『沈黙の苦痛』
ETA(Estimated Time of Arrival:帰還予定時刻)を迎えリベレーターへ戻った〈あまてらす〉。艦から降りてきたランドーと特使たちは無言で険しい表情を見せる。ランドーはアメリカ政府とロシア連合の特使たちを帰りの便である高速輸送艦ST-EPF-01スピアヘッドへ送る。
リベレーターのCIC後部に在る管制科員のバートル大尉の部屋に入ったランドーは元TX機関操作員のエディ·スイングの存在について、彼女はカインに居る、とだけ伝え、その情報を黙秘するように命令する。
大使たちを乗せた輸送艦スピアヘッドが打撃群艦隊を離れたまさにその時、敵UFOの接近を知らせる警報が母艦アトランティスのFAI(Fleet Integration AI:艦隊統合AI)によって発せられる。
『沈黙の苦痛』
〈あまてらす〉が飛び立って三時間になろうとしていた……
リベレーターCICでは航法管制の中島少佐が〈あまてらす〉のETA(帰還予定時刻)に注意を向ける姿が有った。
「今回は長いな、間もなくETAだ………、マーク中尉、〈あまてらす〉へエネルギージョイントの準備は出来ているか?」
「既に〈あまてらす〉ガントリーへ回路は開いています。TXメイン、APSはサーキットオープン!」、とマークは返した。
中島少佐は火器管制のマーベリット大尉に聞いた。
「FAIから、……特に変化はないか、出来れば〈あまてらす〉が艦とエネルギー接続が終わるまで何も無ければいいんだがな………」
「今のところFAIから艦隊行動の指示は入っていません。………中島少佐、少し休まれた方が良いのでは?シフト連勤ですよ。」、とマーベリット。
「嬉しいな、気に掛けてくれるんだ……、まぁ、アンドロイドのアスカもいるけど、自分は此処が落ち着くんだ。」
「筋金入りの操縦士ですね、ウフフッ…」、とマーベリットは笑いながら中島少佐に返した。
”〈あまてらす〉帰還信号受信! デッキ作業員配置に着けっ!“、とSAIが全艦に発した。
デッキに在る〈あまてらす〉はビィイイイーンンン…という重低音を響かせ始めた。
「〈あまてらす〉帰還します!本体へシャドーイン、……接続っ!………〈あまてらす〉主機停止、エネルギー及びデータリンクシステム接続、APS、TX系統よしっ…」、とマーク中尉。続いてマーベリット大尉がデータリンクを報告した。
「〈あまてらす〉艦体AIよりSAIへデーター移行、艦体及び乗組員に異常なしっ!」
「よしっ、一先ず終わったな、……」、と中島。メインをアスカに任せると彼はランドーを迎えるため、〈あまてらす〉へ向かった。
……………………………
デッキ中央構造部からボーディングブリッジが〈あまてらす〉艦橋に着けられるとエアロックが開かれた。
中島少佐はエアロックの横に立ち、敬礼でランドーと政府の要人たちを迎えた。出て来た要人とランドーは一様に無言で険しい表情を見せていた。特使たちの視線は交錯し、息を潜めていた…
(何か有ったっ?……会談は物別れか?!)、と中島は思った。
通り過ぎようとしたランドーは気が付いたように中島大尉の前で振り返り、敬礼でご苦労だった、と一言告げると小走りに要人たちの前へ行き、引率した。
SAIからは既に地球帰還の便の情報がランドーへ送られていた。
ランドーはランチ(lunch:内火艇)の格納庫へ彼等を引率し搭乗させた。
「ご苦労様でした、帰りの便は補給艦スピアヘッドが行います、……」、ランドーはランチを出し、スピアヘッドのランチ用接舷ベイへ着け、エアロックを開いた。既に乗組員が待機しており、要人たちを移乗させ艦の奥へ消えた。この間、ランドーも政府の要人たちも一言も発しなかった。
CICに戻ったランドーはそのまま後部の管制科員の部屋へ向い、バートル大尉を尋ねた。
呼び出しに応じた彼は、眠たそうな目を擦りながらランドーを部屋へ招いた。
