像しただけで、少し舌が痺れた。

 コクリとコーヒーを嚥下したクルトは、真っすぐに私を見て言った。

「イザベルの体に定着できる魂の持ち主であること。」

 魂。

 魂、とは。

 また、定義が曖昧な単語が出てきたものだ。

「魂って…何?いや、漠然としたイメージはあるけど…肉体に宿ってる、個人の意識みたいな感じの…。そのイメージで合ってるの?」

「うん、まあ、詳しく説明すると小難しい話になるけど、誘子さんに分かりやすく例えるとしたら、スマホのSIMカードみたいなイメージと思ってもらえれば。」

「スマホ!?のSIMカード!?」

 魂以上に予想外すぎる単語の登場である。

 異世界だの魔法だの生まれ変わりだのと語ったのと同じ口から、スマホのSIMカードなんて言葉が出てくるとは。

 呆気にとられるわたしを他所に、クルトは何もおかしなことは言ってないという表情で淡々と説明を重ねる。

「うん。スマホって、バッテリーを充電して電源入れただけじゃ、自分のスマホとして機能しないでしょ。電話もかけられないし、ネットに接続することもできない。それって、SIMカードをスマホに入れることで利用者が特定されるからでしょ?SIMカードを古いスマホから抜いて、新しいスマホに差せば、同じ電話番号で電話できるもんね。」

「そ、そうね…。」

 厳密には、そこまで単純なものではないが、あくまで例えなのでイメージとしては分かる。

「それと一緒かな。肉体をスマホ本体だとしたら、魂はSIMカード。生命が生まれる瞬間に肉体に宿る、個を個として特定するためのもの。何度、肉体を変えようとも、魂が変わらなければ、生命を積み重ね続けることができる。」

「………」

「ただね、スマホのSIMカードだって、どんなスマホに差したって良いわけじゃないでしょ?例えば、自分のスマホからSIMカードを抜いて、友達の違う機種のスマホに差し替えたところで使えないじゃん。機種によって使えるSIMカードの種類は決まってるわけだからね。」

 なんでそんなにスマホに詳しいのよ、と突っ込みを入れたくて仕方がない。話が逸れる気がするので自重するが、本当にどうしてそんなことを知っているのだ。あれか、クルトもスマホを持っているのか。異世界でも使えるスマホがあるのか。

 すいません、それどこの会社のスマホですか。

「それと一緒でね、肉体と魂にも相性があるんだ。というか、ほとんど他人同士の肉体と魂の相性は合わない。肉体っていうのは魂の器だから、魂の性質に合わせて生まれる。だから、本来の魂の形に合わせて生まれた肉体に別の魂を入れたところで、定着しないのが普通なんだ。」

「…定着しないと、どうなるの?」

「命として生まれてくることが出来ずに、肉体が死んでしまう。」

「…あっさり淡々と言わないでよ。」

 なるほど、スマホとして機能しないスマホは充電が切れても放置されて経年劣化で故障するわけだ、などと平然と考える自分の例えの方がうすら寒い気がしたので、口には出さなかった。

 しかし、話としては理解できた。

「つまり、わたしの魂はイザベルの肉体と相性が良いのね。珍しいことに。」

「うん。他人同士の肉体と魂が定着する可能性って、あり得ないって言って良いほど低いんだ。誘子さんが生きていた当時の地球の人口が約73億人として、その中で誘子さんの魂を定着させられる肉体がある可能性は0。異世界に渡って、その異世界の人口が地球と同程度だとしたら、大体10~15個程度の異世界を探せば、1人くらいはいるかもねって感じ?」

「そんなに低いの!?」

 それは割合に換算すると、どんな数字が出てくるのだろうか、と考えたが数学は得手ではないので、すぐさま考えることを放棄した。まさか、地球全体で探しても1人もいないものだとは。

 と、そこでふと思った。

「さっき異世界っていうのは無数にあるって言ってたわよね?無数っていうと何千何万よりも多いって感じだけど…実際に異世界ってどのくらいあるの?」

 わたしが問うと、クルトは聞かれたくないことを聞かれたというように、口の端を引きつらせて嫌そうな笑みを浮かべた。

「う、それ聞いちゃう?…まあ、見つかっているだけでも7,600個くらいあるかな。はっきりと発見されてないけど、存在する可能性があると思われてる世界を含めれば、7,800くらいまで増えるよ。実際にはもっともっと多いかもね。」

