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第212話 生き残り

瓦礫は、ただ積み上がっているだけではなかった。

意図をもって、街に向かって押し流された痕跡があった。

崩れた城壁。

折れた見張り塔。

石畳を覆い尽くす、焼け焦げた石と土。

ヒトシは、街の外縁に立ち尽くしていた。

かつてベスコと呼ばれた軍事都市は、もはや「形」を失っている。

「……徹底してるな」

殲滅魔法。

都市を“消す”ためだけに設計された魔法。

背後で重い足音が揃う。

フロンティアからの救援隊だった。

先頭に立つメイが、短く礼をする。

「王。ご無事で何よりです」

「本当に、偶然だ。

 少し位置が違えば、俺もこの瓦礫の下だった」

ヒトシは視線を戻し、低く命じた。

「瓦礫の撤去を始めよう。

 ……期待は薄いが、それでも確認は必要だ」

土魔法が展開される。

石と瓦礫が持ち上がり、慎重に移動される。

現れるのは、死体。

兵士の死体。

市民の死体。

誰がどこに逃げようとしたのかも、分からない。

呻き声はない。

助けを求める声もない。

「……全滅、ですね」

メイの声が、かすかに揺れた。

「殲滅魔法だ。

 生存者が出る方がおかしい」

ヒトシはそう答えたが、拳は強く握られていた。

撤去が街の中央部――

工廠と兵站施設が集中していた区画に差し掛かったとき、

メイが動きを止める。

「……王」

瓦礫の下に、石ではないものが見えた。

鉄板。

厚く、何重にも重ねられた、防爆用の鉄板だ。

「地下施設か」

慎重に土を取り除き、鉄板を持ち上げる。

その下には、地下へ続く階段があった。

空気が、微かに流れている。

「……生きている」

ヒトシは確信した。

地下へ降りる。

通路は狭いが、異様なほど頑丈だ。

石組みは古く、しかし補修の跡が多い。

長年、使われ続けてきた場所。

灯りに照らされ、影が動いた。

「止まれ」

低く、荒れた声。

現れたのは、人間ではなかった。

背は低いが、体格はがっしりしている。

煤と油にまみれた髭。

「……ドワーフか」

一人ではない。

奥から、次々と姿を現す。

数は、およそ三十。

全員が、こちらを睨んでいた。

「安心しろ。俺たちはフロンティアの者だ」

ヒトシがそう告げると、しばらくの沈黙が続いた。

やがて、年嵩のドワーフが一歩前に出る。

「……我々は、ベスコ地下工廠の技術者だ」

「ずっと、ここに?」

「ああ。

 正確には――ずっと“ここに押し込められていた”」

その言葉に、ヒトシは眉をひそめる。

「ベスコは軍事都市だ。

 だが、その武器と装備を誰が作っていたと思う?」

ドワーフは自嘲気味に笑った。

「我々だ」

「昔からだ。

 王国がこの街を“要塞”と呼ぶ前から、

 ドワーフは地下で働いてきた」

兵器。

防具。

城壁の補修材。

「表に出ることは許されなかった。

 理由は簡単だ。

 “逃げられると困る”からだ」

声が低くなる。

「契約?賃金?

 ああ、あったさ。紙の上ではな」

だが。

「外に出るには許可がいる。

 住居は地下。

 仕事を拒めば食料が減る」

ドワーフは、拳を握る。

「それを、我々は“奴隷”とは呼ばなかった。

 そう呼んだ瞬間、終わるからな」

王国軍が駐留してから、状況はさらに悪化した。

「兵が増え、命令が増え、

 地下に見張りがついた」

「街の人間が首に紋様を刻まれ始めた頃、

 我々も理解した」

――次は自分たちだ。

「だから、潜った。

 元々、地上に居場所などなかったからな」

殲滅魔法の前兆は、地下でも分かった。

地鳴り。

圧力。

空気の変化。

「……終わったと思った」

ドワーフは静かに言う。

「だが、我々は生き残った。

 皮肉にも、この地下のおかげでな」

何度か外に出ようとした。

「だが、瓦礫で塞がれていた。

 出ても、何がある?

 奴隷か、死体だ」

しばし沈黙。

「外を覗いた時、見た」

ドワーフは視線を落とす。

「我々を地下に縛り付けていた兵士たちが、

 首に紋様を刻まれて、消えていった」

「正直に言おう」

「……ざまあみろ、と思った」

だが。

「それでも、何も晴れなかった」

声が、わずかに震える。

「奴隷が消えただけだ。

 我々は、最初から自由ではなかった」

「奪われ続けてきた時間も、

 尊厳も、

 誰も返してはくれない」

ヒトシは、しばらく黙っていた。

そして、静かに言った。

「……フロンティアに来い」

即答だった。

「答えが出なくてもいい。

 怒っていても、迷っていてもいい」

「だが、生きろ。

 考える時間を、奪われるな」

ドワーフはヒトシを見上げる。

「……王」

その呼び方に、ヒトシは一瞬だけ目を伏せた。

「我々は、街を失った。

 だが、技術は残っている」

メイが静かに頷く。

「それで十分です」

地上に出る。

瓦礫の向こうに広がる、死の街。

ヒトシは思う。

救えた命は、三十。

だがこの三十は――

“使い潰されてきた者たち”だ。

適応進化が、静かに告げた。

【長期抑圧個体群を確認】

【技術保持・高適応】

【国家基盤への影響:極大】

ヒトシは、息を吐いた。

「……終わらせる」

この構造を。

このやり方を。

ベスコは滅びた。

だが――

ここから、取り戻す話が始まる。

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