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第211話 瓦礫の山

 夜明け前の空は、奇妙な色をしていた。

 赤黒く、煤に汚れたような灰色。

 雲があるわけでもないのに、光が鈍く拡散している。

 ヒトシは、ベスコの外れに立ち尽くしていた。

 街の中までは、まだ完全に見えない。

 城壁が――いや、かつて城壁だったものが、半分ほど残っている。

 正確には「立っている」というより、「倒れ切らずに引っかかっている」だけだ。

 ヒトシは、ゆっくりと歩を進める。

 そして、城壁の内側に足を踏み入れた瞬間、理解した。

 ――街は、存在していなかった。

 建物は、形を保っていない。

 通りだった場所は、判別できない。

 瓦礫が、瓦礫の上に積み重なり、さらにその上に瓦礫が載っている。

 まるで、意図的に「積み上げられた」かのような山。

 街そのものが、押し潰され、寄せ集められ、

 一つの巨大な瓦礫の丘に変えられていた。

「……」

 ヒトシは言葉を失っていた。

 魔剣が、静かに口を開く。

「ん〜……これはな」

 いつもの調子ではない。

 軽口でも、煽りでもない。

「……五千人規模、ってところか?」

 ヒトシは、視線を瓦礫から外せない。

 街の中心部だったであろう場所。

 石造りの建物が多かったはずの区画。

 そこが、最も大きく抉られ、沈み込んでいる。

 ――押し潰された。

 そう表現するのが、一番近い。

「殲滅魔法ってのはな」

 魔剣が、淡々と続ける。

「撃つ側の魔力だけで成立するもんじゃねぇ」

 ヒトシの胸が、わずかに締め付けられる。

「大規模なやつは特にな。

 供給源が要る。

 魔力炉だの、触媒だの、色々言い方はあるが……」

 魔剣は、そこで一拍置いた。

「一番手っ取り早いのは、“命”だ」

 ヒトシの中で、何かが、はっきりと繋がった。

 フェール郊外。

 連合軍との戦場。

 戦闘後に残されていた死体の山。

 三千の死体。

 そのうち、約二千。

 ――外傷のない死体。

「……あの時の、か」

 ヒトシの声は、掠れていた。

 剣から、低い肯定が返る。

「そうだ。

 あれは“戦死”じゃねぇ。

 使われたんだ」

 瓦礫の山を、夜明けの風が撫でる。

 粉塵が舞い、焦げた匂いが遅れて鼻を突いた。

 ヒトシは、拳を握る。

「……人の道を」

 言葉が、喉につかえる。

「……外れすぎている……」

 王国は、正義を名乗っていた。

 秩序を守ると言っていた。

 混乱を収めるためだと、堂々と宣言していた。

 その結果が、これだ。

 街一つを、

 人ごと、

 記録ごと、

 未来ごと、

 瓦礫に変える。

 魔剣は、珍しく黙っていた。

 ヒトシは、ゆっくりと瓦礫に近づく。

 崩れた石の隙間。

 焼け焦げた木材の影。

 そこに――

「……」

 人の形をしたものが、あった。

 全身が煤に覆われ、判別は難しい。

 だが、間違いなく、人だった。

 ヒトシは、その場に膝をつく。

 手を伸ばしかけて、止める。

 触れれば、崩れてしまいそうだった。

 その瞬間。

 ――音が、鳴った。

 ヒトシの頭の中。

 いや、世界そのものに。

《適応進化を確認》

 淡々とした、だが今までとは違う重みを持った声。

《対象地域:ベスコ》

《状態:殲滅魔法による壊滅》

《判定:統治者不在/保護必要》

 ヒトシは、息を呑む。

《ベスコを、フロンティアの庇護下とします》

 魔剣が、小さく息を吐いた。

「……おいおい」

 だが、声は止まらない。

《生存者探索を開始》

《優先度:最高》

 ヒトシは、立ち上がった。

 胸の奥に、重いものが沈んでいる。

 怒りでも、悲しみでも、恐怖でもない。

 ――責任だ。

 自分は、ここに来た。

 間に合わなかった。

 止められなかった。

 だが。

 だからこそ。

「……探すぞ」

 ヒトシは、瓦礫の山を見渡しながら、低く言った。

「生きている者を、一人残らず」

 答えはない。

 歓声もない。

 あるのは、崩れた街と、積み上げられた死。

 それでも。

 この場所を、見捨てない。

 ヒトシは、瓦礫の山へと、一歩踏み出した。

 ――ここから先は、

 もう「解放」ではない。

 これは、戦争だ。

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