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第1話『労働なき世界のデッドエンド』

本作をお開きいただき、誠にありがとうございます!


フィジカルAIの進化によって「働くことが恥」となった近未来。


その最底辺で、社会の底辺で懸命に生きる青年と、一台のロボットの物語が始まります。


WEB小説の王道である「底辺からの成り上がり」と「一途な純愛」を、シビアかつエモーショナルな世界観でお届けします。

ぜひ最後までお楽しみください!



――人間の仕事は、もうこの世界のどこにも残されていなかった。




網膜の隅にちらつく、


安物のホログラム広告は、


いつだって眩いばかりの極彩色な光を撒き散らしながら、幸福な「人類の完成形」を一方的に謳歌している。





『労働からの完全なる解放!


フィジカルAIロボットが、あなたの代わりに24時間365日、すべての富を生み出します。


さあ、定年のない無限の休日へ!』





それは嘘偽りのない、この世界の偽らざる真実だった。





高度に発達した自律型人型ロボットが、


すべてのオフィス、


あらゆる工場、


物流の末端から家庭の家事に至るまでを完璧に代行する社会。




定年退職という概念すら過去の遺物となり、


国家はロボットたちが生み出す爆発的な利益によって、


かつてないほどの財政余剰を抱えていた。




税金は極限まで低く抑えられ、生涯働き収入が入るロボットのおかげで年金は廃止されていた。




最低限の生活を保障する生活保護などのセーフティネットだけは人間性の象徴のように残されてはいたが。




誰もが汗を流さず、


誰からも搾取されず、


ただ消費するだけのユートピア。




けれど――


その美しき楽園の恩恵に預かるには、


一つだけ、絶対的な前提条件が存在した。




それは、自らの代わりに稼いでくれる「鉄の労働者」を所有していること、それだけだった。




「おい、そこの生体オーガニック。手元が止まっているぞ。


機械かれらの最適化サイクルを阻害するな」




頭上から突き刺さる、ノイズ混じりの冷徹な合成音声に、僕は跳ねるように背筋を伸ばした。





見上げれば、


監視用のアーム型ドローンが、赤く明滅するカメラレンズを僕へと向けている。





「す、すみません……! すぐにやります!」





僕はボロ布のような作業着の袖で額の汗を拭い、


目の前の金属製コンテナに手を伸ばした。



ここは、


スラムの境界線に位置する自動化リサイクル工場の最下層だ。




九十九パーセントの工程は、


複数企業とタイアップした最新鋭の多軸産業用ロボットが、


目にも留まらぬ速度で処理している。




数百万から数千万クラスの、あの輝かしい鉄の労働者たち。




彼らが吐き出す強烈な熱気と油圧の駆動音の片隅で、


僕はロボットの精密な赤外線センサーがどうしても誤認してしまう


「規格外の特殊ゴミ(生ゴミと金属が融解して固まった厄介な塊)」


を、手作業で強引に分別する、ただの肉体の塊だった。




僕の名前は、レン。





身寄りのない孤児で、




この世界の勝ち組たちが所有している『労働代行ロボット』を買う金を持たない、正真正銘の最底辺。




――そして、もう一つ。





誰にも言えない秘密だが、僕は、この世界とは全く異なる「異世界」からの転生者だった。




あの日のことは、


今でも魂の奥底に焼き付いて剥がれない。





前世の僕は、澄み切った青空の下、


大気中に満ちるマナの匂いを吸い込みながら、


鋼鉄の剣を相棒にして荒野を駆ける、自由な「冒険者」だった。




魔物を狩り、


ギルドからの依頼をこなし、


自らの腕一本、身体一つを動かして日銭を稼いで生き延びる。




過酷ではあったが、


そこには確かに自分の足で立っているという、誇りと生の実感があった。





それが、


ある高名な学者の護衛依頼の最中、すべてが暗転した。





突如として雲を裂いて空から飛来した、光り輝く「金属の丸い物体」




――今思れば、


あれはこの超未来の戦闘用ドローンのような近代兵器だったのだろう。




それが放った、魔導の光すらも焼き切る圧倒的な熱線の前に、


僕の魔法障壁は紙切れのように霧散し、


愛剣はドロドロの鉄水へと溶け落ち、僕は為すすべもなく胸を貫かれて命を落としたのだ。




10歳の頃、


その前世の記憶が唐突によみがえった。





だが


、転生した先は、