「7,600…」

 無数、という表現は少し大げさな気がするが、それでも十分多いのではないだろうか。

 他人の肉体に定着する魂の持ち主が、地球と同じ規模の異世界を10~15個程度探せば、1人くらい見つかるのであれば、全くいないというものでもない気がしてきた。

「…イザベルの肉体に定着できる魂って、わたし以外にも割といるんじゃない?」

 わたしがポツリとこぼせば、クルトは椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、わたしに向かって前のめりで叫ぶように言った。

「いやいやいやいやいや!そんなわけないから!地球と同程度の規模のって言ったでしょ!?地球ほど生命が多い世界なんか7,600個の内の300個にも満たないよ!それに、人の魂は人の肉体にしか定着しないんだから!知的生命体がいない世界だって沢山あるし、いたとしても、それが人と同じ姿をしてるわけじゃないんだからね!」

「お、おう。ごめん。」

 あまりの剣幕に、それ以外いう言葉がなかった。

 大分苦労して、わたしという魂の持ち主を見つけたらしいことが窺える。

 クルトは、憤懣やるかたない、というように椅子にどっかりと座り直すと、腕を組んで眉間にしわを寄せて言う。

「それに、魂が定着できさえすれば誰でも良いってわけじゃないんだよ。さっきも言った通り、イザベルはかなりキツイ境遇に置かれてるんだから、精神的にこれに耐えられる人格の持ち主じゃないと、いくら前世の人格を引き継ぐっていっても、結局潰れちゃう。一つの世界を救うっていう使命だけでも重いのにさ。」

「…そうね、恋愛で世界を救うとかいう手段のせいでイマイチ重みが伝わらないけど、世界を救うって重いわよね。」

 途中途中冗談のような会話が混じるせいか、やや真剣味に欠けるがこれは一つの世界を救うための話なのである。

 しかし、その条件であるなら、なおのこと納得がいかない。

「でも、それならどうしてわたしが精神的に耐えられる人間認定されたのよ?別に、わたしだってメンタル強靭なわけじゃないけど?」

 そう聞くと、クルトは怒りのオーラを消して、静かに目を伏せた。

 そして、ゆっくりと目を開けると、わたしを真っすぐに見つめて、穏やかな声で理由を言った。

「それはね、あなたが人から愛されることと、人を愛することを知ってる人だから、だよ。」

「………」

 クルトの言葉に、わたしはパチパチと瞬きをした。

 また随分と、クサいセリフが出てきたものではないか。

 誉め言葉ともとれるが、誉めるために言ったというよりも、事実をありのまま述べたという感じだったので、こちらとしても照れるとか嬉しいとかいった感情に至らないままキョトンとしてしまう。

「…言ってて恥ずかしくない?」

「ちょっと恥ずかしい…。」

 恥ずかしいんだ。かわいいな。

 クルトは、んんっと咳払いをして気を取り直したように話を続ける。

「誘子さんは、精神が安定しているし、成人して結構立ってるから人格形成もほぼ確立してるでしょ?それに誘子さんのことを大事にしてた家族の記憶があれば、例えイザベルとしてイザベルの両親の元に生まれたとしても、あまりそちらに感情移入しなくて済むんじゃないかと。」

「ああ、なるほどね。」

 自分の精神が安定している、などと評されるのは少し照れくさいが、良くも悪くも感受性豊かで安定しない精神の未成年よりも、ある程度成人してアイデンティティが確立している大人の方が、周りの環境に振り回されることなく目的を達成できるだろうと考えたわけだ。

 納得できる話ではあるが、それでも私は口元に手を当てて小首を傾げた。

「てことは、わたし以外のイザベルの肉体に定着できる魂の持ち主で、わたし以上に…精神的に安定してる人間がいなかったということ?」

 自分で自分の精神が安定しているなんて口にするのは恥ずかしい。

 決して精神的に不安定でないと自負してはいるが、だからと言って自分で「わたし精神的に安定してるからぁ」なんて言うものでもないだろう。何だか「わたしって変わってるからぁ」と自分で言うのと同じような感覚に陥る。

「うん、それもあるけど…どっちかというと人格の性質がふさわしいと判断ってことなんだ。」

「人格の性質?」

「ただ精神的に安定した大人であれば良いってことじゃなくて、やっぱり人間関係の構築においてバランス感覚の優れた人が良いってこと。本人の精神は安定してても、周囲の人間との関係が実はダメって人もいるしね。まあ、要するに、誘子さんは優しい良い人だって判断されたってことだね。」

「………」

 今度こそ、顔が赤くなるのが分かった。

 なんだなんだ誉め殺しか。おだてて世界を救う役目とやらを引き受けさせようって魂胆か。しかも、笑うでもなくあっさりと言うなんて、まるで事実を淡々と述べてるみたいではないか。

 そ、そんな手には乗らないんだからねっ!

