第6話 【断絶】消費される恐怖
数週間後、科野は駅前の大型書店に立ち寄った。
棚の最も目立つ場所に積まれていたのは、かつて所属していた編集部が刊行した特集号だった。
表紙には、明神蓮華の歪んだ笑顔と共に、『呪いの真実』『血塗られた墓地の怪』といった、どぎつい見出しが躍っている。
科野はそれを手に取り、数ページめくってから棚に戻した。
そこにあるのは、真実への畏怖ではない。
未知を「怨恨」や「因縁」という、人間にとって理解しやすい矮小な物語に落とし込み、人々の野次馬根性を刺激して利益を得る、醜悪なまでの商業主義だった。
「……嘆かわしいな」
誰に言うでもなく呟いた。
今の世の中は、怪奇現象をただの恐怖のスパイスとして消費し、復讐劇や呪術といった安直な枠組みにうつつを抜かしている。
分からないものを、分からないまま誠実に研究する。そんな至極当然の「クールな知性」は、刺激的な物語の洪水にかき消されていた。
しかし、その時だった。
背後から、科野を呼ぶ若い声がした。
「科野先生、でしょうか」
振り返ると、そこには知的な眼鏡をかけ、清潔な印象を与える一人の大学生が立っていた。
その手には、以前科野が別の理学誌に寄稿した、あの墓地での体験に基づく一文の切り抜きがあった。
「先生の記事を読みました。……あそこに書かれていた『物理法則の不連続な跳躍』という観点、衝撃を受けました。世間はあれを霊の仕業だと言って怖がっていますが、僕は、あれこそが新しい物理学の扉だと感じたんです」
科野は、若者の瞳を真っ直ぐに見つめた。
そこには、怯えも、下劣な好奇心もなかった。ただ、目の前の現象を素直に疑問に思い、そのカラクリを解き明かそうとする、研ぎ澄まされた研究者の精神があった。
「君は、怖くないのか?」
「怖い、という感情は無知から来るものです」
若者は落ち着いた声で答えた。
「でも、もしあれが余剰次元からの干渉であるなら、それは自然界の正体そのものです。呪いや祟りなどという言葉で思考を停止させてはいけない。僕たちの世代では、あんな安っぽいホラーをエンタメとして笑い飛ばし、もっとクールに、この世界の真実に挑む学問を主流にしたいんです」
科野の胸に、熱いものがこみ上げた。
彼が危惧していた科学の停滞。それを打破するのは、商業主義に毒された大人たちではなく、こうした真っ直ぐな知性を持った若者たちなのだ。
エンターテインメントとしてのホラーを否定はしない。しかし、それが真実への目を曇らせる「目隠し」になってはならない。恐怖に震えるのではなく、驚きと共に、宇宙の複雑さに謙虚に向き合うこと。
「君のような若者が現れるのを、待っていたよ」
科野は、若者の差し出した手に、自らの手を重ねた。
世の中がどれほど呪術や怨念という名のゴミ箱に真実を捨てようとも、この若者のような精神が育っている限り、科学の産声はいつか必ず、この殻を内側から突き破るだろう。
(第6話・完)