魔法も冒険もない、


前世の常識が1ミリも通用しない、


高度すぎる科学の行き着いた先。





剣の振り方も、


魔物の弱点の知識も、


この自動化されたスマートな社会の前にはただの無価値なノイズでしかなかった。




おまけに、僕は戸籍すら曖昧なスラムの孤児だった。





前世よりも遥かに進んだこの超未来での、残酷なまでの「逆転生」。




この世界において、


ロボットを所有していないということは、


すなわち「人間としてカウントされない」ことと同義だった。





1台所有していれば、


ロボットが稼ぐ給料でギリギリ生活が成り立つ。


2台所有していれば、


ローンや月十万前後の電気代・メンテナンス代を支払っても、


中流階級の普通の生活が送れる。




そして、


一人で数十台、数百台のロボットを企業にリースしている富裕層は、


何もしなくても莫大な富が自動的に転がり込んでくる。




だが、


初期費用たるロボットの購入代金が払えない人間は、


セーフティネットの配給粥をすするだけの「生きた屍」になるか、


僕のように、


ロボットの隙間に転がっている「恥ずべき肉体労働」を買い叩かれるしかなかった。




「ははっ、見ろよ。


またあの生体、ロボットに混じって泥をかき集めてるぜ」





「かわいそうに。


親がロボットの積み立てでも使い込んだのかね?」





「人間のくせに働くなんて、


社会の恥さらしだ。見てるこっちが憐れみで虫酸が走るよ」




工場内のキャットウォークを通り過ぎていく、


見学ラインの一般市民たちの視線が痛い。





彼らはロボットが稼いだ金で贅沢な服を着て、


ただ優雅に時間を潰すためにここへ来ている。




彼らの目にあるのは、


蔑みと、不快感と、強烈なまでの「憐憫」だ。





人間が労働に従事すること。




それはこの世界において


、無能の極みであり、


前時代の野蛮な敗北者の証明だった。




――耐えろ、レン。笑わせておけばいい。


前世の冒険者に比べれば、こんな泥臭い這行、生き残るためのただのルーティンに過ぎない。




僕は下唇を噛み締め、


爪が割れて黒い機械油が滲む指先を動かし続けた。




周囲の産業用ロボットたちは、


僕の存在など最初から風景の一部としてしか認識していない。




感情のないセンサーの明滅と、


人間の冷たい視線の狭間で、


僕は十時間以上も休日なしで働き続けた。




やがて


、終業を告げる鋭いブザーが工場内に鳴り響いた。





最新鋭のロボットたちは、


一糸乱れぬ動きで待機モードへと移行し、


自身の洗浄・充電ドックへと滑り込んでいく。




僕は重い足を引きずりながら、


工場の最深部にある管理事務室へと向かった。




ガラス張りの室内に座っているのは、


この工場の責任者である恰幅のいい男――工場長だ。




現場の管理者は人間が配置されることが法律で決まっていた。




どうやらロボットに支配者はあくまで人間だという事を見える形で示すことが必要だと古い考えがある為だ。




だが、工場長は何もしない。実務はすべてロボットだ。




それで会社の株を支給され、唯一中間層が富裕層に上がれるルートとなっていた。




彼の背後には、


秘書型として最適化されたスマートな高級AIロボットが控えており、


音もなく書類のデータ処理を行っている。




「――なんだ、レンか。


今日の分の処理データは受領している。


報酬はいつも通りお前のID口座へ振り込ん――」





「あの、工場長!」




僕は、工場長がデスクのホログラム端末を操作する前に、思い切って声を張り上げた。





工場長の太い眉が、不快そうにピクリと跳ねる。





「……なんだね、大声を出すな。これだから生体は感情のコントロールが効かん」





「すみません。


あの、お願いがあるんです。


今日の給料、いえ、これまで貯めていた僕の労働報酬のすべてを……


『現金』でもらうことはできませんか?」




一瞬の静寂。





次の瞬間、


事務室の中に、肺の空気をすべて吐き出すような、下卑た笑い声が響き渡った。




「ぶっ、はははははははは! 何だって!?」




工場長は腹を抱え、


デスクを何度も叩いて大爆笑した。




彼の背後に立つ秘書型ロボットすら、


感情を持たないはずの合成音声で「理解不能な要求です。エラーログを検出」と、




どこか小馬鹿にしたような処理音を鳴らしている。






「現金!?