「ランドー艦長、お姉さ、…エディの事ですか?何か顔色が、………具合が悪いのですか?」、とバートルはランドーの顔色を見て言った。
「いや、少し疲れた、………エディの事だが、彼女は居た。バートル大尉…」、ランドーは黙り、軍帽を深く被り直した。
「何かっ?」、とバートル。
「この事は他言無用、絶対に言ってはならん。」、ランドーは低い声で押し出すように彼に命じた。
(何故?………艦長は会談に同行したんじゃ、……あっ!!)、バートルは察した。
「了解しました、……艦長、ありがとうございました!」
ランドーはバートル大尉の部屋を出て、自室である艦長室へ入った。彼は椅子に腰を落とし、テーブルへ伏した。
(これは知って良い話ではなかったかも知れない……政府の要人たちも同じように感じているはずだ)
◆
アトランティスCICにはカートライトとロバートソンが
補給とフリーダムの修理の進捗を確認していた。
「FAIの見積もりでは、補給作業は60%程、後3時間弱は掛かりそうだ。フリーダムの修理は艦体外殻に留まるようだ……、見た目より損害は少なかったな。TXエネルギーの防御が無ければ内部までヤラれていた。」、とカートライトはモニターの作業進捗を示すグラフを見ながら顎を手で揉んだ。
「リベレーターの先の戦闘は今回の戦闘でフィードバックされていますか?」、と私は尋ねた。
「ウゥーンッ、戦術と運用次第だな。技術的改善点に大差はない。」、カートライトが言い終えた時に航法管制から声が有った。
「ST-EPF-01、スピアヘッド、〈しきしま〉より離艦っ!……間もなくTXジャンパーに入りますっ!」
「挨拶も無しか、………酷いものだな。君はどう思う、ロバートソン。」、とカートライトはスピアヘッドが映し出されたスクリーンを見ながら私に尋ねた。
「まあ、彼等にも自分の仕事が有る、と言うことでしょう。」
「私は頭の中はデジタル指向だが、人の繋がりに関してはアナログ志向だ。」、そう言ってカートライトはフッと笑った。
”TXソナー、敵影を捉えたっ!高次ドライブで接近っ、数、凡そ70っ、艦隊、対空戦闘! インデペンデント、フリーダムのΔ-9は迎撃へっ!! リベレーターのΔ-9は艦隊の直掩へ回れっ!“、とアトランティスのFAIは全艦へ発した。
「動き出したなっ‼ 返り討ちにしてやる!、ロバートソン、気を引き締めて掛かれっ!!」、とカートライト提督は私の背中をバンッと強く叩いた。
………………………………
警報を受けたリベレーターCICの空気が一瞬止まる‼ ランドーとシフトを外れていた科員たちは直ぐさまCICへ戻った。
「マーベリット大尉、状況伝えっ!」、とランドー。
「敵UFO、多数!数67、………今、現時空間に物体化したっ!距離0.7AU、…インデペンデント、フリーダムの艦載機(Δ-9)が迎撃に上がりましたっ! 本艦の艦載機は艦隊の直掩に着きますっ!!」
「承知したっ、リベレーター起動!中島少佐、アトランティスから距離を取れっ!」、とランドーは発した。
「全艦っ、コンバットポジションレベル1、対空戦闘!!」、と火器管制のメインシートに着いたフスター少佐は全艦へ下令した。
艦体に格納されていた重粒子砲及び、ミサイルランチャーの格納ベイが開き、一斉に艦上に現れ、リベレーターは正にハリネズミの様相を呈した。
ランドーは全球スクリーンの右に見えるアトランティスを振り返った。機動母艦アトランティスの巨大なピラミッド状の管制タワーも合理的に配置された対空火器群が棘のように見えた。アトランティスの脇には現在もフリーダムの修理を行っている軌道ドック〈しきしま〉の姿が見え、それを取り囲んでいた長距離遠征輸送艦隊のST-EPF-02アークセイバー、03アックスバーン、04アイアンロッドも補給作業を止め、離艦して距離を取り、戦闘態勢に入った。
「エンゲージッ!! 敵UFOとΔ-9交戦開始っ!」、CICにマーベリット大尉の声が響いた。