「お、おだてられても乗らないわよ。わたしだって、人を嫌ったり人から嫌われたりすることはあるんだからね。」

「おだててるわけじゃないけど…。それに、嫌ったり嫌われたりすること自体は悪いことじゃないよ。個人の性格ってものがある以上、他人との合う合わないは自然現象みたいなものでしょ。ただ、多くの人から嫌われがちな性格とか、嫌なやつだって思われやすい性格の人がいるのも事実であって、そういう人では困るんだよね。」

「ま、まあそうだけど…。」

 別に悪人ではないが、人から嫌われやすい性格の人間は確かにいる。自己中心的だったり、卑怯だったり、無神経だったりと理由は様々だが、その人を取り巻く大半の人から好かれない人間であっても、本人は気付いていないのか開き直っているのか、一向に気にした風もなく平然と過ごしていることは多い。

 もっとも、自分が嫌われているかどうかなんて、なかなか気づけないものだ。周囲も、その人に対する悪感情をあからさまにさらすなんてことは、あまりしないものだし。色々思うところがあっても表面上は適当に取り繕って接している場合がほとんどに違いない。

 とか考えると、自分自身も、実は気づいていないだけで周囲から嫌われがちな人間である可能性に至るのだが。

「誘子さんは、自分が死んだこと以上に、自分の親を悲しませたことに泣いたでしょう?自分が愛されていることを知っていて、自分も同じように人を愛することが出来るっていうのは、イザベルにもっとも欠けていた要素なんだ。だから、その要素を持ち合わせる誘子さんに、是非イザベルになってほしい。いや、もう誘子さん以外には考えられない。」

「………」

 口説かれている。

 一見誉め殺して口説き落とそうとしているようにも見えるが、クルトの瞳は、真っすぐで真摯だ。少なくとも、クルトとしてはお世辞を言っているわけでなく、いたって真面目に説得しているのだろう。

 かえって性質が悪い。

 そんな真剣な目で見つめられて懇願されたら、断りにくいではないか。

「………」

 しかし、断りにくいからと言って安請け合いしても良いものではない。何しろ、一つの世界の命運がかかっているのだから、上手くいかなかったときに「やっぱり無理でした」で済むわけないだろう。何より、わたしはそんな重圧に耐えられるのだろうか。一つの世界を救うなんて途方もなさ過ぎて、その重みの実感すら薄い。しかし、実感が薄いからと言って、実際に軽いわけでは決してないのだ。

「…ひとつ、質問して良い?」

「何?」

「仮に、わたしがイザベルになったとして、元々イザベルの肉体に宿っていたイザベル自身の魂はどうなるの?」

「…イザベル自身の魂には、別の肉体を得て別の命として生まれ変わってもらうよ。」

「そう…。イザベルもまた、別の人生に生まれるのね。」

 少なくとも、イザベルの魂の居場所がなくなるわけではないらしい。それでも、わたしがイザベルの居場所を奪うことに変わりはないが。

「………」

 ゲームの説明書に描かれたイザベルの立ち姿を見る。

 綺麗だが派手な見た目で、可愛げの乏しい、如何にも悪役といった外見の彼女。登場人物の多くから嫌われているが、王子様のことが好きで、主人公の邪魔をする。

 両親との関係をこじらせた結果、人を傷つけずにいられない性格になったという。

 彼女に、生まれ変わって、特定の男性と恋をして未来を誓えば、彼女達が暮らす世界が救われるという…。

 わたしは、組んだ両手の甲に顔を伏せ、目を閉じた。

 こうしている間にも、クルトがわたしの反応を窺っているのが感じ取れる。

 しばらくしてから、といっても数分も経っていないと思うが、ゆっくりと顔を上げた。


「…悪いけど、お断りするわ。」

「っどうして!?」

 静かに結論を告げると、クルトは体を乗り出して叫ぶように言った。

 クルトの真摯な瞳に負けないよう、わたしも真っすぐにクルトの瞳を見返した。それでも、大人として子供に対してこんな理由を言わなくてはならない後ろめたさは拭えないので、口の端が歪むのが分かる。



「だって、わたしに関係ないでしょ?」

ただし、見た目が良ければ、ファンが勝手に掘り下げる。

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