おいおい、レン。


お前はいつの時代の化石だ?




紙の通貨なんて、


もう十年以上前に政府の完全デジタル決済移行で廃止されてるぞ。




今どきそんな不衛生で不合理な紙切れを使っているのは……ああ、そうか」




工場長は笑い涙を指先で拭い、


僕のボロボロの作業着と、泥に汚れた顔を、これ以上ないほど露骨に「鼻で笑う」ような目で見下ろした。




「お前、あの『スラム(旧市街区)』の住人だったな。




開発が遅れに遅れて、




通信インフラすら満足に届いてない、




掃き溜めの。




犯罪者と脱税者しかいないあの街じゃ、


まだ闇市で旧型の現生げんなまが回ってるって噂は本当だったらしいな」





「それは……」





「いいか?


普通の場所ならな、お前のような生体の身分証代わりになるID決済が全てなんだよ。




だが、


お前はロボットも買えない、


信用価値ゼロの人間だ。




どうせ自動ローン審査にも通らないから、


スラムの闇商人に現金を握らせて、何かやましい買い物でも企んでるんだろ?」




僕には信用がない。ロボットを所有していないから、社会的な価値は犬以下だ。




まともなディーラーでロボットを買うためのローンなんて、逆立ちしても審査落ちする。




だからこそ、


僕は通信の届かないスラムの闇市で、現金を対価に取引されている『中古の型落ちロボット』を買い取るしかなかったのだ。




そのためには、工場長が持っている「スラムの利権用プール現金」を分けてもらう必要があった。




「……笑われても、構いません。




前時代的だと、化石だと罵られてもいいです。だから、お願いします」





僕は床に額がこすれるほど、深く、深く頭を下げた。





「僕に、現金を支払ってください。この通りです」




長い沈黙。




工場長はチェアーに深く背を預け、心底つまらなそうに鼻を鳴らした。





「チッ……これだから貧乏人の相手は面倒だ。




おい、ナンバーセブン。金庫の奥にある、あの忌々しい紙切れの束を持ってこい。




どうせ端した金だ。こいつの口座データを相殺して、全額くれてやれ」





「了解しました、マスター」




秘書型ロボットが滑らかな動きで部屋の隅の旧式金庫を開け、




厚みのある茶封筒を取り出した。





デスクの上に放り出されたその封筒を、僕は震える手で抱きしめる。





ずっしりとした、紙の重み。これこそが、僕が数年間、周囲からの嘲笑と肉体労働の地獄に耐え続けて、血を吐く思いで貯め込んできた「僕のすべて」だった。




「さあ、消えろ。二度とそんな汚い要求をするなよ、化石くん」




工場長の手払いに追われるようにして、僕は事務室を飛び出した。





外はすでに夜だった。




ネオンサインが明滅する高層ビル群の足元、光の届かない地下通路を通り、僕はひたすら走り続けた。




周囲を行き交う人々は、誰もが煌びやかな自動巡回カートに乗り、横に連れた優良ロボットと笑い合っている。





その光景から逃げるように、僕はさらに深く、暗い闇へと足を進める。






酸性雨が絶え間なく降り注ぎ、ホログラムの光すら届かない、泥と錆に塗れた旧市街区


――スラム。





胸に現金を強く抱きしめながら、僕の心臓は高鳴っていた。




どれだけ笑われても、蔑まれても、ついに頭金が溜まったのだ。前世を近代兵器に奪われ、この世界でも持たざる者として這いつくばってきた僕の人生が、ようやく動き出そうとしていた。

第1話をお読みいただき、本当にありがとうございました!


周囲からの容赦ない嘲笑に耐えながらも「現金」を手に入れたレン。

すべては、スラムの闇市で待つ「彼女」を迎えに行くためでした。


次回、第2話では、ついにレンと少女型ロボット『アリス(リリスに改名)』の運命の出会いが描かれます。

ジャンク品の彼女がどのような輝きを放つのか、ぜひご期待ください!


もし「この先の展開が気になる!」「レンとアリスを応援したい!」と思っていただけましたら、執筆の大きなモチベーションになりますので、ぜひご感想や評価(★ポイント)をいただけますと幸いです! よろしくお願いいたします!

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